巨人たちの戦争 第5部:覇権編

伊藤 薫

第27章:赤い奔流

[1] 「天王星(ウラノス)」作戦

 スターリングラードにおける最も暗い時期を通して、モスクワの「最高司令部」と赤軍参謀本部は戦略的な反撃計画の立案に取り組んでいた。

 最高司令官代理ジューコフ上級大将と参謀総長ヴァシレフスキー大将が注目したのは、スターリングラードとその周辺を占領しているドイツ軍と同盟国軍の部隊配置だった。

 B軍集団は総兵力が30万、19個師団を保有していた。そのうちスターリングラード市中に投入されていたのは第6軍に所属する8個師団のみ。残りの11個師団はドン河とヴォルガ河に沿って約400キロまで伸びた側面を守っていた。それらの部隊の主力は、ドイツ軍より戦力の劣るルーマニア軍だった。

 ジューコフとヴァシレフスキーは共に、脆弱なルーマニア軍の南北翼を突破して、ドン河で合流して包囲網を形成するという古典的な包囲戦を思い描いた。それが「天王星」作戦の土台となった。この包囲作戦を成功させるため、2人はある結論に達した。すなわちスターリングラードの防衛は必要最低限の部隊だけで消耗戦を行い、小規模な反撃を繰り返して新編成の部隊を無駄にするべきではないというものだった。

 この包囲作戦のために、「最高司令部」は兵員約82万7300人、戦車733両、火砲9364門、航空機668機を準備した。対峙するB軍集団もほぼ同数の兵力を保持しており、全体の戦力比はほぼ互角と言えた。

「天王星」作戦の大筋としてはルーマニア第3軍(ドゥミトレスク上級大将)の北翼に南西部正面軍(ヴァトゥーティン中将)を新たに設置し、スターリングラード正面軍(エレメンコ大将)よりも1日早く攻撃を開始することが予定されていた。

 南西部正面軍の第5戦車軍(ロマネンコ中将)、第21軍(チスチャコフ中将)の第4戦車軍団(クラヴチェンコ少将)と第3親衛騎兵軍団(プリエフ少将)がルーマニア軍の前線を突破して南東に進撃する。その間に第8騎兵軍団がドイツ軍の救援を遅らせるため、外周を薄く包囲することになっていた。

 スターリングラード正面軍はルーマニア第4軍(コンスタンチネスク大将)の正面に対して第51軍(トルファノフ少将)の第4機械化軍団(ヴォリスキー少将)と第57軍(トルブーヒン少将)の第13戦車軍団(タナシチシン大佐)を発進させ、ドン河で北から進撃する第5戦車軍と合流する予定となっていた。この戦線でも、第4騎兵軍団が外周を援護することとされた。

 11月3日、ジューコフは南西部正面軍の将官を招集して「天王星」作戦に関する具体的な説明を行なった。2か月前の失敗を繰り返すまいと固く決意していたジューコフは南西正面軍に所属する3個戦車軍団(第1・第4・第26)の司令官に対し、戦車の集中運用法を詳しく示した「指令第325号」を熟読せよと厳命した。

 この後、ジューコフはドン正面軍とスターリングラード正面軍の司令部でも同様の作戦会議を開いて各正面軍に成すべき目標を指示した。

 モスクワの「最高司令部」は大規模な兵力の移動を偽装するため、情報工作を東部戦線全域で行なった。しかし、前線付近では部隊の移動を完全に隠し通せるはずもなく、その一部はドイツ空軍の偵察によって探知されてしまった。攻撃開始日の1週間前に出撃予定地に到着した第4戦車軍団はドイツ空軍の空爆を受けて、兵員250人を喪失した。

 11月上旬に差しかかると、悪天候のために攻撃開始線の陣地を目指すソ連軍の移動は困難を極めた。3個正面軍に向けて1日1300両の貨車を動かすよう要求された鉄道システムにかかる負担は膨大で、混乱はさけられなかった。ある師団は後方の待避線で2か月半近く輸送用列車に詰め込まれたまま放置されていた。

 11月9日、前線に視察を行ったジューコフは「天王星」作戦の開始日を10日間延期するようスターリンに進言した。主に戦車・機械化部隊の多くが未だ全般的な兵站支援不足に悩まされているという問題に対処するためだった。

 ドイツ軍がこの戦況をうまく利用して包囲から逃れるのではないかと恐れながらも、スターリンはジューコフの進言にしぶしぶ同意した。スターリンは敵の配置に変化はないかと、「最高司令部」にうるさく情報をせがむ他なかった。

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