ロボットが僕になった日
袋小路 めいろ
(1)通る道①
笑えない太陽が、ゆっくりと朝を告げる。
関係無いと言う切れ雲が、風に乗って形を変えて、
シンと静かな時間は、一日の、とある時間には必要で、
まだ、人間は目覚め無い。
人間は、それから外れる事で、生物の中で一番である事を、自負している。しかし、そのメソッドこそが、生物としての一番の美しさである。人間は、外れる事で忘れてしまった。時に汚く、時に美しい、本物の「生き、
輪の中心では無く、外側へ、外側へと、「生きてる」事を仕事にしながら。
数十年前のテレビの映像が、
「若い人は、興味が無い」と言って差し
「ロボット
映像に合わせて、無感情なナレーションが流れてくる。
「世界の先進国では、労働力の減少で各方面で悲鳴が揚がり、様々な問題に対処しにくくなっていました。国外から、労働力を受け入れるのも、『過去の話』からか、なかなか進まなかったのです。その折、AIの脅威的な発達と安価で製造できる合金の開発に成功、その他の分野でも、技術革新に近い発見や開発が行われ、低コストでロボットが製造できる様になりました。
それに応じて、各国の政府は、
お湯の沸いた音。
ドリップマシンにお湯を注ぐと、コーヒーカップをセットして、ドリップする量を設定しスタートボタンを押した。作動音から遅れて、コーヒーの良い香りが、部屋に散らばる。
再び
耳に音声が届く。
「以上が、海外の当時の動きです。それでは、私達の国である日本では、どうだったのでしょうか。時の首相である、「
この法立により、国民には、定年退職が実質無くなりました。国は、ロボット配備費、整備費の四分の三を負担する事になり、企業側は、支給額の最低額が手取りで二十万円になる様に、タグ付けした人へ給与として支払う事、ロボットの整備費の四分の一を負担する事になりました。企業側は、タグ付けする人を面接等で選ぶ事ができ、優秀な人材とロボットを二重雇用できたり、国がロボット設置代金を支払うので、新たな工場を増やし易いというメリットもあります。
二重雇用ができるので、国民も、生活を保障されながら、頑張った分だけ、年収を上げる事が出来る社会となりました。次に税金についてですが、税金の支払い額の出し方が変わり、人とタグ付けされたロボットの年収全てを合算して計算するのでは無く、人とタグ付けされたロボットの年収を別々に計算し、算出する事になり・・・」
小学生にも分かる様に作られた文章が、退屈になり、ナレーションの声が気にならなくなると、コーヒーの香りが漂ってくる。
ドリップ終了の音。
無機質な音なのだが、感情が
コーヒーカップの中が、昼間の太陽で反射してくるのを、龍斗は満足気に眺めて、ゆっくりと口へ運んだ。
一口目が、食後のあの感じと、日々の生活の一部を整理整頓してくれている。
「また、テレビ見ながら、ここでコーヒー飲んでる」
声のする方を向くと、
「何か用?」
今迄の事が台無しだと、声色で分かるかもしれなかったが、
革張りの椅子が、軽く鳴った。
「いや、ほら、もう梅雨入りだからさぁ。卒論の準備、始めなきゃいけないじゃない。だから、一緒にどうかなぁって」
「あぁ、その話か」
卒論というのは、全国の高校三年生がテストなどの代わりに行う、卒業を証明する為の研究と論文である。現在の学校では、生徒自らが、「卒業できます」と学校へ能力を証明しなければ、卒業する事が出来無い。小学校や中学校でも、レベルは下がるが、ある事であり、内容によっては飛び級等も可能だ。その卒論の出来次第では、会社への面接が、有利にも不利にもなるのが当たり前の世の中である。高校を卒業して、年度始めからロボット及び基礎所得保障法は適用されるからでもある。つまり、高校では、高校二年生の梅雨の時期である今の内に、様々な事を決めて、研究を開始しなければならない。
龍斗達にとっては、面倒な時期だが、人生が決まる時期である。
今は、大抵の人は大学へと進む。お金の心配が要らないからではあるのだが、感覚が変わったからとした方が、しっくり来るかもしれない。学業の圧縮と能力の向上という名目で、数十年前に付け加えられた教育法のおかげである。
学ぶ事への天井は無い。
学習内容も現在の高校では、数十年前の大学のレベルか、それ以上であり、大学では、専門的行動力を主体として多種多様である。受かった企業へ合わせて、二重雇用を狙って学んでも良いし、全く違う分野を自分自身の為に学んでも良い。それに、年齢に関係無く「大人は学ぶ」という意味合いが、国民の間に、今は深く浸透している。文字通りの「大学」となっているのは、一つの正しい形かもれない。十代はもちろん、二十代三十代、一番上は八十代から九十代まで、大学内で見かける事は、今は珍しく無い。ずっと、大学で学ぶ人も居るくらいだ。尚且つ、教育法により、同時期に学籍を重複して取得できる。A大学の学部とB大学の学部へ同時に入学し、どちらの学部に対しても能力の証明ができれば、同時に卒業できる。裕福な家庭では、この様な事は当たり前ではあるが、能力にイコールで年収が付いてくるので、結局は本人次第である。逆もまた、起こるのだ。自分の力がどのくらいあるのか、それを証明する事で、金銭に繋がる。
チャンスは平等。
行き過ぎた能力主義だが、人が減れば溢れる人を最小限にしなければ、過去から続く国の核を失うかもしれない。他国に対する一定値の「何か」が必要なのだ。最終的に、しっかりと判断をしたこの国の対応は、間違ってはいないだろう。
龍斗は、もう一口コーヒーを飲んだ。扉の所でカツカツ音がしている。桃奈は、次の言葉を待っていた。が、知った事では無い。
「まだ、コーヒー飲むのかかる?」
扉の所で、
学校のこの部屋で、飲み食いできるのは、龍斗が写真部の部長だからだった。それ故、この部室を快適にする事に余念がない。写真部としての活動も、積極的ではあるのだが、部員は、一年生が二人所属しているだけである。
ドアの閉まる音がする。
足音が怖い。
部室へ入って来た事がわかる。
龍斗は、より一層面倒だと思った。仕方がないので、小脇に情報端末を準備しておく。フリのフリは大切である。保険みたいな物が、生きる事には必要だ。コミュニケーションでも、他の事でも。桃奈は龍斗の横まで来ると、入り口の方を向き、テーブルの上部分へ、軽く体重を掛けた。
準備万端である。
「その話かぁ、じゃないでしょう。一人で研究でもするつもりなの?だいたい、龍斗はいつも、一人で写真撮りに行ったり、前の課題の研究も一人でしてしまうし、何でもかんでも一人でしようとするんだから。いくら、他の人と興味の方向性が違うからって、もう十回以上誘ってるのよ。コミュニケーション能力があるのなら、そのうちの一回くらい、一緒にやっても良いじゃない。
まだまだ、話は続く。胸の前で腕を組み、テーブルに座って話をしている。大きいこのテーブルなら、問題無く丁度良さそうだった。
龍斗は、両親の話が出た時から聞いていない。頑張って聞いたベスト5には、入りそうだと自負する。情報端末で、検索を掛ける。
小学校、中学校と口煩い女の子は居るのだが、高校生になると、なぜ、あんなに母親の様になるのだろう。女の子らしいと言えばらしいのだが、男に好かれる行動とは言えない。そして、何か、あぁ、わからない。今の段階では、難問であった。しかし、これからも、難問であり続ける筈だ。
答えは出ないのだが、無駄なモノや事柄を考えるのが、龍斗は堪らなく好きなのだ。小さな頃からの癖であり、唯一、楽しむ事のできる癖である。
資料のデータをストックすると、しばらく、桃奈を観察する。短い制服のスカートから、細めの脚が出ている。
けれど、響くモノが無い、タイプでは無いからか。
「・・・で、今回は龍斗の好きなジャンルでやっても良いんじゃないかなと思ったのよ。
話の3分の2は不必要な内容だったが、女の子にとっては、そのアクセサリーが必要だという事を、過去のやり取りから学んだ。龍斗にとっては、研究内容を選んで良い事、協力研究する人数と名前、これで協力研究を出来るかどうかだけ聞けば良い。それに、「はい」か「いいえ」で答えれば、その要件は終わりであり、別の事が出来るのだ。よくそれを、「冷たい」と言われる。桃奈にも言われていた。要領良く回るからこそ、お互いに時間を無駄にしないのだが。
桃奈が、真剣な表情で、顔を覗き込む様に返事を待っている。
一瞬、驚いた。
なるほど、これは、断れない。
仕方ない事が、世の中にはある。
今迄、我慢しなかったのだから、今は 我慢するべき時なのだろう。
女の子には、特に桃奈には、照れて見せた方が良かった。「気持ち悪い」とは思われるかもしれないが、「評価しています」とか、「受け入れられます」とか、それなりの理由にはなる。自分自身が落とされても、相手が落ちる事は無い事の方が多い。計算した気遣いかもしれないが、無いよりマシだ。
「わかったから、少し近いよ。・・・一緒にやるよ」
これを聞いても、桃奈の態勢は崩れない。確実性を高めるつもりの様だ。
龍斗は話を続ける。
「でも、人のスケジュール管理はやって欲しい。取り敢えず、最初のミーティングするから、日程を決めて、連絡する事。これで良いか?」
彼女ほど、今、笑顔になっている人は、世界に居ないかもしれない。気遣いとは、時に大変である。
「もちろん。よし。連絡取り合わなきゃ。じゃあ、またね」
貴重な昼休みの時間に、竜巻と台風と無言の脅しが通り過ぎた。元気良く手を振って、元気良くドアを閉めて、教室へ帰って行った。溜息では無い種類の息が出る。もう一杯コーヒーを飲もうと、決まった手順を行う。
「何にしようかな。案は五つは用意しておくか。色についての事が面白そうだな」
独り言。
意外と真面目なのだ。
しばらく、部屋を歩き回る。
頭も回る。
ドリップの終わったコーヒーカップを取ると、もう少し頭を動かした。大体の項目を想い浮かべる事が出来た。こんなものだろう。
コーヒーの香りを楽しんだ。
一口。
一仕事終えた様な感覚。
残り時間を確認する。
後、15分。
龍斗は、残り一つの授業はサボる事にした。「そう出来る」と言った方が正しいだろう。次の授業担当の
-別学習の為、次の授業は欠席します。対応、よろしくお願いします。
送信すると、2分後。
-了解。あまり、褒められた物では無いから、次は顔を見せるように。
流石だ。話が早い。
海崎教諭は社会科全般の授業を担当している。風変わりな人で有名だった。授業も変わっていて、昔ながらの手作り
生徒に印象を強く与えて、内容を覚えさせようとする手段は、多種多様でとても面白かった。本人も、やりたい事をやる事が心情だった。綺麗な外見(本人はどうでもいいらしい)から、結婚しているのか、生徒達は
龍斗は、海崎教諭の持つ雰囲気が気に入ったので、担任教諭より仲良くしている。「
龍斗は、三杯目のコーヒーをドリップする。晴れの日には、自由な気持ちが良く似合う。
「小さめの冷蔵庫が欲しい」
部費では難しいかもしれないから、龍斗は、お金に繋がる事でもするつもりだった。バイトである。この国の体制からすると、人気のある働き方であった。時間を自由にできる事、それを、一番に考える人が増加している。余裕のある人が多い方が、色々と平和だ。
龍斗は、写真を売ることにした。過去に海崎教諭と一緒にやった事があるからだった。部費が少なかった為ではあったが、この学校で無くとも、普通はありえない。その時は、1ヵ月で五十万円を稼ぐ事が出来た。必要な物を1年分購入すると、残りは
予算は使い切る。額は、お互い五万円ほどだった。去年はリッチな後半の暮らしであった。
一度やった事があるならば、安定感はあるだろうと、龍斗は考えた。失敗する事は無い。ヴィンテージ様々だが、だからこそ、成り立つやり方ではある。情報端末で検索する。真っ先に、小型冷蔵庫を検索する辺り、大分本気である。授業時間70分をこれに当てる。世の中で生きる為には、こちらの方が良く学んでいる事になるのかもしれない。
大体の算段がついた。低価格だが、消費エネルギーが低い物に決めた。価格も約五万円と丁度良い。商品を配送して貰う会社を決め、ウェブサイト上に新しくお店も開いた。商品を準備する為に暗室へ行く。今日の内に商品にして、配送会社へ商品を預けてから、帰宅する。そちらの方が時間効率が良い。値段も1枚三千円の送料八百円で、色を付けて四千円で良いだろう。前回は、これより高かった。この間の残りが10枚だから、後、10枚焼きつけをする。
作業開始。
暗闇の中で30分。
焼きつけは終了したが、
扉の開く音がする。この音は、海崎教諭だ。
「なるほど、確かに別学習ではある」
部室に入っての判断が早い。大体の人が、「何をしてるか」を聞く所で、この言葉は、なかなか出ない。
「冷蔵庫を買おうと思います、季節的に、もう、ギリギリですから」
龍斗は、少し言葉を選ぶが、取り越し苦労だった。
「そうだね。去年の夏は暑かったから、その判断は正しい。まぁ、私も、いずれ龍斗がその様に言い出す事は、予想していたからね」
本当に去年の夏は暑かった。低価格設備の暗室はサウナ状態で、二人して、
「大体の
海崎教諭に
データを見た後、彼女は商品をチェックして、OKサインを出した。納得はしてくれたようだ。
「商品を預けに行くのは、私がやろう。配達業者はここだな。よし、把握した。コーヒーを飲もう」
ドリップマシンが稼働する。一杯づつしか出来ないのだが、猫舌が1人居るので気にはならない。先に、海崎教諭へコーヒーカップを渡すと、もう一つコーヒーカップをセットする。香りを楽しんでいる彼女の姿は絵になる。太陽の光も、丁度良い具合だ。一通りの手順が終わると、彼女は待つ行動へ移る。 日頃から凛として、言葉遣いも正確であり、初めて会った人には強い印象を与えるのだが、待ってる姿は可愛いと言える。早く飲みたいという感情を薄っすら纏っているからだろう。
「余った分は、部費にしますね」
龍斗は、そう切り出した。
海崎教諭は、息をコーヒーカップに吹きかけている。確認の為に一口飲もうとするが、出だしで判断出来たらしい。
「別に、
「活動予算にして、何か撮りに行きましょう」
「夏の活動って事?」
「時間があればですが」
「そうか、私は構わないよ。そういうデートもたまには良い」
龍斗は、どんな顔をしていたか、わからなかったが、海崎教諭がすぐに反応した。
「そんな顔をするな。只の冗談だ。こっちは、シングルなんだから、それくらいの冗談は言わせてくれ。
海崎教諭は、苦笑いしている。確かに海崎教諭は、「シングルマザー」に、今はなっている。一回、何故別れたのか、龍斗は海崎教諭に聞いた事がある。
海崎教諭、
龍斗は、自分がどんな感じになったのかよく分からなかったが、何か失礼があった事はわかったので、急いで言葉を前に並べる。
「いえ、分かってますよ。少しドキドキしただけです」
取り
「久しぶりに『ドキドキ』って聞いたよ。その気持ちが『遊び』でもあるなら、私は嬉しいよ」
「ありますよ。そういう、お年頃ですからね。大体今日は、真子ちゃん、下のが透けてますからね」
思った事を言うチャンスだった為か、見逃さずに龍斗は言う。
「あぁ、これね。今日は注目を集める日にしたかったのだよ。女1人が、淡々と歳を重ねるより、健康的でしょう。なんなら、もう少し、龍斗くんの為に、特別サービスしてあげようか?」
「あっ、いや、結構です」
龍斗は何かを察している。数ヶ月前の会話の記憶から、それは推測できる。褒め言葉の準備を開始する。何を言うかで、センスを判定されてしまう。恋愛的教育を、
「そんな事言わずに。遠慮してはいけないよ。今日はね、女の子達には褒められたんだけど、男の子にはまだなんだよね。第1号にしてあげよう」
「わかりましたよ。寂しい真子ちゃんの為に、拝見しましょうとも。で、どんな感じに成功したんですか?ダイエット」
海崎教諭は、家族連れで去年の夏に海へ行った際、体型について何か言われたようだった。その時の想いが、秋を過ぎ冬に爆発。変な宣言をされて、評価する事を約束させられていた。しかし、当時ですら、年齢に対してそんなに酷く乱れているとは、龍斗は思わなかった。海崎教諭は、どちらかと言えばスマートな方だ。そうでなければ、夏にTシャツ一枚で学校生活を過ごせる訳が無い。乙女心とは、分からないものだ。でも、それが無いと可愛いとも、綺麗だとも思えない。不思議な心の部屋だった。
「どうかね?」
海崎教諭はTシャツを脱いでいた。どんな見せ方であろうと、龍斗は驚かない。何回も繰り返し、驚いた事柄があったからだった。心にも免疫力が必要であった。
「おぉ、凄く、頑張りましたね。
彼女の腹筋は軽く割れていて、括れにメリハリが出ている。ポージングによっては、線が綺麗に浮き出る
絵になると言える。
「おっ、想定外の所を褒める。中々のポイントになるよ」
海崎教諭は、笑顔で言う。
変わった人であろうと、女性は女性、嬉しそうだった。今日は、引き
「でも、生徒に下着を見せるなんて、良かったんですか?」
「これは水着だよ」
これには、口が開いた。開きっぱなしになりそうだった。だから、1日平気な顔をしていたのだ。
「水着も下着も、男性側は見分けがつかないからね。
「そうなんですね、でも真子ちゃん意外と胸ありますね」
「やはり、そこに目がいくか。私は安心したよ、やはり龍斗も男だ。まぁ、水着の場合、谷間を良く見せる様に作られている。物によっては、カップ数も上がるから便利ではあるな。色々と」
いつか、余計な一言を言ってしまいそうで怖い。
「分かって良い事なんですかねぇ」
「あぁ、なるほど。知らない幸せもあるかな。じゃあ、知らないフリを極めたまえ」
「僕だけハードル高いですね」
「人生経験豊富な私の、『龍斗なら出来る』という信用だと思いなさい」
二人して笑っている。学校生活の中では、中々、幸せな時間だ。この時間が長いほど、人は、日々を有意義だと思うのだろう。
チャイムの音がする。
午後5時を告げる物だ。
最後の音が鳴った後だった。扉が元気良く開いて、桃奈が立っていた。驚いた表情が、楽しかった空間を少し混沌とさせた。
ロボットが僕になった日 袋小路 めいろ @fukurokouzi
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