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 今日も番長島は晴れ上がり、ビルの白い壁面は太陽のひかりをまぶしく反射している。

 時刻は昼近く。

 あたりはしん、と静まり返り、人影ひとつ見当たらない。

 たった三日で、参加者は半数に減っていた。

 残っているのは本当の腕自慢と、とにかく一日でも多く残っていたいとばかりに、こそこそと隠れている卑怯者ばかりである。

 その人影のない通りを、がらがらと勝の下駄の音が響いていく。

 かれは不機嫌であった。

 くそっ! くそっ!

 何度もつぶやき、足元の小石を蹴った。

 まったく面白くない。

 近ごろは勝の姿を見ただけで参加者たちはこそこそとあたりに隠れ、かれの拳はむなしく宙を打つだけになっていた。

 と、勝の耳がなにかをとらえた。

 わあっ……という大勢の声がどこからか聞こえてくる。

 その方向へ足を向けると、そこは島のあちこちに設けられている食堂であった。

 ここは参加者たちに無料で食事をふるまう休憩所である。この内部では、宿泊所同様、戦いは禁止されている。いわば安全地帯となっているのだ。食堂ではバイキング式で、いろいろな料理が並べられている。ひとりひとり注文をとると、おれの注文が遅い! などのクレームで暴れる人間がいることを考慮してのことだった。

 腕に自信のないものは、たいていの時間ここにたむろしている。ここに住み着き、トーナメントの最終日まで粘るつもりなのだ。

 最終日になれば強制的に退去され、最終決戦地に向かわなければならないが、おれは最終日まで残ったぜと自慢することは出来る。

 卑怯者の隠れ家である。

 ぬっ、と勝が食堂に姿を現すと、そこにいた数人の男たちが気配を感じてふり向いた。

 さっとかれらは勝の視線をさけ、顔をそらす。

 勝は食堂で、かれらが見ていた視線の先を追った。

 テレビがある。

 そこでは島に上陸した初日、トーナメントの規則を解説していたトミー滝というタレントがあいかわらずの派手な格好で、なにか喋っていた。

「視聴者のみなみなさまがた、トーナメントも三日目になりましたでげすよ! 参加者もしぼられ、ますます目が離せない状況になってきましたですねえ!」

 画面のトミー滝はにたにたと歯をむき出したような笑いを見せた。下品で、視聴者を心底から馬鹿にしきったような表情がかれの十八番おはこだ。

「四隻の船で番長島へやってきた参加者のみなさまがた、おたがいのバッジを賭けての戦いは見ごたえございましたねえ……今日はアンコールにお応えしまして、視聴者のみなさまがたのリクエストが多かった戦いをお見せいたしますですよ。まずは最初に……! この戦い!」

 画面が切り替わり、埠頭の場面が映し出される。上陸した参加者たちがおたがい盗み見合い、一触即発の雰囲気がただよっている。

 そこへ勝又勝が登場する。真行寺美和子と何か言い合い、勝はいきなり殴りかかった。

 美和子は優雅な身の動きでそれをかわすと、あざやかな技で勝を一回転させてしまう。勝は目をまわし、気絶する。

 その一部始終が、カメラの前にあらわになっていた。

 勝にとってははじめて見る映像だった。

 ぼうぜんとなっている勝を、まわりの男たちはこわごわ見上げている。

 ふたたびトミー滝があらわれ、くすくすと笑った。

「みなさん、見ましたか? みっともないですねえ……相手が女の子だと油断したんでげしょうが、この勝又勝という参加者。島に上陸して早々にあっという間に倒されたなんて恥ずかしくていまごろ、本土に逃げ帰っているんじゃないですかねえ? とにかくこの女の子──真行寺美和子とおっしゃるそうで──大注目でげすな」

 勝の顔は真っ赤に染まっていた。

 いまにも爆発しそうなかれの様子に、まわりの人間はそろそろと足音をしのばせ、食堂の上の階へと避難しはじめる。

 

 ぐわしゃーん! と、あたりに響くような大音響とともに、食堂の窓ガラスを突き破りテレビが外の地面にたたきつけられた。

 どすん、とテレビはおおきく地面にとびはね、ごろりと横倒しになる。

 画面は完全に破壊され、ちりちりと回路がショートしていた。

 がらがらと下駄の音を響かせ、勝が出口から飛び出してくる。

 かれの両目は怒りにまん丸に見開かれ、唇は震えていた。

「畜生っ!」

 全身をこめ、勝は怒号した。

「畜生っ! 誰か出てきて、勝負しやがれっ!」

 勝は喧嘩を欲していた。しかしかれの叫びはあたりの壁にむなしくこだまするだけだった。

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