Eon‐Tyrann外伝‐
武石こう
プロローグ
一
その十にも満たない幼い少年は、身体のどこにも異常を起こしてはいなかった。いや、普通の人間たちからすれば異常であることに違いないが、少年からすればどこにも病を抱えてはいない。
けれど今、彼は手術用ベッドの上に乗せられ、頭、首、手足を固定されて腹部を大きく切開されていた。そしてなかなか死なないという特性を持っていることが知られているため、麻酔も掛けられることなくメスを入れられていった。
あまりの激痛に最初の内は彼は喉を焼くほどに叫び続けた。外から見学するための窓を震わせるほどに。そしてその場から逃れようと全身に力を込め、もがこうとした。しかし拘束具はびくともしない作りになっていて、彼はされるがままに切り開かれた。
それが続けば続くほど、彼はどんどんと何も感じないようになっていった。そうしなければ心が持たないということを、無意識に判断したのだ。叫ぶのを止め、ただじいっと天井を眺めるだけになる。
そして自分が自分の身体から飛び出し、まるで他人になって見学するかのようになった。
「オレのなか……きれぇー。おもったより、とても……」
実際に見えているはずがない。けれど彼は頭の中でそんな感想を漏らした。
「なんだろう、『ないぞー』ってせんせーも、おねえちゃんいってた。うねうねしてて、でもてろてろしててぷるぷるしてて、どんなあじがするんだろう? きっとおいしいんだろうなあ」
生きている、少年は生きている。だからその想像の消化管は、彼が学んだとおりに蠕動(ぜんどう)していた。見られていることに気づかず、ただ己の仕事をやっている。
「みみず。そうか、みみずみたいにうごくって、せんせーも、おねえちゃんいってた」
彼の心がそのまま壊れていったとしても、研究者たちは問題にしないだろう。心の動きなどを見たいわけではない。だから己の好奇心だけに刃物を入れ、感想を呟いていく。
「内臓の位置、大きさなどは人型形体では変わらず。しかし、超常的に治りが早いな。変身すればさらに早くなるのだろうか?」
「不具合は見当たりませんね。これはついに成功個体と言っても問題ないのでは?」
「知能試験も正常。そうだ開頭、脳も見ておこう」
「そうだな、見れる所は見ておくべきだ。その、獣の耳もどうなっているかもな」
少年の頭には獣の、獅子のものに似た耳がついていた。しかしそのせいか、人として本来あるべき位置に人の耳はなかった。彼はその獅子の耳だけで音を捉えている。
そして腰から生えている、灰褐色に薄い黒縞模様の尻尾がベッドからだらんと下がっていた。それは限りなく虎に近いものに見える。
少年の姿はそれを除けばほぼ人と変わりない。まだまだあどけない幼い少年。それでも研究者たちは気にせず、開頭作業を始めていった。
「なんだろう、うるさいなあ……オレ、ねたいのになあ……ねえ、おねえちゃん……」
少年は抵抗せず、ただそのうるささに耐えるしかなかった。そうしていれば、目もだんだんと見えなくなっていった。眠気から来るものではない。けれど、少年にはそうとしか考えられなかった。
「おやすみなさい……おねえちゃん……」
それでも調査は終わらない。彼は死んでいないからだ。
「これからどうなるかわからないが、今現在では成功個体と言って問題ない。出来たのだ。ついに、我々は『ワーライガー』を作り出したのだッ!」
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