5月13日 雨男

 出張という言葉を聞くと、なんだかイヤラシイ印象を覚えるのは私だけだろうか。

「ちょっと、出張に行ってくる」という夫の行く先は・・・などといったサスペンスドラマなどでお決まりの展開をよく目にしていたため、そんな印象が刷り込まれているようだ。


 しかし、現実は全くそんなことは起こり得ない。

 なぜならば、真面目に仕事をしているからである。


 ところで、雨男、雨女という言葉がある。

 昔は、雪男や雪女の親戚かとばかり思っていたのだが、どうやらそうではないらしい。

 雪男は雪山に住み、雪女は寒い地方の村だかどこかに住んでいるが、雨男や雨女は、そんな限定的な存在ではない。

 日夜、我々の生活の中に溶け込み、ここぞとばかりに雨を降らせる、ちょっとした面倒な輩たちである。しかし、彼らのおかしな点は、雨を望む場面で雨を降らせないことであった。


 さて、今回、男は添乗員さん的なポジションで出張に行っていた。

 大型バス3台を束ねる水先案内人である。陸だけども。


 バスが出発した直後、2名の荷物が乗っていないという事実が発覚し、荷物を届けてもらうために待機する羽目になった。

 ここから、運命の歯車が狂い始めたのだった。


 待機していたバスは、突然の豪雨に見舞われた。

 それは、荷物を受け取る瞬間でもあった。

 2名分の荷物を受け取り、バスのトランクに入れている間、男と運転手、届けてくれた人物を含め、3名がずぶ濡れになる事態となった。

 もちろん、荷物を忘れた2名はえびす顔である。


 豪雨によるバスの移動は、すなわち行程の遅れにもつながった。

 予定よりも30分ほど遅れたバスが向かった先は、とある観光名所である。そこでは、まず始めに昼食を取る予定であった。

 90名ほどの人間が一気に移動を開始したのもつかの間、昼食場所となっていた休憩所(ここで弁当を食べる予定だった)は、他の団体客が占領していたのである。

 その上、土砂降りである。


 冷たい雨に打たれ凍える中、身内90名からの冷たい視線に心まで冷え切った男は、必死で昼食場所を探し回ることになったのであった。


 翌日、一行は野外活動をすることになっていた。

 昨日の雨天とは打って変わっての快晴。男は安堵していた。

 この日は飯盒炊爨。

 薪に火をつけ、米を炊く。炊いた米を食らう。

 簡単なミッションのはずだった。


 さぁ、飯盒炊爨を始めよう、とした矢先。

 突然の雨・・・。


 濡れる団体、湿る薪・・・。

 屋根のある場所へと移動し、再び準備を始めた途端、雨は上がった。


 このような由々しき事態は、きっと自然のいたずらなんかではない。

 どこかに雨男が潜んでいるに違いない。

 雨男は、男をつけ狙い、ピンポイントで雨を降らせる怪人である。

 そんな輩がいる限り、この3日間にも及ぶイベントを無事に乗り切れるはずがなかった。


 必ず、奴はそこにいる。

 薄気味悪い表情を浮かべて、こちらを見ているに違いない。

 建物の背後や、木の陰から、こちらを見て笑っているのだ。


 男は唾を飲む。ゴクリと。

 寒気が襲っていた。これは、雨が滴っているからなのか、妙な緊張感を持っているからなのだろうか。

 人の集まりから離れ、あたりを見渡した。


 再び曇り始める空を見て、男は、雨男の存在に気づいた。


 遠く、80mほど離れた場所に、その男は佇んでいた。

 集団が行動している場所に、雨は降っていない。

 その男が佇む場所だけ、なぜか雨が降っていた。


 その男は、水が滴る頭をゆっくりと持ち上げながら、微笑んだのであった。

 ああ、そうか、自分が雨男だったのかと。



 そんなショックで一日寝込んでしまったため、今日も執筆は進まなかった。

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