コペンで挙式

○あなたはもう忘れたかもしれないが


ミュンヘン!なんといってもテロの直後。

「何かあったんだ?」

アウトバーンでラジオがずっと叫んでいる。


アウグスブルグ、出口は完全武装の兵隊が何人も

自動小銃を持って警備している。


そのままやり過ごしついに終点ミュンヘンの出口。

「ハルト」(止まれ)


銃口を向けられ万歳状態で身体検査。車の内部をチェック、

パスポートを取り上げられて白バイ先導で警察署へ。


先導の白バイを見失ったらすぐにまた現れて、

片言のドイツ語で必死に弁明をして、

やっと許してもらった。


最後の一言は、

「グーテライゼ!」(よい旅を!)

冷や汗ものでしたね。


○あなたはもう忘れたかもしれないが


バイロイト。ほんとに大変な目にあわせてしまいました。

その前の回では新聞に載ったりしてすごく受けがよかったのですが、


あの地下道とあの橋のたもと。地下道から橋に戻ったらあなたの姿は

ありませんでした。とうとうあなたは捕まりました。


警察署の前で待つことしばし、あなたは元気で出てきました。

強がってけど大変でしたね。ほんとはきつく抱きしめてやるところなのに、

そういうことは結局一度もありませんでしたね。商品は没収。


「なんて書いてあるの?」

パスポートのスタンプともらってきた紙に書いてある内容を必死で訳すと、

「1ヶ月以内に出て行きなさい。半年間は再入国禁止」と書いてありました。


「クリスマスまでは大丈夫、よかったね、ばんざーい!」

もうこんなことではへこたれません。

二人はそれなりにたくましくなってはいましたが・・・・・。


〇あなたはもう忘れたかもしれないが?


12月9日の夕方早めに切り上げてアウグスブルクから

アウトバーンに入る。入り口ランプの緩やかなカーブで

日本人らしき若者がヒッチハイクをやっている。


懐かしき今では少ないカーキ色の登山用リュックでした。

背中に『世界広布』と書いてあります。


「どこいくの?」

「あ、日本人の方ですか?デュッセルドルフです」

「OK。俺たちもデュッセルや」


ヒッチの会話はいつも決まっている。結局、独協大学の1年生で

着いたばかり、デュッセルドルフに会館があるのでそこに行くという。


「会館て何の会館なの?」

「SGIの会館です。昨日はフランクフルトの会館を訪ねました」


とても元気だ。質問をするととてもうれしそうにはきはきと答える。


「背中に世界広布と書いてあるけどどういう意味?」


と聞くと待ってましたとばかりしゃべりだした。長距離ドライブは

ヒッチハイカーがいろいろとおしゃべりしてあげるのが礼儀だ。

眠気覚ましにちょうど良いのだ。


「ふーん。法華経を世界に広めようって訳?」

「はい、そのとうりです」

「その会館に行けば、日本の本いっぱいある?」

「ええ、いっぱいあります。ぜひおこしください。ユースの近くです」


まだ一度も行ったことがないのにこの青年はもう自分の会館のような口ぶりだ。

夜の10時頃にユースに着いた。確かに会館はすぐ近くだった。

彼を下ろし久しぶりにユースの駐車場で眠る。


〇あなたはもう忘れたかもしれないが?


翌朝早く件の青年が現れました。


「よろしければ会館まで行きましょうか?すぐ近くです」

「よっしゃ、マメタン行ってみよう」


何か見覚えがあるなと思ったら、あのホモおじさんの家の近くで

こぎれいな和式の平屋が見えてきた。前庭があって清楚な感じだ。


寺という感じでも教会という感じでもない。純和風。

母屋の入り口ドアを開けると、曇りガラス戸の向こうの仏間で、


「南無妙法蓮華経、南無妙法蓮華経、・・・・・」


と数人の元気の良い題目の唱和が聞こえる。青年が右手の居間を指差した。

あるある日本の雑誌、単行本、新聞などなど。長く欧州を旅していると

誰でも日本食が恋しくなる。と同時に活字にも飢えてくる。


あれば1ヶ月前の雑誌でもむさぼり読むのだ。ここの雑誌はまだ新しかった。

夢中になって二人で本を読んでいると、例の青年が管理人さんを連れてきた。


「やあごくろうさんでんな。はじめてでっか?」

「どっかでみたことありますね?」

「インマーマンシュトラセの日本食品店につとめてます」

「ああ、あの店の・・・。何か日本の本が一杯あると聞いてきたんですが、

2,3冊借りていっても良いですか?」

「ええ、どうぞどうぞ」

「じゃ、これとこれとをお借りします。12月25日頃に返しにきますので」


題目の声に圧倒されて挨拶もそこそこに靴を履きかけた、とその時。

仏間の曇りガラスがすっと開いて、なんと驚いたことに題目を元気

一杯に唱和していたのは3人の長髪ヨーロピアンヒッピーでした。


てっきり日本人かと思っていましたが青い目のヒッピーだったとは全く想定外。

会釈をしてそろりそろりと外へ出ました。



○あなたはもう忘れたかもしれないが


おおつき、おがわ、ぼんぼん、ひょうきん、山男、

映画俳優、イスラエル。みんなよく頑張ってくれました。


ついにクリスマスも終わりデュッセルに集結しました。

大成功でした。もうお札を数えるのも面倒な状態でしたが、

総売り上げは日本円で1000万円を超えていましたね。


みんなを引き連れて再びコペンへ凱旋。盛大に結婚式をやりました。

とても寒かったですね。そう、あなたはウェディングドレスの下は

下着だけでしたから。大通りを歩き、人魚姫のまえでお姫様抱っこ。


あちこち写真を取りまくっているうちに、あなたはその晩高熱を出しました。

さあ、日本に帰るぞ!何とかローマ行きの飛行機に飛び乗って、


「今どこら辺?」

「デュッセルの真上くらい」

二人はそろって真下に手を合わせました。

「デュッセルドルフ、ありがとう!」


                         -完-

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遺手紙(ゆいてがみ) きりもんじ @kirimonji

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