薫と匂宮

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老いたる源氏は暗闇の中で目を覚ましました。目が見えます。

光りさす小穴から下を覗くと、3人の男が話しをしています。


「ちっ、薫か。南無法華経?確かに夕霧の前で臨終のときにそう言ったが。

そう悟りきれずに冥府をさまよっているのが現実なのに」


そこに同じく冥府をさまよっている柏木の声がかぶさってきます。

「私の血筋に似合わずなんと仏道心が篤いことよ」

「柏木か?今に見ておれ。薫が煩悩でのたうち回る姿を」

「そうはさせませんよ。私の子ですから」


      X  X  X


ある夜薫はいつものように八の宮邸を訪れました。

ところがその夜は八の宮の姿が見えません。美しい娘たちが琵琶と琴きん

を弾いています。思わず薫は耳を澄ませてたたずみます。


「なんと。ここは田舎と気にも留めてはいなかったが」


垣根から垣間見る限りは雅な姫二人で奏でていらっしゃいます。

見るからに御姉妹とわかります。姉君はおおらかそうでつつましく

妹君は素直でかわいらしく。一目で薫はこの姉姫のとりこになりました。


先ほどからずっと天空の暗闇から源氏と柏木が覗いています。

老いたる源氏は、

「それ見ろ、薫の化けの皮がはがれてきたぞ」


すかさず柏木は、

「いえいえ、薫は慎重ですからご安心を」


二人は天空の暗闇から今にも落ちこぼれそうに薫の成り行きを窺っています。


翌日薫の君は山籠もりの宮と僧のために絹、綿、袈裟、衣を山へ。

八の宮邸の者のために料理の重箱をお届けになります。


天空で源氏が呟きます。

「まめじゃなあ薫は。姫が目当てになったんじゃ」

「そんなことはありませんよ。俗聖の師八の宮のために」

「ふん、将を射んとすれば馬を射よと言うではないか」

二人は天空の暗闇で言い合っています。


宮中に帰ってきますと。

薫と匂宮が楽しそうに話しています。

「人里離れた奥深い所に」

「ほう、そんなところに、みめ麗しき姫がいたら楽しいだろうね」

「ひょっとしたら」

「あるかもしれない」

「ふふふふふ」

二人は意味ありげに笑っています。

仲の良い貴公子二人でした。


それから数日後。薫の君は再び八の宮邸を訪れました。

八宮は大いに喜ばれ、出家の絆ほだしとなっている

この二人の姫を薫の君に託します。


二月の末に匂宮は大勢のお供を引き連れて初瀬の観音参りをされました。

その帰りに宇治の夕霧大臣の別荘にお泊りになります。

そこに薫の君がお迎えに上がりました。川向うが八宮のお屋敷です。


天空の源氏が言います。

「ふたりの下心見え見えじゃ」


夕暮れになって管弦のお遊びが始まりました。

八宮邸からお手紙が来ます。宮自ら返事を書かれます。


あまりに人が多すぎてなかなか姫たちまで行きません。

とうとう何事もなく宮たちは京へ引き上げられました。


天空で源氏と柏木が話しています。


「もっとうまくやれんものかのう」

「いやいや、深入りは禁物」

「匂宮と遊びのつもりじゃ。まだ子供じゃ二人とも」

「薫は私に似て慎重なのでございます」

「嘘をつけ、何が慎重じゃ。うぶな女三宮姫をかすみ取ったくせに」


「それはあんまりな。打ち捨てられていた姫の心を満たして差し上げ

たのですよ」

「ふん、ならば出家などするものか」

「そもそもあなたとの縁談が無理だったのです」

「そうかもしれんな。あの二人もそうならねばいいがな」


天空の声が地上に聞こえそうです。その夏、八宮様は

「これが最後の山籠もりになりそうです」と言われ、

「くれぐれも二人の姫のことはよろしくお願いします」

と言い残されて山にこもられました。そして間もなく亡くなられました。


残された姫のもとへ薫の君も匂宮も弔いのお手紙を差し上げられます。

薫の君は阿闍梨や宮の者たちへあれこれと御配慮をなさいます。

それはそれは八宮の御遺言をはるかに上回る御気遣いでございました。


八宮の一周忌になりました。薫の君は募る思いを姉の

大君おおいきみに伝えますが、大君は妹の中の君

を薫の君にすすめ自分はその後見になりたいと望みます。


天空で源氏と柏木が言い合っています。

「それ見たことか薫も男よ。初めから大君目当てじゃった。

俗聖も何もあったもんじゃない。むっつりスケベじゃ」


「いえいえ、理性的にすべてが円満になるように心を込めて

対処しようとする結果の自然な成り行きでしょうが?」


「大君にてこずったのが失敗じゃな。力ずくでもよかったのにな。

柏木のように。な?かしわぎ?」


「なんということを?自らも周りもすべて納得させて事を運ぶ、

誰人たりとも傷つけてはならぬという慈悲の表れです!」


「慈悲が大君の我に負けたのじゃ。臆病な女のわがままに負けたのじゃ」

「姫の誇りを守るためです。でなければそこらの女どもと一緒です」

「どうせもてあそばれて捨てられる。面倒見てもらえるだけでも幸せと思え!」


「おんながわるい?」

「薫もわるい!人は変わる。変わるには勇気がいる。大君には勇気が

なかったんじゃ。死ぬ気になれば何でもできたはず、意気地なし!

薫もじゃ!」


「薫は思いやりのあるやさしい子です」

「そうかな?今に見ていろ、自分の勇気のなさを変な策を用いて望み

を達成しようとする。賢者ぶった小賢しい本性があからさまになっていくぞ」


薫の君が廊下の欄干に寄り添って匂宮と話をしています。

今は住まいが近くでよくこうして話しに来ます。


手を合わせて薫に頼み込む匂宮の姿を天空から源氏と柏木が見ています。

「何という情けない匂宮。わしの孫ともあろうものが」

「いやいや。宮様ともなると自由がききませんあなたの時のようには

いきませんからね。おんなたらしですね、うまいこと言って」


「薫も薫じゃ、得意げに恩を売ろうとしている。あさましい心根じゃ」

「根が優しいから万事誰も傷つけないようにそうしているのですよ」

「そうかな?」


欄干の二人はひそひそ話でかなり細かく打ち合わせをしておられます。

夏の終わりのある日薫の君はひそかに匂宮を宇治へご案内しました。

もし中宮のお耳にでも入ったらもう二度と宇治へは来られなくなります。


その年の暮れ、とうとう大君は心労のため病の床に就かれ薫の君に看取られ

ながら静かにお亡くなりになられました。

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