第六話 強かなギルド

 街の中心はある程度想像通りだった。中央に噴水広場があり、その傍に教会のような大きな白い神殿が建っていた。ヨーロッパの街並みによくある歴史を感じさせる景観だ。噴水の周りには二階建ての石造りの商店が並ぶ。高いものでは三階のものもあった。


 この国で三番目に大きい街と称されているが、なるほど確かにと頷ける。だが――。


「これは、ありえなくね?」


 噴水を挟んだ神殿の向かいに俺は立つ。目の前にはドーンと効果音が聞こえそうな高層ビルが聳えていた。十階以上はありそうだ。見上げているだけで首が痛い。石造りでこんなに上に伸ばすなんてことできるのだろうか……。


「大丈夫よ。魔法で補強してあるから」

「あーさすが……」


 異世界だな。俺はしみじみと実感していた。この世界で荷重だ耐震性だといっても始まらないのだろう。しかしルシアよ。なぜお前は無理にクールぶるんだ。長い耳がピクピクと揺れているから無理しているのがバレバレだぞ。


「オラ、ギルドに入る自信がなくなったダ」


 そう、この街一番の高層建築は冒険者ギルドだった。そんなにモンスターで溢れている世界なのだろうか。少し心配になる。ま、とりあえず中に入らないと何も始まらないか。俺はギルドの扉を潜る。といっても高さも幅も数メートルほどの大きな開口だったが。


「おー! 中も広いな」


 ギルド内には酒場も併設されていた。筋肉隆々のオッサンや甲冑を来た者達の姿が目に入る。昼間っからエール酒を浴びていた。これは定番だよな。


「ふむふむ、一階が総合受付か。登録手続きもこの階みたいだな」


 俺は奥のカウンターへとスタスタと進む。


「ちょ、待ってよ!」

 

 入り口で固まっていた二人が慌ててついて来る。俺にはラノベ耐性があるのだ。こんなことで動じたりはしない。


「すみません」

「はい、ご登録ですか? それともご依頼でしょうか?」


「なんてメンコイ女子おなごだか!?」

「えっ!? そ、そんな可愛いだなんて……」

「カイトもそう思うべ!」


 全身を赤らめて恥ずかしがる受付嬢。うん、くれないな豚娘ちゃんでした。残念ながら全く同意できない。


「登録です!」


 ここはさっさと話を進めようか。


「そうですか、ではこの書式にご記入下さい。わかる範囲で結構です。あ、代読と代筆の必要はありますか?」


「大丈――」

「オラは無理ダ! おねげえします!」

「はい、かしこまりました」


 あれだよな。俺もルシアも字を書けるの知っているよな。まあ、そんな無粋な突っ込みは止そう。


 さてと……。書類に目を落とす。なになに、『名前』『種族』『年齢』『職業』『習得魔法』『習得スキル』『HP』『MP』『装備』『加護』『得意な武器』『苦手な武器』『出身地』『家族構成』『年収』『知人』『所有財産』『最近の悩み』『恋人』『好きな人』『好みのタイプ』『嫌いなタイプ』……。


「おい!? どんだけ個人情報を抜き取る気だよ!」

「あっ、書きたい箇所だけで構いませんよ」


 俺の突っ込みに淀みなく答える受付嬢。オーグは言われるままに答えている。寧ろ嬉しそうだ。質問が多ければ多いほどたくさん会話が出来るからだな。


「ふん、文句をつけられたら任意でいいですよと対応する。が、逆に何も言わなかったらケツ毛の本数にいたるまで情報を毟り取るようにシステム化されてやがるな」


 受付嬢がビクッと体を震わせ、目を彷徨わせる。やっぱりそうか。始めはわかる範囲でと言っていたのに、俺が文句をつけると書きたい箇所で良いと言い直していたしな。


「私はそんな所に毛なんて生えてないわよ。カイトって以外と毛深いのね」

「あ、いや、そういう意味では……」


 そして俺の尻を凝視するのは止めろ!


 しかし情報が重要な武器になるとよくわかっているな。あんまりギルドを信用するのは不味そうだ。しかし、そっちがそうくるなら……。


「ほら出来たぞ。あっ――」


 受付嬢に差し出した紙が凄い勢いで横から掻っ攫われた。


「ちょっとこれ空白じゃない! ちゃんと書きなさいよ!」


 ルシアがトントントンと指で白紙を叩く。しかしその細長い指はある箇所を交互に往復していた。おかしいな、そこはギルド登録には特に必要ないと思うぞ。そこは『好きな人』と『好きなタイプ』の欄だし。


「別に書きたいところだけでいいんだろ。なら全て書かなくてもいいってことだ。そんなに書きたかったらお前が書けばいいじゃないか。がはっ!?」


「カイトの馬鹿っ!」


 顔面に正拳突きとかありえないだろ……。最近は暴力的な女の子は受けが悪いんだぞ。


「白紙でも構いませんよ」

「え、そうなの?」


「はい。では登録しますので、この水晶にお触りください」


 手の平で水晶を撫でる。一瞬だけ眩く光った。


「こちらがギルドカードになります」


 スマホサイズの黒いカードに金文字が煌めいていた。


□名前:カイト=シドー

□種族:人間

□レベル:13

□ギルドランク:十級


「おい、これはどういうことだ」

「この水晶は高価なマジックアイテムなんです。登録に必要な最低限の情報を相手から読み出し、ギルドカードに印字されるようになっています」


「なら初めからそれだけでいいじゃない!」


 ルシアが不貞腐れていた。うーん、やはりギルド上層部の悪意を感じるな。


「ところでギルドランクはどうなっているんだ」

「十級から始まりランクが上がるごとに一つずつ数字が小さくなります」


「そうすると最大は一級ってことか?」

「一級になるともはや英雄レベルですね。そこからは一段、二段と上がって行きます」


「そうなのか。上限は……。まさか十段?」


 一級で英雄レベルなのにそこまで上が存在するのだろうか。


「いえ、上限はありません」

「へ?」


「初代ギルドマスターが決めた方針です。『勝手に限界を決めるな。人には無限の可能性がある。諦めたらそこで終わりだ』という言葉を今も守っています」

「そ、そうか……」


 ただのランク分けのはずが人生哲学のようになってしまっているな。完全に予想の斜め上の回答だった。よし、気を取り直して。


「ギルドランクと依頼の関係は?」

「ええ、それは――」


 彼女の話をまとめると以下の通りだ。


・依頼は現状のギルドランクとその上下一つまで受託可能(指名依頼はその限りではない)

・パーティの場合はメンバー内の最低ランクから最高ランクまでの依頼を受託可能

・依頼に失敗した場合は違約金が発生する

・ランクアップ条件は一つ上のランクの依頼を二回連続で成功すること

・ランクアップの依頼は特別な事由が無い限りソロで達成すること


 まあこんな感じだ。しかしソロでないといけないってのは辛いな。ズル防止だろうが後衛や支援系の職業はどうするんだよ。


 ちなみに高層階の仕組みも分かった。ランク別に階が分けられているらしい。階級が一つあがるごとに上の階に上がれるようになっている。例えば十級は二階。一級にまでなると十一階だ。十二階は段位のようだ。最上階の十三階はギルドマスターの執務室と会議室。なお、建物の中央には魔道式エレベータがついている。

 階級が上にあがると人も減る。必然的に一人頭のスペースは広がるのだ。十階からはスイートルームとしか思えない仕上がりになっているようだ。


「オラもこれで冒険者ダ!」

 

 ギルドカードを貰ってオーグが飛び跳ねていた。どうやらみんな登録が完了したようだ。


「じゃあ、折角だから何か依頼を受けていこうぜ」

「そうね」

「オラ楽しみダ!」


 異世界初めての冒険者生活の始まりだ。さすがに俺も胸の高鳴りを抑えることができなかった。

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