転校生は初めてですか

新吉

第1話

 あなたの学校にも転校生はやってくる。



「おーいみんなうるさいぞ」


「だって先生、転校生が来るんでしょ?」


「なんだってそういう話は広まるんだ?」


「なー!どんな子?女の子?かわいい?」


「みんなが騒いだら緊張するだろうが!静かにしろー」



 先生は待つことでみんなを静かにさせる。



「さあ、入っていいぞ」


 ガラガラ


 ひたぴちゃ、ひたぴちゃん



「えー、今度からみんなの仲間になるポロポロットス君だ。漢字が歩路戸巣、っと」



 先生の説明も黒板に書かれた漢字も、みんなは聞くことも見ることもできなかった。



「はいポロポロットス、自己紹介して」



 口であろう隙間が開く瞬間、恐怖すら感じた。



「僕はポロポロットス、です。ポロって呼んでください!」


 ぴちゃん


 震える体から汗なのか、この長い雨で濡れたのか水が滴り落ちる。震えているのも緊張からなのかそれともそういう体質なのか全くわからない。ずれるメガネをかけ直す。先生はささっとタオルで拭いてあげた。そして空いている席、つまりは私の隣を指差した。彼は上履きを履いているのに、なぜかひたひたと歩いて来る。


 ああ、ねえおばあちゃん。助けて。こんな時どうしたらいい?

 急に一ヶ月ほど前亡くなったおばあちゃんを思い出す。ああねえ、わ、笑った方がいいのかなあ?



「大丈夫よ。誰だって怖い時は怖いのよ?」


「へ?」


「よ、よろしくお願いします」



 差し出された三本指を私は握れなかった。メガネの奥の真っ黒な瞳を見上げたまま、口をポカンと開けるだけの私。だからもちろん笑うことはできなかった。





 うちの中学校もついに格子窓に付け替える工事が始まった。なんていってもすぐ終わる、ロボットが体育の時間にパパパっとやっちゃう。対軍艦用仕様になったんだ、と男子がはしゃいでいた。ポロ君が来てから一ヶ月が過ぎた。もう梅雨明けが発表されだいぶ暑くなっている。だけど学校はとっても快適。だけどポロ君は今日も暑いですねという。彼について分かったことがたくさんある。水の星生まれ、育ちはほとんど地球。地球に来た日がこっちでの誕生日でうお座、血液型はない。あるけど人間に輸血はできない。ふざけた男子が何色?って聞いたら嫌な顔もせず、「見ますか?赤いですよ」と答えた。彼の顔は不思議で、時折普通の人間に見える。初めて会った時のこと、その時聞いた声のことも仲良くなってから聞いてみた。想いに同調することがあるんだって、よくわからない。 彼は体育に出ない。身体測定は出る。身長は185センチ、まだまだ成長期。バスケ部が狙っている。ただし指は三本指、おはしがまだ持てない。ご飯は普通のお弁当。時々パン、どうやらクリームパンがお好き。


 ふう、まずはこんなもんでしょ。あとは、



「何がですか?」


「ひゃあ!!」


「す、すいません驚かせるつもりはなかったんですが」



 最後に補足のために一心不乱にペンを走らせていた私は飛び上がる。もう放課後で部活も終わっていて、梅雨明けって言ってたのに窓の外は土砂降りだ。



「帰らないんですか?」


「あー帰るけど、親が迎えに来れないからなあ、先生待ちかなあ」


「そっか、みんな雨に濡れるの嫌がりますもんね」


「そうそう。友だちはみんなハジッコ持ってるけどね、それか親が迎えに来るか」


「実はあのハジッコ、僕の星の調査で生まれた製品なんですよ」


「そうなの?すごい!…あ、ごめんね」


「いいんですよ、もうここの暮らしの方が長いので。ここの人たちの役に立つなら」



 ポロ君はよくそう言っては笑う。表情豊かで、かけているメガネがよくずり落ちる。



「あれ?星で研究してハジッコできたんでしょ?でもいつもポロ君びしょ濡れじゃない?はじけてないよね?」


「水が好きなので濡れてるんです。あ、あのハジッコの材料はすいません、言いたくないです」



 ずれていたメガネをかけ直す。



「ご、ごめんね!別に材料知りたいわけじゃなくて。言わなくていいよ、全然!なんだかよくわからないのにいろいろ聞いてごめんね」


「いいんですよ、なにも悪いことじゃない」



 ポロ君の声はすこし低い。周りの男子よりずっと大人だ。ふいに聞いてみた。



「ねえポロ君、いじめられたり、してない?」


「あー、別に。いじめだと思ってないので」


「疲れない?」


「なにがですか?」


「その、なんだっけ?この間言ってた同情?」


「違いますよ、同調」



 彼はホワイトボードに絵を描いた。同じ波長になるんです、同じ気持ちになるんです、同じように揺られるんです。とっても上手にぽちゃんと落ちた雫が周りの水を揺らしていく様子を描いていく。



「相手の気持ちがわかるの?」


「すこしだけ」



 いいものばかりじゃない、と思う。



「やっぱり疲れるよ」


「人間だからですよ」


「そうかなあ?」



 そりゃあいじめも喧嘩も戦争もないのかもしれない。だけどポロ君の気持ちはどうなんだろう。私の気持ちも感じ取ったのか、生まれた時からそうなので大丈夫ですよ、と言われた。


 戦争は終わらない。始まったばかりだ。ポロ君の母星は地球と友好関係にはあるとされてはいるけれど、ほんとのところはどうなんだろう。


 格子窓の向こうで時折起こる戦闘も、おばあちゃんみたいに遠い田舎町にいなければほとんど被害はない。おばあちゃんがいた地域はごっそりなくなってしまった。私が大好きだった暖炉ももうない。その分こっちではいろんな星の人たちが入り混じっている。ポロ君の他にも違う子が来て、前いた子はいなくなっていく。一体どこに引越ししたというんだろう。前の暮らしは一変して、みんながみんな変わっていく。だけどそれもしょうがないこと、戦争をしているのも何かがなくなるのも増えていくのも。


 ポロ君がスパイなのもしょうがないことなのだ。



 だって私たちは戦っているだから

 懐かしい故郷を

 いるべき居場所を

 今日の授業を受ける席を

 守るために



 ねえおばあちゃん、どうしたらいい?

 笑った方がいいのかなあ?



「大丈夫よ、誰だって僕だって怖い時は怖いんですから」



 差し出された三本指は、私の頭の上にぱちゃんと落ちた。ナナメになったポロ君がふるえてる。怖いからなのかなあ?目がとろんと落ちていくから、はっきりポロ君の顔は見えない。私も笑えたのか泣いていたのかわからない。

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