女学院

1

 玄関前には美和子の出発を見届けるため、召し使い一同がずらりと勢ぞろいしている。太郎はその列の最後尾に控えていた。召し使いたちの前に彼女の通学用である高級車がしずかにエンジンをアイドリングさせ、主人を待っていた。高級車の側には運転手が控えていた。

 玄関のドアが開き、美和子が木戸と、木戸が押す車椅子に乗った真行寺男爵をしたがえ姿をあらわした。美和子は今朝、学院の制服に身をつつんでいた。制服は伝統的なセーラー服で、丈の長いスカートはすらりとした美和子の足によく似合っていた。

「わたくしが運転手の羽佐間でございます。本日は安全第一でお嬢さまをお運びいたしますので、よろしくお願いいたします」

 鹿爪らしく挨拶した運転手は、あの門番だった。羽佐間と名乗ったかれは、運転手の制服に身をつつみ、緊張した様子で車の後部座席のドアを開いて待っていた。美和子はおうようにうなずき、太郎を見た。

「それじゃ太郎さん、一緒に……」

 はい、と返事をして太郎は一歩前へ進み出て美和子の背後にしたがう。

 朝の光の中、太郎と美和子は玄関前に駐車した真行寺家専用の自家用車に乗り込んだ。

 運転手の羽佐間はふたりが乗り込むとドアを閉め、運転席に乗り込んだ。

「よろしくね、羽佐間さん」

 美和子が声をかけると、羽佐間はハンドルを握りしめた。はっ、とかけ声をかけるように答えるとアクセルを踏み込む。

 ゆっくりと車は走り出した。

「いってらっしゃいませ!」

 ひかえていた召し使いたちが声をそろえて美和子の出発を見送った。車椅子の男爵はにこにこと笑顔を見せている。

 

 開いた真行寺家の正門をあとにすると、車は住宅街へと進んでいく。暫く車が進むと、美和子はほっと息を吐いて口を開いた。

「本当は車での通学なんて、あまり好きじゃないのよ……」

 いきなり美和子が太郎の顔をまともに見つめて話しかけてきたので、太郎は彼女の顔を見つめ返した。美和子は肩をすくめた。

「わたしも、ほかの生徒とおなじように電車で通学してみたいの。でも、お父さまはなにかあったら大変だからって、お許しにならないの。太郎さん、どう思う?」

 これは質問されているのだな、と太郎の頭は回転した。こういう場合、無言でいるのは主人にたいし失礼であると判断し、太郎は口を開いた。

「だんな様にとって、美和子お嬢さまはたったひとりの大事なかたですからやむをえないのではないでしょうか?」

 美和子はあてがはずれた、というような表情になった。

「つまんない! 太郎さんも、木戸とおなじようなことを言うのね!」

 その言葉を耳にして、太郎は内心胸をなでおろした。木戸と同じような内容ということは、召し使いとして正解を口にしたということである。当たり障りのない答え、というのが、召し使いとしては理想的な受け答えなのだ。

 気が楽になった太郎は、ふと視線を車窓にうつした。

 車は高級住宅街から、一般の市民のための住宅街へ移っていた。道幅はせまくなり、立ち並ぶ家々のおおきさも手ごろなものとなる。真行寺家とくらべると、小屋程度の敷地にまるでおもちゃのようなちいさな家がひしめくように立ち並んでいた。

 その家々の屋根に突き出している妙なかたちのものに太郎は注目していた。

 なんだろう、あれは?

 はじめて見るものだ。

 興味津々にそれを見つめる太郎の横顔を美和子がのぞきこむようにして、声をかけた。

「太郎さん、なにをそんなに熱心に見ているの?」

 美和子の声に太郎ははっ、とわれにかえった。

 いけない!

 いついかなるときも召し使いは主人の動向に注意をはらうべきと教えられているのに、まるでおこたっていた。

「い、いえ……なんでもありません」

 しゃっちこばる太郎を美和子は面白そうに観察していた。

「あれはアンテナ、というものよ」

 アンテナ?

 ついまじまじと美和子の顔を見つめる太郎に、彼女はうなずいて説明した。

「あれはテレビ・アンテナなの。あなたテレビって見たことないの?」

 ぶるぶると太郎は首を左右にふった。

「そうか、あたしの屋敷にテレビってなかったものね。小姓村にはないのかしら?」

 テレビ……太郎は必死になってじぶんの記憶をさぐっていた。しかしどんなに思い返しても、それに相当する語句はなかった。

 と、たまらずといった様子で運転手の羽佐間が口を挟んだ。

「テレビなど、庶民のものでございますよ、お嬢さま。真行寺家のかたがたが拝見なさるようなものではございません」

 羽佐間の口調はさも軽蔑しているような調子だった。羽佐間の言葉に美和子は肩をすくめた。

「そうかしら? 木戸もおなじようなこと言っていたけど、あたしはテレビを見てみたいわ。お友達のなかには、家にテレビ・セットを備えている人もいるのよ。そのひとの言うことによると、とっても面白いんですって!」

「いいえ、お嬢さまのような上流階級のおかたは、あのようなものは必要のないものでございます。そのようなことを申すお友達は、失礼ながらお嬢さまの通う女学院に通学する資格にかけると申し上げざるをえません」

 羽佐間はあくまで言い張った。

 美和子はあきれたように口をとがらせる。

 その横で太郎は背筋をのばした姿勢で膝に手をおき、じっと座っていた。

 テレビか……。

 太郎は内心、はげしい興味を覚えていた。

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