第5章 手に負えない千里
第33話 巨大な敵
三日後、調査を終えた渡瀬さんが大阪に戻ってきまして、午後の1時に渡瀬さんの事務所で報告を聞くことになり、驚くべき事実が次々と明らかになっていきました。
先ず、みらい観光開発は関東最大の金融グループ『
東興物産は関東最大=日本最大の仕手グループで、仕手株による企業の乗っ取りをメインとした複合企業体です。
事業内容は株以外では貸し金、手形割引、不動産の売買、貸しビル、レジャー施設の経営、人材派遣などと多岐に渡り、業界内で知らない者はいない日本一有名な金融業者です。
私の父が経営していた北都興産は、西日本最大のコンサルタント会社であったのですが、業務内容の違いはあれ、東の東興物産、西の北都興産と並び称され、国内で東興物産に資金面で対抗できる唯一の存在と言われておりました。
私が中学の頃、進の父が経営する
「渡瀬さん、じゃあ東興物産が、みらい観光開発を仕向けて大阪インペリアルホテルの買収に掛かったということなんですか?」
「いや、どうもそうではないみたいで、実は私の友人が東京で探偵をしてまして、その人物が東興物産のある幹部のお抱えになってるんで、うまく探りを入れてもらったんですけど、どうも坂上という人物は東興物産の社員でも、みらい観光開発の社員でもない、フリーの事件師やということで、それもかなりやり手の事件師らしくて、東興物産の社長と昵懇の仲やそうです。
それで、今回はみらい観光開発にヤドカリして、大阪インペリアルホテルに近づいたんじゃないかと思いますね」
「ヤドカリですか?」
「はい、フリーの事件師がよく使う手で、自分だけでは裁ききれない大きな案件のときに、東興物産みたいな大手と手を組んで事件を仕掛けたりするんですけど、今までにも坂上が東興物産の傘下の企業にヤドカリして、事件を引き起こしたことはあったそうなんですけど、信用金庫の不正融資事件とか、上場企業トップの絵画取引とか、どれも世間を騒がせるような大きな事件ばっかりやったみたいで、その幹部曰く、もう3年以上も坂上が何かを仕掛けたっていう話は聞いたことがないっていう話なんで、おそらく坂上が大阪インペリアルホテルに仕掛けたのは非公式というか、知ってるのは東興物産の社長とみらい観光開発の一部の人間だけやと想像したんですけど・・・・」
(確かに、そんなやり手の事件師が、公式に大阪インペリアルホテルに手を出すとは考えられへん)と思いました。
大阪インペリアルホテルを引っ掻き回し、倒産に追い込むことなど、赤子の手を捻るようなもので、わざわざ坂上クラスの事件師が直に手を出すとは考えられませんので、裏によほどの事情が隠されているとしか思えません。
なので、その点を渡瀬さんに訊ねてみました。
「はい、確かに圭介さんの言うとおりなんですけど、坂上の話は一旦置いておいて、先に島崎と田辺の話からしますけど、島崎と田辺は東興物産の息の掛かった、東京の清掃会社の役員に就任していたことが判明したんですわ」
「東京の清掃会社ですか?」
「はい、東興物産の傘下っていうても、別に大した会社じゃなくて、東興物産が所有する貸しビルとか、ビジネスホテルの清掃をやっている会社で、はっきり言って誰が役員になろうと、なんの影響もない会社なんで、二人は畑違いやけども役員になれたと思うんですけどね」
「ということは、坂上が裏から手を回して、東興物産の社長に頼んで、島崎と田辺を役員にしたということになるから、島崎と田辺は大阪インペリアルホテルを倒産に追い込んだ見返りで、役員になったということですよね?」
「そこまで裏を取ることはできなかったんですけど、そう考えて間違いはないと思いますね」
「・・・・・」
私はしばらく考えた後、もしかすると島崎と田辺は、随分と前から坂上と組んで大阪インペリアルホテルを倒産に追い込むための仕掛けを行っていたのかもしれないと思いました。
お父さんが田辺に投資した約2億円の資金も、実は裏で坂上が糸を引いていて、最終的には東興物産に流れていたのではないでしょうか・・・
でなければ、清掃事業に何の役にも立たない畑違いの島崎と田辺を会社役員にしてまで、給料を支払う理由が見当たりませんので、渡瀬さんの見解を訊ねてみました。
「そうですね・・・ 私も初めはそう考えたんですけど、どう考えてもお父さんが出した2億が丸々東興物産に流れたとは思えませんし、仮に全額流れていたとしても、東興物産ほどの会社が2億くらいで役立たずを二人も雇い入れるとは思えませんからね・・・
だから私は、全く違った角度から、もう一回この事件を初めから整理してみることにして、ある重要なことを見落としてることに気づいたんですよ」
「重要なことですか?・・・」
「はい、圭介さんからこの話を初めて聞いたときに、雑談の中で私が大阪インペリアルホテルっていう名前を不思議に思って、圭介さんに訊ねたじゃないですか」
「はい、渡瀬さんも難波に大阪インペリアルホテルがあるっていうことは知らなかったという話でしたよね?」
「そうです。それで圭介さんは確か、本家のインペリアルホテルが大阪に進出したときに、名称の譲渡の裁判を起こして、本家が敗訴になったっていう話をされてたのを思い出して、もしかしたらこの事件に本家のインペリアルホテルが絡んでるんじゃないかと思って、調べてみたんですよ」
「!・・・」
私は非常に驚きながら、
「本家のインペリアルホテルがですか?」と訊ねてみました。
「はい、それでインペリアルホテルを調べてみたんですけど、実に興味深いことが分かりまして、今から説明しますけど」と言って、渡瀬さんはゆっくりとした口調で話し始めました。
渡瀬さんがインペリアルホテルを調べた結果、10数年前に引き起こされた大阪インペリアルホテルの名称の裁判で、ある人物の名前が浮上し、深く関わっていることが明らかになったのです。
その人物の名は、
近藤は提訴に踏み切る前、千里の祖父の元を訪れ、名称の譲渡、もしくは変更を求めて交渉に向かったのですが、近藤は現場から叩き上げで取締役にまで上り詰めた人物であっただけに、無駄にプライドが高く、エリート意識が強かったため、小ぢんまりとした薄汚い大阪インペリアルホテルを見た瞬間に、同じ名前が冠されているということに憤りを感じ、千里の祖父に対して随分と失礼な態度で交渉を行ったそうです。
その結果、交渉は決裂し、提訴となったのですが、近藤自身、裁判は当然勝訴するに決まっていると高をくくっていたようです。しかし、大方の予想を覆して結果は敗訴となってしまったため、近藤はその責任を取って取締役を辞任し、総務部長の職も解かれて降格となってしまったそうです。
それから月日は流れて、近藤は昨年の人事で見事に取締役に復活し、総務部長に返り咲いたそうです。
「それで圭介さん、私の見解としては、近藤が
「!・・・・」
私は改めて、亡き父の『
「確かに・・・ 辻褄が合いますね・・・ じゃあ、坂上は近藤から依頼を受けて動いたということですよね?」
「でなかったら、坂上ほどの人間が携わる案件じゃないですし、近藤が総務の現場で叩き上げでのし上がっていった人物なら、東興物産の社長とか坂上と知り合いであってもおかしくないですからね」
「そうでしょうねぇ・・・ 確かにホテルは不特定多数の人物が出入りしますから、色んなトラブルが生じるでしょうし、そのトラブルを解決してきたのが近藤やったら、そういう知り合いがいて当然でしょうからね」
「・・・・・・」
渡瀬さんはしばらく無言で、何かを考えているといった、小難しそうな表情をしながら、
「だとしたら圭介さんは、非常にまずい立場に立たされたということになりましたねぇ・・・」と言いました。
「えっ?・・・ 僕がまずい立場にですか?」
「はい。圭介さんがこのまま大阪インペリアルホテルの再建をするっていうことは、東興物産に真正面から喧嘩を売ったと捉えられると思いますよ」
「!?・・・・」
私はあまりにも意外な見解に非常に驚きながら、
「僕が、東興物産に喧嘩を、ですか?・・・」と言ったあと、自分の頭が上手く回転していないことに気づきました。
「はい、それと東興物産だけじゃなくて、インペリアルホテルにも喧嘩を売ったと思われても仕方がないでしょうね・・・」
「・・・・・」
渡瀬さんに何か言おうと思いましたが、上手く言葉にすることができませんでした・・・
すると、渡瀬さんは私の動揺を捉えたのか、
「あのね、圭介さん、今から話すことは、私が昔、圭介さんのお父さん、北村会長から聞いた話なんで、圭介さんにはそのまま伝えますね」と、父の話を始めました。
「今から約20年前に、私は会長のお供で六本木の六丁目開発で東京に長期滞在してたことがあったんですよ。
その時に定宿にしてたのは六本木のホテルだったんですけど、仕事が全部片付いて、最後に一泊するのに会長はインペリアルホテルに泊まりたいと仰られたので、私が会長と自分の分の部屋を予約したんですけど、なんでインペリアルホテルに泊まりたいんですかって訊ねたんですね。
そしたら会長は、インペリアルホテルは日本の国家そのものやから、一回泊まってみたかったって仰られたんですよ。
インペリアルホテルはその辺の一流ホテルと違って、世界各国の要人を迎える、日本の表玄関であり、迎賓館と同じ役割を持った特別なホテルなんですよ。
詐欺師や事件師はよく相手を騙すのに一流ホテルを使うんですけど、インペリアルホテルだけは詐欺や騙しの舞台にしないんですよ。
その理由は、あまりにも格が違いすぎるし、敷居が高すぎて畏れ多くてホテルに入っていけないということもありますし、そんなことよりも何しろ歴史が違いますからね。
太平洋戦争のときに、アメリカ軍が東京大空襲で東京を焼け野原にしたんですけど、インペリアルホテルだけは空爆しなかったんですよ。なぜかといえば、戦後のGHQの本部をインペリアルホテルに置くことを、アメリカは端から決めてましたから、インペリアルホテルの周辺だけは焼かなかったんですよ。
それから実際に、GHQの本部が置かれて、戦後の日本の歴史はインペリアルホテルから始まったと言っても過言ではないほどの、そんな重い歴史を持った特別なホテルなんで、会長は一回でいいから泊まってみたいって仰られたんですよ。
そんなホテルと事を構えたらえらいことになりますし、揉めても得することなんかひとつもないと思いますよ。
それに、会長が近江精工所の時に、東興物産と揉めてえらい目に遭ったことはご存知でしょう?
だから圭介さん、悪いことは言いませんから、大阪インペリアルホテルの再建を続けるのであれば、私の東京の友人に仲介してもらって、東興物産の社長に大阪インペリアルホテルの名称を商標登録ごと買い取ってもらうか、もしくは名称を変更しますっていう話をされたほうがいいと思うんですけど・・・」
「・・・・・」
私の思考回路は、まだ混乱したまま回復していなかったので、何も答えることができませんでした。
ただ、千里に会いたいという想いだけが、頭の中をグルグルと駆け回っておりました。
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