その理由は。

瀧本一哉

「知られざる子供たち」

 3年前、長く続いた戦争が終わり、世界は統合に向かい始めた。戦勝国のグループが主導して世界政府を結成し、地域間の格差は徹底的に是正され、全地球民が平等に暮らす世界が形になりつつある。

 表向きとしては。の話だ。

 3年というのは戦争によって残された傷を癒すのには短すぎる。核の力が行使された地域———主にかつての主要国の首都ではいまだに土壌汚染が激しく、人の生活できる地域は限られている。ある意味ではそれが新しい世界構築の土台となっているのだが。

 そして厄介な問題はもう一つ。

 空の独房がいくつも並ぶその奥に彼女の部屋はある。そこまでトレイに乗せた食事をもっていき、小さな小窓から丸型のパン、固形の栄養食品、そして簡素なスープが入った器を差し入れる。彼女は無言でそれを受け取るり、ネコ科の耳のようなものを頭上に揺らしながら部屋の奥に戻っていく。――いや、それは事実としてチーターの耳なのだが。


 何年も続いた戦争で追い詰められた敵国は人間の禁忌に触れる兵器をふたつ開発し、躊躇もせずに戦地に投入した。一つはクローン兵。こちらは正直なところ被害は少なく、戦況は動かなかった。大量の人材を確保できるとはいえ、所詮は人間のコピー。限界があった。

 だが、問題はもう一方だ。

Unknown Children知られざる子供たち」。その国は成長が著しい12~18歳の子供(と言っても十分自我が確立する年齢なのだが)を国中から集め、まるで使い捨てのように尊い命を研究によって奪い、生き残った子供たちは生物兵器として戦場に送り込まれた。余計な感情は消し去られ、以前の記憶も持たない。そしてそれぞれがを持つ。

 文字通り超人的な身体能力を持ち、冷徹な目で戦場を駆ける。体の一部に導入された動物の形質が反映されることはあれど、基本的な見た目は町中にいる少年少女と何も変わらない。当然ながらレーダーになど写らない。それゆえに、難民の子供のふりをしていくつもの部隊に忍び込み、たった一夜で壊滅させた。あくまで自衛を目的とし、人道を重んじていたわが軍は難民を一概に拒否することもできず、被害は爆発的に広がった。

 だがある日、突然彼らは自身の国に反旗を翻した。こちらの軍にしたのと同じ方法で、敵国の軍部――のみならず自らの元の家族を含めた住民までも大量に殺害し始めた。そして三年前、敵国の自滅という形で戦争は終結したのだ。

 戦争終了後、彼らは一か所に集められ、そのほとんどが痛みを伴うことのない方法で処刑をされた。その場所が私のいるこの施設だ。彼らはこの世の楽しみを何も知ることのないまま、生涯を終える。それを幇助するのに抵抗がないと言えば当然ながら嘘になる。しかしこのまま生かしても明るい未来がないのも事実なのだ。

 彼らは寿命が短く、長く生きても20歳。そして死期が近づくにつれて人間から動物の姿に近づいていき、最後は幻覚と幻聴に襲われ、衰弱しながら息絶えるという。そのような死を迎えるよりも、彼らに殺された人々の遺族の意向もあり、処刑という形をとっているのだ。処刑されない子供もいるがその子たちの方がもっとひどい。今も数少ないながら残る大富豪に引き取られ、奴隷のように扱われているという。そして特殊な性癖を持つ者がいるのも確かで、表沙汰にできない理由で引き取っていくことも少なくない。

 ただ、彼女だけにはどんな薬も、ガスも効かず、強硬手段としての銃殺もそれをしようとすると、看守を人質にとって拒否をした。耳のいい彼女には不意打ちも通用しなかった。死を受け入れない。自ら苦しんで死ぬことを望むように。あるいは運命によって生かされているのかもしれない。

 そんな彼女は牢屋よりも幾分か居心地のいい部屋に移され、私のビデオによる監視があるとはいえ、ある程度普通に暮らしている。・・・言っておくが着替えや風呂、トイレには監視カメラはつかない。

 そして最近彼女の部屋に同年代の少年が出入りするようになった。深く詮索することは禁止されているが、どうやらどこかの大富豪の息子らしい。

 それ自体は何も困らないからいいのだが。

 いつの間にか時計は夜の9時を回っていた。消灯時間。施設内の照明を落とす。

 そして10分ほどたてば・・・

「・・・っ・・・ぁ・・・」


 照明が落ちているとはいえ赤外線カメラで部屋の中は丸見えだ。

 そして画面に一瞥すれば、そこに映るのは仲睦まじく体を重ねる男女。どうしてこんなに仲良くなったのかは知らないが、ここのところ毎晩、あの部屋からは嬌声が聞こえてくる。

 だがそれも長くは続かない。30分もたてば彼は帰り、彼女は静かに眠りにつく。

「あっ・・・にゃぁ・・・」

 だんだんと声は大きくなり、人間と猫の間のような喘ぎ声が聞こえてくる。このままいけば、同時に果ててそれは終わる。そして最後にキスをして彼らは別れる。

 が、突然に音声は途切れた。

「!?」

 反射的に画面に目を向ける。そこには床に倒れこみ動かなくなった彼女と、部屋を出る彼がいた。足音がこちらに近づいてくる。異様な恐怖感を覚える。彼の倍は年を経ている私が、一歩も動けないでいた。そして事務所のドアがノックされ、警戒しながらも僕はそれを開ける。富豪の息子という割には質素なパーカーを着ている彼が一枚の紙を差し出す。それに記載された判を見て、私はすぐに理解をする。それを察したように彼は下を向いたまま口を開く。

「政府軍からの正式な依頼により、彼女の暗殺を遂行しました。」

 夜に溶けていくような冷たい声色。私は困惑して、しかし努めて質問を絞る。

「どうして、そんなに彼女を簡単に殺せたんだ?刃物の気配を彼女は逃さないはずだ。それと、どうしてあそこまでに、それも短期間に彼女に近づけたんだ?」

 私の疑問に少年は年齢に見合わないほど落ち着き払って言う。

「そうですね、これを見ればお分かりになるのでは?」

 そう言って彼はパーカーを脱いで歯をニッと広げて見せる。

 そこには小さな黒い羽根、赤黒く光る鋭い歯。

「なるほど・・・コウモリか。」

「えぇ、殺されてない私たちコドモタチをみるのは初めてですか?」

 そう言いながら彼は服装を整える。

「あぁ。大体は奴隷のように扱われると聞いているからな。」

 同族だと知ったのなら距離が縮まってもおかしくないだろう。事実彼女はしっかりとした意志と感情を取り戻しつつあった。

「私は運が良かったのかもしれません。拾われた先は世界政府の要人でした。」

 なるほど。やはり世界は変わっていないんだな。そう思って私は最大の疑問を彼にぶつける。

「なぜ、同族を殺してまで、そいつらの元に・・・」

「生きるためですよ。彼らは研究途中とはいえ、私の命を伸ばす薬を投与してくれますから。」

 私の言葉をさえぎって彼は言い、続ける

「それに、ご存じでしょうがもはや殺すことについて、私は何も感じませんから。では。」

 彼は寂しそうな笑みを浮かべて宵闇に消えていった。


 生きるために邪魔を排除し、他を殺す。その悲しい連鎖はきっとはるか昔から、今も、そして未来永劫、変わることはないのだろう。

 そう思って私は彼女が横たわる画面を眺めていた。

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