spin-off*週末、事の始まり

ナトリカシオ

しゅうまつ

『コンニチハ、☆のひと!きみたちにすてきな“しゅうまつ”がおとずれますように』


まさかこのメールが自分の元に届くなんて、画面を見た時の感想はそんなものだった。

自分で作曲して、とあるバーチャルシンガーに託した曲、その曲のMVとなる動画の投稿者コメント欄、そこに自分が書き記した言葉だ。

曲の内容にも深く関わる言葉で、この曲を作った当初はその世界へと何度も何度も想いを馳せたものだ。

世界に“しゅうまつ”が訪れ、どう滅び、人はどう生き延びるのか。

頭の中で繰り返されるストーリーは、僕の中で、徐々に形を確かなものにしていた。


「このご時世にイタズラメールなんて……」


メールボックスに複数表示される同じ文字列、どうやら僕のPCに登録されているメールアカウントというもの全てに同じメールが届いてるそうだ。


突然スマホが鳴り出す、画面には、普段から交流のある同僚の名前が表示されていた。


「やあピノキオくん、どうしたの?」

『ささくれ君さ、変なメール送らなかった?』


変なメール、と言われて真っ先に先ほどの文章が頭に浮かんだ。


「僕は何も送ってないよ? もしかして、そのメールって『しゅうまつ』に関係するやつ?」

『もしかして、そっちにも届いたのか?』

「うん、ご丁寧に何個かあるアドレス全部に」


PCを使ってツイッターを開き、先ほどの文字列の一部を検索欄に打ち込む、数時間以内のツイートがズラリと並び、僕はそれに目を通した。


「色んな人に一斉送信してるみたいだね、とんだ迷惑だよ…」


自分に関わりの深い文章でこんな事をされると僕としての評判が少々まずい事になる。

早速ネット記事まで出来てるようだ。

『週末?終末?謎のメールの真意とは?』


…やはり、僕の曲についても触れている。


『とにかく、関係無いならそれなりのアナウンスはしといた方がいいかもな』

「ありがとう、そうしとくよ」


電話を切り、ツイートの波を眺める。


一体、何が起こっているんだ?

平和なはずのいつもの週末、僕は自分が作り出した言葉に、頭を抱えていたのだった。


*****


目を覚ます、時計は既に深夜を指している。

どうやら作業中に眠り込んでしまったようだ。


珍しい事もあるもんだと伸びをする、空腹を感じ、何か食べようかと考えるが、ちょうど冷蔵庫の中身が無くなりかけているのを思い出した。


近所のコンビニで適当に何か買って食べよう。

財布を手に家を出る、外では夜中にも関わらず数名の団体が何やら騒いでいた、終末という言葉をその端に捉えた僕は、自分が想像したしゅうまつの世界と近似性を帯びてくる現実に、僅かな不安を覚えた。


「この世界にも、世界中に愛の歌を送りたい子はいるのかなぁ」


ボソリと呟く、この世界にもし終末が訪れるなら、その中心にきっと僕は立っていないだろう。

人が集まっていた公園から、悲鳴が聞こえる。

見てみると、フードを目深に被った男が、女性に体当たりをしているのを目の当たりにした。

いや、よく見ると女性の腹部にギラギラと赤黒く光るモノが見える。


「通り魔……!」


男は女性からナイフを引き抜き、こちらに走ってくる。

逃げろと叫ぶ通行人の声が届くが、僕は咄嗟の判断を失ってしまっていた。


─逃げなきゃ…!


思考が現実に追いつくが、もう遅い。

血に塗れたナイフが街頭に照らされて光る。

死を覚悟した僕の前に、大きな影が躍り出た。


「ヒ、ヒィィ!」

「虎…!?」


影の正体を認識するのが周囲からワンテンポ遅れる、目の前に現れたのは全長5mはあろうかという巨大な虎だ。


虎は今にも通り魔に襲い掛かりそうな勢いで姿勢を低くする。

僕は一瞬、真っ赤に染まった「虎の視界」を幻視した感覚に陥った。


グイと脚から力を感じる、飛びかかるつもりのようだ。


「……やめろ!」


思わず叫ぶ、虎はピタリと動きを止め、こちらを見た。

命令を聞いた? 偶然か、それとも─


虎が静かに空を見上げる、釣られて見上げると、見事な満月が雲の切れ間から顔を覗かせていた。


「虎に気をつけろ!」

「通り魔抑えとけ!」

「何してる救急車はまだか!?」


騒ぐ周囲の中で、僕と虎は静かにお互いを見据える。

月明かりがふと翳り、虎は幻のように霧散した。


見上げると、月は雲に覆われ、曇った夜空がそこに広がっていた。


ツゥと雫が頰を伝う、僕の目から流れたものらしい、何故僕は泣いているのだろう、そう疑問に思った瞬間だった。


「傷が無い…?」


刺された女性の手当てをしていた女性の声が聞こえた。

そんなバカな、あんなザックリ刺されてたんだぞ。

僕の考えを野次馬が代弁する。


「あれ……私、刺されたのよね……?」


女性の声だ、どうやら目まで覚ましたらしい。


「おい、お兄さん、おい!」


近くにいた人が声をかけていたのに気が付いた。


「さっきのバカデカい虎はどこに行った!? 怪我は無いか!?」


「虎…そういえば、どこに…」


話そうとした瞬間、激痛が腹を襲う。

まるで肉を裂かれるような痛みが、腹の表面から一気に内部へ駆け抜けた。


そんな経験がある訳では無いが、例えるならまるで、まるでナイフで刺されたような、そんな─


* * * * *


目を覚ますと、真っ白な天井が目に付いた。


「……ここは…?」

「病院、君、公園で突然倒れたんだってね」


隣に人の気配がしたので訊ねると、馴染みの深い声が聞こえた。


「3日眠ってたよ、その3日で世間は大変な事になってる」

「大変な事?」

「あのメールが出回ったのがキッカケかどうかは分からないが、色んな人が不思議な超能力じみたチカラを使い始めたらしい」


そう言った彼はリモコンを手に取り病室のテレビに向けてボタンを押した。

テレビには周囲に本を浮かせた男が戦闘服の部隊を相手取っているのが映った。


『アグニシャイン!』


テレビの中の男が叫ぶ、男の前方に魔法陣が浮かび上がり、大量の火の玉が彼を囲った。

火の玉が一斉に散開し、部隊に襲いかかる、映像は、そこで途切れた。


「超能力が発現するのは主にクリエイターらしい、彼は2次創作作家だったらしく、まだ力が弱かったみたいですぐに鎮圧されたらしい」


テレビを消した声が言う、ヒョイと視界に何かが入り込んだ。

見た事のある生き物……キャラクター……?


「ピノキオ君、これは…」

「どうしてちゃん、知ってるでしょ?」


どうしてちゃんの襟首を摘んでテレビ台に座らせて今度は本人が僕の視界に入り込んだ。


「超能力…いや、異能と呼ばれてるチカラは僕らボカロPにも発現が確認されている」


まさか、そんな、今のは映画か何かの話じゃないのか。


「異能が暴走して大変な事になった人もいれば、僕らみたいに何事もなく……いや、君は違うか」


ピノキオ君のポケットから、何かが這い出て来た、彼はそれをこちらに手渡す、カフェオレのような、マフラーを巻いた謎の生物、よく見慣れたキャラクターだ。


「ここで拾ったんだよ、君も異能に目覚めたんだろ? その何かしらの影響で、君はここにいるんじゃないかな?」


月下の虎、無傷の被害者、突然の刺すような痛み。


様々な記憶が駆け巡る。

窓の外から、夕日が差し込んだ。


ああ、まるで“しゅうまつ”のような夕焼けだ。


そう、これが僕の、いや、僕たちの“しゅうまつ”の始まりだったのかもしれない。

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