第2話「その日も魔王は遅刻していた。」

 おどろおどろしい蝋燭の灯る大広間。


 その席にはアンデットやオーク、ダークエルフと言った面々が並び、

 彼らの双眸には暗い光が満ちていた。


 そこにカツカツと足音を立て、一人の男がやってくる。


 男は古めかしいマントを着込んで杖を持ち、

 その雰囲気はいかにもラスボスと言った具合で、

 見る者を震撼させるオーラに満ちていた。


 そうして、男は一番奥の赤いビロードの椅子に座るとこう言った。


『すまないね。今日は定例会議の日であるというのに

 魔王である私が遅刻をしてしまって…

 なにせ、新たに開墾された土地を視察に行っていて…

 …まあ、私の事情はこれくらいにして、会議をはじめるか…』


 そうして次に魔王は「あれ?」という具合に首をかしげた。


 十二幹部…それは、魔王に仕えるという名目の

 種族も思想も別のいわば烏合の集を従える長たちである。


 だが、その席に座っているのは十一人…あきらかに一人足りない。


『ふむ、パルテオンがいないな。あの道化の男はどうした。』

 

 すると、奥から四番目にいるエントのドゥキノクタが、すっと枝を挙げた。


『ヤツが儂の樹液を使った魔術を行使したいと言って来ての。

 実験の結果、ヤツは勝手に自滅したのだ。』

 

 そう言うと、ドゥキノクタはホッホと小さく笑った。


『儂らエント族の樹液は魔力に満ちておる。

 それを大地に垂らせば木々は生い茂り、あらたな生命の息吹が生まれ…』


 これは長い話になりそうだと判断した魔王は取りあえずさえぎってみた。


『すまないが、話が長いと会議に差し支えが出る。簡潔に言ってくれ。』


 すると、ドゥキノクタは再びホッホと小さく笑った。


『ようは、ヤツは自分の益しか考えておらんかったということだ。

 樹液を人の血に混ぜ込めば、永遠の寿命と若さを手に入れられると

 抜かしおって、結果、やつはエントでも人でもない別の邪悪な怪物

 となって、北の大地へと逃げてしまったのだ…。』


 それを聞いて魔王は渋い顔をした。


 それもそうだろう…なにせ、開墾地にてミミズとも植物ともつかない

 巨大生物が出現し、農夫たちを次々に襲っていたという一報で、

 魔王は北の地へと赴かねばならなかったのだ。


 さいわいにして、その生き物は通りかかった勇者たちに倒されたが、

 開墾地の被害は甚大で、当面のあいだは修復に時間がかかるという

 結論であった。


 しかし、それも実験による事故とわかった以上…

 しかも騒ぎを起こした当人が倒されている以上、

 もはやどうすることもできない。


 魔王は、深いため息をつくとこう言った。


『…わかった。そのことがわかっただけでも良しとしよう。

 ドゥキノクタ。今後樹液を渡すのは慎重にしてもらいたい。

 私が言いたい事は以上だ。』


 すると、ドゥキノクタはホッホと笑ってこう言った。


『肝に銘じよう…ときに、もしヤツが殺されたときには注意が必要だ。

 ヤツの体内には、殺した者とその遺体に触れたものとを巻き込む強力な殺傷の

 呪いがついておる。それは、呪いで死んだ者からさらに周囲に伝播し、時間が

 経てば、町一つくらいは容易に滅ぼす事ができる…。

 …ゆめゆめ、ヤツが死んでもその死体には触れないことが賢明だ…。』


 そう言われて魔王は青白い顔をますます白くさせた。


 なにしろ、その生物が死んだとき農夫たちの多くが

 物見遊山にその死体に近づいていたのを思い出したからだ。


『ときにドゥキノクタよ、その呪いはいつごろ発動するのだ?』


 すると、ドゥキノクタはホッホと再び笑ってこう答えた。


『おそらく半日。新月の出る今夜ならば、十二分な効果を発揮しますわい…』


 そのとき、魔王の頭上に一羽のコウモリがやってきた。


 それは、北の国の知らせを告げる伝令コウモリであり、

 赤い封筒は何か急な用事を意味する印であった。


 そして、そのコウモリの封を受け取らないうちに、

 次のコウモリがやってきた。


 そうして次から次へと、

 急を知らせるコウモリが今や大広間を埋め尽くさんとして

 こちらへとやってくるのが魔王の目に入ってきた…。

 


 

 

 



 

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