四
「はあー、なんとかなったなー」
ぐいっと大きな伸びをし、バルトロが深呼吸する。エオンも人の姿に戻り、同じように深呼吸して気持ちを整えた。
「陽動でもなかったようですし、偵察、あわよくば殺そうってところですか」
「そうなんじゃねーの。アノマロカリスでもトップクラスを送ってきたって思いたいのー」
「人質がいるのによく仕掛けてきましたね。皆殺しになるかもしれないのに」
「皆殺しにされればされればで、ワシたちが約束を破ったように操作するんだろ」
そこでエオンはバルトロのすぐそばにいる少女のことに気がついた。初めて見る顔だ。それに東の島国の服装をしている。
そうやって見ていると少女がおもむろに頭を下げるので、エオンもついついお辞儀返してしまう。
「清水アルコです、父がお世話になっています」
この辺りでは聞かない訛りのある言葉だった。それに気を取られてしまって、肝心の内容をあまり耳に入れられなかった。
「ごめん、もう一度……」
むう、という表情は、まだ自分の言葉が下手であるということを悔しがっているようだった。しかしその仕草が妙に愛らしい。少し東の島国血が混じっているような雰囲気がある。
「清水アルコ、です。父が、お世話に、なっています」
ゆっくりと丁寧に、はっきりと伝わるように彼女は言葉を繋げていった。
しかしだからこそ意味がわからなくなってしまう。
「お、お父さん……?」
「かぁーッ、飲み込みの悪いヤツだな。アルコ、ワシの娘だ」
ぐっと肩を持って抱き寄せると、彼女は無表情のままに手を払って少し離れた。そんな様子にバルトロは困ったように頭をかき、棒付キャンディーを出す。それは受け取って、しかしすぐに口に入れはしなかった。
「ええーッ!? む、娘さんーッ!?」
「なんだ、いちゃ悪いか」
「いや、そういうことじゃなくて、そんな話聞いたことないですし……」
「言ってねーからな。ほら、お前も自己紹介しろよ」
少し混乱したままに軽い自己紹介をする。
「エオンです、あの、ワーライガーで……」
「父の手紙で聞いています。獅子と虎の混血なのですよね?」
こくりと頷くが、なんだか気圧されている。年下とは思えないくらいに落ち着いてしっかりしていて、とてもバルトロの娘のようには思えなかった。
こそっと彼女には聞こえないように耳打ちして尋ねる。
「本当にバルトロさんの娘さんなんですか?」
「吸血鬼だ。ワシの血が流れてる」
「じゃあなんでこんなにしっかりしているんですか?」
「お前ワシをなんだと……そりゃ妻の育て方のおかげだろ」
「妻ッ?」
それはそうだ。娘がいるのだから、奥さんがいたって何もおかしいことはない。しかしこのバルトロが、まさか妻帯者であるなどと考えたこともなかった。吸血鬼はずっと一人で生きていくものと聞いていたからだ。
「国にいるんだよ」
「ま、まさかその人以外にも……」
「バカッ。その人だけだ」
そこでバルトロはぐいっと顔を近づけて鋭く睨んで警告する。
「エオン、お前アルコに余計なこと言ったら……血をぎりぎりまで吸ってやるからな」
「だ、大丈夫です大丈夫」
「あとちょっかい掛けてもやってやるからな。まだまだ子供の十三歳なんだ」
「キュアがいますし、ね?」
わかっているなら良いと、ぽんぽんと肩を叩く。しかしそれにしてもバルトロの服はぼろぼろで、ケガも完全に治りきってはいなかった。彼がここまでになったのは記憶にない。
「父様、とりあえずどこか別の所へ」
「そうだな」
アノマロカリスの二人をなんとか追い返すことに成功した超越者一行。まだ日は高い位置にあって、約束の時間までかなりの時間を残していた。
その間、また襲撃があるかと思えば、もうエオンは気を抜くことができなくなったのだった。
放送協会の建物では、静かな時間が流れていた。あれから外部からの襲撃はなく、人質たちも疲れ切ったのか、じいっとして大声を上げることもなくなった。
窓から日が入らないようになり、最小限の部屋にだけ灯りが点けられた。建物の周辺住民たちが避難していたので、店員いなくなった店などから食べものなどをいただき、仲間と人質に振舞った。
エオンは店から食べものを持っていく時、こっそりとあるだけのお金を置いていった。
テレビを点けてみると、どこもかしこもすべてこの事件について報道していた。キュアはいつものバラエティ番組が潰れてしまったことにやや口を尖らせていた。
ずっと慌ただしく動いていたから、子供たちを一部屋に集めて寝かしつけた。やはり疲れていたのだろう、すぐ寝息だけの聞こえるようになる。全員様々な獣の姿であるので、食物連鎖などがない不思議な空間になっていた。
その隣の部屋でエオン、キュア、バルトロ、アルコの四人が休憩していた。時計は午後九時を示している。
「そりゃ潰れるだろ、番組なんて」
「とか言いつつ、バルトロさんだってスポーツ中継がって言ってたじゃない」
言い返せなくなって懐をまさぐり、煙草を吸おうとする。予備に持っていたものだ。しかしその様子をじいっと娘に見られていたから、名残惜しそうにしまった。
とんびコートだけは自身の力できれいなものに戻っていたが、下に着ていたアルジェントの改造軍服は、オーロの軍服へと変わっていた。どこかで見つけてきたらしい。
「でも、まさかバルトロさんにすんごく可愛い娘さんがいたなんて」
「……ありがとうございます」
彼女は身体を固くし、緊張というより警戒をしているようだった。何かの隙を狙っているのか、視線もきょろきょろとするのが目立ってくる。
ここに至るまでの簡単な話はすでにしてあった。しかし父親を信じているのか、特に何かを言うことはなかった。
「一人でここまでよく来れたね。すんごく遠いってバルトロさんから聞いてて」
「思ったより遠かったですけど、特に問題ありませんでした」
「ね、ね、アルコちゃんの国について教えてよ。バルトロさんはまったく教えてくれなくて」
キュアの質問攻めにも彼女は文句の一つも言わなかった。そうして自分の国について話す。森と山が多くとても空気が澄んでいて、家も木で作られているものがほとんど。技術力は圧倒的にオーロなどに劣っているが、今必死に追いつこうとやっている最中なのだそうだ。
「その、超越者、人外はどういう扱いを受けているの?」
どうやらそこが一番訊きたいところだったらしい。キュアは少し真剣な表情を浮かべていた。エオンも気になることなので、耳をより立てる。
「父様、言ってないのですか?」
「面倒で」
ふう、と呆れの息を吐く。
「国では人外のことをみな物の怪、妖怪と呼びます。そしてその住む場所はしっかりと分けられていて、畏怖、崇拝など、色々な感情を抱かれています。抗えない自然の一部、そういうような位置だと色んな人と話していて感じます」
オーロではありえないような扱いだ。実験や奴隷、そういうものではないらしい。
「たまに戦いなどはありますけど、基本的にはそれぞれの平穏な時間が流れています。人、物の怪ともに政(まつりごと)をするところがあり、妾のような物の怪の血を持っている人もいます。その、それでも色々とありますけど……」
少し言いにくそうに言葉を繋いだ。
「途中、物の怪たちがひどい目に会っているのを何度も見ました。この辺りではこういう扱いを受けているのだと嫌な気持ちになりました。でも、それよりももっと気に入らなかったのが……」
「だったのが?」
キュアが橋を架ける。
「目です」
「目?」
「家畜の目をしていました。自らを蔑む目を」
きっと見て見ぬふりはできず彼女なりに色々とやったのだろう、旅の途中で。不機嫌そうに腰に差している長ドスを叩いていた。
「嫌いです、どちらも」
しいんと場が静まり返った。重くなってしまった空気をなんとかしようと、キュアが口を開きかけた瞬間、
「そうです、その超越者というのはなんなのです?」
きっと鋭い視線がエオンに向けられる。予想外の飛び方にエオンは少し気圧されてしまって、尻尾をぴくりと動かしてしまった。
「人外のことだけど……」
「それはわかっています。どうして『超越者』などと、人よりも優れているような呼称を作ったかと聞いているのです」
「みんなのためだ。みんなそうでも思わないと、ここまでのこと、やる気になれなかった」
しかしすぐに指導者としてのスイッチを入れ、はっきりと質問に答えた。みんなに説明した時と同じことを彼女にも言う。何代にも渡って人間に使われてきた人外は、彼女の言う通りに家畜の目となってしまい、動きはしなかったのだ。
だからこそ、自分たちは人間よりも優れている、『超越者』であるとわからせる必要があった。そのためにエオン自身が見せてやって、そして超越者たちにやらせてやって、その通りであると実感させていったのだった。
そうして今回の行動へと移ったのだ。自信を得た超越者たちは実に己の能力を発揮し、こうして今のところは上手くいっている。
「ウソですね」
「え?」
椅子から立ち上がると、こつこつとブーツを鳴らせてエオンのそばに近寄り瞳だけで見下す。
「あなたの驕りであるとしか思えません。人と物の怪に差はあれど、それは安易な上下ではないはずです。ただ上に立ちたいだけならば、いくら父がいたとしても……失礼します」
そう言い残し、彼女は部屋から出ていってしまった。エオンはわしゃわしゃと髪をかきむしり、手を額に置いて考え込んだ。キュアはそんな彼に寄り添う。バルトロだけが後を追った。
「アルコッ」
ずんずんと廊下を歩いていた娘を呼び止める。彼女は素直に脚を止め、追いかけてきた父親の方へ振り向いた。
「どうしたんだ、いきなりあんなこと言って」
「無礼ではあると思います。でも、言わないといけないと感じたのです」
「それならそうで、出ていくんじゃなくてエオンの言葉を聞いてやれ」
「とてもあるようには感じません」
元々強情なところがあったものの、ここまで強いものではなかった。これもまた成長というものかと思うと、少し寂しく悲しくなる。
「『あのような事』をするなど、これは戦ではありません」
彼女はこれまでのことを知っていた。歴史博物館で人質を皆殺しにしたこと、そして今も人質を楯に立てこもっていること。さらに人質の何人かが磔というむごい方法で殺されてしまっていること。
「それは全部次に繋げるためだ」
「次に繋げるため、勝利のためには手段を選ばないのですか? 父様はそういうお考えなのですか?」
「好きでやってるわけじゃない。それはエオンだってそうだ。ワシが昔挑んだ一国とは桁が違う相手だ。簡単に殴れはしない」
「ウソです。自分たちを超越者などと思っているから、そんなことができるんです。動物は殺してしまっても悪にならないと信じきっているから」
暗い廊下の窓からは月明かりが入ってきていて、アルコの胸元くらいまでを照らしていた。彼女が父親に近づくと、それはどんどんと上に上がり顔へと掛かった。
「どうして、なんで、あんな人たちのために――」
ずっと固く無表情だった顔が、みるみるうちに崩れていって年相応のものに変わっていって、
「帰ってこなかったんですかッ?」
これが本音だったらしい。ずっと父親の帰りを待っていて、たくさん寂しい思いをしてきたのだろう。幼い頃からずっと父親の行くところ行くところについてきた娘だ。戦いの稽古だってつけていた。
母親も大好きだ。しかしそれでも感じることはある。でもその度に立派なことをしている、やるべきことをしていると言い聞かせてきたのだろう。きっと文句の一つも吐かなかった。
それなのに実際来て見てみれば、こういうことをしていて、さらに数年ぶりに動いている父親の姿を見てしまい、とうとう我慢できずに爆発してしまったのだ。
必死に涙がこぼれないように堪えている。ずるずると鼻水をすする音がする。
「すまんな。寂しい思いをさせた」
頭を撫で、抱き寄せる。最初は少し抵抗したけれど、すぐに娘はふわりと父親の身体に頭を預けた。
「そんな風に謝れば、ころっと機嫌なおすと思ってるんですか?」
「いや、椎子さんと同じで難しいだろな」
「ふん、嫌いです父様なんて……」
「これが終わったら一緒に帰る。もうすぐ終わるからな」
アルコが見上げて父親の顔を覗く。やはりまだまだ子供で、幼い頃そのままの印象だった。一人で旅してきて心細かったろう。
「本当……ですか?」
「ああ。エオンは別に国を乗っ取ろうなんて考えているわけじゃない。人間を下に見ているわけでもない。ただ、自分たちに地獄を見せた博士公に一発かませてやりたいだけだ。だから明日、人質と武器の交換が終わったら一気に攻め込む」
彼女は父親から離れ、涙を拭って貰っていた棒付キャンディーをくわえた。
「……わかりました。父様が無事に帰ってこられるよう、お手伝いします。でも、あのエオンさんという人の仲間になるつもりはありません」
「それでいい。アルコの信じる戦いをすればいい」
「またひどいことをするようならば、アルコが殺します」
「大丈夫。あいつは本来、正々堂々の勝負を好むヤツだ」
「父様の目が間違っていないことを願っていてください」
するといきなり彼女は父親の脚に蹴りを見舞った。腰の入った、的確に痛みを与える蹴りだ。さすがのバルトロも「ぎゃっ」と声を上げてしまって、ぴょんぴょんと跳ねる。
「帰ってこなかったこと、これで許します」
「かぁーッ、椎子さんそっくりな蹴りだなッ。痺れるぅー」
「母様直伝です。ごめんなさい、ではアルコも休みますので」
長旅で疲れているのだろう、適当な部屋で寝るという身振りをし、歩いていこうとした。しかしバルトロはぽんと肩に手を置いて、
「ワシも疲れた。一緒に寝てもいいか?」
「ふん、妾はもう十三歳です。別に父様と寝たくはありませんが、そうしたいなら勝手にしてください」
「わかった。じゃ勝手にそうさせてもらうな。あ、椎子さんの血、まだあるか?」
「あります」
「そっか、ありがとありがと」
バルトロはエオン、キュアのいる部屋に戻り、寝ることを伝えて娘の立っていた場所へと戻った。口では色々言っていたアルコだったが、移動することはなくそこでじっと待っていた。
彼女の顔はなんだかむずむずしていて、それがバルトロにはとてもおかしかった。だからついつい笑って指摘すると、また蹴りを食らわされた。
けれど先ほどよりも大分加減されていた。
「気にしてるの? さっきのこと」
バルトロが寝ると伝えてきたあとのこと。キュアが隣のエオンにそう尋ねた。彼は重く首を振る。
「いや、ああ思われるのも仕方ないよな。実際アルコちゃんが言った通りのヤツだっている」
あの勝手に人質を食べた超越者のことだ。あれだけではなく、他にも不必要なことをしようとする者はいた。
「でも、もう武器を手に入れれば、ロムスに向かって突撃するだけだ。そして博士公を討つ」
「そのあとは?」
「あと?」
「うん」
そういえばしっかりと考えたことはなかった。オーロから脱出することは考えていたけれど、それが上手くいく保証はない。捕えられて晒し者にされることだって十分に考えられる。
「とにかく逃げる。もう特級のお尋ね者になるだろうし」
「ね、それなら東の島国に行ってみない?」
「東?」
「うん。アルコちゃんの話を聞いて、見てみたくなっちゃった」
確かに興味のある内容だった。キュアは瞳を輝かせ、まだ見ぬその国に思いを馳せていた。人と超越者、いや人外もしく物の怪が共存しようとしている国。しかしそこへ行く道中、あらゆる国から追われ続けることになるだろう。オーロの同盟国は多い。
「行くまで大変だろうね」
「大丈夫。みんないるもん」
「受け入れてくれるかな?」
「お願いすればきっと聞いてくれるよ。それにバルトロさんだっている」
とにかくキュアはポジティブだ。だからこそずっと『おねえちゃん』の相手をしてこられたのだろう。しかし彼女は『おねえちゃん』のことをすでに忘れてしまっている。
「はじめまして、ワタシ、キュアリング。キュアって呼んで。ん? なに泣いてるの?」
とにかく、この明るさがいつもエオンを助けてくれるのには違いなかった。
「だから死んじゃダメだよ」
「うん。それにキュアだって守ってみせる」
「守り守られの関係でしょ?」
ぽんと彼女に胸を小突かれる。それから手を出してきたので、パンと気持ちいい音を出すように握った。恋人同士というよりも、戦友同士というものだった。二人ともバルトロの元で鍛錬を積んだ。
「体術だとワタシの勝ち越しなの、わかってるよね?」
「でも剣ならオレの勝ち越しだ」
「射撃もワタシの方が上手いもん」
それ以外に勝っていることが思い浮かばなかった。彼女はとても要領が良く、コツを掴むのがとても早かった。元々ササラから稽古をつけてもらっていたエオンでも、得意の剣術以外ではどうにもわずかに及ばなかった。
「博士公を討っても、きっと大きな流れは変わらないんだろうな」
「でも、エオンの心は晴れるんでしょ?」
「復讐なんてバカバカしいとか言われるけど、でも気に入らないことをやられたらやり返すしかないから。オレはオレの命で生きているんだ。殴られ袋じゃない」
研究所で受けた実験を思い出す。実験というよりも拷問だった。当時は研究員たちの役に立つことなのだからという気持ちでいて、これは必要なことなのだと思っていた。
でもおねえちゃんのこともあり、年齢を重ねていく度に本来の気性がおかしい状況であるとささやいた。どうやっておねえちゃんを助けて抜け出すかを考えていた時、偶然、運良く研究所が爆発炎上した。その隙を狙って脱走し、バルトロと出会った。
あの研究を現在の博士公が指示していたのは、研究所にいた頃から調べて知っていた。博士公に就任する前から第一人者として携わっていて、事実、研究所で何度か見たことがある。
エオンは博士公に復讐することを考えていた。それは研究所にいる頃からずっと変わらなかった。大局であるとか、その後の事であるとか、そういうことをふと思い浮かべてしまうことはあったが、しかし自らのために自らの手で討つことを覚悟した。
そうやってオーロの各地を回り、仲間を地道に増やしていった。長年の慢心か、超越者たちが逃げ出したりしてもオーロ政府はしっかりとした対応を見せることはなかった。そうして集めた仲間たちをバルトロの友人の土地で鍛えた。
多分、仲間たちは大きなことを考えてはいない。ただ一矢報いたいだけ。人に使われるだけの存在ではないと知らしめたいだけだ。それが行き過ぎる危険もかなりあるが、しかし戦力を増やさなければ到底たどり着けるはずもない。
利用している。そう言われれば否定はできない。
「また色々考えてる。そういうところ、良いところでもあり悪いところでもあるね」
「むう……」
「やってから考えようよ。思った通りになるかもしれないし、ならないかもしれない。良かれと思ってやったことだって、悪いことに繋がるのだってよくあるんだから」
ぺちぺちと軽く頬を叩かれて、視線を合わせられる。きれいなバイアイの瞳の中に、自分の姿が映った。
「死ぬよ。余計なこと考えてると」
「う、うん」
「ササラっていう師匠の一人も相手なんでしょ?」
その通りだった。あの時はあの男、アルツェロが負傷したから退いたものの、あのまま続けていればやられていたかもしれない。あの心の揺れが乗っていたサーベルでも、結局押し込むことはできなかった。
「武器を受け取って、みんなに配ったら一斉に突撃。これでいいの?」
「ああ。みんなもそれしかないと思っているから」
「ワタシも同感。数多いし、驚かせるしかないね」
「ほとんど死に行くようなもんだ」
「また余計なこと考えてる。まあ、戦って死ねるだけマシなんじゃないの」
冗談交じりに彼女は言うけれど、あながち冗談というわけでもなさそうだ。彼女はエオンよりも肝が据わっている。それはずっと昔から変わりはしない。
「さて、ワタシはもう一度見回りに行ってくる」
「や、オレがやるよ」
「なに言ってんの。一番頑張らなきゃいけないんだから、休みなさい。ちゃんと頭痛薬持った?」
ポケットの中から薬を出して見せると、彼女は満足そうに年上ぶって「よろしい」と言った。そうして獣の姿に変身して部屋を出ていった。出ていく際、じろりと彼のことを見、念押した。
一人残されたエオンは仮眠室から持ってきたベッドに寝転がり、瞼を閉じた。明日のことで気分が高揚しているから、そうそう寝られはしないと思っていたが、意外にもあっさり睡眠へと落ちていけた。
決戦の日、すぐそこに迫る。
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