第42話 捜索の果てに

 加代から真実を知らされた陽子は、秀夫の遺留品の中にあった、手帳に記されていた中野のアパートに電話をかけました。

 しかし、美智子が電話に出ることはなく、呼び出し音がむなしく鳴り続けるだけでした。

 陽子と加代は、もしかすると、美智子の身にも何か良からぬ出来事が起こっているのではないか、という思いが頭を過ぎりました。

 その後も、20分に一度のペースで、中野と目白の両方に電話をかけ、深夜になってからもかけ続けましたが、美智子が電話に出ることはありませんでした。

 二人はすぐにでも、東京へ向かわなければならないと結論しましたが、いかんせん秀夫と久美子の葬儀が控えており、どうしても身動きが取れないということで、二人で話し合った結果、加代が翌朝一番に、東京へ向かうことになりました。

 加代は、自分の息子同然に育ててきた秀夫の、最後のお別れに参列できないことが、慙愧に堪えない思いでしたが、今は一刻も早く、美智子とお腹の中の子供の無事を確かめることが何よりも先決と、断腸の思いで東京行きを決めたのです。

 そして二人は、もうひとつ重要な問題を抱えておりました。美智子のことを、彼女の両親に話すか、どうかという問題でした。

 二人は相談した結果、美智子の両親に話すのは、もう少し後にしようと決めました。

 娘を亡くした悲しみの上に、その死因にもう一人の娘が深く関わっていて、今現在その娘と連絡が取れない、ということを知らされた両親の心境を考えると、いくら美智子に非があるとはいえ、せめて彼女の安否を確認して、無事でいるということを確かめてからでないと、とても両親に話すことはできないと思ったからです。

 翌朝、飛行機で東京入りした加代は、記憶を頼りになんとか中野のアパートへ到着し、呼び出し音を鳴らしましたが応答はなく、ドアを叩いて何度も呼びかけましたが、部屋の中からは物音ひとつ聞こえてきませんでした。

 しかたなく加代は、秀夫が持っていた鍵でドアを開けて中に入りましたが、やはりそこには、美智子の姿はありませんでした。

 部屋の中の様子は、加代が以前に訪れたときと、特に変わったところはなく、荒らされたり、引っ越したりした形跡も見当たりませんでした。次に加代は、目白の自宅に向かいましたが、やはり美智子の姿はなく、家の中の状態も変わった様子は見られませんでした。

 加代はすぐに陽子に連絡し、見たままの状況を話したあと、これからどうするかと指示を仰ぎました。

 すると陽子は、もしかすると美智子が居ないかもしれない、ということを想定していたのか、東京の知り合いの伝で、すでに探偵を紹介してもらっており、今からすぐに、その探偵を中野のアパートへ向かわせるので、加代も中野に戻るようにと指示しました。

 そして、そこで探偵と落ち合い、美智子の捜索を依頼したあと、その足で四国に戻ってくれば、二人の通夜になんとか間に合うので、すぐに戻ってくるようにと言いました。

 加代は陽子の指示通りに、全ての作業を終え、最終便の飛行機で四国に戻りました。


 秀夫と久美子の葬儀は、死因が自殺なだけに、密葬で執り行われました。葬儀の間中も、加代は美智子のことが気になり、合間を見ては中野と目白へ何度となく電話をかけますが、相変わらず誰も電話に出ることはありませんでした。

 加代は陽子と様々な事態を想定して、これからの対策を話し合いました。しかし、二人の頭に浮かんでくるのは、悲観的な情景ばかりでした。

 葬儀を終えた翌日、陽子と加代は悲嘆に暮れる間もなく、今度は二人で東京へ向かいました。二人はまず、調査を依頼した探偵社を訪れ、新たな情報の有無を確認した後、中野のアパートと目白の自宅に行き、遺品整理をする傍ら、何か手掛かりはないものかと、必死で捜しまわりましたが、何一つ見つけることはできませんでした。

 その後も加代は、何度も自ら東京まで足を運び、美智子の行方を追い求めましたが、やはり何の進展もないまま、探偵が調査を開始してから5週間が過ぎたときでした。

 陽子は探偵からの電話で、衝撃的な事実を突きつけられました。

 白鳥美智子は、1971年1月31日に、都内のマンションの屋上から飛び降りて、すでに死亡しているという、調査報告がなされたのです。

 警察は当初、遺書もなく、身分を証明するものがなかった美智子の遺体を、身元不明の行旅死亡人として扱っておりましたが、月が明けた2月2日に、美智子の知人と名乗る中年男性が警察署を訪れ、遺体を確認した上で、行方不明となっていた知人に間違いないといって、遺体を引き取りたいと申し出たそうです。

 当時は、都会での若者の自殺が社会現象化していただけに、警察は厄介事が一つ片付いた、といった様子で、何の疑いもなく美智子の遺体を、知人と名乗る男性に引き取らせたそうです。

 その後の探偵の調査で、美智子の知人と名乗り、彼女の遺体を引き取ったのは、神崎という名の男であることが判明しました。

 探偵は、警察の記録に残されていた神崎の記録を基に、彼を訪ねて話を聞いたところ、美智子は自分が経営する芸能プロダクションに所属している、女優の卵であったのですが、なぜか3か月前にとつぜん行方不明となり、神崎は行方を捜していたそうです。

 そして先月の末に、とつぜん美智子から電話があり、今から自殺するので、ご迷惑をおかけしました、と言って、電話は一方的に切られたのですが、神崎は彼女のことを心配して、都内の各警察署を廻り、彼女と良く似た特徴の自殺者がいないかと訪ね回ったところ、二日目に彼女の変わり果てた姿を発見したそうです。

 そして、美智子は神崎の事務所と契約をする際、自分は身寄りのない天涯孤独だと言っておりましたので、神崎は引き取った遺体を荼毘に付し、遺骨は都内の寺に預けた、ということでした。


 半ば茫然とした意識のまま、報告を聞き終えた陽子は、聞かずとも分かりきっているとはいえ、美智子のお腹の中の子供の安否を訊ねました。すると、陽子の予想と違った、意外な答えが返ってきました。探偵が警察から見せてもらった、美智子の検死に関する記録には、妊娠していたという記載がなかった、ということでした。

 ということは、もしかすると検視を行った医師の見落としではないかと思い、探偵に問いかけましたが、それはあり得ないでしょう、という探偵の見解に、陽子も少し冷静さを取り戻し、次のような仮説を立てました。

 おそらく美智子は、秀夫と久美子が死んだことによるショックで、身ごもっていた子供が流産したか、それとも責任を感じて堕胎したのちに、彼女は自殺したのではないか、ということでした。

 電話を切ったあと、陽子は加代の部屋に行き、探偵からの報告内容と、自らの見解を話しましたが、加代は美智子が死んだと聞いた次の瞬間から、彼女にはもう、これ以上何かを聞いたり、考えたり、理解したりする能力は、ほんの一握りも残されていないように、陽子にはそう映りました。

 こうなってしまうと、美智子の両親に話さないわけにはいかなくなり、陽子は翌日に速達で届いた、探偵からの調査報告書を持って、美智子の両親の元を訪ね、すべてを話しました。

 陽子は、秀夫の遺産を放棄した加代の了承と薦めもあり、弟が犯した罪の、たとえ何千分の一の償いとして、秀夫の遺産をすべて、久美子の両親に受け取ってもらうことにしました。

 そして陽子は、弟の死に関する、すべての対応を済ませたあと、忌まわしい過去と決別するために、野間製作所を北関東に移転させることを決意しました。

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