第2話三年ぶりの広島

ボートのオールと波の音が単調に続く。

遠くで烏の声。インド人たちの祈りの声が聞こえる。


(若林のN)「柴山杏子さんお元気ですか?僕若林治は今、

インドのベナレスにいます。ヒンズーの人々は朝早くから沐浴し、

祈りをささげています。ゆったりと流れるガンジス河には、


不思議に人の心を癒す魅力があります。ヒマラヤからの大自然の

懐に抱かれて、母なるガンガでは安らかに死を迎えることができる。

ベナレスはそんな聖地でした」


ボートのオールと波のの音がゆっくりと遠ざかる。

カモメの群れる声。ポンポン船の音。

(駅員)「宮島口、宮島口。宮島行き連絡線乗り換え」


駅の雑踏音。

(若林のN)「三年ぶりか。いい海の香りだ。

少しも変わってないな、牡蠣殻の山」


牡蠣打ちの音。婦人の語らい(広島弁)。

国道の車の音。音遠ざかりきえる。

砂利をふむ足音。玄関を開ける音。


(若林)「ただいま」

奥から足音。

(母)「お帰り治ちゃん。よう元気で帰りんさった。

はよ、あがりんさいや。お風呂わいとるけえ」


奥から父と弟の声。

(父)「よう、お帰り」

(弟)「兄さんお帰り。すぐめしじゃあや」

(若林)「ああ、ただいま」


足音、奥へ。

(父)「ほうか。ドイツで事故ったんか」

足音、声奥へ。


食卓の音。

(父)「ビールじゃビールじゃ」

ビールを注ぐ音。

(弟)「あー、はらへった」


遠くで若林の声。

(若林)「ええ風呂やった」

(母)「そこへ早よ座りんさい」

(父)「さあ、乾杯じゃ」

(皆)「おかえり、かんぱーい!」


コップのあたる音。飲む音。

(皆)「ふう、頂きマース」

(若林)「やっぱり牡蠣フライは最高」

(母)「治ちゃんの大好物じゃろう?」


(父)「ほいでよのう。さっきの話。ドイツの

アウトバーンでひっくり返ってよう助かったのう」

(弟)「ほんまじゃあや。はあ、死ぬかと思うたろう?」


声次第に遠のいていく。

(父)「タイヤが取れた?ほりゃたまげたの」

皆の笑い声が遠くに聞こえる。


(若林のN)「お人よしの義父をはじめ、義理の弟も

皆、この3年間あまり変わっていないようだ」


遠くに声かすかに。

(若林)「ああ、右の後ろのタイヤが外れて」

(父)「よう助かったのう。あ、かあさん、灰皿」

(弟)「わし、ちょっとトイレ」

(父)「あ、わしもトイレ行って来るわ」


母の声が近づく。

(母)「治ちゃん。実はこんな手紙がきとったんよ。

連絡の仕様がなくて・・・・・・」


(若林)「70年の12月か。旅立った年の暮れ、

インドにいた頃だ。・・児玉?小学校の同級生の児玉から?

母さん、ちょっと海、見てくる」

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