第2話 膝上3cm、香り付透明リップの憂鬱②



 掃除当番を手伝ってあげたり、日直の仕事を手伝ってあげたり、妙な奉仕活動をすることで透子さんに近づいた。めんどくさい思いをしながらやっとの事で彼女と言葉を交わせるくらいの関係になる。なんで自分はこんなことをしているのだろう、と時々自分自身がバカらしく見えた。


 そして観察を初めて約一週間。そろそろ、やめようかな。そう思い始めた。だって透子さんの魅力、ぜんぜん分からないんだもん。いつもどこか不機嫌そうな表情をしている。長い髪でニキビのある頬を隠し、下を向いている。


 話だって合わない。ファッションやテレビ番組、SNS。女子高生なら興味を示しそうな話題を提示しても、全然ノッて来てくれない。もしかしてがり勉さんなのかな、と思って進路選択の話をふったらあからさまに欠伸をされた。もう、何に興味があるの!時間の無駄感がスゴい。


「ねえ、篠田さんって沙羅ちゃんといつも仲良いよね」

「ああ、うん」


 何、このぱっとしない返事は。内心イラつく。なんなの、クシャトリアがわざわざ話しかけてあげていること、ありがたく感じていない訳?バラモン様じゃないとご不満でいらっしゃる?でもあんた、自分の身分わきまえてる?これだからアンタッチャブルは。心の中だけでなら何を言っても許される、私はそう思っている。もちろん笑顔は取り繕う。


「沙羅ちゃんと篠田さんってさ。全然違うタイプじゃん?何がどうなって仲良くなったの」


 我ながらセンスの無い質問だと思ったけれど、どうしても訊いてみたかったのだ。あの可愛くて派手な沙羅ちゃんが、こんな無愛想な地味子のどこに惹かれたのだろう。きっと、何かしらの人間的魅力があるに違いない、そう思っていたのだ。


「中学一年生の時に同じクラスで隣の席だった」


 ダルそうな口調でそう返事をされた。


 私たちが通うのは中高一貫の女子校。中学一年生から高校三年生まで、学年全体で見ればずっと同じメンツで過ごすこととなる。ついでに言うと一学年四クラス有るのだが、その担任の先生のメンツもずっと同じ。つまり四人の担任の間を行ったり来たりするわけ。中一から高三までは六年間あるから、必ず一度当たった先生にもう一度あたる計算となる。これ、ディリクレの部屋割り論法じゃね?知らんけど。うん、なんかちょっと違う気がする。


 何が言いたいかと言うと、今高校一年生の終わりに差し掛かっている私たちは、既に四年近くお互いを見てきているということ。中学一年生の頃なんてみんなが真面目でスカート丈だって校則通り膝下で、カーストなんて暗黙にも形成されていなかった。鼻につくくらい愛想のいい沙羅ちゃんだから、きっと自分と不釣り合いだとかそういうことを一切考えずにこの子に声をかけたのだろう。きっとそのまま四年間、お互いを見てきた。―― 一週間じゃあわからないこの子の魅力って、なんなのだろう。


「ふうん」


 私は私で、自分から訊いたくせに興味の無さそうな返事を返した。


「ところで」


 そして、透子さんは珍しく自分から話題を振ってくるのだった。


「桜井さんが興味があるのって、私じゃなくて沙羅だよね」


 アンタッチャブルのくせに、普段は空気なんて全然読めていないくせに、こういうときだけズバリと相手の本音をついてくるの、普通にやめてほしいんですけど。私は彼女の言葉を否定しなかった。







「ねえ、美緒ちゃん」


 ある日の昼休み、沙羅ちゃんに声をかけられた。


「ちょっと今時間あるかな……ふたりで話したいことがあるんだけど」


 お願い、と手を合わせて可愛らしく頼み事をする彼女の申し出に、私は勿論快くOKを出した。――バラモンさんがわざわざ私に声をかけてくるなんて、珍しい。沙羅ちゃんは高い声でありがとー、と言いながら先に教室を出た。


 ふたりで話ってなんだろう。首を傾げながら私も席を立つ。バカみたいだけど、少し緊張した。相手はバラモン、下手な出方をすれば学校生活が送りづらくなる。私は自分で自分を勇気づけるために、お気に入りのラズベリーフレーバーのリップを筆箱からブレザーのポケットに滑り込ませたのだ。

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