余 談  南北朝時代のあらまし

 ここまでおつきあい下さり、感謝する。

 崔浩さいこうである。

 当段のテーマは

「で、結局かんから隋唐ずいとうまでの間に何があったわけさ?」

 である。


 概括しよう。隋唐成立の歴史は、

 三国さんごく時代をスタートと見做すことが出来る。

 曹操そうそうが中原に引き入れた五胡ごこ勢力、

 これが力をつけ、北魏ほくぎとなり、

 その末裔たる隋が、従来の「漢人」王朝の命脈を断ち切り、

 天下統一を果たしたのだ。


 この輪郭を踏まえ、

 まずはポスト五胡十六国ごこじゅうろっこく時代の

 ビッグネームを列挙いたそう。当然だが暗記項目である。



北朝ほくちょう

 馮太后ふうたいごう(北魏)

 拓跋宏たくばつこう元宏げんこう(北魏)

 高歓こうかん北斉ほくせい

 宇文泰うぶんたい北周ほくしゅう

 宇文邕うぶんよう(北周)

 楊堅ようけん(隋)

 李淵りえん李世民りせいみん(唐)


南朝なんちょう

 劉義隆りゅうぎりゅうそう

 蕭道成しょうどうせい南斉なんせい

 蕭衍しょうえんりょう

 侯景こうけい宇宙大将軍うちゅうだいしょうぐん

 陳覇先ちんはせんちん



 南朝に変なものが交じっているな。

 まぁ、冉閔ぜんびん枠と見て頂ければ大過ない。



・五胡十六国前史


 五胡十六国時代のあらまし(前)にて、曹操そうそう劉淵りゅうえんの祖父に劉姓を押し付けた、と書いた。実はこの時、曹操は北方に拠点を構えていた匈奴きょうどを強制的に中原に移住させていたのである。これによって曹操は匈奴の機動力を得た。しかしそれは結局よりのち、しんの時代などに中原を五胡が闊歩するきっかけとなった。「だいたいこいつのせい」と言う奴である。


 八王の乱~南北朝成立に至るまではすでに示したとおりである。ここから南北に分かれての争いとなるが、先に南朝のあらましを見てしまおう。



・南朝


 基本的に忘れてよい。


 と言うのも、ひたすらに内ゲバを繰り返し勢力減退、蕭衍の時代にいったん盛り返すものの、それも治世の終盤で致命的なミソが付き、以降隋に攻め滅ぼされるまでじりじりとすり潰されるようなものだからだ。暗君暴君列伝をご所望であれば楽しめること請け合いである。


 そこを踏まえた上で追ってみよう。劉義隆の息子と孫が血みどろの争いを繰り広げたので「バカかお前ら」と蕭道成が宋を倒し、南斉を建てた。蕭道成死後はやはり子や孫が争い始めたので、蕭道成の遠縁の親戚、蕭衍が「バカかお前ら」と、梁を。

 蕭衍はこのあと六十年にも及ぶ治世で南朝最盛期をもたらすが、治世の後半、宗教に湯水のように金をつぎ込んだあげく北朝からやってきた暴れん坊の宇宙大将軍に殺される。この宇宙大将軍を倒した陳覇先が陳の国を建てるも、既にその勢力はただの一地方軍閥。あえなく隋に滅ぼされた。


「何をやってるんだお前ら」としか言えぬ。



・北朝(概要)


 まずアウトラインを示す。北魏が東魏とうぎ西魏せいぎに分裂。さらに東魏は北斉となり、西魏は北周となり、隋となった。そして隋が天下統一。以上。


 ……で終わらすのはいくらなんでも乱暴であるな。



・北朝(北魏)


 わが主上、太武帝たいぶてい亡き後、宮中で後継ぎ争いが勃発する。ここで致命的ダメージを負わなかったのが我が国の偉大さであるな。この混乱を収拾したのが馮太后である。ちなみに主上から見ると「息子の嫁」となる。……どんだけ長いこと争ってたんだ。

 女性が中国史上でナンバーワンの地位に立つと、だいたいは悪政の化身のごときであるが、彼女の治世は完全に善政であった。その馮太后の後見を得て帝位についたのが孝文帝こうぶんてい、拓跋宏様である。

 孝文帝は親政を始めると、馮太后以上の善政を布いた。この時代が北魏の最盛期と言われる。しかし一方ではなかなかアクロバティックな政策を施行していたりもする。その最たるものが「拓跋」姓から「元」姓への改称。言うなれば、己の鮮卑せんぴと言うアイデンティティを否定する真似に出たのだ。


 五胡勢力に取り、中原文化はあまりにもきらびやかで、憧れの的である。素朴な騎馬民族的文化から漢族文化に鞍替えすることで、……えーと、なんだ。カッコイイ。なので孝文帝は「漢化」なさった。


 ちなみに孝文帝に先立つこと約 40 年、「漢化するとカッコイイですよ!」と提案した結果、我は主上より死を賜っている。いやはや、うっかり☆ であるな。


 しかし、漢化が孝文帝個人の問題であればよかったのだが、残念ながらこれを鮮卑系の配下全員に強要。また、それ以外にも多くのドラスティックな転換政策を発布したため、彼らは「ふざけんな」と切れた。これに端を発して六鎮りくちんの乱と呼ばれる大規模な反乱が発生。北魏皇室の権勢は地に落ちる。


 代わって台頭してきたのが高歓に宇文泰であった。どちらも最初は北魏の後継者を支えるという体で覇権レースに名乗りを上げる。完全に乗っ取ったのは息子の代以降である。曹操か。



・北朝(東魏~北斉)


 先だって南朝をグダグダと書いたが、北朝、ことに北斉も負けぬくらいグダグダではあった。何せ高歓をはじめとした諸皇帝に酒乱の気ありと書かれている。そして内ゲバも盛んであった。例えば、北斉が誇った名将、斛律光こくりつこう蘭陵王らんりょうおう高長恭こうちょうきょう)。ともに戦線維持に欠くべからざる驍将であったが、内紛に巻き込まれどちらも殺される。


 防衛力はがた落ちとなり、そして北周に滅ぼされた。



・北朝(西魏~北周~隋)


 いっぽうの北周も、割とグダグダになりかけた。宇文泰亡き後、甥の宇文護うぶんごが勝手放題に振る舞ったのだ。だがそれを打ち倒し、グダグダ化を食い止めたのが宇文邕。彼の配下に後の隋・文帝、楊堅がいた、と書けば、どれだけその陣容が充実していたかも窺い知れようものだろう。

 国内を文武ともに立て直した宇文邕は北斉を滅ぼし、東西に分かれた北朝を再び一つにする。だが、彼が生きているうちに陳を倒すことは叶わなかった。意外と陳も頑張っていたのである。

 そして、宇文邕亡き後に立った宇文贇うぶんひん宇文衍うぶんえんがまたまた暗君だったため「バカかお前ら」と楊堅が北周を倒し、隋を興す。その隋が陳を滅ぼしたことは、先に記したとおりである。



・動乱の収束


 隋の天下統一までたどり着けば、もう唐までのみちすじは読者諸氏もご存じのことであろう。楊堅亡き後の楊広ようこう、いわゆる煬帝ようだいが隋を滅ぼし、李淵、李世民親子の建てた唐が三百年余の統一王朝として君臨した。ちなみに楊堅の妻の甥が李淵、と言う関係でもある。


 楊堅、李淵李世民のごときは、もはや単独で伝説化されているレベルの存在である。これ以上の言葉を彼らに割く必要もないだろう。よって本余談も、ここで終了となる。



 ○   ○   ○   ○



 さて、小説家、田中芳樹たなかよしき氏をご存知の向きは多いであろう。


 氏は、1996年の著作(中国武将列伝)で

「中国史には面白い武将が沢山いる。

 けれども三国時代の武将ばかりが有名で悲しい。

 他の時代の武将にももっとスポットライトが当たってほしい」

 と言っていた。


 だが、スポットライトを当てるためには、

 結局のところ舞台がなければ始まらぬ。

 舞台とはすなわち「分かりやすい物語」である。


 ここで三國志を俎上に載せよう。


 二十四史「三國志」。

 陳寿ちんじゅが編纂し、裴松之はいしょうしが注釈を加えた、

 三國時代の情報を手に入れるにあたっての第一次史料である。

 当たり前だが、ほぼ生の情報であり、難しい。

 内容も淡泊である。


 それを分かりやすく、読者に受け入れやすくした大傑作がある。

 羅貫中らかんちゅう「三国志演義」。

 いわゆる正史視点で眺めると

 噴飯物の内容が多く含まれることで有名だが、

 これなしで三國志が知られることなど、まずあり得なかったであろう。


 さらに、三国志演義が日本に渡ると、

 ひとまず現代にのみ限定して話をするが、

(※明代に成立した演義は、江戸時代には日本でも人気を博している)

 吉川英治が「三国志」としてさらに分かりやすくし、

 畳みかけるように横山光輝が漫画として、

 またテレビでは「人形劇 三国志」がこの物語を表現した。

 その上で光栄の歴史シミュレーションシリーズが来る。


 これだけ噛み砕いて紹介されたがために、

 人々は三國志を身近に感じることが叶った。

 今ではその確立された素地故に

 正史にまで踏み込める人口も少なからぬように思う。


 田中氏のぼやきには共感するところ大なのだが、

「なら三國志位丁寧に紹介ルートを

 舗装された時代がどれだけありますか?」

 とは駁さずにおれぬ。

(一応付言しておくが、もちろん田中氏が

「難しくない」物語を上梓されていることは承知している)


 どの時代も人間は同じである。英邁な人間は英邁であるし、

 愚者は愚者、悪逆の徒は悪逆の徒である。

 即ち、どの時代、どの地域であっても、

 そこに人間がいれば面白い。

 後は、その時代、その地域をどれだけ平易に、

 どれだけ面白く紹介できるか、である。


 この解説が、誰かにとっての

「あれっ、もしかしてこの時代、面白いんじゃね?」

 と言うきっかけになってくれれば、と願ってやまぬ。


 最後に作者の弁を代行しよう。


「みんなももっと五胡十六国の物語書いていいのよ?」



 ではまた、いずこかにて。

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