第26話 中間支持率発表

「姫様、ポスターも出来上がりました! 出来は上々です!」


「うむ、よい」


 色々と吹っ切れたように、朝っぱらから金髪サイドポニーをフリフリしながらせっせと働く二号さん(未だに名前を聞けていない)。

 選挙活動初日から用意した大統領に負けじと、大型の選挙ポスターを大量に用意してくれた。


 なぜか水着を着た姫さまのポスターを……。


 胸の谷間が強調されたアイドルのグラビア写真のようなそれを見ようと、男子生徒たちは立ち止まっている。反応は良さそうだ。俺たちは掲示板や柱などにどんどん貼っていく。


「一号様! そちらは三枚ほど追加で貼ってください。大統領を取り囲むように!」


「わ、わかりました」


「レッド赤月氏のポスターはやる気のない顔で、もはやあってないようなもの! 気にしなくてもいいでしょう!」


 赤月さんのことを「マッ○赤坂」みたいに言わんでくれ。

 一番ノリノリである二号さんは学校で活動しやすいように、制服だけ校長に借りたそうだ。


 あれ誰だよ的な会話がそこらじゅうでされているみたいだけど、腰に帯びた剣を見て、みんな話しかけることを躊躇しているみたいだ。


「校長から皆の机に貼る許可も得ました! あとですべて周りましょう!」


「へ……」


 姫さまの顔を見ながらずっと勉強とか、嫌になって投票してくれなくなりそうだが。


「一号、妾は少し離れる。そのまま二号と続けておれ」


「え、あ、はい」


 珍しい。いつもはトイレにまで付いてこいという姫さまが、自分だけでどこかに行ってしまった。


「一号様! そちらが終わったら来てください!」


「あ、はいっ」


 最近返事ばっかりしてるな俺。


「あら、またお仲間ですか? 初めて見るお顔ですが」


「だだ、大統領っ」


「このポスター……」


 大統領は姫さまのポスターを見つけ、目を細めてじっと見ている。いくら校長から支援されているとはいえ、こんなハレンチなものを貼りすぎただろうか。


「わたくしも、一枚、いえ五枚ほど頂いてよろしいかしら」


「え」


「か、勘違いなさらないで。この作り込み、少し参考になるかと思いまして。それだけですわ」


「まあ、はい」


 隣にいる日名子さんが隠れてクスクスと笑っている。かわいい。

 確かに文字とかすごい凝った作りをしているけど、敵のポスターを欲しがるとかなにを考えているんだろう。


 大統領にポスターを渡すと、満足そうな顔をして、大事そうに胸に抱えた。


「あの方によろしく伝えておいてくださるかしら。ではごきげんよう」


 さささっと帰っていく二人。なにしに来たんだホント。


「一号様ー!」


 はいはい、今行きますよ。


 そんなわけで残りの日数、俺たちは地味ではあるけれど、姫さまのことをアピールしまくる作戦に出た。先日の出来事もあって評判を落としているのは間違いないが、それでもきっと姫さまの良いところに気付いてもらえることを信じている。


     ■□■


「中間支持率発表ですか?」


「そ、そうらしいです。なんか最後のホームルームで、言ってました」


 会長選まで残り一週間となった日の放課後。

 廊下で待っていた二号さんに、ホームルームの内容を伝えた。昨日の時点でアンケート用紙が配られていたのだが、その票数がこれから張り出されるということらしい。俺は当然姫さまに○をつけた。


「姫様、見に行きましょう!」


「……」


「ひ、姫さま?」


「どうされたのですか?」


 机から動こうとしない姫さまを見て心配する俺たち。


「うむ。妾はよい。貴様たちで見てくるとよい」


「そ、そうですか」


「では行きましょうか一号様」


 俺と二号さんだけで張り出されるという昇降口前の掲示板に向かうと、ちょうど教師がそれを貼っているところだった。すでに関心のある何人かの生徒も見に来ているみたいだ。


「どうです?」


「……」


 生徒総数二九六名。

 小浜茉莉奈――一五六票。

 赤月緋音――一一九票。


 そして、


 クリア・ランスセール――一七票。

 無効――四票。


「……」


「これは、姫様がいなくてよかったかもしれません」


 現実を突きつけられる結果。中間といえど、ここまでの大差になるとは。


「でも、中間投票は昨日のことです。本格的に活動を始めたのは今日ですから、まだ全然大丈夫でしょう! さ、最悪まだ十分にあるお金を……校長殿をもっと揺さぶれば――」


「そう、ですよね」


 二号さんの気迫に押されそう答えたけれど、これをひっくり返すことなどできるのだろうか。

 無論お金はダメだ。金で得た地位など姫さまは欲していない。


「是非姫様に、クリア・ランスセール様に一票を!」


 二号さんは周りにいる生徒たちと両手で握手し、片っ端から声をかけている。

「ちなみに貴方は誰に投票したのですか?」


「え、わたしは赤月さんに……」


「な、何故レッド赤月氏などに!? 何故姫様にしてくださらないのです!?」


「その、なんか態度が悪いって聞いたので……」


 その通りだから俺はなにも言い返せない。二号さんも「ぐぬぬ」とやっている。


「あなたは!?」


「クリア……さんに。可愛いので」


「ありがとうございます! ありがとうございます! 金一封を差し上げましょう!」


 悪いけど、今のところ姫さまのいいところは容姿だけだ。もう少しおしとやか系の姫だったら完璧だった! 中身を知られた現在では、さすがに外見で判断してくれる人も少ないのだ。


 だんだん掲示板前の人も増え、俺はもみくちゃにされながらそこから離れる。

 すると大統領、そして赤月さんも現れ、生徒たちに取り囲まれていた。


「頑張ってください大統領! 応援してます!」


「赤月さんも!」


 大統領は結果を見て満足そうにニヤけ、赤月さんはなにやらホッとした表情をしている。

 約四〇票差の開きがあるし、赤月さんは負けを確信して安心しているんだろう。会長になったら忙しくなるもんな。


「あら、あの方はまたいらっしゃらないの?」


 人ごみをかき分けて、大統領が俺たちに近づいてきた。


「姫様は忙しいのです。貴方と違って」


「……む。まあせいぜい足掻くといいですわ。わたくし、負けませんので」


「こちらだって」


「三日後の演説会、楽しみにしておりますわ」




「「え」」




「聞いていますでしょう? 全校生徒の前での演説会があると。あなた方がなにかを仕掛けるならそこしかないでしょうから、よく準備しておくことですわ」


 なん……だと。


「それではごきげんよう」


 手を振って、再び人ごみに消えていく大統領であった。


「き、聞きました? 演説って……」


「あ、あが……ぼこbこお」


 顔を真っ青にし、泡を吹いている二号さん。知ってたなこいつ……。





「申し訳ございません! 私、校長から姫様にお伝えするように言われていたのにも関わらず、すっかり忘れておりました! 首を切って詫びを!」


 剣を抜こうとするな! ここで死なれても困る! 


「構わん。どうせ妾も大々的になにかをする予定じゃったからの。ちょうどよい」


「そ、そうだったんですか?」


 夕飯のあと。風呂から上がり、気分良さそうな状態を見計らって、二号さんの謝罪。

 罵声を浴びせられるかと思い、さっきまでガクガク震えていた二号さんは、安心したのか今では涙とよだれが流れている。


「公の場で妾の姿を晒せるなら、これはまたもない機会。存分に活用しよう」


「なにやら策が?」


 姫さまはコーヒーを一口飲み、


「無論じゃ」


「「おお」」


「妾を誰だと思っておる。最後に勝つのは妾じゃ! オバマにレッド! 見ておれ!」


 わー、と拍手する俺たち。

 自信に満ちた姫さまの表情は、あの中間支持率を見た俺たちにとって大きな慰めになった。

 一体どんな策があるというのだろうか。


「ではもう寝るとしよう。明かりを消せ」


 まだ夜の八時ですが……。


 といっても姫さまの言うことは絶対。それは相変わらず逆らえないのである。

 仕方ないので俺と二号さんは寝る支度に入る。そうそう、二号さんもこの部屋に住み着くことになり(最初からいたのだが)、部屋の隅っこで武士のように座りながら眠るのだ。


 シュールな光景に苦笑いして、俺は最近慣れてきた硬い雑誌枕で眠りにつくのだった。



 そして三日後、演説会を迎える。

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