動かないとレベルアップ ~気が付くと大魔導士~

フクロトジ

第1話

気が付くと視界には一面の青空が広がっていた。

おかしい、先程まで暗い部屋でただ天井のシミを数えていたはずだが。

これが噂に聞く異世界転生というやつだろうか。

となると僕は死んだのか。


『レベルアップしました。』


ふむ、まぁ仕方のない話だ。

なにせ僕は前世で『動く』ということをやめたからだ。

きっと餓死でもしたんじゃないかな。

あれは流石にニートを拗らせすぎていたとは思う。

まぁ、異世界転生した今でも、この状態から動く気はないがな。


『レベルアップしました。』


今は草原の上でただ寝ころんでいる。

心地よい風が吹くこの場所、案外快適だ。

いつまででも寝ころんでいられるな。

目を瞑ると一瞬で睡魔にやられるなこれは。

しかし、さっきからこの脳内で聞こえるこの声は何なのかしら。

RPGのあれかね。


『レベルアップしました。』


『魔法を習得しました。【プロテクトLV1】』


おぉ、何か習得した。

プロテクトってことは防御魔法かな。

しかし、何もしなくてもレベルが上がるとは良い世界だ。

原理は分からないが楽でいい。

おまけに一番最初に習得できたのが防御魔法。

何かに襲われても安心できる。

むむむ、近くから足音が近づいてきた。


『レベルアップしました。』


早速プロテクトを使う場面に遭遇か?

寝ころんでいる以上、視界は青空しか見えないようになっているから、使わざるをえないか。

心の中でプロテクト、と唱える。

すると、薄水色で透明な壁が僕を包んだ。

ほほう、これがプロテクトね。

中々の快適空間ではないか。

ほんのりと僕を包むこの暖かさ、癖になりそうだ。

おっと、そういえば何かが近づいてきている最中だった。


『レベルアップしました。』


「あの………ここで何してるんですか?」


僕の魅力に引き寄せられたのはモンスターではなく、女の子。

見たところ、僕と同じくらいの年齢に見える。

因みに、僕は大学一年で引きこもったニートだ。

しかし、脳内の声と女の子の声が重なって聞き取れなかった。


「すまん、もう一回言ってくれ」


「ここで何をしてるんですか?」


「見ての通り、寝ころんでいる」


そんなことすら分からないとは、愚かな女子よ……。


『レベルアップしました。』


『魔法を習得しました。【ドレインLV1】』


またしても魔法習得。

がんがん上がるな僕のレベル。


「いや、寝ころんでいるじゃないですよ…………こんなところで寝ていたらいつ魔物に襲われるか分かったものじゃないですよ。」


そうかそうか、ここは危険ね。

まぁ、それでも僕は動く気などさらさらない。

このままプロテクトで引きこもって余生を過ごす。


「というわけだ。僕は動かんぞ。」


「どういうことなんですか……」


女は呆れた顔をしている。

ふん、好きなだけ呆れるがいい、蔑むがいい。


『レベルアップしました。』


『称号を獲得しました。【駆け出し魔法使い】』


おお、称号を獲得したようだ。

駆け出しってところが少し腹が立つが、まぁいいだろう。

レベルは7かな、多分。

正直数えてなかった。

ステータス画面とか見ることはできないのだろうか。


「日も更けて来ましたね……、私は家に帰りますけれど、大丈夫ですか?」


む、そうなのか。

確かに、空が夕焼けに染まっているな。

とは言え、わざわざ寝床を探すために動く気もない。

このままプロテクト隠居生活を満喫しよう。


「言っただろう。僕はここから動く気はない」


『レベルアップしました。』


「はぁ、それではさようなら」


女はそのまま僕から遠ざかる。

方角は西。

なるほど、その方向に街があるのか。

情報アドは異世界転生において何よりも重要。

しかし、もう夜か。

転生した時間は5時くらいかな?

そんでもって季節は夏だろうか。

そんなに寒くもないしそうに違いない。


『MPが切れました。プロテクトを解除します。』


おおっと、これは………ヤバいのではないか?

この隙にモンスター……さっきの女の言っていた魔物に襲われたりでもしたら堪らない。


『レベルアップしました。』


「グルル……」


草を踏む音が近くでなる。

鳴き声から察するに狼的なやつか?

だんだんと鳴き声が増えているな。

ふむ、やばいなコレは。

落ち着け僕、こういう時こそ冷静にならねば。

何かできることはないか?

そうだ、逃げればいいんだ。

ええと…逃げるためにはどうすればいいんだっけ?

体って何を考えれば動くんだ?

分からない。

流石に動かなさ過ぎた。

これは本当にマズイ。


『レベルアップしました。』


あぁ、うるせえ。

今はレベルアップなんてどうでもいい。

くそ、気が付くともう狼が僕の目の前にまで来ていやがった。

今僕の腕を舌で舐めている。

ザラザラとした感触だ。

頭の匂いを嗅がれているのか、鼻息が頭髪を揺らしている。

ううう、僕なんて肉も付いてないようなもんだし食べても美味しくないぞ。

とうとう僕の腕に冷たく固いモノが当たる。

僕の腕が噛まれる。

たった一度の噛みじゃ腕は切れるわけもなく、捩じ切るように引っ張る。


「うぐああああ!!」


とんでもない痛みが僕を襲う。

噛まれた右腕を抑えたいが体が動かない。

万事休すだ。


『レベルアップしました。』


『魔法を習得しました。【ヒールLV1】』


おおおおお!!!

これは今まさに必要とする魔法だ!!

MPってやつが回復しているかは不安なところだが使うしかない!

ヒール!!

心の中で可能な限り叫んだ。

僕を緑色の風が包み、負傷した箇所を優しく撫でる。

噛みちぎられた僕の腕が元通り接合される。

しかし、それだけだった。

そう、たったのこれだけだった。

この状況を打破できる魔法ではなかったのだ。

選択を誤った、プロテクトを展開する方が得策だった。

このまま、もう一度体を貪られる。

そんな考えが頭を過った。

終わった、この異世界転生。

今日見た女の言う通りにするべきだったな。


『レベルアップしました。』


最後に聞こえた謎の声に不快感を覚えながら僕は意識を落とした。

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