5月5日 こどもの日

 いくら記憶を呼び起こしても、こどもの日に祝われたことはなかった――。


 誕生日はファミレスへ。

 クリスマスはケーキを食べるだけ。


 誕生日に祖父からもらったお金を握りしめて、祖父や父の仕事を手伝った報酬のお金を合わせて欲しいものを買った。


 きっと、もらえるだけ幸せなんだ。

 後々そう思うようにしても、心はそう簡単に欲求を諦めなかった。



 大人になってから、その男のプレゼントに対する価値観は薄れていた。

 何かを送る習慣を与えられなかったという、一つの呪いのようなものにかけられていたのだろう。


 欲しいものは働いてお金で買うものだ、という揺るぎない価値観は、幼少の頃の経験によって育てられていたのだ。

 頭ではわかっていても、どうしてもその価値を見出すことができない――。


 母の日にカーネーションすらくれない、と嘆く母に対するその男の視線は冷ややかであった。


 母の日に、父の日に、敬老の日に。

 何かしらのギフトを送るのであれば、こどもの日にも何かしらのギフトを貰って然るべきなのだ。


 男は頑なにプレゼントを贈らなくなった。



 いつの間にか、男は孤独な気持ちになっていた。

 なぜ――誰からも貰えないならば、自分も誰かに渡す筋合いなんかないではないか――!


 心の叫びが狂気になって響く。


 その心のガラスが割れる音に気づいた時にはすでに手遅れだった。


 嘆き悲しみ、涙をふくティッシュがゴミ箱の中で山を作った。

 いつしかティッシュが乗る場所が無くなってきたので、細かくたたんで隙間に差し込むことにした。

 しかし、それもいつしか限界を迎えている。

 ゴミ箱にかけたビニールを広げて、許容範囲を増やしてみてもそれは時間の問題だった。

 それを忘れてうっかりティッシュを投げ入れようとしたならば大惨事である。

 バランスを崩したティッシュの山が雪崩を起こすように崩落する。


 男はついに痺れを切らせてホームセンターへと足を運んでいた。


 ひとまわり大きなゴミ箱を買うついでに、ふと売り残っていたピンクの花を一緒に籠に入れて。



 花を渡している自分のイメトレをしなければならないため、今日も執筆は進まなかった。

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