夢見るものと夢追うもの

@takenoko1215

第1話 長い旅

 幼馴夢おさななじむが夢から目覚めなくなって三年。

 俺、小貫信士おぬき しんじはずっと旅をしている。千差万別色んなところへ行き、様々なことをしてきた。森の中で迷ったり、墜落する飛行機に乗り合わせたり、巨大なガイコツに追われたりもした。果ては誰かが死ぬ、もしくは殺される場面なんかも間近で見てきた。まだ高一の俺が、そんな波乱万丈な体験をしているなんて誰も夢にも思わないだろう。比較的、親しい仲である委員長どころか、両親でさえも知らない。それもそのはず、俺が経験してきたことは全て人の夢の中での出来事だからだ。俺は記憶している限り、自分の夢というものを見たことがない。正確には一度だけあったが、もう二度と見ることは叶わないだろう。その代わり、他人の夢なら自由に行けた。自らの意志で行きたくて行っているわけではない。ただ眠ったらいつの間にか辿り着いているのだ。だから誰も目にしたこともないような景色も見てきたし、誰も味わったことのないような体験もしてきた。

 だが、数多の世界を渡り歩いても、旅が終わることはなかった。幼馴夢を目覚めさせる方法が、いくら探しても見つからないのだから終わりようもない。もう夢を渡り歩いて三年の月日が経過していた。正直、こんなことになるとは思ってもみなかった。他人の夢を見せられて、迷惑だとぼやきながらもバカみたいな夢に一喜一憂していられるものだと思っていた。けど、それは儚い夢だったようだ。自分の夢を見ることが叶わぬなら、せめてあの時のような幸せな夢を見ていたかった。今日も探し物を求めて、様々なところを巡り歩く。夢に対して俺が頂いている印象とは支離滅裂、荒唐無稽、意味不明。ここ数年ある病気を理由に変わってきたが、基本的には見ている本人でさえも理解できない意味不明なものが多かった。旅する先で行きついたのは、まさにその言葉通りの場所だった。

 建物は石でできており、鎧を身にまとった男が、赤い絨毯の上で派手な飾りを施された玉座にいる厚化粧の女性を前に片足をついている。腰に差した立派な剣からしても、いかにも騎士という感じが見受けられる。どうやら西洋のお城でなんだか謁見中という設定らしかった。左右にはいかにもといった感じの甲冑を着こんだ騎士達が槍をもって無言で並んでいる。全員が同じ顔をしているのは手抜きと考えていいだろう。探してみた感じ、求めている物はなさそうなので、柱の陰に隠れて話の行方を眺めてみる。ただ冒険する夢なら登場人物の一人として何食わぬ顔で混ざればいいのだが、なんだか嫌な予感がしたのだ。

「行ってくれるな? 勇者よ」

「任せてください。クレオパトラ王女」

 エジプトの女王がどうして西洋の城にいるんだよ、と突っ込んだところで無駄だろう。ここはもちろん夢の中だから意味を求めてはいけない。特に、こんないかにもありあわせの知識で適当に作りあげたようなものに常識を当てはめようとしたところで意味はない。『他人』の夢の中なのだ。下手をすると夢見ている本人でさえわからないものを理解しようなんて不可能だ。だからここはなにもせず、ただ眺めているだけでいい。興味本位で介入しようものなら巻き込まれてひどい目にあうのが目に見えている。長年、夢を渡り歩いているとおかしなものに遭遇することが多いので、なんとなく対処法がわかってしまう。これは間違いなく遠くから眺めているのが最善の夢だった。

「必ずやあなたのご期待に応えてみせましょう」

 今回の主人公(夢の主)は片膝をついている彼らしい。夢というのはその人の望むことを表しているというが、こういう自分が勇者になって世界の命運を分けるような夢を見るやつは他人に自分を認めて欲しいという思いがあるらしい。

「フッフッフッ、だが私を倒せるかな?」

 突然、降ってわいたような展開。主人公役の彼、横に並ぶ騎士を含めて「なにっ!? どこから声が?」と驚いた顔をしている。夢を見ている間の登場人物というのはなんでこんなに頭が悪いんだろうか。誰か一人くらい女王の姿が変貌していることに気づけよと心の中で毒づく。どう考えても展開的におかしいことが、夢の中では当然のことのように受け入れられているのだから不思議だ。

 あれよあれよという間に女王は魔王となって主人公に襲い掛かる。なぜかわからないが……うん本当に。手からレーザービームを撃って敵を倒す主人公。世界に平和が戻り、クレオパトラと主人公が結ばれて物語は幕を閉じた。本当に意味がわからなかった、クレオパトラ倒したはずなのに。いかにも夢らしいとんでもない怒涛の展開だった。どうやらこの夢はここで終わりらしい。久々にすがすがしいほどの馬鹿な夢を見た。残念ながら探し物はなかったが、まあ彼女への良い土産話になるだろう。終わりを迎えたと同時に世界が移り変わる。まだ俺の旅路は終わらず、目が覚めることもないようだ。これのせいでこっちは毎日寝不足だというのに、はた迷惑な夢物語である。次は一体どこへ行くことになるのだろうか。せめてその先に俺の探し物があることを願うばかりである。


 夢の中なので目覚めたというと誤解があるかもしれないが、目を開くとそこはどこかの部屋の一室だった。ピアノを小さくしたような長細いものがパソコンの画面前に置かれており、横にはスピーカーがある。本棚には様々な音楽関係の本が隙間なく並べられていて、一目で音楽に大して並々ならぬ情熱を注いでいることがわかる。そんな夢の主はといえば、一心不乱に鍵盤を叩きながら曲作りに取り組んでいるようだった。どこか聞き覚えのあるフレーズだったが思い出せない。

 背後に俺がいるにも拘わらず、夢の主は夢中で作曲をしていて「こうじゃない」だとか「違う」だとか呟いている。この様子だと俺が来たことに気付いていないのだろう。こちらに背を向けていて顔は見えないが、その後ろ姿はどこか見覚えがあった。何かを作りだそうと試行錯誤している夢を見るということは、現実の世界で満たされていないのだろう。現実に満たされていない人間か……危ないな。そんな人間は十中八九『夢遊病』の候補者だ。

「……起きなさい」

 背中を見つめていたところで誰かの声が聞こえてくる。どこか聞き覚えのある声に睡眠の時間が終わることを悟る。夢の主は気付いていないようで、今もひたすら作曲をしているが、それもそのはず。俺だけにしか聞こえていないのだから反応のしようがない。まるで声に反応するように夢の中で意識が薄れていく。

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