真夏の夜の夢(再録)
夜空に大輪の花がいくつも咲いては散っていく。
『一緒に花火、見に行こうね』
そう、約束していた。だから、わたしと彼女は二人でその大輪の花を見上げている。ううん、彼女は悲痛な面持ちで俯いている。見上げていたのはわたしだけだった。
大勢の人の中、見上げていないのは彼女だけ。その姿がとても痛々しかった。
「約束、したのに……」
小さく、彼女は呟く。
おそらくは、今日のために用意したのであろう、黒い生地にたくさんの花を彩った綺麗な浴衣。それは空に咲く花よりも美しく映えていた。
普段は下ろしているその、濡れ羽色の美しい黒髪も今は結い上げている。そして、うっすらと施された化粧。
それら全てが今日を楽しみにしていたことの現れに思えて、胸が締め付けられた。
「ごめんね……」
そう言って、彼女に触れようとする。けれど、その手は彼女に触れることはなく、すり抜けてしまった。
わたしは、辛そうな彼女を見ていることも、そんな彼女に何もできない自分にも耐えられなくなり、その場を立ち去ろうとした。
「玲ちゃん、いるの?」
彼女がわたしを呼んだ。わたしに気付いているはずがない。だって、一週間前にわたしが死んでから今までずっと一緒にいたのに、彼女はわたしに気付いてないんだから。
「ねぇ、いるんなら、返事してよ……」
そんな彼女の悲痛な叫び。周囲の喧騒に紛れていても、わたしの耳にはしっかりと届いていた。
声は震え、瞳からは今にも大粒の涙が零れ落ちそうだった。しかし、それでも、しっかりとわたしの方を見つめていた。だから、届かない、そう思っていてもわたしは……
「ここに、いるよ」
返事をしていた。
「玲ちゃん、来てくれたんだ……」
わたしの声が届いた……?
「わたしの声、聞こえてるの?」
「聞こえてるよ。玲ちゃん、わたしね、ずっと言いたかったことがあるの。わたし、玲ちゃんのこと、好き。大好き!」
「ありがとう。わたしも、好きだよ。でも、わたしは、もう……」
「うん、分かってる。わたし、玲ちゃんの分まで幸せになる。だから、見守っててね?」
彼女は夜空を彩る色とりどりの花より、浴衣に咲き誇る花より、美しい笑顔でそう言った。その瞳から零れ落ちる一筋の涙、それは彼女を彩る装飾品かのようだった。
そして、わたしは自分が消えていくのを感じた。もし、この世に未練があって幽霊となっているのなら、その未練はきっと、彼女だった。彼女に幸せになって欲しい、ただそれだけだった。今日までずっと、彼女は部屋に引き込もって泣き続けていた。
でも、彼女は幸せに向かって歩き始める決意をした。だから、わたしは……
「うん、見守ってる。幸せにね」
笑顔と共に彼女に言った。そして、わたしは……
玲ちゃんがいなくなったのを感じた。最後、笑顔が見えた気がした。
きっと、わたしが心配で、幽霊になって会いに来てくれたんだよね……?でも、ごめんね。さっきはあんなこと言ったけど、わたしは玲ちゃんと一緒じゃなきゃ幸せになんてなれないんだよ……。
だから、わたしも、今からそっちに行くね。待っててね、玲ちゃん。
帰り道、玲ちゃんとの思い出を胸に自ら命を絶とうとした。けれど、玲ちゃんとの約束、夢が次々に浮かんできて……。
「うぅ……。玲ちゃん、玲ちゃぁぁぁん」
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