ハーレム? 何それイジメ?

出井兎りんで

ハーレムらしいですよ?

第1話 拝啓親父殿


 拝啓 親父殿。

 貴方の息子である俺、大和谷蒼春やまとやあおはるは本日も元気です。

 なんの皮肉を含めて蒼春せいしゅんなんて名前にしやがったんだこの野郎、なんて親父殿への愚痴はさておき、貴方の息子は残念ながら人生の危機に追い詰められています。

 とりあえず、俺のこのテレパシーのようなモノローグが親父殿に、この状況を作ったクソ親父殿に届いているのなら伝えたい思いがあります。

 マジでふざけんな、テメェの脳みそ腐ってんだろうがあああああああああ!!!!!!!


「兄様、兄様、何を天に向かって言葉の無い咆哮をしているのですか? そこに妹はいませんよ? 

 兄様の愛する妹、大和谷楓夏やまとやふうかはここに健在、ついでに元気な子供を産むために必要な作業の準備を整え、床にて兄様を今か今かと待ちわびております。

 さぁ、遠慮はいりません。健康優良日本男児、大和谷家の長子として子を成しましょう! 妹、いい加減に我慢の限界なので襲うパターンも既にプランとしてご用意しております♪」


 クソ親父に負けず劣らず残念な我が妹はどうしたものか、キャミソール一枚で俺の前に座っていた。

 兄の贔屓目を無くしても美少女な我が妹殿は口さえ開かなければ完璧だ。

 ザ妹といわんばかりの黒髪おさげテール、それに不釣り合いな筈なのにしっくりきちゃう透き通った青く鋭いつり目。

 どこかあどけないのに、色気はばっちりあって小柄なわりには大きな膨らみが薄着で威力を増している。

 そんな妹殿が何やら日本語とは違う言語で何か言っていた気がするが、俺にはちょっとわからない。

 聞こえなかったことにしよう、それで万事解決。


「はっはっは、どうした妹よ? 服を着忘れたのか? もう仕方ないな、兄が服を用意するから少し待つといい。なぁに、一週間くらいで戻るから!」

「うふふふふ、兄様はもう照れ屋ですね。

 いいです、いいんです、兄様が清く正しい心を持っているのは妹が一番理解しています。

 仕方ありませんね、妹が兄様のために一枚と言わず全て脱ぎましょう。ご安心を、兄様が天井の染みを数えている間に全て終わりますので!」


 にっこりとほほ笑む我が妹は人の話を聞く気がないらしい。

 だが想定内、というか予定通りだ。むしろここで素直に退かれたら腰を抜かして驚く。

 もう前提が既に変なことは気にしないでおこう。

 兎に角も逃亡開始、予め用意していた逃走経路としてベランダから飛び降る。

 二階程度の高さ、これまで逃げ回ってきた俺にとってはたいした高さではない。

 ……四階から飛び降りた時は死を覚悟したなぁ。と、今は感傷に浸っている場合ではなかった。

 外へ飛び降り、予め隠していた靴を取り出して全力で我が家の敷地から飛び出す。


「ふーはっはっは、あばよマイシスター!」

「兄様、逃げても無駄ですよー!! 妹は必ず既成事実を作ってみせま……――――――」


 徐々小さくなる妹の叫び声を背中越しに聞きながら、息を整えるついでに現状を整理する。

 威勢のいいこと言って逃げ出してきたけど、行く当てなんてないぞ……

 ああ、これからどうしよう。

 世界は今日も平和だが、俺の行く道は中々に険しい様子で。

 


 事は一時間ほど前に遡る。


『僕、女の人と喋るの苦手なんですよねぇ~』


 わははは、とテレビから聞こえてくる声。

なんとも賑やかでよろしい、だけど今の台詞は聞き捨てならんなぁ。

 女の人と喋るのが苦手? ああ、その程度ならまだいいじゃないか、努力すれば改善できるものだろう。


「女子とかもはや別世界の生物だし」


 自嘲しながら独り言。

 俺は女性が苦手だ。“苦手”なんて言葉しか思いつかないが、とりあえず異性というものが駄目なのだ。

 見ている分には幸せ、会話するのも幸せ、男としてなら当然。

 しかし……いわゆるパーソナルスペースというやつに異性が入ってくると冷や汗、触れようものなら勝手に悲鳴がでる。

 触れたり、近くにいる状況が長時間続くと失神してしまう、情けない体質なのだ。

 いつからこんな体質になってしまったのかは覚えていないが、気が付けば駄目になっていた。

 おかげ様で電車に乗るのも一苦労、学園生活を送るのでさえ楽ではない。

 病院に通ってもいるが改善の兆しなし、誰か助けて下さいよこんちくしょー! といった具合である。

 お医者様いわく、


『精神的なものですねぇ。きっかけがあればあっさりと治ると思いますので、深刻にならなくても大丈夫ですよ』


 らしいが、まったくもって大丈夫じゃない。

 ……このままでは俺の青春が灰色に終わってしまう。

 もうすぐやって来る夏休みを男友達とむさ苦しく過ごし、

「ああ、友情って素晴らしい。何かに目覚めてしまいそうだ!」って感じになってしまうかもしれない。

 そんなの絶対に嫌だ、俺は健全に過ごしたいの!!

 と思いはするが治る気配もなく、今日も今日とて妹を上手くいなしつつ、のんびり過ごす予定だった。

 ……が、そんな淡い希望は脆くも消え去ることに。


 突然、テーブルの上に放置していたスマホが震える。

 電話か、誰だろ? と思いつつ確認すると画面には『親父』の文字。

 珍しい時間帯にかけてくるなんて嫌な予感しかしないが、取らない訳にもいかないので渋々電話にでる。


「もしもし、どうした親父?」

『お、やっと出たか馬鹿息子。俺からの電話は三コール以内に出ろとあれほど……』

「切るぞ」

『待て待てい! 大事話があるんだ、ちゃんと聞かないと後悔するぞー」

「あーはいはい。で、その大事な話ってなんだ?」


 どうせ楓夏いもうとに変な虫がつかないか見張ってろー、とか、彼女できたかー、とかそんなことだろ。

 ――……ええ、そう思っていた時期が俺にもありました。


『突然で悪いが、一か月ほど家を空けることになった』

「ま、いつものことだし驚かないよ。親父滅多に帰ってこないし」

『あと、楓夏に許可した』

「何を?」

『兄に手を出していいと』

「………………は?」

『どうせ血は繋がってないし、いいんじゃね? ってな! がははは』

「………………」


 スマホを投げ捨てようとしたのをギリギリのところで止め、とりあえず自室に全力疾走。

 部屋の鍵をかけ、ドアの前にタンスを置き誰も入ってこられないように入口を封鎖した。

 それから数秒も経たずに――――

 

「兄様! 兄様ああああああああッ!! どこですか兄様!!」


 楓夏、帰宅からの絶叫。

 ドタバタと家の中を走り回る音が響き、その音がすぐそこにまで迫ってきた。

 

「兄様! ここを開けてください! とても大事な、私たちの一生に関わる大切なお話があるんですッ!!」


 まるでゾンビ映画のワンシーンのように激しく叩かれるドア。

 タンス大先生が『ここは俺に任せな!』と漢を見せてくれている間に、馬鹿親父と話をつけなければ……!!

 

「お い!! 糞親父ッ! 何をアホなこと言ってんだあんたはッ!? 楓夏にその手の冗談は通じないって親父も良く知ってるだろ! っていうか、いつもは『楓夏は大事な愛娘だから~』とか言っているくせに、どうしてこうなった!?」

『まぁ俺もいい加減、息子のために気を使ってやろうと思ってな! どうだ、これだけ異性が近づけばお前の病気も治る、そうだろ?」

「異性って言っても妹だけどなッ!!」

『あと、家を空けるからしばらくの間、面倒を見て欲しいと親戚も呼んでおいたぞ。しかも姉妹を、なッ! がはは!』

「……泣くぞ」

『おう! ハーレムだぞ、嬉し泣きしろ息子よ! とまぁ、とりあえず細かいことは向こうから連絡があると思うから、あとは頼んだ。この機会に病気を治し、脱童貞をめ――』


 つい、我慢できずスマホをベッドに投げ捨てた。

ああ、うわあああ……ど、どうして、なんでこうなった!?

 親戚の姉妹って、直接会ったのはかなり前じゃねーか!

今さら、年頃の男女が同じ屋根の下とか気まずくて大変な未来しか見えない。


「あーもう、兄様! 危ないのでドアから離れてください……ぶち抜きますッ!!」


 それよりも、まずは迫る妹をどうにかしなければ。

 ……逃げるか。

 逃げて、えーっと、それからぁ…………

 

 


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