湖と、ペットと、セカンドライフ

ぴこぽこさん

第1話_七月のセカンドライフ_始まり

「――さて、こんなところかな」

 修作はふぅ……と一つ息を吐き、額に浮かんだ汗をタオルで拭う。

「荷物は減らしたつもりだったんだけど、どうしてもダンボールが嵩張ってしまうな」

 修作は部屋の中に置いた山積みのダンボールを見渡し、呆れたように軽く笑う。

 そんな修作のもとに、作業服を来た男性たちがやってきて――

「喜多川さん、これで荷物は全部です。すみません、お金を頂いているのに手伝っていただきまして……」

「いえ、僕はせっかちなので、つい手が出ちゃう性格なんです。むしろプロ方のお邪魔をして申し訳ないです」

 いえいえ、そんなそんな――と、互いに引け気味な会話を繰り返すこと一分。

 きりが良いところで、修作が会話を打ち切って、受取完了のサインをしましょうと言った。

 作業着を着た宅配員も、そうですねと一言返し、運搬完了書類を修作に差し出し、押印を求めた。

「……ああ、ハンコをダンボールに入れてしまったかもしれないです」

 修作は右手を頭の後ろにあてながら言う。

「ははっ。サインで大丈夫ですよ。ハンコを奥の方にしまわれる方、結構多いですからね」

 作業着を着た宅配員が気さくそうに言いながら、胸ポケットからボールペンを抜き、修作に差し出した。

「喜、多、川……っと。はい、これで完了です」

「ありがとうございます。領収書は後日営業所から郵便でお送りしますので、ご確認ください」

「分かりました」

「じゃあ、私共はこれで失礼を……もうすぐ別の運送の方が来るんですよね?」

「そうなんです。普通の引っ越しトラックじゃ運べないやつを依頼していまして」

「我々も一括で運べるよう、お勉強しなくてはいけないですね」

「いえいえ、ありがとうございます」

 作業着を着た宅配員がそれではと言いながら一礼すると、家の前に止まっていたトラックに乗り込み、ぶろろろろ……とエンジン音を鳴らして走らせていった。

「……ふぅ、さてこれから荷物の整理をしなくちゃいけないな。大きな家具は設置してもらったけれど、細かいものが多いからなあ……どこから手を付けようか」

 部屋の中に山積みになっているダンボールの箱を一周見渡し、ふぅ……と修作は小さく息を吐く。

「家具は週末にでも開ければいいけど……ひとまずアレは取り出しておかないと――あいつらすぐギャンギャン泣くからな」

 そう言い、ダンボールの中から『琵琶』と書かれた箱を見つけて両手で引きずり部屋の外に出す。

「あとは『ポンコ』の箱も見つけないと――調合しなくちゃいけないからな」

 頭の後ろを右手で掻きながら、さてどこにやってしまっただろうかというのを修作はぼんやりと探している。

「……ま、どうせシエラが来るまであと一時間はかかるだろうし、飯でも買って休憩するか」

 修作はダンボールの山積みから視線をそらし、ポケットから原付バイクの鍵を取り出す。

 そして玄関まで行き、靴を履いて家の外へと出た。

「うへぇ……さっすが田舎。山と湖とホームセンターしか無いわ」

 家の外の光景を見て修作は言う。

 修作の目には、見渡す限りの大きな湖と、その周りを覆うように大きな山々が見えている。初夏の太陽に照らされる湖は、透き通った水の中に入るのと同時に、その光を反射させてキラキラと宝石が浮かんでいるように輝いている。

 湖の近くでは釣りをしている釣り人がいて、タモで釣ったブラックバスを回収している姿がある。

「都心の釣り堀ですら相当濁っていたのに、ここはグアムの海のように透き通っているなんてすげえな」

 都心を長く経験した修作にとって美しい自然を見るのは久しぶりで、美しい景色を見るのは、もっぱら旅行サイトのネットサーフィンくらいしか無かったのだ。

「すぅ〜〜……ふぅぅぅん……はぁ〜〜! ……うん、森臭い! これが自然の香りだな! 排気ガスの香りが一切しない」

 大きく深呼吸をした修作は、その匂いを味わうように鼻の中で楽しみ、ゆっくりと吐き出していく。

「こんなキレイな空気がある町でバイク乗っちゃうのも申し訳ないけど、流石にこの家からスーパーまでは遠いからな――」

 そう言いながら、原付バイクに跨り、鍵をかけてエンジンをかける。

 ブロロロロロ……

「じゃあ、買い物ついでに田舎道体験でもするか! ついでに『琵琶』と『ポンコ』達用にアレを作らないといけないし、ホームセンターにも行くかな」

 修作はバイクのアクセルを回し、器用に車体を一回転させながら道へと出ていく。

 初夏の静かな田舎町を、バイクのエンジンを慣らして道を行く。

 修作の新しいセカンドライフが始まったのだ――

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