ロボットが僕になった日

袋小路 めいろ

(1)通る道①

 笑えない太陽が、ゆっくりと朝を告げる。もやかる山際。空の薄い青。

 関係無いと言う切れ雲が、風に乗って形を変えて、く。

 シンと静かな時間は、一日の、とある時間には必要で、五月蝿うるさい人間の、「生活」という名のもよおしとのコントラストが、綺麗である様にと作用する合いの手である。

 まだ、人間は目覚め無い。

 からすすずめが、お互いに認識しながら飛び立つ。生物のあいだの小さなメソッド。

 人間は、それから外れる事で、生物の中で一番である事を、自負している。しかし、そのメソッドこそが、生物としての一番の美しさである。人間は、外れる事で忘れてしまった。時に汚く、時に美しい、本物の「生き、もの」に成り果ててしまった。

 輪の中心では無く、外側へ、外側へと、「生きてる」事を仕事にしながら。





 数十年前のテレビの映像が、抑揚よくよう無く流れている。

「若い人は、興味が無い」と言って差しつかえ無い。小学生の授業で、使用されている映像なので、見た事の無い人が居ないのだ。

「ロボットおよび基礎所得保障法きそしょとくほしょうほう」の制定と施行の場面である。その時生きていた人々全ひとびとすべてに、ロボットが行き渡って、三十年目の節目ふしめ。少子化と高齢化で、回り辛くなった、この国の人達の苦肉の策である。

 映像に合わせて、無感情なナレーションが流れてくる。


「世界の先進国では、労働力の減少で各方面で悲鳴が揚がり、様々な問題に対処しにくくなっていました。国外から、労働力を受け入れるのも、『過去の話』からか、なかなか進まなかったのです。その折、AIの脅威的な発達と安価で製造できる合金の開発に成功、その他の分野でも、技術革新に近い発見や開発が行われ、低コストでロボットが製造できる様になりました。所謂いわゆる、『ロボット革命』です。

 それに応じて、各国の政府は、用途ようとに合わせて様々な形のロボットを作っていきました。しかし、これで困ったのは、仕事を根幹から失ってしまう人々でした。人では無くなる事で、危険を回避できる事には称賛をしても、判断しがたい物に関しては、お互いの意見が異なり、なかなか同意できませんでした。ある分野では、労働組合などがSNSを利用して、各国の各地域で集会を開き、大きなデモをしました・・・」


 お湯の沸いた音。

 ドリップマシンにお湯を注ぐと、コーヒーカップをセットして、ドリップする量を設定しスタートボタンを押した。作動音から遅れて、コーヒーの良い香りが、部屋に散らばる。

 再び先程迄さきほどまでの映像に目を移した。無感情の音声は、今のこの部屋には不釣り合いだが、龍斗たつとには普通の事だった。

 耳に音声が届く。


「以上が、海外の当時の動きです。それでは、私達の国である日本では、どうだったのでしょうか。時の首相である、「佐々木英輔ささきえいすけ」が、ロボットを民間へ導入する前、民間で使用するロボットに、国民をマイナンバーでタグ付けして、各企業から給与を支給させる「基礎所得保障法」を提案し、推し進めました。ロボット法もこれに伴い、最終的には合体させる事で法案を成立させました。

 この法立により、国民には、定年退職が実質無くなりました。国は、ロボット配備費、整備費の四分の三を負担する事になり、企業側は、支給額の最低額が手取りで二十万円になる様に、タグ付けした人へ給与として支払う事、ロボットの整備費の四分の一を負担する事になりました。企業側は、タグ付けする人を面接等で選ぶ事ができ、優秀な人材とロボットを二重雇用できたり、国がロボット設置代金を支払うので、新たな工場を増やし易いというメリットもあります。

 二重雇用ができるので、国民も、生活を保障されながら、頑張った分だけ、年収を上げる事が出来る社会となりました。次に税金についてですが、税金の支払い額の出し方が変わり、人とタグ付けされたロボットの年収全てを合算して計算するのでは無く、人とタグ付けされたロボットの年収を別々に計算し、算出する事になり・・・」


 小学生にも分かる様に作られた文章が、退屈になり、ナレーションの声が気にならなくなると、コーヒーの香りが漂ってくる。

 ドリップ終了の音。

 無機質な音なのだが、感情がく。

 コーヒーカップの中が、昼間の太陽で反射してくるのを、龍斗は満足気に眺めて、ゆっくりと口へ運んだ。

 一口目が、食後のあの感じと、日々の生活の一部を整理整頓してくれている。


「また、テレビ見ながら、ここでコーヒー飲んでる」


 声のする方を向くと、桃奈ももなが居る。今の龍斗にとっては、邪魔であり、また少し、むず痒くもある相手だ。


「何か用?」


 今迄の事が台無しだと、声色で分かるかもしれなかったが、龍斗たつとは確認が済むと、また、元の姿勢に戻った。どうせ、長い話を聞く事になるのなら、楽な姿勢の方が良い。

 革張りの椅子が、軽く鳴った。


「いや、ほら、もう梅雨入りだからさぁ。卒論の準備、始めなきゃいけないじゃない。だから、一緒にどうかなぁって」


「あぁ、その話か」


 卒論というのは、全国の高校三年生がテストなどの代わりに行う、卒業を証明する為の研究と論文である。現在の学校では、生徒自らが、「卒業できます」と学校へ能力を証明しなければ、卒業する事が出来無い。小学校や中学校でも、レベルは下がるが、ある事であり、内容によっては飛び級等も可能だ。その卒論の出来次第では、会社への面接が、有利にも不利にもなるのが当たり前の世の中である。高校を卒業して、年度始めからロボット及び基礎所得保障法は適用されるからでもある。つまり、高校では、高校二年生の梅雨の時期である今の内に、様々な事を決めて、研究を開始しなければならない。

 龍斗達にとっては、面倒な時期だが、人生が決まる時期である。

 今は、大抵の人は大学へと進む。お金の心配が要らないからではあるのだが、感覚が変わったからとした方が、しっくり来るかもしれない。学業の圧縮と能力の向上という名目で、数十年前に付け加えられた教育法のおかげである。

 学ぶ事への天井は無い。

 学習内容も現在の高校では、数十年前の大学のレベルか、それ以上であり、大学では、専門的行動力を主体として多種多様である。受かった企業へ合わせて、二重雇用を狙って学んでも良いし、全く違う分野を自分自身の為に学んでも良い。それに、年齢に関係無く「大人は学ぶ」という意味合いが、国民の間に、今は深く浸透している。文字通りの「大学」となっているのは、一つの正しい形かもれない。十代はもちろん、二十代三十代、一番上は八十代から九十代まで、大学内で見かける事は、今は珍しく無い。ずっと、大学で学ぶ人も居るくらいだ。尚且つ、教育法により、同時期に学籍を重複して取得できる。A大学の学部とB大学の学部へ同時に入学し、どちらの学部に対しても能力の証明ができれば、同時に卒業できる。裕福な家庭では、この様な事は当たり前ではあるが、能力にイコールで年収が付いてくるので、結局は本人次第である。逆もまた、起こるのだ。自分の力がどのくらいあるのか、それを証明する事で、金銭に繋がる。

 チャンスは平等。

 行き過ぎた能力主義だが、人が減れば溢れる人を最小限にしなければ、過去から続く国の核を失うかもしれない。他国に対する一定値の「何か」が必要なのだ。最終的に、しっかりと判断をしたこの国の対応は、間違ってはいないだろう。

 龍斗は、もう一口コーヒーを飲んだ。扉の所でカツカツ音がしている。桃奈は、次の言葉を待っていた。が、知った事では無い。


「まだ、コーヒー飲むのかかる?」


 扉の所で、桃奈ももながぼやいている。

 学校のこの部屋で、飲み食いできるのは、龍斗が写真部の部長だからだった。それ故、この部室を快適にする事に余念がない。写真部としての活動も、積極的ではあるのだが、部員は、一年生が二人所属しているだけである。

 ドアの閉まる音がする。

 足音が怖い。

 部室へ入って来た事がわかる。

 龍斗は、より一層面倒だと思った。仕方がないので、小脇に情報端末を準備しておく。フリのフリは大切である。保険みたいな物が、生きる事には必要だ。コミュニケーションでも、他の事でも。桃奈は龍斗の横まで来ると、入り口の方を向き、テーブルの上部分へ、軽く体重を掛けた。

 準備万端である。


「その話かぁ、じゃないでしょう。一人で研究でもするつもりなの?だいたい、龍斗はいつも、一人で写真撮りに行ったり、前の課題の研究も一人でしてしまうし、何でもかんでも一人でしようとするんだから。いくら、他の人と興味の方向性が違うからって、もう十回以上誘ってるのよ。コミュニケーション能力があるのなら、そのうちの一回くらい、一緒にやっても良いじゃない。坂巻さかまきの叔父さんも、叔母さんも、龍斗のそういう所を心配して、色々と言ってくるわけで・・・」


 まだまだ、話は続く。胸の前で腕を組み、テーブルに座って話をしている。大きいこのテーブルなら、問題無く丁度良さそうだった。

 龍斗は、両親の話が出た時から聞いていない。頑張って聞いたベスト5には、入りそうだと自負する。情報端末で、検索を掛ける。無論むろん、途中の相槌は忘れない。芸術関係の資料を、ある程度ピックアップすると同時に、一連の言葉という音が、静かになるのを待っている。

 小学校、中学校と口煩い女の子は居るのだが、高校生になると、なぜ、あんなに母親の様になるのだろう。女の子らしいと言えばらしいのだが、男に好かれる行動とは言えない。そして、何か、あぁ、わからない。今の段階では、難問であった。しかし、これからも、難問であり続ける筈だ。

 答えは出ないのだが、無駄なモノや事柄を考えるのが、龍斗は堪らなく好きなのだ。小さな頃からの癖であり、唯一、楽しむ事のできる癖である。

 資料のデータをストックすると、しばらく、桃奈を観察する。短い制服のスカートから、細めの脚が出ている。

 けれど、響くモノが無い、タイプでは無いからか。何処どこかで、転んだのだろう、膝に絆創膏ばんそうこうが貼ってある。話もそろそろ終盤になってきた。桃奈の一人演説も、7分を過ぎた所だ。


「・・・で、今回は龍斗の好きなジャンルでやっても良いんじゃないかなと思ったのよ。錯視さくしとかどう?結構面白いじゃない?画像も必要になってくるし。龍斗も、こういう風に好きな事なら、協力できるんじゃないかな?ねぇ、どう?一緒にやらない?」


 話の3分の2は不必要な内容だったが、女の子にとっては、そのアクセサリーが必要だという事を、過去のやり取りから学んだ。龍斗にとっては、研究内容を選んで良い事、協力研究する人数と名前、これで協力研究を出来るかどうかだけ聞けば良い。それに、「はい」か「いいえ」で答えれば、その要件は終わりであり、別の事が出来るのだ。よくそれを、「冷たい」と言われる。桃奈にも言われていた。要領良く回るからこそ、お互いに時間を無駄にしないのだが。

 桃奈が、真剣な表情で、顔を覗き込む様に返事を待っている。


 一瞬、驚いた。


 なるほど、これは、断れない。

 仕方ない事が、世の中にはある。

 今迄、我慢しなかったのだから、今は 我慢するべき時なのだろう。

 女の子には、特に桃奈には、照れて見せた方が良かった。「気持ち悪い」とは思われるかもしれないが、「評価しています」とか、「受け入れられます」とか、それなりの理由にはなる。自分自身が落とされても、相手が落ちる事は無い事の方が多い。計算した気遣いかもしれないが、無いよりマシだ。摩擦まさつが多いなら、油は必要な事。龍斗は少し照れて見せながら、心の中で2、3回くらい溜息ためいきをして答える。


「わかったから、少し近いよ。・・・一緒にやるよ」


 これを聞いても、桃奈の態勢は崩れない。確実性を高めるつもりの様だ。

 龍斗は話を続ける。


「でも、人のスケジュール管理はやって欲しい。取り敢えず、最初のミーティングするから、日程を決めて、連絡する事。これで良いか?」


 満面まんめんの笑みに変わる。

 彼女ほど、今、笑顔になっている人は、世界に居ないかもしれない。気遣いとは、時に大変である。


「もちろん。よし。連絡取り合わなきゃ。じゃあ、またね」


 貴重な昼休みの時間に、竜巻と台風と無言の脅しが通り過ぎた。元気良く手を振って、元気良くドアを閉めて、教室へ帰って行った。溜息では無い種類の息が出る。もう一杯コーヒーを飲もうと、決まった手順を行う。


「何にしようかな。案は五つは用意しておくか。色についての事が面白そうだな」


 独り言。

 意外と真面目なのだ。

 しばらく、部屋を歩き回る。

 頭も回る。

 ドリップの終わったコーヒーカップを取ると、もう少し頭を動かした。大体の項目を想い浮かべる事が出来た。こんなものだろう。

 コーヒーの香りを楽しんだ。

 一口。

 一仕事終えた様な感覚。

 残り時間を確認する。

 後、15分。


 龍斗は、残り一つの授業はサボる事にした。「そう出来る」と言った方が正しいだろう。次の授業担当の海崎教諭うみさききょうゆへ文字連絡をした。


 -別学習の為、次の授業は欠席します。対応、よろしくお願いします。


 送信すると、2分後。


 -了解。あまり、褒められた物では無いから、次は顔を見せるように。


 流石だ。話が早い。

 伊達だてに50歳手前では無い。

 海崎教諭は社会科全般の授業を担当している。風変わりな人で有名だった。授業も変わっていて、昔ながらの手作り金平糖こんぺいとうを配り、食べさせながら安土・桃山時代の授業をしたり、知名度を上げたいという理由で、室町時代の内容をBL風に解説しながら、授業を行ったりしていた。他にも、公民では大切な内容を連呼しながら、六法全書で筋トレさせられたり、地理では生徒達に世界地図Tシャツを着せて、問題に対しての答えをお互いに指し棒で示させるという授業を行った。(何故、男女でペアにしたのかは、深く考えてはいけないらしい)

 生徒に印象を強く与えて、内容を覚えさせようとする手段は、多種多様でとても面白かった。本人も、やりたい事をやる事が心情だった。綺麗な外見(本人はどうでもいいらしい)から、結婚しているのか、生徒達は皆気みなきになっていたが、子供が四人も居る事を本人が話したので、この世の終わりかというほど驚いた事もあった。

 龍斗は、海崎教諭の持つ雰囲気が気に入ったので、担任教諭より仲良くしている。「流石さすが真子まこちゃん」と、返事が来た時に言ってしまう程である。部の顧問でもあるから、当たり前かもしれないが、こんなに、納得や理解や想いを龍斗に対して、良い形で対応できる人は他には居ない。龍斗は、高校に入って少し変化した。その変化をもたらす要因として、彼女の役割はとても大きかった。人と人が、何処にあるか、何であるかで、人の人間性は変わってしまうのかもしれない。龍斗は、分かっていたし、がたいと思えていたし、大分、自分が変わったとも感じていた。そして、安心する事が出来ている。救われる場所が、「救われる場所」としてだけ機能しても駄目で、救われる場所が、「救われる場所」と「安心できる場所」になっていなければ、人の色が変わる事は無いからだろう。

 龍斗は、三杯目のコーヒーをドリップする。晴れの日には、自由な気持ちが良く似合う。


「小さめの冷蔵庫が欲しい」


 部費では難しいかもしれないから、龍斗は、お金に繋がる事でもするつもりだった。バイトである。この国の体制からすると、人気のある働き方であった。時間を自由にできる事、それを、一番に考える人が増加している。余裕のある人が多い方が、色々と平和だ。

 龍斗は、写真を売ることにした。過去に海崎教諭と一緒にやった事があるからだった。部費が少なかった為ではあったが、この学校で無くとも、普通はありえない。その時は、1ヵ月で五十万円を稼ぐ事が出来た。必要な物を1年分購入すると、残りは折半せっぱんする事になりそうだったので、来年へ繰り越そうとしたのだが、「私は公務員なんだよ」と海崎教諭に言われた為、妙に納得してしまい、折半する事にした。

 予算は使い切る。額は、お互い五万円ほどだった。去年はリッチな後半の暮らしであった。

 一度やった事があるならば、安定感はあるだろうと、龍斗は考えた。失敗する事は無い。ヴィンテージ様々だが、だからこそ、成り立つやり方ではある。情報端末で検索する。真っ先に、小型冷蔵庫を検索する辺り、大分本気である。授業時間70分をこれに当てる。世の中で生きる為には、こちらの方が良く学んでいる事になるのかもしれない。

 大体の算段がついた。低価格だが、消費エネルギーが低い物に決めた。価格も約五万円と丁度良い。商品を配送して貰う会社を決め、ウェブサイト上に新しくお店も開いた。商品を準備する為に暗室へ行く。今日の内に商品にして、配送会社へ商品を預けてから、帰宅する。そちらの方が時間効率が良い。値段も1枚三千円の送料八百円で、色を付けて四千円で良いだろう。前回は、これより高かった。この間の残りが10枚だから、後、10枚焼きつけをする。額縁がくぶちは、充分じゅうぶん余っていた。

 作業開始。


 暗闇の中で30分。


 焼きつけは終了したが、梱包こんぽうが難しい。龍斗には苦手な工程だ。1時間掛けて、お店の商品の様に、なんとか見栄え良くできた。3、4枚失敗した包装紙が、ゴミ箱の中で笑っている。

 扉の開く音がする。この音は、海崎教諭だ。


「なるほど、確かに別学習ではある」


 部室に入っての判断が早い。大体の人が、「何をしてるか」を聞く所で、この言葉は、なかなか出ない。


「冷蔵庫を買おうと思います、季節的に、もう、ギリギリですから」


 龍斗は、少し言葉を選ぶが、取り越し苦労だった。


「そうだね。去年の夏は暑かったから、その判断は正しい。まぁ、私も、いずれ龍斗がその様に言い出す事は、予想していたからね」


 本当に去年の夏は暑かった。低価格設備の暗室はサウナ状態で、二人して、せる前にてると思ったほどだった。準備していた水分は、時間と共に気温と握手あくしゅしていき、「無いよりはマシ」と言えるまでになったのだ。小さな部活動としては仕方ないとしか言えないが、今年は、あんな感じにはなりたくは無い。


「大体の目処めどは?」


 海崎教諭にたずねられたので、情報端末のデータを見せる。白のTシャツに、タイトなジーンズ、素足にサンダル。彼女の、春先から夏に掛けてのスタイルであるが、今日に限って黒色のが透けて見えている。それでも、似合うから不思議である。「真子ちゃん、今日1日、その格好で居たのですか?」と言いたかったが、龍斗は頭の引き出しにしまう。その程度の事は見透かされている。失笑を買う程、今は、分がよろしく無い。

 データを見た後、彼女は商品をチェックして、OKサインを出した。納得はしてくれたようだ。


「商品を預けに行くのは、私がやろう。配達業者はここだな。よし、把握した。コーヒーを飲もう」


 ドリップマシンが稼働する。一杯づつしか出来ないのだが、猫舌が1人居るので気にはならない。先に、海崎教諭へコーヒーカップを渡すと、もう一つコーヒーカップをセットする。香りを楽しんでいる彼女の姿は絵になる。太陽の光も、丁度良い具合だ。一通りの手順が終わると、彼女は待つ行動へ移る。 日頃から凛として、言葉遣いも正確であり、初めて会った人には強い印象を与えるのだが、待ってる姿は可愛いと言える。早く飲みたいという感情を薄っすら纏っているからだろう。


「余った分は、部費にしますね」


 龍斗は、そう切り出した。何処どこと無く、後ろめたい気持ちがあったのだ。

 海崎教諭は、息をコーヒーカップに吹きかけている。確認の為に一口飲もうとするが、出だしで判断出来たらしい。しかめっつらの顔が通常に戻ると、少し考えてから答える。


「別に、ふところに入れても構わないが」


「活動予算にして、何か撮りに行きましょう」


「夏の活動って事?」


「時間があればですが」


「そうか、私は構わないよ。そういうデートもたまには良い」


 龍斗は、どんな顔をしていたか、わからなかったが、海崎教諭がすぐに反応した。


「そんな顔をするな。只の冗談だ。こっちは、シングルなんだから、それくらいの冗談は言わせてくれ。折角せっかく年増としま世迷言よまいごとなんだから、それなりに笑ってくれよ」


 海崎教諭は、苦笑いしている。確かに海崎教諭は、「シングルマザー」に、今はなっている。一回、何故別れたのか、龍斗は海崎教諭に聞いた事がある。

 海崎教諭、いわく「ジグソーパズルを作っていき、最後の1ピースをどうしても見つけられなかった、もしくは無くしたから、かな」らしい。龍斗にとっては、わからない感覚だったが、例題を普通に考えれば、近しい感覚なのだとは納得できた。

 龍斗は、自分がどんな感じになったのかよく分からなかったが、何か失礼があった事はわかったので、急いで言葉を前に並べる。


「いえ、分かってますよ。少しドキドキしただけです」


 取りつくろうのが下手だったが、その意図はお互いの間合いで分かっている。だから、楽だったり、安心だったりが心の底にはあるのだ。それをまえて、龍斗は、少し一歩前への発言をした。海崎教諭は、それをくみ取ったのか、今度は楽しそうに笑っている。


「久しぶりに『ドキドキ』って聞いたよ。その気持ちが『遊び』でもあるなら、私は嬉しいよ」


「ありますよ。そういう、お年頃ですからね。大体今日は、真子ちゃん、下のが透けてますからね」


 思った事を言うチャンスだった為か、見逃さずに龍斗は言う。


「あぁ、これね。今日は注目を集める日にしたかったのだよ。女1人が、淡々と歳を重ねるより、健康的でしょう。なんなら、もう少し、龍斗くんの為に、特別サービスしてあげようか?」


「あっ、いや、結構です」


 龍斗は何かを察している。数ヶ月前の会話の記憶から、それは推測できる。褒め言葉の準備を開始する。何を言うかで、センスを判定されてしまう。恋愛的教育を、たまにされてしまうのだ。そうして、まれに引き摺る、的確過ぎても困るものだ。


「そんな事言わずに。遠慮してはいけないよ。今日はね、女の子達には褒められたんだけど、男の子にはまだなんだよね。第1号にしてあげよう」


「わかりましたよ。寂しい真子ちゃんの為に、拝見しましょうとも。で、どんな感じに成功したんですか?ダイエット」


 海崎教諭は、家族連れで去年の夏に海へ行った際、体型について何か言われたようだった。その時の想いが、秋を過ぎ冬に爆発。変な宣言をされて、評価する事を約束させられていた。しかし、当時ですら、年齢に対してそんなに酷く乱れているとは、龍斗は思わなかった。海崎教諭は、どちらかと言えばスマートな方だ。そうでなければ、夏にTシャツ一枚で学校生活を過ごせる訳が無い。乙女心とは、分からないものだ。でも、それが無いと可愛いとも、綺麗だとも思えない。不思議な心の部屋だった。


「どうかね?」


 海崎教諭はTシャツを脱いでいた。どんな見せ方であろうと、龍斗は驚かない。何回も繰り返し、驚いた事柄があったからだった。心にも免疫力が必要であった。


「おぉ、凄く、頑張りましたね。へそも綺麗です」


 彼女の腹筋は軽く割れていて、括れにメリハリが出ている。ポージングによっては、線が綺麗に浮き出るはずだ。

 絵になると言える。


「おっ、想定外の所を褒める。中々のポイントになるよ」


 海崎教諭は、笑顔で言う。

 変わった人であろうと、女性は女性、嬉しそうだった。今日は、引きる物が無さそうだ。へそを褒めた事へポイントが入った。何のポイント制か、分からないけれど。


「でも、生徒に下着を見せるなんて、良かったんですか?」


「これは水着だよ」


 これには、口が開いた。開きっぱなしになりそうだった。だから、1日平気な顔をしていたのだ。


「水着も下着も、男性側は見分けがつかないからね。尚且なおかつ、Tシャツ越しに透けさせる事で、視線は釘付けになる。ファッションとしても、別に問題にならないから、良いだろう」


「そうなんですね、でも真子ちゃん意外と胸ありますね」


「やはり、そこに目がいくか。私は安心したよ、やはり龍斗も男だ。まぁ、水着の場合、谷間を良く見せる様に作られている。物によっては、カップ数も上がるから便利ではあるな。色々と」


 淡々たんたんとマジックのタネみたいな事を説明される。女の子のこういうのは、果たして、知っておいた方が良い事なのだろうか。

 いつか、余計な一言を言ってしまいそうで怖い。


「分かって良い事なんですかねぇ」


「あぁ、なるほど。知らない幸せもあるかな。じゃあ、知らないフリを極めたまえ」


「僕だけハードル高いですね」


「人生経験豊富な私の、『龍斗なら出来る』という信用だと思いなさい」


 二人して笑っている。学校生活の中では、中々、幸せな時間だ。この時間が長いほど、人は、日々を有意義だと思うのだろう。

 チャイムの音がする。

 午後5時を告げる物だ。

 最後の音が鳴った後だった。扉が元気良く開いて、桃奈が立っていた。驚いた表情が、楽しかった空間を少し混沌とさせた。

























  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ロボットが僕になった日 袋小路 めいろ @fukurokouzi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ