聖なる夜に残した仕事

ナルミ

サンタの帰り道


「この中に、聖夜を汚す不届きものがおる!」


 白髭しろひげの老人は筋骨隆々の肉体を震わせ意気揚々と叫んだ。彼の乗ったソリがガタリと揺れる。


「おぬしには分かるか、赤鼻あかはなよ」

「いま俺たちは地球って丸いんだなぁと一目で分かるくらい高いとこにいるわけだけど、この中ってどの中? 少なくとも視界に二十億人はいるんだが」


 興奮した老人に対して冷めた返答した当人は、首を曲げて老人の持つ手綱を引っ張った。「はやく帰らせろ」ということらしい。ちなみに彼は人間ではなく哺乳綱鯨偶蹄目ほにゅうこうくじらぐうていもくシカ科に位置する動物である。簡単に言うとトナカイ。なので正確には当人ではなく当鹿であった。


「それなりの付き合いじゃというのに冷たいの」

「氷点下何十度って気温の中で温かみのある返しを期待するな、白髭」

「わしのことはサンタクロースと呼べと言っとろうに」


 トナカイは蹄を空中に打ち付けながら、街々の灯りを見下ろした。


「プレゼントはもう配り終えただろ? 時差の関係で数時間後にゃまた仕事なんだから、早く帰って休憩させてくれ」

「まぁ待て。あそこを見ろ。ほれ」

 

 白髭がある地点を指さす。赤鼻は諦めたようにため息をついて目を凝らすと、渋面を浮かべた。

「……趣味悪ぃな、人間ってのは」

「わしも人間だがあれは好かん。少なくとも聖なる夜に行うことではないな」


 こんな距離からつぶさにヒトを確認できる視力は人間じゃないんじゃ、と赤鼻は突っ込みたかったが、面倒になるので「そうだな」と神妙に返しておいた。


「言っておくがお前さんの視力も尋常ではないからな。わしと同類じゃぞ」

「…………訂正する。あんた確実に人間じゃねぇ」


 世界中にプレゼントを配るサンタクロースに読心ができないはずもなかった。もう面倒だし心の声で会話しようかなとも思うが、そうすると高確率で白髭は機嫌を悪くする。面倒な爺さんだなと赤鼻は思う。


「話がそれたな。で、どうするよアレ」


 赤鼻が振ると、白髭は顎に手をやって不敵に微笑んだ。


「そりゃお前さん。サンタクロースのやることといえば一つじゃろ」

「なるほどな」


 その言葉で納得したように赤鼻は自慢の鼻を鳴らした。


「少々大仕事にはなるが……ま、なんとかなるじゃろ。疾走(はし)ってもらうぞ、赤鼻」

「残業手当は弾んでくれよ」


 赤鼻が前足を大きく振り上げる。蹄が空中に足音を鳴らした瞬間、彼らは圧倒的な速度でその場から姿を消した。


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