雷之悟はコートを着ている!

神離人

第1話 主人公の名は『雷之 悟』

 夏の太陽が顔をださない曇りの正午。数十年ぶりに高校に集まるように連絡を受けた俺は、『瞑宰京べいさいきょう通常高校』にやってきていた。グラウンドには他の生徒たちも次々やってきているみたいだし、どうやらみんな律儀に集まっているみたいだな。暇なやつらー。


「あれれ、悟がきているなんて珍しいねー」

「ん? 魅異!? おまえが行事に出るなんて一体なにが……」


 魅異がわざわざ参加してくるなんて珍しい。いつもこいつは事件や行事などにはあまり関わらないようなやつなのに。にしてもさすが『神離 魅異(しんり みい)』。他の生徒がちらちらと魅異のほうを見て、こそこそと話している。おのれー。主人公である俺よりも目立ちやがってー!


「ふっふっふ。人を疫病神みたいに言わないでもらいたいね。悟だってこんなに暑いのにコート着ちゃってさー。見ただけで暑さを移されてるように感じちゃうよ」

「コートを脱ぐとどうにも具合が崩れちまうからさー。それにほら、コートはコートでも半袖コートだぜ? ふっふっふっふ! 季節感は押さえてあるのさっ! 夏にコートをきてるだけの季節感がないような人間と一緒にしてほしくないなぁ!」

「はたして地球でもおなじ台詞を言えるかな~? きっとおかしな目で見られるよ?」

「もし帰ったら言うとおもうけどな。機会があれば」


 地球かー。この星にきてからずいぶんな時間をすごしてるよな。ずっと地球に住みつづけてたらもうとっくに寿命を過ぎてるだろうし。この『特星』にきてからの生活で変わったことも色々あるが、死ななくなったことがもっとも大きな変化かもしれないな。大きな変化というにはちょっと地味だけど。


「それにしても校長遅いねぇ」

「いや本当に。そもそもどんな内容で俺たち集められたんだ? 魅異ならなにかしってるだろ。教えてくれねーか」

「夏休み50周年記念になんとなく集められただけだよー」

「そ、それだけ? マジか!? あのおっさん、俺たち生徒をなんだとおもってるんだか」


 面倒だから帰ろうかなぁ。暇つぶしにきてみたけど、校長の遊びに乗ってやるほど暇でもないし。それにここ数日、ゲームを買いすぎたからあまり金がない。そろそろどこかの洞窟とかに宝探しにいったほうがいい頃合だ。


「あれ、悟、もう帰るのー?」

「ああ。俺はいそがしいからな。今日も洞窟までわるいモンスターを倒しにいかなくては」

「ははあー。それはおしかったね。前方不注意だよー」

「ん?」

「よいしょ。あ、おはようございます、みなさん。わたしですよー」


 うおっ!? 俺がふりむいていた視線をもどすと、そこにはいつのまにか校長が出現していた! なれているつもりだったが、いきなり不意打ちで目のまえに出てこられるとおどろくって。校長はまわりへにこにこと手をふってるな。まったく、おどろいたこっちの気もしらないでのんきな。


「あいかわらず元気そうですね、校長」

「やあ。悟君もいつもどおり元気そうですね。それに魅異君もいそがしいでしょうに、よくきてくれました」

「わたしはいそがしかったことないけどね」

「むしろ俺はいそがしいんだけど。校長、帰ってもいいか?」

「えー。せっかくみんな集まったんですからなにかしましょうよ。50周年ですよ。夏休み50周年記念! 悟君、ノリわるくないですぅ?」

「あのなー。みんな用事があるとおもって集まってるんですよ。ほら、俺以外にも帰りはじめてる」


 夏休み50周年記念ときいて、たいした話ではないとおもったのか何人かの生徒たちが帰り支度をはじめる。それを見た校長はあわてたように両手をぶんぶんふって、みんなの制止をうながしている……ってことだよな? しかし校長のがんばりはムダに終わりそうだ。まったく効果がない!


「え? あ、ちょっと! せっかくの記念なのに」

「でも校長なんの企画も考えてないだろ」

「う。うぅー」


 あらら、俺のひと言でうなだれちゃったよ。ほんとうになんの考えもなしに生徒をあつめてるとは。いまの会話をきいて、帰る準備をはじめる生徒が多くなったぞ。すでに何人かは校門へと歩きはじめている。


「わかりました。……みなさん戦いましょうっ!」


 うつむいていた顔を上にむけ、校長は大きな声で天にさけぶ。いきなり力のはいった一声があがったからか、生徒たちの動きはぴたりととまった。俺をふくめた生徒たちみんなが校長に注目しているようだ。


 戦闘。俺は探検によくでかけるから戦闘経験は多い。魔物相手はもちろんのことだし、対人戦もそれなりに機会があるからな。そして戦闘をよくするやつらは自分の強さが気になるというもの。だって俺は気になるもん。

 逆に、たとえばバイトとかをしている学生はきっと戦闘することはあまりないだろう。そういうやつらは、こういうイベントでくらいしか戦う機会がないわけだ。普段はやらない戦闘が行事としておこなわれる。きっと気になるだろうな。

 つまり普段から戦闘をしていようがしていまいが、どちらにせよ興味を引かれるというわけだ。


「帰るなら1度は戦ってからにしてください! 運動不足でないかどうか、わたしが判断してあげましょう! 校長としてちゃんと最後まで見とどけます!」

「グラウンドの広さだとみんな同時はむりがあるね」

「そうですね。では、まずは1対1の戦いを可能なかぎりのペアでおこないましょう! はやく帰りたい人はどうぞはじめてくださいー! 戦いがはじまったら近くの人ははなれてくださいねー!」

「そうか。なら校長!」


 俺は生徒たちを押しのけるように大きくうしろに飛びのき、ポケットから水鉄砲をとりだして校長にむける。水鉄砲はハンドガンサイズで、光線銃のようなデザインをしている一般的なものだ。


「その身勝手なふるまい! この『雷之 悟(らいの さとる)』様が二度と動けないようにとめてやる! あんたは誰よりもはやく脱落することになるだろうぜ!」

「……ふっふふふ、おもしろい! いの一番にこのわたしを相手にしようとはいい度胸です! 全生徒を統べるほどベリーベリーベリーぃ……強すぎる波動の力っ、とくと味わうといいでしょう!」


 校長が両手を大きく広げると、手から、服から、頭から、校長の全身からしろいもやが出現する。波動の『特殊能力』だ!

 とりあえず、校長のあやつる波動には気をつけないとな。波動だからという理由で、空中浮遊、ワープ、光線、物質転送などとやりたい放題できるはずだ。とはいえ、校長とは長いつきあいの俺にとっては見飽きたものでしかないわけだが。


 校長の『波動をあやつる特殊能力』は応用性が高い。対して、俺の『魔法弾をあやつる特殊能力』はどちらかといえばシンプルな攻撃技ばかりだ。時間差でのコンビネーションアタックなどを使われたら一気に不利になる! そうならないようにすぐにぶっ倒してやるぜっ!


「喰らえ! 空気圧圧縮砲!」

「いきますよ。波動球!」

【どがぁ!】


 こちらが水鉄砲の前あたりから撃ちだした『空気の魔法弾』と、校長が片手から投げるように撃ちだした『波動の玉』がぶつかりあう。どちらも同じくらいのサイズで、バスケットボールほどの大きさだ。ただしどちらも特殊能力としての威力はかわらないため相殺しあう。ちっ、空気とはいっても圧縮率が高いから、やっぱり相手からも普通に見えているな。いつもどおりステルス効果などはない。いつかは敵から見えなくなる特殊効果とかが追加されてほしいもんだ。


「まだまだです! たああっ!」

「おっと」

【どかぁん!】


 校長は両手をふるって2つ同時に波動球をはなってくる。俺はうしろに飛びのいて攻撃をさけるが、足元に着弾したため砂煙がまき上がる。あ、これは……もう決着がついちまったかもな。


「波動レーダー! 悟君の位置はそこですか。波動球!」

「うぇっ!? 水圧圧縮砲!」

「君にはわたしの攻撃の正確な位置は」

【ずどばぁ!】

「なんですって!?」

【どがあぁんっ!】


 俺のとっさの『水の魔法弾』によって、校長の波動球はかき消される。そしてそのまま水圧圧縮砲はつきすすみ、砂煙の奥にいる校長の顔面にぶちあたった! 校長は顔を押さえながらグラウンドに倒れふした。砂煙がどんどんとはれていく。そこには砂煙ごしに見ていたときとかわらず、校長が地面に横たわっている。俺の勝利だ!


「ふぅ。レーダーを使われるとは思わなかったぜ。ちょっと焦った」

「うぐぐぁっ。まさか見えていたなんて」

「あ、まだ気絶してなかったのか。じゃあもう一発」

「降参! 降参しますー! にしても、よく波動球と渡りあえましたね。最後なんてうち負けましたし」

「水鉄砲には隠し効果があるのさ。水系統の特殊能力がちょっとだけパワーアップするんだ」


 水圧圧縮砲というのは水ではあるものの、特殊能力としてのもともとの威力は空気圧圧縮砲とまったくかわらない。なのに空気圧圧縮砲で相殺しかできなかった波動球を破ることができたのは、その隠し効果のおかげだ。水鉄砲によって水圧圧縮砲が強化されていたからこそ、空気圧圧縮砲よりも強い威力となったわけだ。


「隠し効果!? よくそんなもの見つけましたね!?」

「苦労したぜー。あるゲームのエンディングに載ってたんだ」

「ははあ。ゲームですか。うわさにきいていた隠し効果のヒントがそんなところに。わたしもなにかやりましょうかね、ゲーム」

「俺は貸しませんよ」

「うむむむ」


 だって校長に貸したらずっと帰ってこない気がするし。ああでも、たしか『あのバカ』がいくつも同じようなソフトをもってたな。たしか毎回、廉価版を続編とまちがえて買ってるはずだ。処分に困ってたはずだから譲ってくれるかもしれない。今度会うことがあれば頼んでみるか。


「校長、もしかしたら近いうちにゲームを貸してやれるかもしれないぜ」

「ほんとうですか!?」

「ほんとほんと。まあ気長にまってなよ。多分、秋までには用意できるとおもうから」

「けっこう遠いですね。ああいえ、タダで貸していただけるんですからありがたい話です。ほんとう感謝しますよ、悟君」

「ふっ、気にする必要はないぜ」


 俺のゲームじゃないんでね。


「さてと、それじゃあそろそろ帰ろうかなー」


 でもグラウンドではまだ生徒たちが戦っていて誰も倒れているようすはない。宣言どおり最初に勝っちゃったわけだ。うーん、気分がいいけどちょっと帰りにくいなあ。正門までに人が多すぎるぜ。このあと宝探しにもいくからのんびりはしてられないし、どうにか展開を早めてもらわなければ。


「よし! 誤射ということにして妨害ギミックを提供してやろう! エキサイティングな不意打ちをされればみんなあっという間に全滅だ!」

「ですが、それはみなさんの勝負に水をさすことになるような」

「ほらでも校長、夏休み50周年記念だしさ。ぱーっとやろうぜ! ぱーっと!」

「おお……! そうですよね! よーし! わたしもいっぱい誤射しちゃいますよー!」


 その後、みんなは勝負を放棄して、いちばん乗りの座を奪うために俺と校長への集中攻撃をはじめた。『俺&校長ペア』VS『その他参加者』の大決戦となり、お宝探しをする暇はなくなったのだった。

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