浮舟

母娘はそのまま中の君のもとへ向かわれました。

積もる話をされた後、


「くれぐれもこの姫をよろしくお願いいたします」

そう言って母君は帰っていかれました。


この姫のふとした表情があまりに大君に似てるので

中の君もほんとに驚くばかりでした。


薫の君はあの姫君が匂宮邸にいることを知りましたが、

どうも母君がほかの隠れ家をお探しのようだと聞きます。


そしてとうとう薫の君はかなり強引にあの姫君を宇治の

新しい建物にお移しなさいました。


「薫はかなり強引じゃなあ、今回は」

「どなた譲りか知りませんが匂宮の不埒な行為に

中の君の例もありますので早めに手を打った」


「なるほど。薫はどこか間が抜けておるからなあ。

うまくいけばいいが・・・・・」


天空の二人は心配顔で地上を見つめておられます。


そうしたある日薫の君から中の君へののお手紙を

匂宮は見つけてしまいます。その中身で薫の君が

姫をかくまっていることがわかってしまいます。


何とかして会いたい。どうしても会いたい確かめたい。

と匂宮はいてもたってもいられずにお忍びで薫の君

のふりをして姫の寝所に侵入します。


姫は人違いだとは分かりましたがその手慣れた愛撫に

女の喜びが目覚め、もう匂宮のとりこになってします。


「ああ、無常。どうする柏木?」

「ええ、罪作りなあなたの血筋であられます」

天空で二人は後の悲劇の予感に、姫浮舟を憐れみます。


また日を改めてと宮は後ろ髪を引かれる思いで京に戻ります。

さあどうしたものか?薫の君も匂宮も京に姫を住まわすべく

急いで住居を準備しようとなさいます。


そうした二月の半ば宮中で詩を作る会が催され、お二人は参加

されます。薫の君の詩が宇治を偲ぶ内容だったのに気づかれた

匂宮は次の日雪の舞う中を馬で宇治へと駆けられました。


文はありましたがまさかこの雪の中ではと思っていたところへ、

泥だらけの格好で駆け付けた匂う宮、息を切らせ体からは湯気が

立っていました。情熱的な宮の御心に姫は身も心も宮のもとへ。


「ようやるなあ、匂宮は。昔のわしでもあそこまでは」

「東宮におなりかというお立場であられるのに」

「明石の血かもしれぬ、あの一途さは」


お二人の行く末を危ぶむ天空の源氏と柏木でした。


その日は事前に連絡がありましたので準備は万端

整っています。


前回の突然の訪れの時のように、

物忌みのための方違えと皆に心得させてあります。


川向うのお屋敷へと小雪舞う中、匂う宮と浮舟は

舟でこぎだします。


「橘の 小島の色は かはらじを

    この浮舟ぞ ゆくへしられぬ」


まる二日の間お二人は誰にも邪魔されずに愛の限りを

尽くされましたご様子です。


そののち薫の君から間もなく京へご引越しの準備が整

いますと連絡があり母君も大喜びしておられます。


ところがある日双方の使いの者が鉢合せをしてしまいました。

薫の君は疑いを起こして警備を厳重になさいます。


とうとう匂宮は山荘に近づくこともできません。

犬にも吠えられ這う這うの体で京へ戻られます。


姫様は匂宮との不倫が発覚した時のことを思うと

もう生きた心地が致しません。考えあぐね疲れ果てて

宇治川へ身を投げようと決心されました。


「だから言わんこっちゃない。薫が油断するからじゃ」

「いえいえ、非常識な匂宮が悪いのです。人の恋路に

割って入るなんてもってのほか」


「あまりに薫がかしこぶって鼻につくからじゃろうな」

源氏と柏木のお二人は天空で大きく溜息をついておられます。


さて亡骸は見つからないまま入水というと世間体がことさら

悪くなりますので母君を中心にあっという間に火葬が済まされます。


これを後からお聞きになって薫の君も匂う宮も唖然とされました。

詳しく姫の最後を聞き出そうとされますがなかなかわかりません。


とうとうお二人とも心うつろで寝込まれてしまいました。

今更いくら悔やんでも致し方ありません。


お二人が立ち直るには相当の時間がかかりそうです。

薫の君は右近から事の次第を聞きます。


薫の君はもう心の底から打ちのめされてしまわれました。

それでも匂宮はもう気を紛らわすために若い女房などに声をかけて

おいでですが、お顔はいまだ悲しみが隠せません。


薫の君の打ちひしがれたお姿にお慰めの文を渡す気の利いた女御も

いましたが、やはりこの方は時間がかかりそうです。


それでもやがて女一の宮や宮の君にひと時苦しみを紛らわせに

なられるようになり、葬儀も身分の低いものはそのようなものかと

やっと気が落ち着いてこられるようになりました。


結局浮舟は生きていました。

横川よかわの僧都の一行に瀕死のところを

助けられ小野の尼寺にかくまわれます。


浮舟は記憶喪失になっていてまったく過去の

ことは思い出せません。


尼寺では亡くした娘の身代わりに授かったと

尼君は必死で看病しますが本人は死に損なった

ので尼にしてくださいとせがみます。


徐々に記憶を取り戻していくにつれ、浮舟は

元の高貴な輝きを増していきます。


よほどの秘密がおありなのだと尼君たちはひた隠しておりました

がとうとう殊勝な娘婿に見つかってしまいます。


しつこく求婚される浮舟は尼君たちが初瀬詣でに

行ったすきを見て僧都の下山の時に出家を願い出ます。


大急ぎで落飾受戒を済ませて僧都は加持祈祷のために

宮中に上がります。そこで僧都は祈りの後、中宮と薫の

愛人小宰相の前で浮舟のことをうっかり話してしまいます。


ついにそのことが薫の君の耳に入ります。

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