書類

「テレビを見たの! どこで、どこで?」

 屋敷に帰った太郎が美和子と共に彼女の部屋にはいり、テレビを観賞したと報告すると、美和子は興奮した。

 教員の休憩室でと説明すると、彼女は悔しそうに膝をうった。

「ああ、やっぱり先生方の休憩室にあったのね! 学院にテレビのアンテナがあるからどこかにあるとは思っていたんだけど、休憩室とは盲点だったわ!」

 美和子は窓際の長椅子に腰かけ、髪の毛をとかしながら話をつづけた。彼女の髪の毛はほそく、しなやかで開いた窓からの風にふわりとなびいている。

 櫛をおくと悪戯っぽい目つきになる。

「あたしも休憩室に行ってみようかしら? 一度見てみたいもの……」

 太郎が困った顔になると、美和子は肩をすくめた。

「なーんてね、嘘よ、嘘! 休憩室に忍び込んだりしないから、心配しないで!」

 休憩室で見た高倉コンツェルンのコマーシャルのことについては太郎は口をつぐんでいた。そのことに触れると、当然美和子の婚約について話がおよぶ。それは真行寺家の内々のことで、召し使い風情が好奇心を抱いていい事柄ではないのだ。だから太郎は美和子がテレビ番組について質問されても、あいまいに答えていた。

 しかし太郎は大声で尋ねたかった。

 お嬢さま、あなたの婚約とは本当のことですか!

 だが太郎はしずかに美和子の相手をしているだけであった。

 あーあ、と美和子は長椅子のうえで手足をながながとのばし、寝そべった。

「新学期もはじまったし、なにか面白いことないかしら」

 そうだ、と美和子は身を起こした。

「お父さまにねだって、テレビを買っていただこうかしら?」

 しかし顎に手をやり、眉を寄せた。

 その顔を見て、太郎は彼女がどんな表情になっても美しい、とひそかに思っていた。

「でも駄目ね。あの木戸がきっと反対するにちがいないもの」

 というと、彼女はきりっと太郎を見た。

「ね、太郎さん。あなた頑張ってこの屋敷の筆頭執事になってちょうだい。そうすれば、あなたの裁量でこの家にテレビを入れることができるもの。ね、約束して!」

 手を挙げ、小指をたてる。

「指切りしましょ! あなたがこの屋敷で出世して、筆頭執事の地位を手に入れると!」

 太郎は指を美和子の指にからめた。

 

 指きりげんまん──!

 

 美和子は子供のように高い声で指きりの儀式を行った。

 太郎は心の中で誓っていた。

 お嬢さま、かならずぼくはこの真行寺家で筆頭執事になって見せます。そしてお嬢さまに忠実につかえます……。

 その誓いが以外なはやさで現実になるとは、そのときの太郎も美和子も知る由はなかったのだが……。

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