オーロの首都機能を担うロムス内に、周りとは圧倒的に違う雰囲気の建物が存在していた。建物自体はとても古くに建てられたものだが、進歩する科学技術に併せて改修を重ねていった結果、古いのに新しいなどと混乱させるものになってしまった。

 この奇妙で大きく、周りを威圧するかのような建物こそ『オーロ博士公』の官邸と公邸を兼ねる、『ロムス宮』


 オーロ博士公というかなり奇妙な名称。しかしこの名を持つ者こそオーロの国家元首、隣国アルジェントで言うところの大統領である。帝国という名を持ってはいるが、それは過去の名残。ゆるやかに帝国主義も止めていった。

 科学こそ力、力こそ科学。


 そのような言葉を掲げて領土拡大を推し進めていたのも昔話になりつつある。

 話は戻り。人外たちの反乱によってロムス宮では混乱が起こっていた。


 エオンが処刑を終え部屋から出たのとほぼ同じ頃。時刻は午前八時。オーロ博士公、スコパス・V・C・R・ヴァリツェリノは固くしわの目立つ拳を握り、それを額に当てたままに静かに、落ち着いた口調ながらも怒りをあらわにしていた。スーツの上から羽織う白衣には、彼のこれまでの功績を示すような装飾に満ちている。


「……軍の動きはどうしてここまで悪いのだ?」


 オーロ宮に迫っているマスコミや国民たちの声は、この部屋にも届いていた。しかしあえて彼は窓の開け、答えてやることはなかった。


「昨日の襲撃を防ぐことも、迎撃することもできなかったのは終わったことだ、もう取り上げはしない。だが、まだ人外どもの居場所を見つけられず、そしてそのための動きがここまで遅いのはどういうことなのだ?」


 ここまで怒りに震える主人を初めて見たアルツェロは、スーツ、その中のきっちりとネクタイの締められたシャツの襟元を無意識に指で広げてしまう。しかしすぐにそのことに気づき、指を離して声を出した。


「閣下、人外はこれまでになく集団として統率されており、軍も全力を尽くしておりますが――」

「それは何度も聞いている」

「は、はい。ですが、私がここに来たのは新たな情報をお伝えするためです」

「ほう、どういうものだ?」

「ササラ、説明を頼む」


 アルツェロの隣にいた、ササラと呼ばれた若い女性が前に出、博士公の机の上に資料を置く。年齢は二十歳。猫のような大きな瞳には鋭さもあり、濡羽色の少々クセのある長い髪を頭の高い位置で一本に結っている。アルツェロと同じデザインの紺のパンツスーツが、彼女の健康的な色気を強めていた。


「アルツェロ、君もたまにはササラに任せてばかりではなくてだな」


 毛質が固く、黄褐色の短く逆立ったアルツェロの髪がその言葉によって若干しおれてしまう。大きい身体を小さくもする。

 そんな様子を見、スコパスはまるで父親のような笑みを浮かべた。


「冗談だ。長時間気を張りつめるのは思考を鈍くする。これからの報告のための気分転換だ。君は君の仕事を変わらずやればいい。すまなかったな、アルツェロ」


 成人し数年、ササラよりも年上のはずなのに彼はとても子供らしいところがあった。主人の言葉にすぐぱあっと表情が明るくなり、任せてくださいとオーロ式敬礼(右手の親指、人差し指、中指を立て、そのうち中指だけを曲げた形を作る。手のひらを相手に向けるようにしたまま、親指を右こめかみに当てる)をした。


「では報告を始めてくれ」


 ササラがオーロ式敬礼後、口を開いた。低すぎることも高すぎることもない、落ち着いた声色が続き始める。


「今回の人外の動きはこれまでになく統率がとれており、そのために対応が遅れております。人外の身体能力は人間を超えており、このような動きをされればこのようなことになるのも当然かと思われます」


 何度も聞いた話だが、博士公は鼻から息を吐くくらいで耳を立てたままにする。


「そこでこの動きの中心になっている者について調査いたしました。昨日の襲撃には参加していなかったものの、以前、この集団と関わりのあったであろう人外を捕獲し、尋問を行いました」


 実際は情報なく捕まえていっただけに過ぎない。アルツェロとササラの二人で動き、とにかく怪しく見えた人外を無理矢理に捕獲したのだ。すべての区を襲撃後、周りに周った。


「すれば何頭かが共通の名前、共通の三頭の名前を吐きました。この三頭が今回の襲撃を企てていたというウワサも聞いたという話もあり、集団の中心としてかなり可能性が高いものと考えます」


 色々と言いたい気持ちを抑えている。そんなしわが博士公の顔に浮かんで表情を作った。もっと前からその行動をしておくべきだったと。けれど今それを咎めるのは時間の浪費となる。


「一頭目、キュアリング。メス。完全野良であるため年齢不詳。ですが証言から十八歳程度と推定。ワーウルフドッグ。右が青、左が榛のバイアイが特徴。本国での捕獲記録がないために情報が不足しておりますが、他国に協力要請をしております」

「完全野良のワーウルフドッグなど珍しい。どこかにいたのだろう」


 博士公、博士と呼ばれるだけあり、スコパスも長年人外研究に携わり、権威と認識されている。そんな彼が言うことであるから、同意というようにサラはこくりと頷いた。

 アルツェロだけ、そうなのかなと首をひねっていた。


「二頭目がバルトロ。オス。こちらも完全野良であるため年齢不詳、吸血鬼です。東の島国で長年活動していた、『あるとうろ』と呼ばれる吸血鬼と同一固体であると考えられます」

「ほう、あるとうろ、か。向こうでは人外をすべて物の怪、妖怪と呼ぶのだ。しかし吸血鬼が中心の一頭とは、なかなかこれはおかしい、吸血鬼が群れに混ざるとは。吸血鬼の能力は年齢に比例する。あるとうろであるならば相当な高齢だ、警戒を限界以上に強めろ」


 前の二頭の資料は紙一枚程度。しかし最後の資料はそうではなかった。冊子となっていて、間違いなくどこからか取り寄せたものに違いなかった。スコパスはそれを手に取り、表紙に書かれている番号を目に入れると口角を上げた。


「三頭目がエオン。オス。十六歳……ワーライガーです。無線での通信記録も残っており、三頭の中でも最高位の主導者であると考えられます」


 サラの声がわずかに震えたのを、アルツェロは逃さなかった。何かしら動揺している。しかし彼女が動揺することなど、なかなか見られる、もしかすれば初めてのことだった。


「そうか、生きていたのだな。さすがだ」

「ご存じなのですか?」


 嬉しそうに漏らしたその言葉を、アルツェロが問うた。ワーライガーなど、彼には知りもしない種族だった。


「もちろんだ。ワーライガーの成功個体、忘れるわけがない」

「その、ワーライガーとは?」


 サラが割り込んだ。彼女らしくない、強引さがそこにはあった。


「ワーライオンのオスとワータイガーのメスからの雑種だ。我が国の植民地に人外の交雑を目的とした研究所があり、そこで生まれた」


 アルツェロが目をぱちくりとさせた。


「閣下、人外は混ざることなく、オスかメス、どちらかの種族を受け継いだ子が生まれると認識しておりますが。ワーウルフドッグが少ない例外というくらいで」

「その通りだ。だが、その道理を壊すための研究をしているのだよ」

「なぜです?」


 とササラが恐れることなく前に出た。スコパスはすっかりと研究者の顔になっていて、話をすることに抵抗はないようだった。


「重ね合わせることでまた新たな特性を持った人外が生まれる可能性がある、それは有益だ。より特化させることも、弱点を補うことも。が、どうにも上手くいかなくてな、年々研究規模が縮小されるばかりだ」

「その中の唯一の成功個体なのですか? ワーライオンのエオンというのは?」


 やはりだ、やはりエオンに関することとなると彼女の雰囲気がいつもと違う。アルツェロはあごをさすり、そんな彼女の様子をじいっと観察した。普段よりも顔に力が入っていて、拳も握り気味。喉もやや絞っている。今浮き始めた汗のにおいもした。


「成功の定義が私と君で違うだろうが、求めたレベルに極めて近いという点ではワーライガーで唯一だ。ただ成功個体ではない」

「どういうことですか?」

「ワーライガーは基本的に体質が非常に弱い。どういうことか知らんが、先天的な欠陥を持って生まれてくる。その前に無事生まれてくることも少ないのだが。流産死産は当然のようにある。が、あのエオンという個体は違った。これまでに見られた欠陥がなく、そして他の人外と比較して高い能力を有していた」


 どこに欠陥が存在していたのだろうと、アルツェロは疑問に思う。話を聞く限りエオンのどこにも問題は存在していない。けれどわざわざ口を開かずとも、このまま博士公は話してくれる。


「いや、そんなことを話している場合ではなかったな。今は緊急を要する。この三頭が注視点であることはわかった。が、足取りは掴めていないのか?」


 しかし彼は話を戻すことにし、待っていたアルツェロは肩透かしを食らってしまう。サラももうそれ以上尋ねることはなく、主人の質問に答えた。


「それについてなのですが、移動する人外の集団を見――」

「閣下ッ!」


 職員がひどく声を荒げて部屋へと入ってきた。無礼な態度にスコパスは凍てつく視線を飛ばし、それに職員は脚を凍らされた。


「どうした?」

「か、かかか閣下ッ、テレビを、テレビをご覧くださいッ!」


 アルツェロが部屋の大型テレビの電源を本体から入れた。そして放送局がどこであるかを目で尋ねると、職員は「オーロ放送協会です」と答えた。

 オーロ放送協会の番組に合せて画面が映れば、一同目を見開いた。アルツェロはこれが本当に流れているものかと、テレビの電源を確かめてしまった。

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