REDHOOD

クメキチ

第1話

……満月の明かりに照らされた草原を、4頭の馬に引かれた馬車が、並走する6騎の完全武装した護衛騎兵と共に、高速で駆け抜けていく。

2列に並んだ馬たちが引く豪華な装飾が施された乗室の馬車は、中の人物が相当の高貴な身分である事を示している。


騎兵の一人が、一行に近づいてくる騎馬に気づいた。

黒毛の馬に乗ったその人物は、剣を背負い、革鎧を身につけ、赤い頭巾を深くかぶっていた。

彼はしばらく静観していたが、やがて無言で近づく赤頭巾の人物に向けて弩を構えた。

普通の者なら、高速で走る騎兵に囲まれた馬車などに近づこうとは思わない。

急使など、用がある者のならば、まずは大声などで呼び止める努力をする。

この状況で近づく者が無言なのは、そのまま悪意の証であった。

騎兵の考えを肯定したかのように、赤頭巾は背の両刃剣を手にし、構えた。

ただし、鞘から剣は抜かずに。


他の騎兵たちも、赤頭巾の人物に気づき、弩や両刃剣など、それぞれの得物を構える。

弩を持った騎兵たちが、ほぼ同時に赤頭巾へと矢を放つ。

赤頭巾が鞘ごと剣を振るえば、たちまち矢がまとめて叩き落とされる。

騎馬は速度を落とさず、馬車と護衛の騎士たちに向かって突進する。

最初に気づいた騎兵はすでに弩を捨て、剣を手にし、赤頭巾の騎馬を迎え撃つ。

赤頭巾は剣をかい潜ると同時に、騎兵の胴へと鞘の一撃を電光石火で叩き込む。

落馬した最初の騎兵に目もくれず、赤頭巾は次の騎兵へと向かい、彼が振り上げた剣を下ろす前に、風よりも速い突きを喉へと打ち込む。

二人目の騎兵が落馬した頃に、赤頭巾は三人目の騎兵とすれ違いざまに武器を叩き落とし、鞘で馬の尻を叩いた

馬が暴走して、制御しきれなくなった三人目は、バランスを崩して、やはり落馬する。


仲間が次々と馬から落とされ、置き去りにされていくのを見た残りの騎兵たちは、一斉に赤頭巾に向かって、剣を振り、薙ぎ、突き出した。

が、3振りの剣は、全て虚しく空を切った。

赤頭巾がいたはずの馬の背は、無人と化していたのだ。

3人の騎兵は一瞬混乱し、赤頭巾を探して目を、首を動かす。

と、その内の一騎に物理的な衝撃が走り、混乱したままの騎兵が落馬してしまった。

3振りの剣を宙に跳んでかわした赤頭巾が、そのまま騎兵の馬の上に乗り、蹴落としたのだ。

軽業師のような、赤頭巾の身の軽さに残った2騎は驚愕する。


2人の呆然をついた赤頭巾は、たちまち両方とも馬上から地上へと叩き送る。

全ての騎兵を無力化した赤頭巾は、再び黒毛の馬へと飛び乗り、馬車を追う。

とうに異常事態に気づいた2人の御者が、4頭の馬を全力で走らせているにも関わらず、黒毛の馬はたちまち馬車へと追いついた。

御者台に飛び乗った赤頭巾は、御者たちを動かぬ荷物よりもあっさりと蹴落とす。

しばらく馬車を走らせた後、馬たちを御して急停車させる。


御者台から飛び降りた赤頭巾は、そのまま月明かりに照らされ、輝きさえ帯びた豪奢な乗室へと歩み寄り、中にいる者に向かって大声で叫んだ。

「降りよ、領主! 狼頭伯爵!!」

その声は、やや低音ではあったが、明らかに女性の響きだった。

やがて、乗室のドアがゆっくりと開き、中から一人の人物が降りてくる。

豪華なマントを羽織った、巨大な男の姿だった。

ただし、体は明らかな白い獣毛で覆われた、頭は彼女に呼ばれた通りに、狼のそれだった。

満月の明かりが、その男を狼男に変えていたのだ。

それを承知していたのか、赤頭巾の女は一切動じない。


急激な突風が、二人の間を吹き抜け、はためいた赤頭巾は彼女の背へと垂れ落ちる。

表れたのは、まだ成年に達してもいない、可憐とも呼ぶべき少女の顔だった。

目は鋭く狼頭の領主を睨んでいたが、口元は微笑んだように口角がわずかにあがる。

青春と引き換えに長年追い続けていた人物と、ようやく対峙出来たのだ。

狼頭は、彼女とは対象的にただ静かに少女を見ていた。


「ようやく、会えた……。我が父の仇……! 今ここで、貴様を斬る!!」

少女がついに鞘から剣を抜いた。

銀の剣が月光を反射し、少女の殺意を照らしだした。

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REDHOOD クメキチ @HKikuchi94

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