5
ざわめきは終わらなかった。
その場にいた全員が、自分が受け取ったバッジに見入っている。これが島への滞在証明書というわけだ。
「面白え……つまり、強い奴がバッジを沢山持っていられるってわけか。判りやすいぜ」
その声に太郎は顔を上げた。
群衆の中に、ひときわ背の高い男がにやにや笑いを浮かべあたりを睥睨している。
傷だらけの顔、鋭い目つき。ぼろぼろのガクランに学生帽。
太郎は思い出した。大京市に最初に来た日、トーナメントのポスターの前で出会った男である。あまりに強烈な印象で、記憶にあざやかに刻み付けられていた。
男は手近の人間にいきなり拳をふるった。
がつ! という音がして、殴られた相手は数メートルふっとんで地面に倒れる。衝撃で、目を白黒させている。
さっと近寄ると、男は相手を引き寄せ、その胸のバッジを引き千切った。
「まず一枚目だ! 次はどいつだ?」
咆哮する。
さあっ、と男の周りの人間がいなくなった。ぽかんと空いた中に美和子だけが残った。
男は美和子に気づいた。
「なんでえお嬢ちゃん。逃げること知らねえのかい?」
美和子はゆっくりと首をふった。
「あたし、逃げはいたしません。それにあたしの名前は真行寺美和子と申します。あなたにお嬢ちゃんと呼ばれる理由はありません。あなたの態度はとても失礼だと思います!」
ぐるるるる……と、男はまるで獅子のような唸り声をあげた。眉がひそめられ、目が細くなる。全身が油断なく、身構えられた。
かれは相当の腕前らしい。太郎は男が本能的に美和子が手ごわい相手であることを見抜いたのを見てとった。
ゆっくりと男は美和子に近づいた。
「そうかい、あんたが名乗ったんだ。おれも名乗ろう。おれは
「よろしいですわ!」
さっと美和子は身構えた。
勝の肩が盛り上がり、低く構える。
と、いきなり猛烈な勢いでダッシュすると美和子に接近し、両腕をのばしてその肩を掴む。にやり、と勝の唇が笑いに歪む。
しかしつぎの瞬間、勝の顔は苦痛に歪んでいた。
美和子の腕があがって、指先が勝の両肘を掴んでいた。彼女の細い指先が、肘の付け根の神経の集中している箇所に食い入っている。
うおおお! と叫ぶと、勝は思わず美和子の身体から離れていた。悔しさに、顔が真赤に染まっていた。
腕をふるい痛みをこらえると、勝はふたたび掴みかかった。こんどは美和子の手首を掴んでいる。
美和子はほほ笑むような表情になると、すっと身体を沈めた。どう手首をひねったのか、いつの間にか身体が入れ替わり、今度は勝が手首を掴まれ、ひねりあげられている。
くそ! と叫ぶと勝はじぶんから地面に倒れこんだ。美和子は引き込まれまいと、さっと勝の手首を離す。
地面に倒れこんだ勝は足を伸ばして蹴りをいれた。美和子は宙に浮かび、それをかわす。
その間、一瞬で立ち直った勝は立ち上がると猛然と殴りかかってきた。
美和子の身体が沈み込む。長い髪がふわりとゆれた。
どう! と、勝は肩を中心として一回転していた。
美和子の鮮やかな投げ技であった。
投げられた勝はあおむけに倒れこみ、その時後頭部を地面の石に打ちつけていた。
がき、といやな音が響く。
うーむ……と唸り声をあげた勝の両目がひっくり返り、白目になっていた。かく! と勝の全身からちからが抜ける。
かれは気絶していた。
ふっ、と息を吐き美和子は乱れた髪を直した。
みなあっけにとられていた。
「すげえ……」
ひとりのセーラー服を着た女の参加者がつぶやいた。賛辞の表情がそこにはあった。
その時、太郎は上空をふりあおいだ。
飛行船が空中に停止していた。
まるで監視していたみたいだ、と太郎は思った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます