二
バルトロ、アルコの親子は矢の中でも最先鋒に近い位置にいた。周りでは突撃力のある大型の、象や熊などの超越者たちが恵まれた体格を活かして暴れており、得物の骨までえぐるような矢じりを構成していた。
鳥の超越者たちによる空からの銃撃、爆撃に巻き込まれないようにただ奥へと進む。
力はなるべく温存するため、バルトロは手に入れた短機関銃を味方に当たらないように放ち続ける。弾がなくなればしばらく銃身を鈍器のように扱い、それから捨て、背負っていたまた別の銃火器を構える。
アルコは長ドスでもって父親に近づこうとする敵を斬っていった。ここまで激しく動いても、吸血鬼はあまり暑さを感じないことから二重回しを脱ぐことはなかった。なるべく返り血を浴びないよう、気をつけて扱っている。
このような集団戦、バルトロにとってもかなり久しぶりのことだった。東の島国での戦いの日々を思い出す。
「父様、これが百鬼夜行ですか?」
「ああ、昔はよくやったもんだ!」
仲間の士気が高まれば高まるほど、精神が肉体を超越する。元々高い身体能力がさらに強化され、より強力なものとなる。銃弾が直撃しても数秒動ける者もいた。これなら押し切れると誰もが思った。
しかしいきなり後ろの方で爆発が起こった。これにはさすがの超越者たちも一気に吹き飛んでしまい、ばらばらになってもう動かなくなってしまった。そして空を飛んでいた者たち数人も撃ち落とされ、地面へと落ちていく。
すくまず冷静に立ち回れるものが奥の方に控えていたようだ。その狙いは表の方に比べて揺れが少なくしっかりとしていた。バルトロの近くを銃弾が通る。吸血鬼はともかく、まともに受ければ人間より圧倒的に丈夫な超越者であろうが大きくダメージが残る。
「ここからが正念場だ! 脚を止めるな!」
味方の被害がぐんと伸びる。それでも動かなくなった仲間たちの身体を踏みしめてでも全員前へと進む。前進する意欲はわずかにも衰えず、敵陣への奥へ奥へと刺さっていく。より自陣を有利にさせるため、バルトロがアルコを引っ張って矢の先頭から飛び出した。
「父さんから離れるんじゃねーぞ!」
「はいッ!」
銃弾をすべて使い切り、長年連れ添った長ドスを抜いて斬りかかる。兵は銃身で防御しようとしたが、それごと身体を叩き斬った。ぎりぎり、大きく消耗しない程度でその培ってきた戦闘能力を見せつける。
アルコも父親に追いつこうと必死でついていく。まだ悪食でない彼女はたまに相手から血を吸い、体力を回復していた。自分に向けられた銃弾ならば避けられるが、流れ弾ではそうはいかない。周りに目をつけている。
「アルコッ!」
彼女の死角から銃弾が飛んでくるのが目に入り、すかさずバルトロが身を挺してかばう。銃弾は彼の腹をえぐったが、力を込めたおかげで貫通することはなく、後ろのアルコに当たることはなかった。
「父様ッ!」
「こんな程度で」
しかしすぐに傷がふさがり、ケガが完治する。超越者のほとんどは身体が丈夫なだけで、このような回復力は持っていない。エオンが比較的治りが早いが、それでも吸血鬼の圧倒的な治癒能力に比べれば大したことはない。
「ごめんなさい……」
「謝ってる暇はねー! 進め! 斬れ!」
そう言って進んで見えてきたのが、迫撃砲の群れだった。その前にはずらりと鉄砲を構えた兵が並んでいる。ここを蹴散らせば後ろの被害を少なくできる。バルトロはより加速して、
「ワシの後ろに隠れてろ!」
一斉に銃弾が彼目がけて放たれ続け、おびただしい数が命中する。全身のいたる所に銃創ができ、血をまき散らし、長ドスを握っていない方の腕、左腕が吹き飛んだ。しかし彼はまったく速度を落とすことはなく、刀の切っ先をたどり着かせる。
「惜しかったのおぉッ!」
後ろに隠れていたアルコと共に並んでいた鉄砲隊たちの身体を切り刻んでいく。相手の血がたまに口に入るが、悪食の彼には美味しく感じられず唾と一緒に吐き出す。
勇敢な兵士は接近されても引き金を正確に引くが、正確であるが故に射線がわかってより避けやすかった。最期までその瞳にはバルトロが映っていた。
挽回とばかりにアルコがすでに迫撃砲の群れをすべて切り捨てていた。その働きにぐっと親指を立ててやれば、彼女はわずかに表情をにこやかにさせた。
まだロムスまではかなり距離がある。迫撃砲の群れを過ぎると、第一陣というわけなのか、後ろには誰も控えていなかった。よりロムスの近くで陣を敷く準備をしているらしい。
何かが待っているのは間違いない。これまでのよりも遥かに強力な何かが。
しかしそれに構っていられなどしない。むしろ進軍の速度が速まる好機だと捉え、傷だらけになりながらも武器を抱えて地面を揺らしていく、
空から降ってくる砲撃が止み、仲間たちの進軍が速まった。エオンは先鋒が敵の壁を抜けたのだと考える。仲間たちの働きも大きくあるが、きっとバルトロとアルコが突破口を開いたのだろう。
降ってきた砲弾を避けることはできるが、炸裂した際に鋭い破片が広く散る。エオンとキュアは巻き込まれずに済んだが、そうもいかなかった超越者もいた。リュオルもその中の一人で、傷を負ってしまっていた。
「大丈夫か?」
「うん。包帯巻いたし、ちょっとかすっただけだから」
もしかすればエオンが殴った所が開いたのかもしれない。頭に巻いた包帯にはじわりと血がにじんでいた。
子狐はまだやれると強いまなざしをエオンに向けた。他の子供たちも同じくそうしている。
子供たちは自らの意思でこの戦いに参加している。エオンはどこか逃げるようにと言ったけれど、それでも全員首を横に振るのみで頑固だった。父親、母親の仇というものが全員あった。
しかしなるべく生存確率を上げるため、子供たちをエオンの近くに置いていた。そのおかげか、小さなケガはしているもののまだ誰も動けなくなることはなかった。
仲間たちも子供たちに気にかけていて、ここまでよくついてきた少年少女たちを褒めていた。自分たちだって訓練に耐えてきたという自負があるから、口ではそういうように言うも、獣の部分が隠し切れずに嬉しそうに動いていた。
「大砲が飛んできたのはさすがにびっくりしたけどね」
「気を抜くなよ。まだロムスにはたどり着いていないんだから」
そうしていると、仲間の一人がエオンとキュアに言った。
「二人とも、もっと前に行ってくれ」
「え?」
「え? じゃないだろ。お前たちが真っ先にロムスに入って、博士公を殺せば戦いがより早く終わるかもしれないだろうが。てか、リーダーのエオンが殺さないと締まらない」
ついつい子供たちの姿を見てしまう。しかしすぐにリュオルに腹を的確に殴られる。ぐっと鈍い痛みが走り、彼が言い放つ。
「前のおかえし。俺たちは大丈夫だから、エオン兄ちゃんとキュア姉ちゃんはさっさと博士公殺してきてよ」
ぽんと仲間にも肩を叩かれる。
「そういうわけだ。こいつらのことは任せろ」
「……わかった。絶対に仕留めてくる」
「あとでどんなだったか聞かせてくれよな」
そう送り出され、キュアと共にバルトロたちがいる先頭へと獣の姿で駆けだす。身軽な二人は重い武器を抱えた超越者たちの間をすり抜け、前へ前へと進んでいった。ぐしゃぐしゃになってしまった兵士たちを何度も見かけるが、エオンはなるべく踏まないように脚を運んだ。
空から見ていた仲間が彼に伝える。
「ロムスのそばで陣を敷く準備をしている。これを抜ければロムスだ」
とうとうだ。そこさえ抜けてロムスに侵入できれば、博士公にだって刀が届く。エオンはより脚の回転を速くさせて、あっという間に先頭近くへとたどり着く。
そこでは後方に比べ、やはり激しい戦闘の跡が残っていた。仲間たちの傷も多く、明らかに倒れる寸前という様子の者も少なくなかった。しかし宿る力は確かにそこに存在していて、それが身体を引っ張っていた。
「お、ようやく来たか」
バルトロ、アルコの親子がそこにいた。バルトロは服が穴だらけで身体を銃創まみれにし、さらに左腕を失くしてしまっていた。
「バルトロさん!」
「うるさい。血を温存するためにあまり治してねーんだよ」
それでもあまりにひどい姿に、キュアが目を白黒させていた。吸血鬼でなければ到底動けないであろう状態だ。
「腕だってあとで生やす」
「そんなこともできるんですか?」
「何年生きてると思ってるんだよ。全部失くしたことだってあるわ」
自慢するように言うが、自慢になっていないと感じる。とにかく本人はいつもと変わらないように動けているので、問題はないらしい。比べてアルコは目立った傷もなく、戦いが始まった頃と変わらず、体力が有り余っているようだ。
彼女と目を合わせようとすると、すぐに逸らされる。
「聞いただろうが、次ので最後だ。お前たちはなんとしてでも入れ。ワシたちも続く」
なんとも心強い発言だ。最初に復讐をすると言った時も、彼は否定することなく聞いてくれたのをエオンは思い出した。
「博士公を殺したい? いーんじゃねーか? やりたいことなんだろ? 手伝ってやるよ」
「え?」
「え? って。お前をここに連れてきた時点で覚悟はできてるよ。でも、それよりいいのか? あの娘を危険にさらすことになるぞ。このままの方が比較的静かに暮らせるだろう」
木陰で昼寝をしているキュアを差す。完全に安心しきっている表情で寝息を立て、一つの美しい風景画のようになっていた。ようやく手に入れた束の間の平穏。
「それでも、それでもオレは、キュアも、博士公を殺さないと本当の意味で前には進めないから」
自らの瞳でエオンはバルトロの瞳を力強く握り、二人の間をひゅっと風が通り過ぎる。
バルトロはあごをさすったあと、満足そうに表情を緩ませた。そしてまるで幼い子供のようなあどけなさも覗かせている。
「そうだ。己の鎖は己で断ち切れ。そしてそもそもそういうものはないのだと、教えてやれ」
バルトロはあくまで手伝ってくれるだけで、前に出ることはなかった。さすがに大きな問題があるなら忠告してくれるが、基本的にエオンがやりたいようにやらせ、そして上手くいくようにしているだけだ。
「へっ、殺したあと、やり遂げた気分で腑抜けになるんじゃねーぞ」
今、隣を走るバルトロがからかうように忠告した。
「生き続けねーと、復讐にはならねーからな。のうのうと生き続けてかたき討ちに来るヤツらを全員返り討ちにする。これが一番だ」
彼自身の経験からくるもののようだ。昔はそういう風にいつも命を狙われていたのだろう。そして言った通りにここまで何人もの相手を返り討ちにして生きてきたのだ。
「簡単に言ってくれますね」
「そう、だから難しい」
向こう側にうっすらと陣が見えてきた。ついにロムスまであと一歩というところに迫ったのだ。みんなそう思えば無意識に進みが早くなる。矢は勢いをつけ、一気に相手をずたずたに引き裂こうと力を増していく。
あらゆる種族の超越者たちにそれぞれ思惑はあるだろうが、すべて一つに集約する。
人間たちへの復讐。
ある者は実験動物のように扱われ、ある者は家畜のように働かされ、ある者は両親を狩りの標的にされ、ある者は戦場の最前線に放り込まれた。
それぞれすべて人間に恨みを持っていて、そして鎖に繋がれていた者たちだ。
オーロのすべてが集まるロムスを襲ってしまえば、きっと何かが変わると信じている。
それがもうすぐそこまで迫っている。自分たちの勝利はすぐそこであると。
「ぎゃッ!」
いきなり近くにいたものが血を流し、その場で倒れ込んでしまった。エオンから見てごろごろと後ろへと転がっていき、それから動かなくなった。銃弾や砲弾が飛んできたわけではない。
だからすぐにエオンは誰がやったのか理解し、刀を抜いた。
耳をつんざくような音がし、体重の重みを刀から感じた。
「よくもッ!」
「ササラ姉ちゃんッ!」
ここまで来ればやはりアノマロカリスが出てくることになった。エオンは周りに注意を促すため、身体全体を使った大声を広げる。すれば周りは一斉に矢の中に飛び込んできたササラを攻撃する。
「違うッ! 離れろッ!」
ふっと彼女の身体がエオンの前から消え、襲い掛かってきた超越者たちを瞬く間に斬り伏せた。これまでの銃撃や砲撃よりも圧倒的な恐ろしさを周りに放つ。
「ここでキミを討つ!」
その刀に心の揺れは見当たらなかった。エオンはぐっと奥歯を噛みしめて、彼女の殺気を追い始める。
かつての師匠と弟子。その最後の対決が始まった。
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