第35話 決意

 いつまでも途方に暮れている場合ではありませんので、予定通りに紳の事務所に行って打ち合わせをすることにしました。

 紳は渡瀬さんとの打ち合わせに参加したいと言っていたのですが、どうしても抜けられない仕事を抱えていたため、私ひとりで報告を聞いたのですが、おそらく紳が参加していても最終的には私と同じ結論に達していただろうと思いました。

 今現在、紳が金融機関と進めている大阪インペリアルホテルの再建計画は、先ずはこちらの資金で改装工事を行い、全面改装をしてリニューアルを施し、ホテル自体の資産価値を大幅に上げた上で債務をウォルソンに移管して、新たにウォルソンが借主として現有債務の借り換えを行い、その際に箕面のお父さんの自宅に設定された担保を全て末梢し、代わりにウォルソンが所有する大阪市内の収益物件、価値として2億円近いワンルーム専用マンション一棟を担保として差出し、債務の減免交渉に入るという筋書きなのですが、金融機関側はウォルソンを調査した結果、資産価値として20億円近い収益物件を法人で所有しており、何よりもウォルソンの株主に進の父親を筆頭に、電鉄会社の役員、中堅の住宅メーカーの社長、中堅ゼネコンの創業者などが名を連ねていることが功を奏して、銀行側は思い切った減額に応じる用意があると、口答ですが返答をもらっております。

 早い話が、銀行は大阪インペリアルホテルの借金を大幅に減額する代わりに、今後はウォルソンのメインバンクに納まり、これから共に歩んで行くほうが得策と判断したということです。

 以上のような理由で、ホテルは4日後までの営業となり、それから全館を閉鎖して全面改装工事に入るのですが・・・

 私は今後の方針として、東興物産とインペリアルホテルとは揉め事を起こさず、『大阪インペリアルホテル』という名称を、今後は使用しないという方向で進めていこうと思っておりますで、その意向を渡瀬さんを通じて相手側に伝え、穏便に再建計画を実行していくことに決めました。

 でなければ、もしも東興物産とインペリアルホテルを敵に回した場合、これから始まる改装工事に邪魔が入ったり、せっかくまとまりかけている金融機関との話し合いが、東興物産が銀行に圧力をかけることによって、振り出しに戻ってしまう可能性などが考えられますので、先ずは紳に相談をしたあと、最終的にお父さんの了解を得て、新しい名前でホテルを再開しようと思っているのです。

 お父さんとお母さんに買ってもらった腕時計を見ますと、午後の3時前でありました。

 ちょうど紳が用事を済ませて事務所に戻る時間が2時過ぎと言っておりましたので、そのまま紳の事務所に向かいました。

 事務所に到着すると、紳は既に戻ってきており、今回はプライベートルームではなくオフィスルームに案内されまして、紳に渡瀬さんがまとめてくれた調査報告書を手渡し、応接セットのソファーに座って紳が報告書を読み始めました。

 その間、私は慶子ちゃんが持ってきてくれたコーヒーと、またもやビアードパパのシュークリームをいただきながら、紳が読み終わるのを待っておりました。

 やがて紳はいつものように2回、目を通した後、

「それで、圭介さんはどうするつもりなんですか?」

 と、少し険しい表情で訊ねてきました。

 私は今後の方針を詳しく紳に語ったのですが・・・


「嫌ですね! 僕は今まで圭介さんに逆らったことは一回もなかったけど、今回は絶対に引きませんよ!」 


 と言われてしまいました。

 紳なら当然、私と同じ意見で納得してくれるものと思っておりましたので、あまりにも意外な返答に面食らいました。

「圭介さん、僕はね、北都を解散した時だって、本当は反対だったんですよ・・・

 確かに会長が誰にられたのか分からなかったから、次に誰か狙われるかもしれないっていうことで、みんなを守るために圭介さんが解散したことは十二分に分かっているんですけど・・・

 でもその時、圭介さんが下した判断に賛否両論分かれたじゃないですか。正しい判断やったという人もおれば、親の命を取られて仇を討たんと会社を畳んでしまうんかって、みんな好き勝手に散々陰口を叩きよったじゃないですか・・・

 だから、圭介さんがウォルソンを立ち上げたことは、業界の人たちもみんな注目してるんですよ。

 もしここで圭介さんが弱気な態度を執ったら、ウォルソンは出鼻を挫かれるだけでは済まないんですよ! 初陣で戦う前に降参なんかしたら、これから先に舐められっ放しになってしまいますし、仮に負けても相手が相手やから、敵前逃亡するよりもマシでしょう。

 圭介さん、冷静に考えてみてくださいよ。

 北都を解散した僕らに、これ以上なにか失なうようなものなんかあるんですか?

 もし仮に工事を妨害してきたらって話ですけど、僕が陣頭指揮を執ったんで、近隣対策は問題なく済みましたし、抜かりなく万全にやりましたから心配なんかしなくていいですよ! 

 それでもまだ何かイチャモンをつけてきたら、それこそ警察沙汰の犯罪になるでしょうから、その時は警察に言ったらいいんですよ。

 それと、銀行に圧力を掛けられたらって話ですけど、それこそ望むところじゃないですか!

 仮に銀行が東興物産に屈したとして、話をひっくり返してきたら、こっちは開き直って工事を中止にして、先ずはウォルソンでホテルを専有して、それからお父さんとお母さんには不便をかけますけど、圭介さんの家に引越ししてもらって、箕面の家も専有して、絶対に競売で落ちないようにしてから、タダ同然の値段に落ちるのを待って、こっちで落札したらいいじゃないですか。

 それが一番金の掛からない方法ですし、本来はそうするべきなんですけど、圭介さんがお父さんのことをおもんぱかって、わざわざ金を掛けてまで、スマートに軟着陸させることにしたんじゃないですか。

 だからもし、うちがそんなことをしたら、銀行側は5億もの債権が未回収で5年以上、下手したら10年も寝たままになって、最終的には1億も戻ってこなくなることを考えたら、東興物産に何か言われたって、上手くかわしてこっちに付いてくれると思いますよ。

 だいたい、今僕が話したことは、全部圭介さんから教えてもらったことなんですよ。

 圭介さん、そろそろほんまに目を覚ましましょうよ!」

「・・・・・・」

 私はしばらく考えた後、紳に何か言おうとしましたが、上手く言葉を見つけることができませんでした。

「だから、『大阪インペリアルホテル』の名前を売るとか、使用しないっていうことは、最後の最後まで切り札として持っておくべきじゃないんですか?

 それに、同じ売るにしても、相手を散々てこずらせて、売値を吊り上げてから売ったほうが得ですし、その方がウォルソンの名前と株が上がるってもんじゃないですか。

 それにもし、向こうの狙いが名称じゃなくて、インペリアルホテルの近藤の個人的な原田家に対する恨みで、あくまでも大阪インペリアルホテルの倒産による、お父さんの社会的地位と社会生活の抹消やったとしたら、圭介さんはどんなことをしてでも戦うことになるでしょう?

 千里さんのお父さんを路頭に迷わせるようなことができるんですか?

 だから圭介さん、ウォルソンは初陣で、東興物産とインペリアルホテルを相手に華々しくデビューしましょうよ!」

「・・・・・」

 確かに紳の言うとおりかもしれないと思いましたが、なんと答えていいのか分からなかったので、黙ることしかできませんでした。

 紳の言うように、私はハッキリと目を覚まさなければならないことは分かっているのですが・・・

「それにね、僕は東興物産と知って、これはもう、避けて通ることができない因縁の対決やと思ったんですよ」

「因縁の対決?・・・」

「はい、もしも会長の死に、東興物産が関わっていたとしたら?って、すぐに頭を過ぎったんですよ」

「!・・・」

 私は非常に驚きながら、

「ということは、もしかしたら親父を殺したのは東興物産かもしれないっていうことか?」と訊ねました。

「いや、断定なんかできませんけど・・・ でも確かに会長を襲った実行犯は、新宿のチャイニーズマフィアで間違いはないと思いますけど、背景が未だに謎のままじゃないですか・・・

 会長は人から恨みを買うような仕事なんかしてませんし、考えられるとしたら東興物産しかないと思うんですよ。

 東興物産は近江精工所の時に、20億近い損失を出していますし、乗っ取り専門の大物の個人投資家たちも巻き込んでましたから、そいつらからの信用も失ってしまったということを考えたら、会長の命を狙うのには十分すぎる動機だと思いますけどね・・・」


(親父の死の真相を探る?・・・)


 私の心の奥底で眠っていた何かが、突然目を覚ましたような気がしました。

「それに、なんで渡瀬さんほどの人が、圭介さんに戦う前から降伏を勧めたのかってことを考えた時に、おそらく渡瀬さんも会長の死に、東興物産が絡んでるんじゃないかって思ったはずなんですよ。

 だから、今度は圭介さんの身の危険を感じて、争いを避けさせようとしたんやと思ったんですよ」

(確かに、そうかもしれんなぁ・・・)と思いましたが、口にしませんでした。

「でもね、竹然上人はこの仕事に、危険な奴は潜んでないって仰ったんでしょう? それと、圭介さんがどうやって巨大な敵をやっつけるのか、楽しみにしているとも仰られたんですから、逆に圭介さんの方から東興物産の社長に出向いて行って、大阪インペリアルホテルを経営していくって宣戦布告をした上で、北都は解散したけど、西にウォルソンの北村圭介ありって、名乗りを上げたらいいじゃないですか!

 そしたら向こうの本当の狙いも見えてくるでしょうし、会長に関することも含めて、色んなことが見えてくると思いますよ」

「・・・・・・」

 私はしばらく考えた後、

「わかった・・・ お前の言うとおりにするわ」と腹を決めました。

 紳は一瞬にして無邪気な子供のような笑顔になり、

「それでこそ、本来の圭介さんですよ!」と言ってくれました。


 その後、紳は私を説得するのに喋り疲れたのか、慶子ちゃんにアイスコーヒーを頼んで一口飲み終わり、ほっと一息ついたところで、

「圭介さん、実は仕事とは別に、大切な話があるんですけど・・・」と、私が今まで見たことがないような、とても複雑な表情をしておりましたので、なにやら嫌な予感がしたのですが・・・

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