暗殺者クロナの依頼帳Ⅴ 復讐の牙

レライエ

怒れる餓狼

 主の【自殺】を聞いたとき、彼はそれを言下に否定した。

 そんな馬鹿な。

 有り得ない。


 主は、節制の権化のような人物だった。

 権力者にしては珍しく、女や金に狂うこともなく、暴飲暴食に耽ることも無かった。

 趣味を仕事とし、仕事を全うすることを生き甲斐にしていた彼だ、それを投げ出して死ぬわけがない。


 思い出されるのは、【暗殺者】の噂だ。


 妙な薬を用いて暗殺を狙う輩がいると、主本人と会話していた。

 確証は無く、影すら見えない事態だったが、暗殺者というのはそういうもの。影さえ見せず迫るものだ。


 不安ではあったが、しかし、彼自身の仕事を投げやりには出来ない。

 主から託された仕事だ、彼は躊躇いながらも町を離れた。


 間違いだった。


 主の意に反してでも、その傍を離れるべきでは無かった。


 殺されたのだ。暗殺者の影が、主の行く道を覆い隠したのだ。

 赦せぬと、思った。


 身を隠しつつ集めた情報で、1人、それらしい人物が浮かんだ。

 白百合の如く清らかで、赤薔薇の如く鮮やかな少女。彼女が、食事の席でのだという。

 毒だ。噂になっていた【石化剤メドゥーサ】の餌食となったのだろうと、彼は確信した。少女の犠牲こそ、暗殺者の存在証明に他ならない。


 だが――良く良く聞くと、どうも


 ――

 もし、生きているとしたら、それにはトリックがある。種があるということは、


 その時点で、彼のならば下手人を追い捕らえることも可能だった。だが、彼の中にある冷静さがそれを止めさせた。

 街中で騒ぎを起こすのは、不味い。復讐の前に巡視隊ガードに始末されてしまう。


 騒ぎを起こすなら、街の外だ。

 森のなか、【魔女】に睨まれない程度に暴れれば、邪魔するものは誰もいない。


 良いタイミングで、少女のが外に出てきた。訪れた狩りの予感に、彼は獰猛に笑った。

 襲ったそれはだったが、構わない、捨て置いた。

 【魔女】も迫っていたし、それに、何かあったと暗殺者に伝えてもらわなければならない。その為の伝言役メッセンジャーとしては、巡視隊は適任だろう。


 あとは、座して待てば良い。

 、彼に勝てる者は誰もいない。


 来るべき復讐の時を待ちながら、彼、【人狼】マキシムは夜空に吠えた。

 己れは此処に居るぞと示すように、長く、長く――。

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