第24話 勝利への計略

「では軍議を開始しよう」


 短い雑談ののち、エスティードが言う。

 そうして三人での簡易的な軍議が始まった。


「まずは現状の確認を確認といこうか」


「ああ、頼むよ――その、エスティ」


 決まったばかりのあだ名を呼ぶのに少々照れつつ言うと、エスティードは満足そうに笑った。


「現在俺たちがいるのは五階のうちの三階。つまりちょうど真ん中というわけだ」


「ああ」


「そして先頭のイーザーは五階」


「ああ」


「最初は好調だったようだが、途中で他の奴らに追い付かれたようだな。すぐ後ろでイーザーを追いかけているのはイクスとその他数組か」


「ああ――え?」


「どうやらカレルヴォも一人で四回を突破したようだ。凄いな」


「ちょ、ちょっと待ってくれ」


 すらすらと書き物を読み上げるように話すエスティードに、アレクは戸惑う。


「どうしてそんなに詳しく把握してるんだ?」


「アレク、さてはお前放送を聞いていないな」


「放送……?」


 その瞬間、アレクは思い出してはっとした。

 そういえば状況は随時進行役によって見張られ、導力器によって拡張された音声で放送されているのだった。


「……そうだ。どうしてそんな重要なことを忘れていたんだろう」


「そう落ち込むな。まあ人混みの中にいればほとんど聞こえないしな。夢中になるうち忘れてしまうのも仕方がないさ」


「でも君はちゃんと聞いていたんだろう?」


「早々に戦線から離脱したからな」


 こんな不名誉なことを得意げに言う彼は、やはり少し変わっている。


「で、この辺ももうすでにあまり足音や声が聞こえてこない。ということは三階にもすでにほとんど人がいないと見ていいだろう」


「さすがにイーザーの妨害もそれほど長くは続かなかったということか」


 恐らく一階で立ち往生していた者たちもなんとかイーザーの策略を突破し、四階、五階まで上がっていったのだろう。


「そこで、だ」


 意味ありげに微笑み、エスティードは指を鳴らす。


「聞くぞアレク。俺たちは登るべきか、下るべきか?」


「恐らく……下るべきじゃないか」


 さっきは悩んだアレクだったが、冷静に状況を把握した今ならば分かる。

 他の組がほとんど四階以上にいるのなら、今から追いかけたところで勝ち目はないだろう。


「うむ。ではさらに聞こう。下へ行ってどうすればいい?」


「それはもちろん、先頭の者を待ち伏せして旗を奪うしかない。けれど……それには問題があったはずだ」


 さっきレナスと交わした会話を思い出し、アレクは話す。


「この城にある階段は三つ、出口は五つ。いくら待ち伏せをしようとも、敵がどこから来るかも分からなければ、どこから逃げるのかも分からない。それでは待ち伏せのしようがない」


「ふむ。であれば、道順をこちらで絞ってやればいいのさ」


「……え?」


 思わぬ発想に、アレクは首を傾げた。


「アレク、一階は今どうなっている?」


「なぜそんなことを聞く」


「気にするな、いいから答えろ」


「……ほとんどの者が上階へ行ってしまったから、まず人はいないだろう」


「その通りだ。一階には人がおらず、がらんどうの状態。つまり、仕掛けるには絶好の機会だということになる」


「罠ということですか」


 そのときふいにレナスが問いを発した。

 エスティードはそれに頷きを返す。


「その通りだ従者殿。あんたの名前は?」


「レナスです」


「よし。ではレナスに聞こう。この状況で効果的な罠とは何だ?」


「知りませんよ。それを考えるのは軍師殿のお役目でしょう?」


 エスティードの問いに対し、レナスは至極どうでもよさそうに肩を竦めた。

 どうやらこの男、不遜なのはアレクに対してだけではないようだ。


「す、すまない。うちの執事が失礼をした」


「ははは、なるほどアレクとは正反対な男だな」


 エスティードの態度は有難いが、全くレナスには肝が冷える。


「とにかくまあ、罠を仕掛けるわけだ。上階から戻ってくる奴らの道順を絞るために」


「でも、どうやって罠なんか仕掛けるんだ。そんな時間も道具もないぞ」


 ミゼット城は現在も使われている城塞であり、駐在する兵士のための机や椅子、寝台など、いくつかの備品はそのままになっている。

 だからそういった備品を使えばある程度バリケードのようなものは作れるかもしれない。

 けれどこちらの手勢は三人。

 時間もあまりない状況で、いくつもの階段や出口を封鎖するバリケードが作れるとは思えない。


「ははは」


 だがアレクの言葉を聞き、エスティードは笑いを漏らした。


「どうして笑う」


「いや、本当にあんたは素直だと思ってな」


 やや馬鹿にされているような気がするのは気のせいだろうか。


「ああ、すまんすまん。馬鹿にはしていないぞ。それに、心配も無用だ」


 笑いを抑えながら、エスティードはローブの懐から何かを取り出した。

 何だろうと思って見ていると、やがてそれがペンと紙の束であることが分かった。


「それは……」


「罠を仕掛けるための道具だ」


「ペンと紙がか?」


「軍師とは策を弄するもの。そして策とは絶対に実現可能なものでなければならん」


「……つまり?」


 アレクが問うと、エスティードは得意げに微笑んだ。


「必要とするのはペンと紙のみ。この軍師エスティード、これで大軍勢の道筋を絞ってしんぜよう」



 ◆◆◆



『規程の変更により、この扉の使用を禁ずる。

なおこれを破られた者は違反とする故、各自留意されるべし』


 ペンで書かれた美しい書体に、ご丁寧に押された印。

走りながらアレクは、エスティードから渡された紙を眺めていた。


「まさかこんな策を授けられるとは。天下の軍師殿は実はただの変人なのではないでしょうか」


 アレクの横で走っていたレナスも同じように紙に目を落とし、呆れたようにそんなことを言った。


「軍師らしい知略じゃないか」


「知略? むしろ奇策と言った方が正しいような気がしますけど」


 それは若干アレクも思わなくはない。

けれど――。


「……それでも、友の言葉を信じるだけだ」


 迷いを振り切るように、アレクは言った。



  ◆◆◆



「時にアレク、貴族が最も嫌うものが何か、お前は知っているか?」


 筆の先をこちらに向け、エスティードが尋ねてきた。

 アレクは首を傾げ、答えを考える。


「貴族が嫌うもの……? そうだな、恥を晒すこととか辱められることとかじゃないかな。貴族というのは矜持を傷つけられることを最も嫌うはず」


「うむ、合格点をやろう」


 アレクが答えると、エスティードは戯れのように筆先で宙に丸を描いた。


「貴族が最も嫌うのは矜持を傷つけられること。そのために彼らは対面を保つことに必死になる。つまり、そこに付け込んでやるのさ」


 そう言うとエスティードは六枚の紙を取り出し、それを床に広げていった。

 そしてなにやら考えるように顎に手を当てたのち、紙の上に何かを書きつけていく。


「君は……何を書いてるんだ?」


 さらさらと書かれていく文言を見て、アレクは疑問を抱いた。

 文章自体は理解できる。

 けれどなぜそんなことを彼が書こうとするのか、その意図が分からないのだ。


「貴族どもを陥れるための罠だ。奴らは対面を保つため、絶対に規則は破らない。たとえその規則自体が偽のものであろうともな」


「うーん……」


 そういうものだろうかと、アレクは首を傾げる。


「さあできた。ではアレク、お前が使用させたくない階段と出口にこれらを貼ってくるがいい」


 そう言ってエスティードは今しがた何かを書き綴った六枚の紙を手渡してきた。

 アレクはそれを受け取りながら聞き返す。


「君は行かないのか?」


「ああ、俺は動くことが苦手でな。階段を五段上がるだけで息が切れるんだ」


「……それはひどいな。一体どうやってここまで来たんだ」


「カレルヴォに背負ってもらった」


 あっさりそう言うエスティードに、アレクはどっとため息をついた。

 そんなに無精でよく十二騎士が務まるなと、ある意味感心しそうになる。


「……本当にひどいな」


「というわけだから、あとはお前たちで実行してくれ」


「分かった」


「もし策が失敗したとしても、俺を恨むなよ」


「恨まないよ。何の策もなかった私に助力してくれただけでも感謝しているんだ」


「ふむ、殊勝な心掛けだ」


 満足そうに言ったのち、エスティードはふとこちらへ顔を寄せ、真顔になる。


「……いいかアレク、くれぐれも気を付けろ。道順を絞れたとしても、奴らは大軍勢で押し寄せる。イーザーにカレルヴォにイクス、その他や多くの手練れ――そいつらが全員で押し寄せることになる」


「ああ」


「だが俺は戦略を授けることしかできん。あとはお前の戦術にかかっている。頑張れよ」


 激励するように言い、エスティードはこちらに手を差し出す。

 アレクもつられて手を出すと、エスティードがアレクの手を勢いよく叩き、パチンと小気味いい音がした。


「ありがとう、エスティ」


「うむ。無事に終わったらまた話そう、友よ」


「ああ、それじゃあ行ってくる!」


 見送るエスティードに手を振り、アレクはその場から立ち去った。

 それにしても、友という言葉はなんだかくすぐったい。

 かつて騎士家の令嬢だった頃は高い身分のせいで友達など作れなかったし、没落令嬢となってからは他人を信用できなったせいで友達が作れなかった。

 強いて言えばイーザーは友達かもしれないが、それも家同士の結びつきによってできた関係であるから純粋な友達とは違うのかもしれない。

 だからなんだか無性に嬉しいのだ。

 自分のようなものでも、普通に友達を作れたということが。

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