第59話 運命の人?

 別荘に帰ったあと、私たちは睡蓮の花で埋め尽くされた池の畔で、花火をすることにしました。

「この花火、私ひとりで全部していい?」

「いいよ」

「ほんまに、一本もあげへんけど・・・ 後で怒ったりせぇへん?」

「怒ったりせぇへんよ」

「ほんまに? 絶対に怒ったらあかんで!」と、私に釘を刺した後、

「じゃあ、ライター貸して!」と言って、瑞歩はしゃがみこみながら私からライターを受け取り、本当に一人で線香花火に火を点け始めました。

 私は瑞歩が手にした、線香花火の淡い光を眺めたあと、その線香花火の光に照らし出された、瑞歩の横顔を眺めました。

 花火をする瑞歩の美しい姿はまるで、これから彼女が真実を知るために必要な、神聖で特別な儀式を、自ら執り行っているように見えました。

 このまま時が、永遠に止まってくれればいいのにと思ったとき、私はふと、愛子のことを思い出しました。

 なんの手立ても知らないで、愛子を愛せたように、私は愛子の娘である瑞歩を愛することができるのでしょうか・・・

 そして、過去に起こった全ての出来事を知ってしまった瑞歩は、母親の夫であった私を受け入れ、愛してくれるのでしょうか・・・・ 

 おそらく、その答えは私ひとりでは見つけることができず、瑞歩と二人で探し求めていかなければならないのでしょう。

 すべての線香花火をし終えた瑞歩は立ち上がり、私に微笑みかけながら、

「私が花火してた間、何考えてた?」と言いました。

 どう答えようかと迷ったあと、瑞歩がまともに答えてくれるとは思っていませんでしたが、

「なんで、髪をばっさり切ったん?」と、先ほど答えをはぐらかされたた質問を、もう一度してみました。

 すると瑞歩は、私の目を見つめながら、

「涼介に、北海道に行くって嘘をついたから」と答えました。

(知ってるよ)と思ったあと、自分でも白々しいと思いながらも、

「うそ?」と、質問口調で言いました。

「そう・・・ 私、ほんまは北海道に行ったんじゃなくて、九州の占い師に会いに行って、占いしてもらってん」

 私は何も知らないふりをして、嘘をついた理由を含めて、いろいろと質問しなければならいかと思いましたが、

「嘘ついて、ごめんなさい・・・」と、瑞歩が謝ってくれたおかげで、面倒くさい小芝居をしなくてもいいだろうと思い、

「それで、占いの結果は、どうやった?」と言いました。

「占いは、びっくりするくらい、いろんなことが当たってたけど・・・ でも、一番肝心なことが外れてた」

「一番肝心なことって?」

 瑞歩は少し伏し目がちになり、

「私はもうすぐ、運命の人に巡り会えるって言われた・・・・」と言いました。

「運命の人?」

「そう、私はこれから、運命の人が目の前に現れるって言われたけど、私は運命の人やったら、もう出会ってますって言うてん・・・

 でも、その占い師は、私がいま想ってる人が、これからその運命の人になるかもしれんけど、今はまだ出会ってないって、はっきり言い切ったから・・・ だから私は、占いが間違ってるっていうことを証明するために、思いきって髪を切ってん・・・」

「?・・・・」

 瑞歩の説明が、いまいちよく理解できなかったので、

「でも、占いが外れてるからって・・・ それが髪を切ったことと、どんな関係があんの?」と、もう一度訊ねてみました。

 瑞歩は少しだけ間を置いたあと、言葉を一つ一つ選ぶかのように、ゆっくりとした口調で話し始めました。

「それは、占い師はまだ出会ってないって、はっきり言い切ったけど・・・ 私はもう、運命の人と出会ってて、私はその人のことが好きやねん・・・ それで、私が髪を切ったら、運命の人の心の中に居る女性の面影がなくなって・・・・ 私のことを好きになってくれるかな?って・・・ そう思ったから・・・」

 瑞歩が言った言葉を、もう一度頭の中で繰り返したあと、

「その運命の人って、俺のことやろう?」と言いました。

「・・・・・・」

 瑞歩は答える代わりに、手に持っていた狐のお面をかぶりました。

「その運命の人は、もう大分前から、瑞歩のことが好きやで」と言って瑞歩を見ましたが、お面で表情が分かりませんでした。

「さっきは似てないって言うてたけど、やっぱり私が愛子叔母さんに似てるから、私のことを好きになったん?」

「違うよ」

「こんなに髪を切ったから、ほんまにもう似てないやろう?」

 私はどう答えようかと迷いましたが、答える代わりに、瑞歩の顔を隠していた狐のお面を両手でゆっくりと外して、キスをしました。

 これでもう本当に、後戻りすることができないという思いと同時に、これから先に例え何があっても、瑞歩を守り抜こうと、あらためて自分に誓いました。

 唇を離したあと、瑞歩は真剣な眼差しで、私の目をまっすぐ見据えながら、

「もし、愛子叔母さんが見つかって、涼介とやり直したいって言うても、絶対に私から離れへん?」と言いました。

「離れへんよ」と即座に答えたあと、(もう、愛子はおれへんよ!)と、心の中で何度も叫んだとき、

「!・・・」

 あることに気付いた私は、瑞歩を引き寄せ、強く抱きしめながら、「俺は絶対に離れへんよ。でも、瑞歩が占い師から言われたことって、間違ってないよ。瑞歩はまだ、運命の人に出会ってない」と言いました。

「えっ!・・・ それって・・・ どういうこと?」


 なぜなら、占い師が言った運命の人とは、確かに今の私ではなく、瑞歩に全てを打ち明けたあとの、私のことだと思ったからです。


「運命の人って、今の俺じゃなくて、今からの俺やねん」

「どういうこと?・・・ 涼介、ちゃんと説明して!」

「瑞歩が今から、俺の言う通りにしてくれたら、俺が瑞歩の運命の人になれるねん」と言ったあと、ミツコと話したことを思い出し、「瑞歩、いまから俺の目の前で探偵社に電話して、調査を中止してくれ」と言いました。

「え?・・・ 今から?」

「そう、探偵には24時間、いつでも電話できるんやろう?」

「できるけど・・・ でも、なんでそんなに急なん?」

 やはり、瑞歩が素直に応じるとは思っていませんでしたが、彼女自身も、次々と明らかになる真実に対して、見えない恐怖を抱いておりましたので、

「前も言うたけど、探偵よりもアキちゃんを信じて、俺らは手を引こう」という言葉で瑞歩は納得し、私の言う通りに探偵社に電話をして、解除を申し入れました。

 その後、私たちはリビングに移動して、瑞歩が探偵社と契約時に交わした書類の中から、契約解除の申し込み用紙を取り出し、彼女に署名捺印させたあと、近くの温泉旅館の前に設置された郵便ポストに行き、二人で投函しました。

「これで、涼介が私の運命の人になったってこと?」

「いや・・・ 上手く説明することはできひんけど、とにかく明日になったら、上手く話せると思う・・・」

「なにそれ?・・・ ちゃんと説明してよ!」と言って、瑞歩は詰め寄ってきましたが、私はこれ以上、うまく説明する自信がなかったので、彼女の質問から逃れるために、旅館の前にいた4,5人の観光客の目の前で瑞歩を抱き寄せ、キスをして唇を塞ぎました。


 別荘に戻ったあと、これから自分が瑞歩に行う、言動や行為の重さを再び認識し、深く刻み込むために、この夜を最初で最後に、瑞歩のことをアキちゃんと愛子の娘として接することに決め、今夜だけは彼女の心と体を、そっと抱きしめて眠ることにしました。

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