第6話 革命の時


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霧の中をさまよいながらどこへ行けばいいのだろう。胸に絡む見えない鎖。それは世界の法則の重さ。飛び立ちたいと願う。あの場所へ。


見知らぬ大地に辿り着いた。そこに根を下ろすことがその彼にはできるのか?心に空く穴を埋める術があるというのなら、そこに種を飛ばし育てゆくことは出来るだろうか。


リフレインする痛み。全てが散ってゆく。確かだと思っていた全てのことは脆く崩れさる。


現象を追う、目だけが自由。


二階堂琥珀の目が覚めた。目を開ける。


「(ここはどこだ・・・・?)」


二階堂琥珀は目を覚ます。


その時誰かを思い出した。普通の学校の世話好きの委員長が寝ぼけている生徒に言うように。


「(目を開いているからといって、覚醒しているということにはならないわよ。)」


「・・・・・・・」


二階堂はまだ寝ぼけているらしい。何故なら昔のことなんかを思い出すからだ。ここ、ヒューマンスクールに来る前のあの、終わりがズタズタだった、もう一つの学校生活。胸が記憶に締め付けられる。


「こういう時、1番いいのはもう1度寝ることなんだけどな。」


自分で自分に苦笑する。そう・・・ここヒューマンスクールではもう一度寝ることなんてとんでもないこと。二度寝など。まさに論の外。発想の外。


「だからこそ俺は___」


口元に笑みを浮かべて。


布団の上に、背中からいく。


「・・・んなわけねーよな。」


閉じた目を開く。もう口元は笑っていない。


粗末な軋む、不安定なベッドから降りる。唯一ある窓。それはとても小さい。小さくて狭くて、狂おしい。窓が小さくて嫌になる。

その窓から振り込む朝日。その日の光がさやさやと琥珀にふりそそいでいる。太陽の使者という呼称があるのなら二階堂琥珀がそれに相応しい。


あぐらを組んだすらっとする体躯。類似するものの無い形。人格から醸し出される顔立ちが彼の内包する天性の抑制力を表していた。


二階堂琥珀は心臓に手を当て確認してみる。自分という存在を。規則正しく動く、カウントダウンのようなこの己の音。


「ここはどこだ?」


「ヒューマンスクール。」


「俺は誰だ?」


「二階堂琥珀。」


「二階堂琥珀は何をする?」


「ヒューマンスクールの全てを壊す。そうすることが皆を救うことになる。俺がすっきりするためにも。」


「・・・俺がすっきりするため・・?」


口から出た言葉を反芻する。


「(考えてみれば・・・・とても個人的な理由なんだな。)」


二階堂の知る男がかつて言った。その少年のことを思い出していた。あの誰も彼も救いたがった、そしてそれを実現した。二階堂の知る超人の一人。


「(誰のためかって____?自分の為だろ。)」


「そう・・・・誰のためじゃない。自分の為にやるんだ。」


「さあ、二階堂琥珀。俺は今日死ぬとしてこれからやろうとしていることをするのか?」


「やる。やるに決まっている。」


朝起きる。二階堂は目覚めた。最悪の場所で。最悪のヒューマンスクール。ここは一体どれだけの人間を苦しめれば気が済むのだろう。


粗末なベッドの上に座りスプーンを舐めていた。スプーンの表面には鉄分があり、スプーンを舐めることで鉄分を摂取することができる。

ベッドの下の職員室に忍び込んで手に入れた資料を読んでいた。二階堂はそれを注視した。朝になってそこに書いてあった意味を黙考する二階堂琥珀。そこに書いてあったことは半ば信じられないような、しかし、予感していたことだった。


「・・・・・・・」


今日のヒューマンスクールの日程表をチェックする必要もない。二階堂琥珀の頭にはそれらが修められていた。心底嫌っているものを頭に全てを入れる。しかも己の意思で。それがどういうことなのかヒューマンスクールの異常宣教師共には分からない。

部屋から出て集団で作業場まで行く。作業場で午前中はずっと訳の分からない作業を無意味に、しかも出来ると判断されたら、何度もあらゆる角度から、あらゆる面からいちゃもんをつけられる。それは明確な悪意を持った嫌がらせにもなって子供達に襲った。


「こんなところ・・・・!」


二階堂琥珀が音にならない呟きでもって悪態を吐いた。


その長い長い地獄のような時間が終わったら、今度は座って夜まで宣教師の強化授業だ。

ヒューマンスクールが如何に最低の場所か、繰り返し書いてきたが、宣教師一人一人の人間性については分からないところが多い。ヒューマンスクールの生徒達にはもう、特にALFのメンバーには宣教師達が何を考え、生徒達を苦しめるのかがよく分からないのだ。言っていることとやっていることが違う。ということもある。何を言っているのかからっきし理解出来ない時もある。ヒューマンスクールがこの場の社会なのだから、そこに適応出来ない二階堂琥珀や美濃、柚子葉を始めとしたALFのメンバーはみな社会不適合者である。

社会不適合者は隅っこで縮まって、怯え、びくびくしながら、かろんじられ、疎まれ、蔑まれながら生きるしかない。

その関係をひっくり返す。


そうした想いを持ったALFのメンバーたち。いつかはこの世界がガラッと変わるんだと信じて痛みに耐えている。


ヒューマンスクールの一日一日が二階堂琥珀にとって許せない毎日が繰り替えれている。うんざりするような宣教師。うんざりするような生徒たち。しかし、二階堂琥珀のクラスは二階堂と同じ空間で二ヶ月も過ごしているのだ。二階堂の影響力は凄まじく、クラスメイト達はどんどん感化されていった。最初に起こった変化は生徒達はビロウのことをあまり、気にしなくなっていったことだった。


彼らだって子供なのである。年頃の気を緩めた会話を彼らはするようになった。


それをそのクラスを受け持つ宣教師は、堕落と見なした。堕落の原因は一目瞭然で二階堂だった。そのことに不味さを感じた二階堂は一系を案じた。クラスメイトに宣教師の気分を良くさせる為に表面上はヒューマンスクールの言う事に従ってくれと。そして、本音を話したいならもっといい場所がある・・・と。


二階堂が反省室を出室してから二ヶ月と九日が立った。その間に風のような速度で、準備を整えた。ALFメンバー総勢47人。対する宣教師は54人。その他生徒が708人。47人対54人であるものの作戦は整った。あとは実行に移すだけである。


決行の日は訪れた。その日はいつものような日であった。だがALFのメンバーにとっては違った。午後4時。作業の二回目の休憩時間に校舎を動く影があった。


今日はいつものごとく、一人の生徒が周りの人間から打ち据えられていた。いつものようなこの異常な風景。


「う、うおおおおおおおおおおお!!」


鬨の声が上がる。一部のヒューマンスクール生が次々と現場で反抗し始めているのだ。


「うはははは。いいぞ。」


美濃だ。


「な・・・・なんだお前ら!」


宣教師も大慌てだ。初めての出来事におののいている。


「ひゃははは。」


美濃が大笑いをする。嬉しくてたまらないのだ。

眼前で次々と信じられないことが現実となってゆく。


「宣教師達を捕まえろ!!」


「おー!!!」


何十、何百もの合唱で集団は行く。ヒューマンスクール内はかつてない様相を呈していた。全ての宣教師は捕らえた。生徒達の怒りは留まるところを知らない。


理事長室の豪奢な内装は棚が倒れ紙が散乱していた。そこには田淵の姿は無かった。


そして隠れていた、田淵を追い詰めた。


「こんなところに隠れるとは・・・昔と逆の立場ですね。」


美濃が言った。美濃はかつてこうして田淵に追い詰められたことがある。


「いや、もっと悪いか。」


「・・・・・・」


田淵は表情を変えず、生徒と美濃を交互に見た。


「歩け。」


美濃は冷徹に言った。唾をその場で吐き捨てた。その行動に田淵は目を丸くした。田淵にとっても次々にありえないことが起きている。

田淵は生徒達の間を歩いた。それを囲む生徒達は憎しみの眼差しだ。田淵はおろおろしながら間を歩いた。


「これで、全員か。」


美濃は二階堂に言った。半ば自分に確かめるように。


「ああ。」


「はは。本当にあっけなかったな。あいつらは。まぁわかっていたことだが。」


「止めろ!!おっお前ら!自分たちが何をやってるのかわかっているのか!反逆罪だ!」


高ビロウの生徒達が喚く。


「そうか、仕方ない。」


二階堂率いる小隊のALFメンバーと高ビロウの生徒が衝突した。一部の高ビロウ所得者は島を離れることとなった。彼らはこの島を離れ世界で何を見るのだろう。もしくはまたこの島で起きてしまったことを繰り返すのか。それはまだ分からない。


またさらに一部の高ビロウ所得者が、校舎の屋上にいた。二階堂はその場にいた。


「こんなヒューマンスクールに我慢できない人間がこれだけいるんだ。人間の自由は絶対に奪っちゃいけないものなんだよ。」


二階堂は高ビロウ所得者を説得しようとする。


「薄々分かってた・・・・・」


どこか、解放されたように、疲れたように言った。


「先生達が負けたんだな・・・・何もかも変わるんだろ。お前が、首謀者なのか。」


だが言葉とは裏腹に口調には憎しみは一片も乗せられていなかった。


「お前が、次の宣教師なのか?」


一歩を踏み出す前にこちらを振り向いてからそう言った。足を外壁のでっぱりに掛けた。その後冗談のように。まるでマジックでも披露するかのように、躊躇いなくゆっくりと、外壁に足を踏み出し、姿が下に消えた。



だが、違う反応を見せる者もいた。低ビロウの生徒達だった。


「ああ・・・・俺達が今までやってきたことは・・・・」


「・・・・間違っていたんなら・・・・じゃあ俺・・・・俺ってなんなんだ・・・今までも、これからも真っ黒だ・・・」


その顔には疑問と絶望と苦しみが深く刻まれていた。


「この世界は、地獄だ。」


それが彼の最後の言葉だった。

そして二階堂の目の前でつぎつぎと屋上から飛び降りて行った。どちゃどちゃという音が耳にこびりつく。この音は生涯耳に残り、この出来事は生涯心にしこりを残すだろう。そこにいたのに、もう今この瞬間、五人の生徒は生きていないのだ。


「う・・・・・」


あの二階堂がふらついた。動揺で足が震える。ヒューマンスクールの罪深さを、やってきたことのおぞましさを強烈な痛みとともに知覚した。それは真っ黒な矢で胸を撃ち抜かれるごとき痛みだった。


「何故・・・・なんでなんだッッ!!!」


「クソッ!!クソッ!!クソッタレがぁああああああああああああ!!!」


「何で死ななくちゃならないんだぁああああ!!!」


二階堂は気づけば絶叫していた。


だが、もう一つ冷ややかで、どこにも行き場のない声が心の中に浮かんでいた。


「(彼らを殺したのは俺でもあるんだ。少なくとも俺が蜂起しなければ彼らは死なずにすんだ。いや・・・・馬鹿か俺は。そうじゃなくてもっと他に方法があったはずだ!)」


内心の動揺。立ち止まる二階堂に追随する反乱側の生徒が声をかける。


「もういいです!行きましょう!」


グラウンドには角に集められた宣教師達。宣教師たちをしっかりとしばっているようすが見えた。


「あっ・・・・・・ああ・・・!」


「(とにもかくにも絶対許さない。)」


最後にそう締めくくることで今までやってきたのだ。これからもそうなるのか・・・?これからは・・・・・・


「みんなの犠牲の上にのさばる宣教師など・・・・生かしておくかぁああああ!!」


顔に憎しみを刻ませた少年が憤る。流れ込んでくるのだ。この気持ちはどこからかどこからか生まれてくる。それは彼らの無念か。彼らの悔しさか。彼らの屈辱か。彼らの憎しみか。



ここはある作業場。ここでもまた、全身を動かしてまったく無駄なことが繰り返し行われていた。


「ふざけるな・・・・・僕らは奴隷じゃない。」


「何・・・・」


くるりとこちらを振り向く宣教師森下。


「僕らは・・・・お前の奴隷じゃない。」


再び集団の中から声がした。


「僕らは・・・・お前らの奴隷じゃあない!!!」


ワーワーとヒューマンスクール内は喧騒と罵声が行き交う様子となった。どこにこんなに人がいたのかというほどの人で溢れかえっているように見える。


生徒達は叫び、走る。顔に憎しみが迸っている。憎く、憎く、憎く、憎い。


「とにかく許せない!!」


溢れる轟流がヒューマンスクールという怪物の中で駆け巡っていた。その生き物はさらに小さい、小さな勇者によって生まれた。二階堂琥珀が全てを始めたのだ。原初の種。


全ての宣教師を鹵獲する。しかし彼らの怒りはどうやったら収まるのだろう。差別による怒りはどうやったら収まるのだろう。差別による傷はどうやったら癒されるのだろう。


最初の一撃はとてつもなく重く、それゆえに強い。次々に連鎖していった。


「森下も、中山も、田淵も全員捕らえるんだ!」


二階堂琥珀が喧騒の中で声を上げる。


「俺達が先に進むために必要なことだ!落とし前をつけよう!今までの皆の分を!」


雪崩のような。激流。巨大な怪物に対抗するには自分達もまた強大になるしかない。だから、もっと力を!

各場所で次々に宣教師達を拘束した。


弱き者に自由はない。自由になるには、力が必要だ。そうしたら優しくいられなくなるのだろうか。そんなこと、自由になってから考えよう。自由になれれば、力を手に入れれば、分かるだろう。人間がどういうものなのか。自分はどういうものなのか。自分はどうありたいのか。強く・・・


だが、今は、ただ、前に!


「勝つ!俺らが勝つ!」


放送を乗っ取り、放送をかける。このヒューマンスクールにいる人間すべてを巻き込んだ戦争が今勃発した。


荒れ狂う大勢の人間達。誰も彼もが必死の形相をしていた。爆発がいくつも起こっているようだった。ヒューマンスクール側の生徒とALF側の生徒の衝突。人間もまた動物なのだ。その動物が、大勢が集まって組織的な戦いをする様子の激しさといったら凄まじかった。紙が散乱し、田淵の肖像画が踏みつけられた。


「誰も死ぬな!!」


二階堂琥珀は叫んだ。


それを聞いて、大澤は思っていた。物が飛び交う。


「(そうだ・・・・冷酷なだけのやつではないんだ。二階堂くんは・・・)」


その時底知れない感情が溢れてきた。


「(ありがとう。)」


あんなに威張り散らした憮然とした態度で人に対して幅を聞かせていた奴らが、あわてふためいて逃げている。


二階堂琥珀の目の前に宣教師の一人がいた。歳は滝川重治。53歳。自分のやり方が絶対に正しいと信じて疑わない。それを生徒に押し付ける。少しでもは叛意が見えようものなら大勢の前でその生徒を辱めた。うんざりすることにヒューマンスクールの宣教師はそういうことに長けた人間ばかりがいた。ねちねちとした人格否定を繰り返す。最低の宣教師の一人。自分より立場が上の人間にはペコペコし、自分より立場がしたのものには酷すぎる行為をしていた。しかも気の弱い生徒だけにするのである。ビロウが引く、それでいて気の弱い生徒にとって中山と同じくらい最低の人間だった。


その初老の男の胸に二階堂琥珀は掌を押し当て、ぐいっと薙ぎ、壁に叩きつけた。先頭の二階堂はこの小物に目もくれず、一瞥すらせず、次の目標物に向かう。


「滝川重治!捕まってもらおう!」


生徒達が叫び、滝川を押さえつけ腕の手首を縛り、体を縛る。何重にもロープで縛った。


「こ、こんなことをしてただで済むと思ってるのか!今離すならまだ酌量の余地があるぞ!」


滝川が言う。そこで二階堂は早足で歩き去ろうとした体をぴたっと止めた。振り返る。


「お前、こんなもので終わったと思うなよ。お前を憎んでいる生徒に、お前をどうするか決めてもらうんだ。お前がどれだけ多くの人間を苦しめたのかじきにわかる。」


二階堂琥珀は冷たく言い放った。滝川は二階堂の目に氷のような冷たさを見て震えた。


「(モンスター・・・だ。こ・・この生徒はモンスターだ。)」


宣教師は全員グラウンドの隅に集められた。


「みんな!この戦い!俺達の勝ちだ!!」


二階堂が宣言した。途端にうおおおおおおおおという人々の歓声が上がる。本当に自分自身のことを認められているのだ。自分自身の勝利。勝ちという言葉はヒューマンスクールの生徒達には新鮮だった。二階堂の言う言葉や、行動、彼の人間性全てがヒューマンスクールの生徒にとっては新鮮な響きや、衝撃、そして柔らかな音色の感覚などを与えた。およそ三ヶ月たらずでここまでのことをやってのけ、こんなに多くの人間に多くの影響を与える。輝かずにはいられない惑星のような、彼はまるで核融合で自熱する太陽のようだった。全てのものをその巨大な引力で引き付ける重力。強くて、そして広い。金剛石のような硬さも持っているのに、真ん丸な柔らかさも持っている。時に冷静。時に豪快。彼を見る人間は二階堂琥珀一人で、なんでも出来てしまうと思ってしまいがちなほどだ。


「皆よくやってくれた。ここにはヒューマンスクールの生徒全員が揃っているが、揃っていない、何故ならヒューマンスクールに殺された生徒はこの場のに集まれないからだ!!彼らの無念を!今日この時に晴らす!そうでなくては・・・・そうでなくては何がなんだか分からないではないか・・!そうでなくては・・・正義というものはどこにあるのだ!」


「田淵・・・・。」


二階堂琥珀が宣教師に一歩一歩近づいてゆく。宣教師はその様子に恐怖した。死神が近づいてくるようにでも見えた。滝川がその時に裏返った車のブレーキ音のような甲高い悲鳴を出した。


「だ・・・・だから言ったんだぁ!二階堂は危険だって言ったじゃないですか!僕は言ったじゃないですか!田淵理事長!この馬鹿!ぼ、僕の言うことを無視するからこうなったんだ!あんたのせいだ!」


「お・・俺のせいじゃない!そう!これはみんなにも責任がある。だからあれほど正しい教育をしなければならんと言っていたのに、お前らはまったく無能だから、こんなことになるんだ!この無能共が!」


「私に責任はない!そう!お前らの方に問題があるんだろ。他の宣教師にお前らが腹を立てたのも分かる。しかし、私達が正しく導いてやっているというのにお前らときたら!」


この田淵の意見に、しかし、宣教師たちは団結することはなかった。


「理事長!あんたのせいだぁ!」


「責任はあんたにあるでしょう!」


「田淵理事長!どう責任をとるんですか!」


醜い責任の擦り付けが繰り広げられていた。


生徒達はもう教師が何を言っているのか分からなかった。ただこれ以上もう、見たくないという想いを生徒の中の少なくない者がその心に抱いていた。狂った田淵の弁明。それらの言葉は生徒達の心のどこを探しても、受け入れる場所などありはしなかった。


「黙れ!!」


二階堂が無様に責任をなすりつけ合う宣教師達を一刀に断ずる。


「二階堂くぅん。ぼ、僕はいったんだ。君は高ビロウのを与えられるにふさわしい生徒だって。でも他の宣教師が邪魔をしたんだ。こいつらって信じられないくらいの馬鹿だよね、・・・・・・ほら。僕だけは助けてくれないかなぁ。」


などと言う滝川。


その様子にみんなが返答した。怒声が地球の底から噴出するマグマのように吹き出した。まるで大地が揺れているかのようだ。


「ふざけんなぁあああ!!」


「お前らが何人の人生をむちゃくちゃにしてきたと思ってんだあああああ!!」


「お前らが死んでも、お前らが殺した生徒達は戻ってこないんだよ!」


「お前らみたいなやつに俺等は・・・・・絶対許せねぇ!!」


「責任をとれ!あんたらが何十年もやってきたことのな!」


これがヒューマンスクールが何十年にも渡って行なってきたことの結果だ。







田淵宣之は囲まれていた。田淵宣之は囲まれるという経験は何度も経験してきた。自分がこのヒューマンスクールの祭壇で生徒達を集めて説教をしたものだった。だがこの囲い込みはいつもとは違う。


目の前に深く深く深く、そして金剛石よりも硬い意思を持った双方に睨まれる。


ずば抜けた力を持った男が目の前に立っていた。その男は何十年も続いてきた常識を根底から覆した。それは彼にしかできないことだった。

一言、二言言葉を交わして拳を隣に立つ少年と打ち付けあっている。




「こいつらを裁判にかける。」


裁判が始まった。全会一致で死刑だった。ただ、そこまでの凶行に出た者じゃない者は死刑にしなくてもいい、という結論が全体的な意見として出た。


「 心臓は負担をかけすぎ、緊張を張り詰めすぎて、俺達の頭のある部分は伸びきったゴムのようになっている。」


「それから根拠のない人格否定。ねちねちねち。本当にあなた達腐ってますね。」


「人はストレスがかかりすぎるとかえって能力が低下するものなんだよ。教師の癖にそんなこともしらないのか?」



そしてその、死刑の執行は二階堂と美濃、それから有志の生徒がやった。有志の人間は思っていたよりも多かった。こんなものか。と二階堂は思った。


ぶつぶつと呟く田淵の言っている内容は


「貴様たちは地獄に落ちる貴様たちは地獄に落ちる貴様たちは地獄に落ちる貴様たちは地獄に落ちる・・・・・」


こんなことを言っていた。


「本当に人の話を聞きませんね。」


田淵宣之は最後まで何故この生徒達が逆らうのかよくわからなかった。


驚異的な精神力で二階堂はこの出来事を進行させた。事前に計画していたが、やはり様々なファクターで計画そのままの進行とは行かない。


田淵らの命を終わらせる時に二階堂は過去の生徒達すべての怨嗟の代替わりをした。


美濃は宣教師の命を絶つ時に膨大な歓喜と巨大な罪悪感が彼の身を包んでいた。ある種、長年ここにいる生徒にとっては親に近しい存在だったのかもしれない。人の生命を終わらせることに罪を感じない人間がいるだろうか。人の生命を終わらせることに喜びを感じない人間がいるだろうか。


ただ、生徒たちにとっては報いを受けたという気持ちだった。


残りの宣教師達は反省室に入れた。期限なし。あるいは死んだ人間の方を羨むようになるかもしれない。だが生徒たちにとって知ったことではなかった。やられたことをやり返しただけだ。長年の分。それに宣教師を外に出すと、またこいつらは同じことを繰り返すだろう。同じ苦しみを産むだろう。

二階堂は風呂に入りたかった。手を洗いたかった。鶏を締める時のあの幼い時に感じた罪悪感を濃厚にして飲み干したような感覚と痺れが手に残っていた。


いずれにせよ真っ当な少年が経験するような出来事ではなかった。


どごおおおんという爆発音と振動の波がいくつも起こる。ひび割れる校舎、次の瞬間あちこちで粉煙が飛び出し、轟音、振動。窓ガラスは最初に粉々に吹っ飛んだ。窓の柵がひしゃげている。屋上が中心から底に落ちるように亀裂が走ったかと思えば崩落した。鉄筋はむき出し。照明も粉々。一切のものが崩れて落ちた。吹き飛ぶ壁。コンクリート片が宙を舞う。

振動と轟音と砂塵。その音に呼応するかのように湧き上がる歓声。怪物を討伐し、倒れた、骸の側で少年達が勝利の雄叫びを上げる。さすがにこの校舎が崩れ落ちる様は見ていて感慨深いものがあった。

ヒューマンスクールは陥落した。


二階堂はALFの起爆した爆弾がヒューマンスクールをこなごなに崩れ落とすところを見ていた。二階堂は一つ肩の荷が降りたような気がした。


「もちろん。これからはじまるんだが・・・」


吹き荒れる砂塵で着ているボロがなびく。

遠くで美濃が手を叩いて喝采している。


グラウンドは宴の様相を呈していた。長年の支配から解放されたのだ。これで喜ばない人間がいるはずはない。


二階堂は山に向かって歩いていた。何故山に向かって歩くのだろう。答えは分からない。しかし、山に向かって歩いていた。

あれだけの人間を率いた人間とは思えないほどの敬虔な顔をしている。彼にとってのゴルゴダの丘なのか。二階堂琥珀はまるで憑き物が落ちたかのような顔をしていた。森のさざめきが聞こえる。葉の揺れる音。幾重にも重なる植物たち。

疲れた体と心。しかし、足は止まらない。



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