第19話 衝突

 私はその存在すら知らなかったのですが、一流百貨店には外商という事業部門がございまして、短く簡単に説明しますと、季節ごとの洋服や靴やバッグなどの新作を大量に抱えて、金持ちの家々を回りながら売り歩くという部署なのですが、たいへん乱暴な言い方をすれば、早い話が、上品な押し売り集団みたいなものだと思っていただいて結構です。(私にどんな権限があって、何が結構なのか自分でもよく分かりませんが、とにかく外商の皆様、ごめんなさい!)

 季節はうっとうしい梅雨もようやく終わり、すっかり夏本番を迎えた、茹だるような暑さの日曜日。

 私と瑞歩は執筆を中断して、リフレッシュのためにリビングでオセロをしている時でした。来客用のインターフォンが鳴りまして、瑞歩はその来客を待ちわびていたようで、嬉しそうに笑顔で来客者を出迎えました。 

 訪れたのは、神戸にある百貨店の外商の若い女性二人と、これまた若い男性一人の三人で、中でも私の目を引いたのは、もちろん白いブラウスに黒いタイトスカート姿の、二人の女性でありました。二人とも年齢は25歳前後で、瑞歩と同じような背格好をしておりまして、まるでモデルのようだと思いながら、いまから何が始まるのかと見ていると、三人は引越しで使うような大きな衣装ケースを2つも風呂場の脱衣所に持ち込みましたので、私は瑞歩に何が始まるのかと訊ねると、

「ファッションショー」と言いました。

(なんのこっちゃ?)と思いながら、しばらく待っていると、男性だけがリビングに戻ってきて、ソファーから立ち上がった瑞歩に向かって、

「では、今から秋と冬の新作をご紹介させていただきます」と言うと、さきほどの二人の女性が衣装を着替ええてリビングに現れ、瑞歩は嬉しそうにはしゃぎながら二人に駆け寄りました。

 男性は瑞歩に向かって、女性たちが身につけている衣装の説明と金額を提示し始めましたので、どうやら展示即売会だということが分かり、大金持ちはわざわざ店舗に行かなくても、こうして季節を先取りした最新の商品を購入することができるのだと、感心してしまいました。

「このファッションショーな、バァバが私のために考えてくれて、私が11歳の時から特別に開いてくれてるねん!」と、さも自慢げに話しましたが、私は自分がTシャツに7分丈のズボンという、ほとんど下着に近いような格好をしておりましたので、目の前で繰り広げられる華やかなファッションショーを、とても恥ずかしい思いで見ておりました。

 なので私は、奥に行って小ましな衣装に着替えて、ショーに飛び入り参加しようかと思いましたが、瑞歩に殺されそうな気がしましたので黙って見ていると、なぜか瑞歩は、二人の女性が新しい商品を身に纏って現れる度に、手で肌触りなどを確認しながら、

「涼介、どう思う?」と訊ねてきたのですが、私は二人の女性の生着替えを、ぜひとも間近で覗きたい!と、切望しておりましたので、

「いいんとちゃう?」と、ろくに商品を見もしないで瑞歩に生返事をしていました。

 すると瑞歩は、私がいいと言った洋服や靴やバッグなどを、次々と購入すると言いましたので、外商の三人は、みすぼらしい格好をした私が、いったい何者なのかと注目し始めたときでした。

 瑞歩が突然、三人に向かって、

「このひと、私の彼氏やねんで!」と、なぜか得意気な笑顔で、いかにも誇らしそうに言いましたので、三人がいっせいに、私の顔をガン見してきました。 

「・・・・・」

 私は瑞歩が冗談を言って、三人から笑いを取ろうとしているのだと思いましたので、彼女のつまらないギャグの助け舟のつもりで、一人ずつと目を合わせた後、にっこりと微笑んだところ、一人の女性は「くっ!」と、くぐもった笑いをし、もう一人の女性は「ぷっ!」と小さく噴出し、男性に至っては「あはは!」と、声を出して笑いましたので、ついつい私もつられて、「はははっ!」と笑った瞬間でした。

「なにが可笑しいんよ!」と、いきなり瑞歩が大声で叫んだあと、鬼のような形相を男性に向けて、「もう、あんたんとこでは、二度と買いもんせぇへん! 全部持って帰れ!」と怒鳴りつけて、本当に三人を商品と共に追い出してしまいました。

「?・・・・」 

 なぜ瑞歩が、急にぶちきれてしまったのか理解できなかったのですが、三人を追い帰したあと、瑞歩は険しい表情のまま私のところに戻ってきて、

「なんで、涼介も一緒になって笑ったんよ?!」と、大声で詰め寄ってきました。

「なんでって、瑞歩はあの人らを笑かそうと思って言うたんやろう?」と言うと、瑞歩は力なく小さな声で、

「そんなんと違うわ・・・」と言ったあと、怒りではなく、悲しみや悔しさを滲ませた複雑な表情で、しばらく私を見つめていましたが、やがて何かを諦めたように、無言のまま自室と化したゲストルームに引っ込んでしまいました。

 おそらく瑞歩は、冴えない中年の私が彼氏な訳がないと、三人が私のことをバカにしたと思ったのと同時に、自分もバカにされたと思ったのかもしれません。

(変なところで、プライドが高いねんなぁ)と思いながら、彼女はいちど機嫌を損ねると、直るまでに相当な時間がかかりますので、そのまま放置することにしました。

 外商の3人が追い帰されてから3時間後に、またインターフォンが鳴りまして、今度は50代と思しき、立派な体格の、いかにも会社役員といったナイスミドルが、大量の紙袋を手にした先ほどの三人と共に現れ、私に名刺を差し出し、

「私は○○神戸店の店長をしております○○と申します。先ほどは弊社の社員が不仕付けな対応をいたしまして、まことに申し訳ございませんでした」と言って私に謝罪したあと、瑞歩に取り次いでほしいと言われましたので、私は瑞歩を呼びに行きましたが、

「会いたくない、帰して!」と素っ気なく言われてしまい、私は恐縮しながら百貨店の店長に、ただいま瑞歩は『天岩戸あまのいわと天照大御神あまてらすおおみのかみ』状態だと報告すると、店長は私に向かって真剣な表情で、

「こんなことでお赦しいただけるとは思っておりませんが、」と言って、外商の三人から紙袋を次々と受け取り、それを私に差し出しながら、先ほど瑞歩が購入するといった品々ですが、代金は要らないので手渡して欲しいと頼まれまして、ついでに私にもお詫びの印として、アメリカの有名ブランドのポロシャツを受け取らせようとしました。

 こういった謝罪に、異例のトップが直々に訪れたことで、断ることは逆に失礼に当たることをわきまえておりましたが、それでもいったん断ったあと、より一層恐縮しながらそれらの品々を受け取りますと、4人はまた出直してきますと言って、本当に申し訳なさそうに帰っていきました。

 目の前に置かれた高価な品々を見つめながら、金持ちは貧乏人とタッグを組むことによって、やり方次第ではタダで物が手に入るのだと、妙に感心してしまいました。

 それにしても瑞歩の態度はいただけないと思いましたので、彼女の部屋に行き、ベッドの上でファッション誌を見ていた瑞歩に、

「今みんな帰ったけど、また日を改めて謝罪に来るって言うてるし、相手はお店のトップがわざわざ来て謝ってんねんから、今度謝りに来たときは、ちゃんと対応しいや」と、決してきつい言い方はしなかったのですが、瑞歩は間髪入れずに、

「なんでそんなこと言うんよ!? 悪いのは向こうやねんから!」と大声で反論しました。

「あのな、だいたい笑われたのは俺の方やし、俺が怒るんやったら分かるけど、あの人らは瑞歩を笑ったわけじゃないから、もう赦してあげようや。それとな、もし俺と瑞歩が逆の立場やったら、俺らも絶対に笑ってたと思うから、もう忘れてあげようや」と言いましたが、瑞歩は目を剥きながら、

「もう、そんなことはどうでもいいから、ほっといて!」と言いました。

「・・・・」

 私は少し、カチンと来ましたが、

「仮に向こうが全面的に悪かったとしても、こんな暑い日に大の大人が4人も雁首揃えて謝りに来て、お詫びにタダで色んな物も置いて帰ってんから、もう赦してやろう」と、優しく宥めるように言いましたが、またしても瑞歩は聞く耳を持たないといった感じで、

「もう、うるさい! 私も大の大人やねんから、ほっといてって言ってるやろう!」と、あくまで反発してきました。

 私はいったん、頭の中で父親のアキちゃんならどうするか?と考えましたが、とっさに答えが出なかったので、

「ええかげんにせぇよ! 自分で大人って言うんやったら、もっと考えて行動せぇや!」と、初めて怒鳴りつけたあと、そのまま瑞歩の部屋を出て書斎に向かいました。

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