第四十五話 初めてのクラブ活動

「う、うわぁぁああ!? へ、『ヘルファイア』!」

「ちょ――。きゃぁあ!?」


 視界が突如、深紅に染まった。熱風が襲いかかり、両腕を広げた俺の肌をちりちりと焼く。


「はぁ、はぁ、はぁ……。な、なんとか倒せたかな」

「ねぇ……。パド……」


 アルタの声はいつにも増して低かった。


「な、なに?」

「私達を焼き殺す気!?」


「で、でも! 魔物を倒すには仕方ないじゃないか!」

「場所と火力を考えなさいよ! あれ見てみなさい」


 ダンジョンの岩壁がマグマのようにどろどろと溶け落ちてていた。


「でも一撃で仕留めないと僕が殺されていたのかもしれないし……」

「ゴブリンなんてファイアボールの一つで十分よ! お願いだから、そんな極大魔法をこんな狭いところでぶっ放さないで!」


「はい……」


 アルタに怒られ項垂れるパト。だが今回は彼女の言い分は百パーセント正しい。危うく、味方を巻き込むところだったのだ。


「それと、カイト」

「ん?」


 アルタが俺の方に振り向いた。なんだその顔は。俺は関係ないだろ。パートナーだから連帯責任とかいうんじゃないだろうな。


「あなた、両手を広げて何をしているの」

「見てわからないのか」


「チーを庇ってくれたの!」


 俺の背中から兎耳のチカが顔を出す。自分の呼び名がどんどん幼くなっていくけど大丈夫かな。可愛いからいいけど。


「知ってるわよ」

「じゃあなんだ?」


「私はどうなってもいいってこと!?」


「あ、いや……。お前はなんとかするだろ。実際なんとかなってんじゃん」

「むしろ私を守るべきでしょ!」


 うーん、言っている意味がよくわからん。どう見ても小さくて可愛らしいチカを守りたくなるのが漢だろうに。


「ねえ、あの子すごくない?」

「ああ、さっきの魔法は最上級生でも使える奴は少ないぞ」

「しかも疲れた様子がまったくないぞ」

「あの子を入部させたのも大当たりだったわね」


 そう、パドの魔力総量は半端ない。極大魔法を撃ってもほとんどMPに変化がないほどだ。ただ繊細な魔法の操作が苦手なのだ。というか壊滅的だ。いわばフェラーリのエンジンを積んだ軽トラックのようなものだ。危なっかしくて仕方ない。部員のみなはもう少しパドの危険性を認識した方がいい。ダンジョンの魔物に殺されるよりも、パドの魔法に巻き込まれて死ぬ確率の方がよっぽど高いと思う。特にここら辺の魔物は弱いから余計にだ。


「ウホ! お前ら何ぼさっと突っ立っている! また魔物が湧く前に行くぞ!」


 ゴリラ、いやカリエンテ部長が先を急かす。今日は初めてのクラブ部活動。新入部生のレベルあげを兼ねて地下三階にある温泉を目指していた。


 地下一階は雑魚のゴブリンしか出なかった。地下二階もさほど変わらないはずだった。


「げぇっ!? なんでこんな所にあんな奴が」

「なあ、最近深層の魔物を上で見かける機会が多くないか……」


 部員の誰かが指さした先。そこにいたのは……。


「部長?」

「違う!?」


 否定の言葉がすぐに脇から飛んで来た。


「あ、そこにいたのか。じゃあ、親戚かなにかですか?」

「だから違う!」


 目の前に立ちはだかるのはでっかい部長だ。要するに巨大なゴリラっぽい魔物。うお、ゴリラの癖に巨大な斧を持っているじゃないか。やはり――。


「部長だな」

「しつこい!」


 馬鹿なこと言ってる間に大きな部長が、いやゴリラ風の魔物が先頭を歩いていた部員へと斧を振り下ろす。


「ひぃぃいいい!?」


 あ、あの人やばいかも。罠解除や斥候能力は高いが、戦闘能力は皆無なのだ。俺の脇を何か小さき者が横切っていった。


「チーが止める!」


 おい!? 巨木の幹のような腕から振り下ろされた大斧がチカに迫る。やば――。


 ガキンという金属と金属がぶつかり合う音がした。チカが受け止めたのだ。彼女の体よりも大きなごっつい盾で。


「グゥゥオオオ!」


 ゴリラは雄叫びをあげながらチカへと斧を何度も振り下ろす。それを受け止め続けるチカ。一歩たりとも後ずさることはなかった。


「さすが『不動』の異名もちね」

「へ?」


「なに!? あの娘があの『不動』なのか!」

「まさに、動かざることピエールのごとし」


 誰やねんそれ。にしても想像の斜め上をいかれた。あろうことかチカは盾役のようだ。


「よくやった! くらえぇえええ!」


 ゴリラがゴリラに斧を振るった。ゴリラの首が飛ぶ。 


「ウホっしゃぁああ!」


 ゴリラが胸を叩きながら勝利の雄叫びを……。


「もう部長がどっちだかわからなくなってきたな」

「全然違います! ああ、部長かっこいいです……」


「えっ!?」


 いや全然違うけどさ。からかっていただけだし。それよりショックなのは副部長が部長に憧れの眼差しを送っていたことだった。くっ、俺の憧れの眼差しは報われることはないのか。巨乳が……。


「いたたた。思っていたより怪力だったの」


 チカの盾を押さえていた手が赤くなっていた。


「ほら、チカ、こっちに来て」


 アルタはしゃがみこんでチカの手をとる。身長差が倍近くあるもんな。


「慈愛の女神よ。この者の傷を癒したまえ『ヒール!』」

「アーちゃん。いつもありがと!」


 えっ? えええっ!?


「アルタ、お前って司祭プリーストだったのか……」

「は!? 見てわからなかったの! どうみても司祭でしょーが!」


 彼女は自らの服を指さし憤る。たしかに白いが、それジャケットとパンツだよな。まさか祭服だったとは。


「司祭のイメージを完全に覆されたな」

「どういう意味よ!?」


「そのままの意味だ。祭服っぽくないし。やっぱり回復役はもっとお淑やかで」


 巨乳のイメージが……。


「悪かったわね! いいわ、あんたが怪我したって治してあげないんだから!」

「アーちゃん。カイにいに意地悪しちゃだめだよー」



 そんなこんなで気づけば地下三階。


「ウホ、新入部生はそこに並べ」

「え、なにこの行列……」


 狭いダンジョンの通路に長蛇の列が出来上がっていた。先が見えない。


「俺らは少し下の階に行って来る」

「あなたたちは温泉を堪能してきてね」


 なんだよ。温泉クラブなのに入らないのか。俺ら四人を残して先輩方は下層へと進んでいった。

 待つこと二十分。なかなか温泉が見えないことに苛々してきた。


「チーがちょっと見てくるね」


 俺の苛立ちでも伝わったのか、チカが列前方へと駆けて行った。


「すごい人だかりだった!」


 五分ほどして戻ってきたチカは少し興奮していた。


「女湯まで行って来たのか?」

「え? 混浴だよ」


 な、なんだと!? ダンジョン温泉クラブ万歳三唱! バンザーイ! バンザーイ! バンザーイ! 


「カイトあなた一体何しているの?」


 喜びを表現していたら不審な顔で睨まれた。いまは別にそんな些細なことは気にならない。


 ああっ! こんなときに副部長がいないじゃないか。いまから走って呼び戻しにいくか。いや焦るな。これから幾らでも堪能できるチャンスがあるはずだ。とりあえず、今日はどういうものかを確認しよう。


「何よ、人の体をジロジロみて気持ち悪い」


 おっと、アルタに睨まれた。そうだった。こいつもモデル体型なのだ。出る所はしっかり出ているんだ。脱いだらもっと凄いかも。いやいやいや、そんな不純な期待など一片もないぞ。俺は別にこいつと一緒に入りたいわけじゃないのだ。混浴しかないのだから俺には選択肢がないのだ。ああ残念。


 列が少しずつ前に進む。白い湯気が立ち昇る。俺の気持ちも沸き立ってきたぜ。


「これがカイトの言う温泉……」

「人で犇めいているわね」


 それを見た俺の第一声は――。


「こんなの温泉じゃねぇぇえ!!」


 混浴なのは事実だが、立ち湯だった。男女構わず擦れあうほど密着している。皮鎧はまだしも金属製の甲冑が生み出す甲高い引っ掻き音が耳障りすぎる。

 

「なんで装備を着たまま、立ちながら温泉に入るんだよ!」


「魔物がうようよしているのよ。装備を脱ぐ馬鹿がいるわけないじゃない」

「座ると場所取られるしね」

「というより皆歩いているよ~」


 片側から歩いて温泉に浸かり、そのまま湯の中を歩いて逆側に出ていく。一方通行だ。


「まったりとできねーじゃねーか!?」


「スキルを得るために入るのに長湯しても仕方ないでしょ」

「金属製の場合、装備が錆びちゃうよね」


 俺は肩を落として歩く。期待が高まっていた分だけ奈落の底に落とされた気分だ。いつのまにか温泉に足を踏み入れていた。初めてのダンジョンの温泉。その感想は、ただただ気持ち悪い。だって服を着ているんだぜ。そして、その上には革の鎧すら身に付けている。想像するとわかるよね。


「ああ、服が体に纏わりついて気持ち悪い。パド頼む」

「うん、『ドライ』」


 温泉を出てすぐに生活魔法で乾かしてもらった。こういうときに魔法が使えないと不便だよな。


「あっ! 僕、毒耐性(小)のスキルをゲットしたよ!」

「残念。チーはゲットできなかったの~」

「私もだわ。次の温泉に期待ね。やっぱり神に祈ってから入るべきだったかしら」


「ねー、カイトは?」

「着衣水泳……」


「「「え?」」」


「だから『着衣水泳』っていうスキルを得た」

「なにそれ。初めて聞くスキルね」


 スキルがどういう仕組みで手に入るのかはわからない。しかし、俺は誰かの悪意を感じずにはいられなかった。

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