第3話 掃き溜めの中で輝く者

3


入学式が終わり昼食の時間となった。広い食堂の二階堂達は移動した。


「食事は食券を購入し、行うように。」


「それから、新入生のビロウは0だ。みんな頑張って人間としてのスタートを切れることを俺達も祈ってる。」


そう言って田淵はどこかへ行った。その説明の少なさに非難の声を上げるものは誰もいなかった。その慇懃さは巨大な権力を持って押し通されたのだった。それだけならまだましだったが、新入生達はそのことにどこか感じいってるようだった。我先にと食券販売機へと駆けつけた。


「弱く、愚かなやつらめ・・・」


その声に二階堂は振り向いた。その男は椅子に腰掛けてこちらを見ていた。野生の獣が獲物を狙ったギラつかせた目のまま噸死したらこんな目になるだろうと想像させるような目をしていた。鋭い端正。その男もまたボロの服を着ていた。そのことから低ビロウ保持者であることがわかった。


「いや・・・こんな異常な状況で何の説明もなければ状況を理解しようと必死になるのが人情だろ?」


そう二階堂が言うと男は意外そうな顔をした。だが語気は嬉しそうな色を帯びていた。


「現状を正しく認識していないようだな。」


そう男が言うと二階堂は黙った。新入生達はもはやヒューマンスクール教の信者になってしまったことは紛れもない事実だった。

美濃はやや緊張しているようだった。


「さて、二階堂琥珀・・・・この場所について、ヒューマンスクールについてどう思う?」


1番核心的な質問をした。二階堂はこういう措置をして、こういう質問をすることから目の前のこの男がこのヒューマンスクールに対し敵対する存在であることにあたりをつけていた。


「全部ぶち壊した方がいい場所だ。」


思い切って真っ直ぐに目の前の男の目を見て言った。


「そうか・・・・」


彼の内心は昂っていた。これまで欲しくて欲しくてたまらない協力者が現れたかもしれない。


「頭がおかしくなりそうなんだよ。」


「全部ぶち壊したい。おかしいことだらけだ。教師たちもここのシステムも矛盾だらけの教義も。どいつもこいつもまともじゃない。だが圧倒的な力の差がある。その差だけさ。問題なのは。」


「俺は美濃だ。」


「待ってくれ。ここのやっていることは法にも世間のモラルにも反することだろ?警察やマスコミに通報するだけで、人権団体、NPO,PTA各位で反応があるだろ。」


「ここは島だ。そして外部との連絡手段も移動手段も全くない。」


「何?そんなことがありうるのか?」


「ない。電話は島の内部に通じるものだったし、島の外に出るための船も何も無い。」


「じゃあどうするつもりだったんだ?」


「それがわかったらとっくにそうしてる!」


美濃は興奮気味だった。


「ただ・・・頭がおかしくなりそうだったんだここにいて。もう本当にどうにかなりそうだった。あいつらみたいに信者のままでいた方が楽だったって思う時すらある。」


「二階堂は反省室に四十日も閉じ込められたんだってな。よく正気を保てたな。それに信者にならずにすんだ。正直入学式でのあの演説を見なければ、勧誘リストから1番に外してた。あの洗脳フルコースでよく自分を保てたな。」


「ああ。確かに辛かった。」


「なんで洗脳されずにすんだんだ?その秘訣は?」


「ああ・・・前に一度同じような目にあっていたことかな。初見じゃあれは弾ききれないよ誰しも。」


「そうか・・・・・」


それから少し美濃は沈黙した。


「・・・生きてた時のことか。」


「そのことだが。俺達は本当に死んでいるのか?ありえないだろうそんな。例によってそう思い込まされているんじゃないのか?」


「・・・・死んだ時のことを覚えてないのか?」


「いや・・」


「記憶が無いやつはたまにいる。大体のやつは覚えてるが。どうかな。そのことに関しても自信が無い。ハッ。低ビロウ保持者のやつにセットなのか自身のなさと自尊心の無さと、やる気の無さだ。」


「でもそれはそう仕向けられているんだろう?システムを作って人から自尊心も自信も奪う。あいつらの言う綺麗な言葉で飾って人を縛り付けるようなとことでやる気など出るわけがない。」


「そう。このシステムを信じ従うやつのみが・・・・・・・・」


「信じるものは救われる。信じないものは地獄に行く。キリスト教もこんな風だったと思う。キリスト教の歴史はよく知らないけど。宗教史って言うんだっけ。ダーウィンは言った。強い者が生き残るんのではない。賢い者が生き残るのではない。環境に適応する者が生き残るのだと。この通りなのか。」


美濃はこの三年間の暴風雨のような虐待と洗脳の嵐の日々でダメージを受けている。


「俺は人の科学の力を信じてる。科学は日々進歩してる。ダーウィンは四百年前の科学の人間だ。盲目の時計職人の存在に人がなれる時代が来るだろう。その時はその呼称も変更になるな。」


二階堂は科学に興味があった。その探求の機会はヒューマンスクールにとって奪われていた。


「システムは絶対じゃない。俺達は必ずこの状況を変える。」


「出来ると思うか・・・・?」


「出来る。」


きっぱりと二階堂は美濃に言った。


「根拠は・・?」


「俺達がここにうんざりしているように誰しも心のどこかでは嫌だと思ってる。その心に訴えて反乱を起こす。ここを変えるんだ。俺達の手で。」


美濃の顔に笑みが浮かんだ。


「それは反乱じゃなくて革命だ。」


その時トラブルが起きた。

食券も一ビロウの生徒はうどんしか買うことは出来なかった。食券を買った生徒がお盆に冷めて伸びきった質の悪いうどんを運んで、席に座ろうとする時だった。


「おいおい一ビロウの非人間は席に座るなっつーの。」


そう言われた生徒は一気に固まった。周りの人間もそれが当たり前のように非難の目をその生徒達に向けている。


「おいお前。自分がどんな駄目な人間か自覚がないみたいだな。よぉし。お前に社会の厳しさを教えてやる。来い。」


哀れな生徒はそのビロウ9の人間三人に連れて行かれた。その生徒はビロウ9の男に呼び止められた時から固まったままで泣きそうな顔になっていた。周囲を必死に見渡すが、高ビロウの生徒達からはどうでもいいという顔や当然のこととといった様子で雑談に戻っていた。低ビロウの生徒達は同情の目線を向ける者もいたがなにしろ自分のことで精一杯だった。なかにはこんなへまをしたことに対する嘲笑の目を向けるやつもいた。


二階堂はそのどれでもなく助けようとその後を追おうとする。


「やめとけって・・・・・・」


二階堂の手を美濃がつかんだ。小さな声で二階堂に注意した。


「何故?」


「そんなことしても無駄だから・・・・多かれ少なかれこういうことが頻繁に起きる。実権を握ってるのは高ビロウの生徒と教師たちだから。」


「そうか。そこで揉め事が起きればまた反省室行きってことかよ。」


イライラと吐き捨てた。


「そうだ。だから、落ち着いてくれ。」


「あいつら・・・・あいつらの名前は何ていうんだ。」


「目の細いやつが横井。五輪刈りのやつが亀谷。もう1人が福井。」


絶対にその顔と名前は忘れないと頭に刻みつけた。その落とし前をいずれ彼らにもつけてもらう。絶対に。


「なにか顔を隠すものはないか?」


その時二階堂にある思いつきがあった。


「え?」


「顔を隠せるやつ・・・マスクとかなにか・・・・誰かわからなきゃいいんだろ?ないか?」


「えーっと・・・演劇部になにかマスクみたいな物があった気がするが・・・」


「あいつらがどこに行ったか分かるか?」


「中庭だ。」


「じゃあ、先に顔を隠す物を取りに行こう。」


「マジか・・・・・マジでやんのか・・・」


美濃は、無駄だと思いつつもどこかわくわくしていた。確かにマスクなら身分を隠せるのでうまくいくかもしれない。だが声は?身長や仕草。話し方からバレるのではないか?そういった思い美濃の頭をよぎった。失敗だらけでうまく行くイメージなど思い描けないのがこういう状況におかれた人間の特徴だったが、美濃は不思議とやってもいいような気がしてきた。


「一歩でも間違えたらまた、反省室行きだぞ・・・・・次はいつ出てこれるか分からないのにだぞ?」


「救けに行こう。」


二階堂がきっぱりと言った。


「分かった。こっちだ。」


演劇部の部室を開け散乱している小道具を見た。確かにその中に目当ての物があった。


「趣味の悪いマスクだな・・・・ヒーローマスクならよかったんだが。」


冗談を言う美濃。美濃はやはり前代未聞の反抗に緊張していた。こんなことは実行しようとさえ思ったことは無い。


大澤は自分の身に起きたことがまだ分かっていなかった。屈強な先輩が怖くて怖くて仕方なかった。ビロウ9の横井らに連れていかれ、まったく何をされるのかわからない恐怖を味わっていた。


「(誰も助けてくれない・・・・)」


「そんなことも出来ねーのか!」


「辞めちまえ屑!」


周囲から煽りの声が飛び交う。何故こんなことを平気で出来るのだろうか。それは彼らにも日常でとてつもないストレスを抱えているからだった。日常でストレスを抱えてそれを吐き出すことができる行為が正当化されていれば誰でも飛びついてしまうのである・・・・


「(地獄だ・・・・ここは地獄なんだ・・・)」


「ふひ・・・・」


大澤は笑みを浮かべた。壊れかけた笑みだ。ギャラリーは大澤が右往左往する様を見て笑っていた。次々に回ってくる作業にあたふたしているのは大澤だけであとの人々は笑うのみだった。

倒れくる柱を支えきれずもう倒れる。しかし誰も助けてくれない。手助けさえしない。


「誰か・・・・・助けてっ・・・誰かっ・・・」


その声もギャラリーの煽りにかき消されて届かない。仮にギャラリーの耳に届いても彼らの心にまでは届かない。大澤の心に一生癒えることのない傷が刻まれそうになった時、鋼の盾が現れた。


二人の男がその柱を支えてくれた。二人の男が柱を支えた途端ギャラリーはシーンとなった。


「え・・・・?」


大澤はそう言うのが精一杯だった。


「こんなことする必要ないよ。」


二階堂が言った。その声はマスクの下からくぐもった声で聞こえた。


「こんなことする必要ない。」


果たして信者達に何をすれば目を覚ますのだろう。二階堂は必死に考えた。


「大勢でよってたかって・・・・こんなのおかしくないか?なんでこんなことをするんだ?」


「なんだお前・・・・誰だよ?」


「それは名乗れない。」


「もう一度聞くが何故こんなことをするんだ?こんなに苦しみを彼に与えることに何の意味が?さあ、答えてくれ。」


「それはヒューマンスクールに所属している以上当然のことだ。それがルールだからな。ミスに応じてもう一度繰り返さないように罰を与える。」


「ミス?彼がどんなミスをしたんだ?」


「一ビロウのやつがテーブルにつこうとしたからだ。」


「それの何がおかしいんだ?席に座ることすらできないなんておかしいことじゃないか。」


「アホがっ。ヒューマンスクールに多大な迷惑をかけてることが分からんのか!秩序維持のために必要なことなんだよ。つまり我々のためなんだ!」


「その我々に低ビロウ保持者は含まれていないだろう。」


「俺達や先生達はお前らのためにやっているのに、なんて恩師らずなやつなんだ。」


「みんな聞いてくれ。こういった言葉と行動が一致せず、両方が矛盾し、片方を聞けば、片方と矛盾し、結果的に動けなくなる。そういった手法をダブルバインドと言うんだ。俺達の事を正しく導く人間がそんなえげつない支配方法をなぜ使うんだ?」


「・・・・・・・」


高ビロウの人間達は敵意むき出しで二階堂の事を見ている。低ビロウの人間は二階堂に複雑な感情を向けられれいる。いずれにせよ多くの意識が二階堂達に集中していた。


「お前顔を隠して身分を偽る卑怯なやつめ!顔を見せたらどうなんだ。」


その言葉に美濃が笑い出した。


「顔を出したら反省室っていう独房に無理やり閉じ込めるんだろうが!何もかも有利な権力を持ってるクセに!自分たちに都合のいい綺麗な言葉ばかり並べやがって!」


「そういうことだ。」


「自由になるんだ。こんな意味不明の場所から解放されたいだろ?訳の分からない搾取はもううんざりしているはずだ。それからここが素晴らしい場所で素晴らしい宣教師が俺達に教えてくれてると思ってるやつ。高ビロウの人間のほとんどがそうだろうが・・・・それが間違いであることを証明する。今まで奪われ続けてヒューマンスクールの言うことを信じるしか道が残ってないと思ってるみんなには残酷な事かもしれない。知りたくもないかもしれない。でも知らなきゃ一生そのままだ。一生この惨めで不自由な・・・まさに奴隷みたいな人生が続くんだ!自由になるんだ!」


どれくらいの人に自分の言葉が届いたか分からない。


誰かが教師を呼んだらしく、教師たちが駆けつけて来た。


「じゃあな。」


二階堂と美濃は煙幕を下に叩きつけた。たちまちその球体から黒い煙が噴出しあたりを粉雲が埋め尽くした。二階堂たちマスクを脱ぎ一目散に走った。

安全な場所まで走ると二人して笑い出した。


「最高だぜ。今まで生きてきたなかで1番痛快かも。」


「俺もだ。スゲースッキリした。もう長いこといたんだもんな。こんなところにずっと。誰かにバレはしないか?特徴でわかるやつとか」


二階堂は美濃の身を危惧した。


「いや、普段あんなに堂々としてないし、普段の俺とは全然違ったよ。ああ・・・低ビロウのやつはみんなそうだ。だからみんなも対等に話す俺達の姿を見てスッキリしてるかもよ。」


「そうか・・・ならよかった。」


昼休憩が終わった。ヒューマンスクール内はあのマスクの二人が起こしたあの出来事の話題で溢れていた。


夕食の時間に残飯みたいなうどんを携えて、地面に座った。


「俺も話したいことがたくさんあるんだ。」


二階堂が美濃に話しかけた。


「あ、いや、また後で他の場所で話そう。俺はあっちで食ってるから・・・・」


「?ここじゃまずいのか?」


「いや・・・この位置が嫌じゃないかと思ったんだけど。気にならないのか?」


見渡すと二階堂含め0ビロウの生徒は他の生徒たちが椅子に座って談笑する席と席の間の地面で食事をしていた。誰もがこの時間を早く終わらせたいようでまずいうどんを一気に

食べていた。また、まずいうどんを味わって食べたい者など誰もおらず一気に食べることが得策でもあった。その両方に耐えきれないのか女の子が数人泣き出していた。そんな様子を一向に高ビロウの生徒達は気にする様子もなくごく普通に食事をしている。改めて見てとてつもなく異常な様子だった。


「長いことここにいると人はああなっちまうのか・・・・?」


二階堂は美濃に言った。


「ああ・・・・でも時間が経つにつれてもっと酷くなる。今はまだましな方だ。」


「まし?」


「ましさ・・まだ自尊心を持ってるんだもの・・・大切なものを持ってるんだから。」


ここから自尊心がどんどん無くなって、そして逆らう気力も無くなるのだ。その大切なものをこれからどんどん奪われていく光景を見るのは美濃には辛かった。

二階堂は美濃に老練な男のような面影を見た。重い重い病気を患う子供はどこか子供らしくない。過酷な闘病生活が子供から子供らしさを奪うのだ。戦場の子供たちもそうだ。


その後美濃と二階堂は空き部屋に入った。ここに来るまで人にほとんど会わなかった。密談するにはもってこいの場所だった。

通常同じ班同士でなければ話すことも出来ない。なのでできるだけ隠れて話を行わなければならなかった。何もかも不自由。

何かの作業をしている美濃。美濃は顎をしゃくった。


「おおっぴらには誰も言ってないが、ヒューマンスクールじゃ今日のあのことが噂でみんな言ってるぜ。」


美濃は気分を浮かれさせすぎてへまをしないようにしようとしたが、押さえつけようとしても湧き上がる気分が吹き出している。


「俺達の情報を求める張り紙まであったな。」


二人でまた笑った。


「愉快だ。実に痛快だ。こんな気分でヒューマンスクールを過ごしたのは初めてだ。」


美濃が最高の笑顔で笑っている。全身が喜びと解放感で包まれていた。


「自由になれればこんなもんじゃない。」


二階堂もまたそんな美濃の様子を見ていて嬉しくなった。そして自分達のやった行為の正しさのようなものを感じた。

それから二人はこれからの計画について話し合った。


一週間後。この場所の気候は穏やかな場所だった。豊かな自然と綺麗な空が浮かんでいた。ヒューマンスクールの校則とやらで自由に動けないが、外はとても綺麗で、豊かな土地だった。戯れる鳥達。青々とした木々。


「(校則だと・・・・・)」


自由で肥沃なこの大地を蝕んでいるのはあいつらだと思った。この土地は素晴らしいのに、巣食っている奴らが最悪だった。


「(なぜこの自然に囲まれてこんな洗脳施設ができるんだ・・・)」


二階堂は思った。だが呑気にそんなことを考えている場合ではないともう一つの理性が語りかけてきた。今は奴らを討ち滅ぼす方法を考えなくては。ここを陥落させる術を。


「どうやってあいつらを倒すか・・・・」


その言った言葉に同じ部屋にい美濃と大澤は聞いていた。通常二階堂と美濃と大澤はビロウ差がある上に、班がそもそも違うのだ。校則では同じ班同士でしか話すことは許されていない。


「生徒達は教師のことを信じるしかないから従ってると思うんだ。他に誰もいないから。それに自分達のことが駄目だと思ってるし、先生たちの言うことが正しいように聞こえるっていうか・・・・・」


そう言うのは大澤。先日二階堂と美濃が助けた時にアプローチをとって説得した。大澤を説得するのはそう難しいことではなかった。説得できたことによる美濃の喜びは顕著に現れていた。


「だから・・・・・信じられる人が必要なんだ。僕たちには。信じられることが。」


大澤は自分の想いを口にした。そういったことを話すのは初めてだった。改宗の儀式(二階堂くんと美野くんがそう呼んでいる)で話したこととはまた違う自分のことだった。


それを二人は聞いていた。それから二階堂がやおら口を開いた。


「・・・・自分達を信じればいいんじゃないか?」


「そんな・・・・・とても無理だよ・・・・自分を信じるなんて。」


「俺は信じてるよ。俺達は自尊心を持って生きていっていいんだってことを。人を支配し、自由を奪うここのやり方が間違ってるってことも。」


そう二階堂は言った。その時外からコツコツと歩く音がした。三人の間に瞬く間に緊張が走る。ここは生徒の立ち入りが少ない棟なので、人が来る可能性は低いのだがここがヒューマンスクールである以上誰が来てもおかしくない。ここでの会合が発覚した場合ヒューマンスクール規則7条違反にとなるので、どんな罰の口実を与えられるか分からない。大澤は怯えた。この普通極まる少年の大澤は今までヒューマンスクールから与えられた傷がしっかり刻まれていた。自然の体が震えてくる。


「(ひぃ・・・・・)」


あたりが真っ暗になって震えが止まらなかった。だけど大澤の肩をしっかりとした手が掴んだ。


「大丈夫・・・・行ったよ。」


まっすぐ大澤の方を見て二階堂は言った。二階堂がいることで安心感が違った。二階堂に向かって頷く。


「俺達の新しい考えを広めることと同時に、教師たちの本音を探ることにしよう。」


「教師たちの本音・・・・?そんなものいつも言ってることとか教科書に書いてあることじゃないの・・・?」


大澤がきょとんとした顔で言った。


「それを探ってみる。十中八九とんでもないことを言ってるはずだがな。」


二階堂はそのあたりには確信があった。


「これを使う。」


そう言って二階堂が取り出したのは盗聴器と隠しカメラだった。


「おいおい。よくもまぁ・・・・」


美濃はニヤリとした。


「これらを職員室に設置する。決行は三日後の深夜二時。この部屋で待ち合わせにしよう。」


「分かった。」


美濃と大澤は頷いた。


「慎重にやろう。今は捕まるわけにはいかない。俺達が今捕まったらようやくくすぶりかけた火種が踏みつぶされるようなものだ。だが、この火種はあっという間に燃え上がる。火が燃えがったらあちこちに飛び火をし、もはや誰にも消すことはできなくなる。」


三人は燃え上がる炎の揺らめきを見ていた。


「俺達は捕まらない。」


「この炎は必ず燃え上がらせて見せる。」


「よし。」


「見えるぜ。あいつらがあわてふためく姿が。」


「そんな事になったら・・・・・・とんでもない。とんでもないことだよそれ・・・!」


三人は拳を打ち合った。どうあれやるのだ。この閉塞感を打ち破るために。

空き部屋から1人ずつ出る。怪しまれないように細心の注意を払った行動をとることにしている。レジスタンスのようにユダヤの迫害民のように周囲を警戒していた。最初に大澤が部屋を出た。特徴がない事が特徴のこの男。人畜無害そうな、人に警戒心など起こさせないタイプだった。

まず音を数分感覚を集中させ、外の音を聞く。その後大澤が出て行き、次に美濃が出て行った。そして二階堂が出て行った。


「(みんなの目を覚ますことから始めないとな。ともあれ。まずは洗脳を解かなけれ文字通り話にならない。)」


「(あいつらを倒せば俺達がコソコソと合わなければならない理由もなくなるんだ。)」


人の多い校舎の方に行くと歩いている坊主頭の教師の中山が歩いているのが見えた。中山は最悪の教師陣の中でも一際の異常者だった。やつの好きなことは人をけなすことで生きがいは小さな女の子をいじめることのゲス野郎だった。そのサル顔の中山が偉そうに肩を揺らして歩いている。ボスざるでも気取っているのだろう。その異常性愛者がヒューマンスクールというカルト教団と組めば、日常に生きる者にとっては信じられないほどの悪逆が尽くされる。

霞のように消えたマスクマン二人を探し出そうとしているのか誰も彼も睨んでいる。

第二次世界大戦当時ユダヤ人強制収容所の存在を誰も信じなかった。そして現代。北朝鮮政治犯収容所完全統制区域の存在も収容所内で起こっていることを知っている人すらいない。

二階堂は理由の分からない作業をもう延々とやっている。


「与えられた仕事に誇りと責任感を持て。」


などと一方的に言われ意味の無い作業をしていた。△や□など図形のパズルを流れてきた穴に入れて行くだけのことを8時間、毎日やらされた。幼児のおもちゃにこういうものがあった。


「ふざけるな・・・・・」


二階堂は怒り心頭だった。こんなわけのわからない無意味なことに自分の大切な時間が奪われていっていることがたまらなく嫌だった。美濃と大澤が近くにいなければ今日キレて何をしていたか自分でも分からない。美濃を見ると普通に仕事をしているように見えた。


作業が終わっていつもの空き部屋で美野は話した。


「あんな馬鹿馬鹿しいこと嫌に決まってる。」


「キレずに済んだのはそのおかしさがはっきりと分かってるからだ。」


美濃は今までのおかしいと思っていることが自分だけでそのおかしさがどうおかしいのか、何が嫌なのかはっきりと分からないことが嫌だった。


「あの作業は何の意味も生産性もない。俺達を飼い慣らすための一貫でしかない。」


その事実は特に、美濃や大澤にとっては残酷なことだった。三年間。今まで信じてやってきたことの本質を理解していって特に苦しかった。

校舎裏を歩いている美濃。不意にカッとなって大声を上げて校舎を殴った。何発も何発も。硬いコンクリートのデカブツに向かって何発も何発も拳を打ち込んだ。拳はたちまち血塗れになった。骨が剥き出しになったころ三野は殴ることを辞めた。当然デカブツはそこに聳え立ったままで、灰色の腐った色の壁に血の痕がついただけだった。

その後二階堂と大澤は美濃の異変に気が付き、保険室から医療器具一式をくすねてきて美濃の拳を治療した。美野はその様子をボーッと見ていた。

包帯を巻く二階堂の目に何かがにじんでいたように見えた。

自分の班の部屋に戻った。信頼など全くない班員たちには適当に言って、そうそうにベッドに潜り込んだ。その夜いつもの通り、新入生たちの泣き声が聞こえた。他の部屋からも聞こえる。異常なこの場所と今までの生活との違いに新入生が夜中家に帰りたいとベッドの中で泣くのは毎回のことだった。美濃も気づけば涙が流れてきていた。流石に新入生たちのように声を上げることはなく無音で流れる涙をそのままにしていた。傷の痛みと手に巻かれた包帯を抱いて眠りについた。


4

職員室に忍びこんだ3人は盗聴器を仕掛けるのにもっとも適した分かりづらい場所に隠した。カメラは空調機の内部に。盗聴器はコンセントの内部などにだ。


「まるっきり無警戒か・・・・」


明かりをつけずに警戒し二階堂は周囲を探る。校舎内に潜入して口をついだ感想がそれだった。


「ま、おかげで仕事が捗るがね・・・」


取り付けはほぼ完了した。校長室にも入り込み、その二セットを取り付けていった。

校舎を出て、外の庭の中まで闇の中を二つの影が行く。花壇。ここなら周囲を見渡せ、万が一人が来たら生垣に紛れて逃走することも出来る。三十メートルほど離れたところにあるランプの明かりが敷き詰められたレンガに降り注いでいる。


「設置し終わったな。」


美濃が二階堂に話しかける。


「ああ。だが聞いていたとおり何の警戒もないな。」


「反乱なんかあいつらの完全に想像力の外さ。」


二階堂と美濃はお互い拳を付き合わせて別れた。俺達はこの一週間精力的に行動してきた。ヒューマンスクールのために働くことの何十倍もの能力を発揮できた。その気になればこの2人は何日も不眠不休で活動できた。二人の少年はたっぷりと辛酸を舐め、それ故に研ぎ澄まされていた。

その日二階堂はベッドの上で手を頭の後ろで組んで寝転がり、推し量ることの難しい顔つきをしていた。


「(網をしかけたようなものだ。)」


「(狡猾な獲物を捉える罠だ・・・・。)」


獲物がその罠にかかればよし。かからなければもう一度その罠を設置し、他の手段を講じるのみ。

二階堂は敵のことを決して侮ってはいなかった。


「(書類も手に入れたかったな・・・・)」


書類でこのヒューマンスクールの仕組みをより知ることが出来るだろう。それに危険を犯してまでやる価値はあるのか?と自問する。


「(何かの書類にやつらの「本音」が書かれたものがあるかもしれない。それでなくても敵の情報は欲しい。)」


月明りが外から差し込んできた。


美濃もまた部屋のテーブルに座り考え事に耽っていた。三野は喜ばしかった。ワクワクした。止まっていた何かが動き出した。そんな気がしていた。天からの贈り物。二階堂琥珀。琥珀石の透き通った橙。太古の中国で虎が化石になったという言い伝えがあり、それで琥珀には虎の文字が使われている。二階堂琥珀は天からの贈り物だと三野は思った。


「(あんなやつはそうそういない・・・・・一種の傑物だな。)」


美濃は笑顔を抑えられなかった。彼の班員は彼の変化を感じていたが、なぜ、どうかわったのかのかよく分からなかった。ただ班員と美濃の間にはより一層の溝ができていた。

だが三野にとってはもうそんなに気にならなかった。新しい友達に美濃は夢中だった。彼らは最後まで走る。最後の最後まで。


「(ああ・・・・も早く、あいつらを倒したい・・・)」


大澤は夜寝る前に必ず一日の日記をベッドの中で書く習慣があった。ヒューマンスクールに来る前からあった習慣だったがここに来てからそれは意味合いを変え、彼にとってのその行為に対する想いも強くなっていた。何せここではおちおち本音も言えないし、書けないのである。あらゆる文という文。表現物という表現物に検閲が入る。布団をすっぽりかぶってかすかな明かりで大澤はガリガリと大学ノートに今日の出来事を綴っていた。今までの怨嗟や苦しみの想いを吐き出していただけのノートではない。二階堂と三野と共に様々なことをしている日々は楽しく、そのことが書かれるようになった。そしていろいろな疑問が解消されていくことが楽しかった。未来がはっきりと開かれている気がした。シャーペンを片づけ、ノートを自分しか分からない場所に隠す。見られるのが恥ずかしいとかそういう普通の理由ではなかった。ここに書いてあることを見られたら間違いなく怖い目に合う。何をされるか検討もつかないという怖さ。そういう種類の怖さがこの場所にはあった。

大澤は自身の分身のような日記のページを、記憶をめくり始めた。


「(早く・・・・ここから出たいな。)」


それからは特に特筆するような出来事は起きなかった。しかしゆるやかに二階堂の周りの人間が変化していくのを歯がゆい想いで見ていた。誰も彼も膨大なものに飲み込まれていった。また各場所で既に最下位のビロウに落ちるものも出てきた。


二階堂とてその流れの渦中にいた。皆がその渦潮の中で必死に泳ぎ、潮流を見極め、溺れないようにしている真っ只中である。


その中で彼らは潜水艦となった。軍艦にのり個人ボートを転覆させまわる無慈悲で人間として異常なやつらを華麗に避け続け、正体を晒させなかった。彼らは転覆したボートから救えるだけ救っていった。

簡単に言うと困っている人を助けて回ったのである。ヒューマンスクールの非人道的な圧政に苦しむ人々を陰ながら助けた。


「とはいえホンモノの潜水艦が欲しいな・・・」


美濃がぽつりと漏らした。


「この部屋は潜水艦っぽいがこんなん違うよな。」


そう二階堂が返すと美濃は頷いた。薄暗い光の入らない小汚い小屋に彼らはいた。その三野の手には軍手がはめられていた。これが1番いちゃもんをつけられない形態だった。


「早く撃沈してぇなあ・・・」


「デカブツの体内は居心地が悪い・・・」


何気なく呟いた一言に、


「事実息苦しいもんな。」


二階堂がドライバーと器具を手に何か作業をしながら応えた。


「(解るんだ。二階堂には。)」


美濃はにやついた。この感覚はこの数年間で得ることは叶わなかったものだった。


「なぁ。何作ってるんだ?」


「火薬。」


二階堂は答えた。


「・・・・・何・・・・?」


「本当に吹き飛ばそうぜ。この学校を。」


黒の遮光ゴーグルをぐいっと上げた二階堂は誰もが惹き付けられてしまう笑顔をしていた。

まったくこいつは俺の想像を1歩以上飛び越えるやつだ・・・・美濃はそう思った。

それからというもの、美濃はヒューマンスクール内で教師の顔を見る度にこのゴミのようなこいつらのくそ教義の拠り所である建物が崩れて落ちたらどんな顔をするだろうかと思った。


Day56

今日の強制労働と強化基礎教義にはうんざりしていた二階堂の仲間たち。爆発物の存在を知っていたのは、その重要性と切り札的な意味合いで存在を知っていたのはごく少数となったわけだが、その事実を知った美濃は、まさに心が浮き足だって、いくつかの横暴なら許せてしまうかもしれないなどと考えたものだったが、二、三時間もすれば一方的なおかしな教示にいらいらし始めた。

一方的で意味不明な教示。

全ての元凶である、学園長の田淵。そいつが映る映像がこのゴミの中で画面から何度も洗脳教義を垂れ流す。校舎内にはいくつも映像装置があり、1日の教義とやらがたれ流される。教義の内容とは、そのような本があって、やつはその内容を喋っているらしい。


「(教義と田淵が元凶なんだ。本当に嫌いだ。どっちも。クソくらえだ。)」


それをありがたがって拝聴しているやつらがいて、ろくに聞いていない(ように見える)美濃に正義感たっぷりという、まるで自分は心底正しいことをしているかのように三野に教示する連中がいることもうんざりすることだった。今も山田という同級生が目の前で教義をのたまっている。美濃と山田は同級生だが、そのビロウ差は7。階級がてんで違った。


「(すっかり染まりやがって・・・・気持ちわりぃな。)」


目の前でのたまう田淵たちから流れた教義にうんざりする。垂直に気を付けの姿勢で聞く。いや「拝聴」する。


「こいつは、あいつらは本当に自分たちが正しいことをしているつもりなんだろう。俺達がどうしようもないと思ってて、自分たちがこの愚かな羊たちを導いてやらねばならないと思っているらしい。そうすることが宣教者としての自己犠牲だとすら思っている。」


美濃は二階堂の言ったことを思い出していた。


「なんでそんな・・・そんなことってあるのか?」


美濃には田淵たちのその行動原理が理解出来なかった。


「ならあいつらは俺達のためになると心の底から思っててこんなことをしてるっていうのか・・・??」


「教師それぞれに度合いはあると思うが、半分くらいは本気でそう考えてるやつもいる。そう考えて、悪逆を尽くすんだ。良いことをしてると思って悪逆を尽くしてるのか。」


「・・・・物事には裏と表がある。包丁は人を殺すことができるが、おいしい料理をつくる事もできる。権力や、システムも使う人の良心によって結果が決まるんだ。」


美濃にとってヒューマンスクールの人間たちは理解出来ないイカレの集まりだった。


その物思いをしている最中に教義が割り込む。


「おまえ~っ。ちゃんと聞いてんのか!」


「はぁ・・・」


適当に返事をすると、向こうはこちらを心底愚かそうに見、肩をすくめ、ため息をついた。


「そんなことじゃいつまでたっても光の教国にいけないぞ。おまえをヒューマンスクールの偉大な宣教者たちが許してもこの俺が許さないぞ!」


「(死ね・・・!!)」


こんなやつ死んでもいいと美濃は思った。いや、死ぬべきだ。心の奥のそこの底

で声がした。


強化基礎教義で配られた紙キレはどうやら俺達の命よりも大事だと思っているらしい。うっかりその紙を踏んずけた奴がいて、そいつは運の悪いことに教師にそのことを知られ、(美濃は生徒の誰かが密告したと思っていた。ちなみに密告もここでは耳障りのいい言葉に入れ替わっており、素晴らしいことかのように偽装されている。)またしても運の悪いことに紙には教師の顔が印刷されていた。それを知った教師たちは激怒し、そいつを反省室に放り込んだ。30日間。

二階堂は40日入れられて正気を保っていたがそれは二階堂がああいう人間だったからである。哀れな高市はその中で気が触れてしまった。出て来た時は涎を垂らす頭が駄目になった人間になってしまっていた。


「(お前の方がよっぽどまともだよ。高市・・・・・イカレてんのは、おかしいのはあいつらの方だ。)」


くそったれ。何もかもクソくらえだ。

結局高市は厚生衛生上よくないとの理由で「保健室」のベットに縛り付けられた。一週間後保健室には血まみれの手錠が残されているのみという惨状が見つかった。何度も何度も引き抜こうとしたのか、二つあった手錠は血まみれ、あたりにものたうちまわって付着した傷や擦過跡が残っていた。


「これは・・・我々に対する裏切りだな!恩を仇でかえされたぞ!」


たまたま居合わせた美濃はその田淵の言葉を聞いて戦慄したことを覚えている。

それから大規模な山狩りが組織され、高市を狩らなければならなかった。二日強行軍を強いられ、生徒たちの怒りは高市に向かっていた。教師たちからは理不尽な暴言。頑張っているのにも関わらず見つからないことを理不尽に責められる。高市が脱走したことを責められる。めちゃくちゃな暴言と暴虐の嵐。


「脱走なんかバカなことしやがって・・・俺あいつにあったら殺しちゃうかも。」


冗談めかして誰かが言っていたが、実際あの時は誰もがそんな風にストレスを抱え、イライラしていた。おかしなことに生徒達のすべての苛立ちは高市に向いていた。

だが高市を殺す必要はなかった。道路脇の小道という普通の場所に高市は冷たくなって倒れていたからだった。もうすでに高市はヒューマンスクールの教義によって殺されていた。これで少なくとも二度殺されることは無かった。

その事件の全体像は今もなおよく分からない。それ美濃にとって嫌なことだった。まったくもって何が起きているのか分からない。何故こういうことになるのか分からない。自分が知らない仕組みで物事が進んでいる。自分が立ち入れない仕組みで物事が動いている。高市は何も悪くないというのに!ただの紙の顔を踏んづけたという理由だけで何十日も暗闇にたった一人で閉じ込められて!本物の顔を踏んだわけでもないのにこんなことになった!今なお高市の悪口が流れ続ける!馬鹿だったっ!?お前らの方がよっぽど馬鹿だよ!生徒も生徒だ。いつまでも教師に踊らされて。少しは自分の心で決めろよ!自分の頭で考えろよ!

何故なんだ?何故こんなことが起きる?何故こんなことしか起きない?この世界は全てこうなのか?この世には悪しか存在しないのか?誰か俺とこいつらが違うってことを証明してくれ!!


「~~~分かったか!?」


「(ん・・・?うるさいな・・・何を言ってるんだこいつ。)」


目の前でがなりたてる男の顔をじっと見る三野。


「トイレ掃除をやれ!分かったかこのクズ!」


それだけ言うとふいと後ろを向いてどこかへ行きだしたので一応聞いておくことにする。


「トイレってどこのトイレですか?」


「ああ!?」


うっとうしい。口をひん曲げて過剰に反応する厚ぼったい目のをした男。


「そんなことも分かんねぇのか?北舎の一階だ!完璧にやるまで帰るなよ!」


「分かりました。」


男とは対照的な平坦な口調で美濃は言って後に下がる。

男は美濃の態度に引っかかるところがあるらしく、変な顔をしている。


「(どうせどういちゃもんをつけるかとか考えてるんだろ。)」


美濃はそこを立ち去る。


強化基礎教義。講義室に座ってい美濃。

今日も事件の発端となったその紙きれが配られたところだった。田淵の肖像画のような紙だけがカラーであとは白黒だった。その紙は配布された書類ケースに決して曲げないように丁重にうやうやしく入れなければならない。こんなもの破って捨ててしまいたいと美濃は思った。その紙切れを見る度にその衝動が自分の中でせめぎ合った。


ビロウ制度には教師のさじ加減によるところが大きいが教典には一応どうしたらビロウが上がるか、下がるかが書かれている項があった。そこにはうんざりするようなことしか書かれていなかった。


「なぁなあ何のゲームが好き?俺はffかな。やっぱさ~」


耳の奥ではかつての同級生の声が蘇る。昔の山田だ。普通の子供として話したどこにでもありそうな会話。


「(昔は・・・あんなやつなどではなかった・・・)」


口元を結び、歩きながら美濃は考える。

早く二階堂に会いたかった。二階堂に会い、止まっている時間を動かさせたかった。

その鋭く、抜き身のナイフのような眼差しもまた尋常な少年のするそれとは違った。山田は恍惚なゾンビのような顔をしている。三野は目つきばかりが鋭く、きつくなっていった。この二人は別々の方向に歩いて行った。


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