魔法使いのケーキ屋さん~泣き虫ウサギと恋するモンブラン~

栗栖ひよ子

プロローグ

 子供の頃、大好きだった絵本「魔法使いのケーキ屋さん」。

 引っ越した時になくしてしまって、作者の名前も覚えていないけれど、毎日毎日、飽きずに眺めていた、あの、不思議でワクワクして、甘~い魔法の世界は、今でも私の記憶の中にしっかりと広がっている。

 絵本の主人公は魔法使いの男の子。人間界でケーキ屋さんを開いているんだ。ケーキ屋さんのお供には喋るシマリスがいて、木の実を割るのを手伝ってくれるの。

 メレンゲを泡立てる時にはね、勇気をひとさじ加えて、頑張れ、頑張れって励ますと、ふわふわってふくらんで、食べた人に勇気をあげられるんだよ。

 バニラエッセンスはね、恋のおまじない。ケンカしているカップルも、ほら、仲直り。食べたらね、不機嫌な気持ちなんて吹き飛んで、ほっぺたが上がってきちゃうから。

 自分に自信のない子にはね、シナモン・パウダーをハラリ。鏡を見たら瞳はキラキラ。お気に入りの靴を履いて、大好きなあの人に、笑顔であいさつできますようにって。

 優しい優しい、魔法使いのケーキ屋さん。ケーキを作るのは、甘いものの力で、みんなを幸せにしたいからなんだって。食べた人がね、笑顔になってくれますようにって。甘いものには、人を幸せにする力があるから――。

 この絵本に憧れて私も、人を幸せにするケーキ屋さんになりたいって、そう思うようになったの。魔法使いにはなれなくても、美味しいケーキを作って人を幸せにしたいって。

 そんな夢を持ってから十年が経ち、私も大人になったけれど、今でもまだ、魔法使いのケーキ屋さんは本当にいるんじゃないかって、心のどこかで信じている。

 私たちが気付かないだけで、もしかしてこのケーキ屋さんも、魔法使いかもしれないよって。

 そう、特に、こんなに美味しいケーキを食べた時には――。


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