六
「くッ!」
人の姿になって籠手で覆われている両腕で防御する。
だが義手の材質、そして威力が凄まじく、籠手にひびが入って砕ける。それでも拳の勢いはまだ残っていて、キュアの生身の腕を捉えて殴りぬけた。
「ぐぁっ!」
キュアの表情が苦痛にゆがみ、そしてスコパスと距離を取った。右腕をかなり気にしているのは、どうやら折れてしまったらしい。左手は何度も握ったり開いたりを繰り返す。でもやはり右手が反応しないようだった。
「ちょこざっ。人外を目指す人間ってとこか」
「力だ。博士公には絶対的な力が必要なのだ。周りを従わせる圧倒的なパワーこそ統治の源。それがなければ、国は治められんのだッ!」
「なーにワケわけわかんないことを」
「博士公をなめるなぁッ!」
脚も義足だ。そのような動作音がし、あり得ないほどの速さを生み出している。さっきは腕で受け止めてしまったが、キュアは学習し、避けたり流したりして繰り出される攻撃に対応していく。
「おねえちゃん、ワタシの身体の元の持ち主があんたのせいで心を壊されちゃったなら、なおさら苛烈に……お礼参りしなくちゃあねぇっ!」
「ならば今度は全身を砕いて剥製にしてやろうッ!」
風起こす突きを左腕だけで上手く逸らし、キュアは獣の姿になってその義手の関節部分に思いっきり牙向いて噛みついた。彼女のあごの力はとてつもなく、ぎぢぎぢと鈍い音とともに食いちぎった。
スコパスは体勢を崩して倒れ、キュアはそんな彼にくわえていた義手を吐く。
「まったく、どんな硬さしてんのよこれ。関節狙ってやっとって」
「い、犬畜生が……」
「犬じゃない、ワーウルフドッグ。それも狼の血量が多い……って、ホントかどうかわからないんだよね、今は」
キュアの記憶は無意識におねえちゃん、もしく彼女が作り上げた記憶だ。だから本当であるかどうか判断できない。戦いの場で気にしないように努めているけれど、それでもどこか寂しそうに言う。ずっといると思っていた両親も幻の存在。
「とにかく、壊せることはわかった。残ってる手足、全部お別れさせてあげる」
一度勢いを削がれるとスコパスは防戦一方となった。片手のキュアでも対応に苦慮し、なんとか反撃を試みてみるも上手くいかずにカウンターを決められる。身体を動かせば動かすほどにキュアの調子は上がっていって圧倒する。
「性能ばかり考えるから先生ってやつはっ!」
スコパスは全身を改造しているらしく、胴体の部分も生身とは言えなかった。キュアは胸に蹴りを叩きこんでみるも、予想以上に硬い感触にぐっと悔しそうに歯を食いしばる。
「キュアッ!」
「うんっ!」
エオンがキュアのそばに寄り、自身の右手と彼女の左手で太刀を握り、天高く掲げた。刃は二人の気合に呼応するかのように眩い光をあらゆる方向に放ち、それは視界を白くさせるほどだった。
休ませてもらったおかげで、エオンは乾坤一擲(けんこんいってき)の一撃を放てるくらいには回復していた。そして頭痛も消えている。
「あらゆる覚悟をッ!」
「ここにっ!」
掲げていた太刀の切っ先を、キュアの蹴りによって体勢を崩しさらに光で目が眩んでいたスコパスへと向ける。彼には何が起きているのかまったくわからず、しかしささやく予感によってどうにかしようとあがいている。
「天鼠鬼覇動・檮杌(てんそおにはどう・とうこつ)ッ!!」
それは戦闘狂の名を加えた天鼠鬼覇動(てんそおにはどう)。全身全霊の力を込め、あらゆる障害障壁を完全無視してただ相手を貫くことだけを考える、天荒(てんこう)破りしあるとうろ最高の技。
「ああああああああぁぁぁあぁぁぁぁッッ!!」
ぐっ二人時を合わせてスコパスの懐へと飛び込む。その余波だけで周りの壁にひびが入って傷だらけにした。光の突きとなった太刀の切っ先が敵の胸を確かに捉えるが、わずかの部分で止まって中により侵入して行かなかった。
「はははッ! 私の身体は最強だッ! そのような脳までを筋肉にしたような突撃などぉッ!」
本来この技は一人で放つもの、そしてさらに破壊力を大きく生み出しているのが吸血鬼の圧倒的な能力。あまりに不完全な、その場の勢いで二人は使ってしまっている。
しかしそれでもゆっくりと、ゆっくりと刃が確かに前へと進んだ。
「などぉッ!?」
さらに刀身に炎が点き、勇ましく燃える。この技にこのようなことはないが、しかし今の二人がそんなことを気にすることはない。
「発火(パイロ)だとーッ!?」
身体に刃が食い込みながら、スコパスは炎とキュアを交互に睨んだ。
太刀はどんどんと奥深くに入っていき、ついに彼の背を越えた感触があった。そこからはもう抵抗がかなりなくなり、容易に刃が沈んでいってついに鍔(つば)がスコパスの赤くなったワイシャツに接触した。しかしまだ二人は力を緩めない。
「二度と直せないようにしてやるッ!!」
「貴様らぁぁぁぁぁッ!!」
鍔が傷口をさらに広げ、二人の腕もスコパスの胸を貫いた。やや黒みがかった鉄さび臭い鮮血を浴びながら、二人は腕と太刀を引き抜いた。刀身に宿っていた炎は消える。スコパスは口からも大量の血液を吐き、力なく膝から崩れ落ちる。
自分の血で出来た水たまりの上にうつぶせで倒れ、しかし彼は即死せずまだ意識があった。改造のおかげであると容易に想像できた。
「わ、私を殺せば、混乱は免れんぞ……」
「案外そうならないかもしれませんよ」
エオンとキュアは仇の男を見下ろす。長く辛い研究所での数々の経験の恨みを、今ここで果たすことができたのだ。そこに嬉しさも虚しさもなく、ただゆっくりと味わって飲み込んでいく。
「また別の博士公が治めるでしょう」
スコパスは最後の力を使い、懐から手巻き煙草とライターを出し、くわえて火を点けて味わいだす。
「……ふっ、ふふ……人外のくせに……賢しい……だが、さすが、我々の……ワーライガーだ……」
研究成果に満足するように彼はせき込みながら声を上げて笑った。博士公という、政治にも関わっていたが、やはり研究職の方が彼にとって天職だったのかもしれない。事実、写真を比べてみると、博士公になってから大分老け込んでいる。
「だからこそ、子を作れれば……」
そして心の底から悔しがっていた。
「ワーライガーはオレで終わりです」
「どうか……な……」
スコパスの意識がどんどんと遠くなっていくことがわかる。とうとうその命の終わりがやって来たのだ。
「非科学、的な、ことを……信じた、く、ない……が……あの、世があるなら、ば……また研究を、し……たい、もの……だな……しばらく、さら、ば……だ……人外……」
もう声もなくなり、火の点いた煙草が落ちる。しかしエオンは確認の意を込め、太刀で首を刺して捻る。いつもと変わらない感触がそこにあり、スコパスは今ここで事切れたのだった。
エオンは博士公であった者の身体を、血で汚れることを気にせずに動かし、仰向けに寝かせて鳩尾の辺りで手を組ませた。キュアが中途半端に開いていた瞼を閉じさせた。
「終わったね」
「うん、終わった」
彼の血がべっとりと着いている刃を窓のカーテンで拭き、エオンは太刀を納める。かちゃりとした金属音が部屋に響き、一つの物事の終わりを告げた。
アルツェロが入ってこないこと、そして廊下から何も音をしてこないことを考えるに、アルコが彼を仕留めたらしい。あの強敵であるアノマロカリスをたった一人、それもまだ十三歳の幼さでできるのだから、やはりバルトロの娘というのは伊達ではない。
エオンとキュアはお互いの姿を見合い、くすりと笑う。
「ひどい姿だね」
「キュアこそ」
窓から見えるロムスの向こうはもうもうと煙が上がっていて、まだ戦いが続いているように見える。もう博士公は討ったのだ。だからすぐにでも止めさせ、逃げなければならない。
「ご無事でしたか」
二人が博士公の部屋から廊下に出ると、そこには二重回しを破られながらも、目立った傷のないアルコが立っていた。短い三つ編みをぴょんと動かし、赤い瞳がわずかに安堵の色を浮かべていた。
「アルコちゃんも無事でなにより」
「頭に血が上っている相手でしたから」
向こうで倒れてしまっているアルツェロを指差す。不思議なことに全身に切り傷があるのに、どこにも血が流れていなかった。
「では早く出ましょう。父と合流します」
「あ、ちょっと待って」
キュアが外へ出るために歩き始めた二人を呼び止める。
「せっかくここまで来たんだから――」
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