第33話「希望の再証明」


 ―――おねがい。たすけて。

 ―――みんなが、くるしんでいるの。

 ―――だれか、たすけて、たいせつなひとを。


 祈りのようなか細い言葉が、ひとつの街を駆け巡った。



「……!?」

 どれほど泣いたのか、どれほど折れたのか。

 ふいに、天城総一は気づいた。

 

 物言わぬ存在となっていたはずのドライフォート。

 声が響いた、そう感じた瞬間……コクピットが開いていた。

 

「……神崎?」

 少女の名を呟く。その少女は今どうしているのか、彼には何も分からない。

 

『どうして、たたかいたいの?』

『……助けになれないなんて、おかしいだろ』

 彼女と交わした言葉を思い出す。それに意味があったかは分からない。それでも、手を差し伸べられているような気がした。

 

「……これが正しいとも思えないが」

 力のない人間が、何かを変えるには、力を手に入れるしかないのか。

 それは正解ではないと分かっている。だが、それがなければ何も変わらない、瀬戸際まで来ているのもまた事実。

「それでも、俺達が動かなきゃならねェんだ」

 少年の心は、とうに決まっていた。

 今この場に在って、コクピットを開いた……眼前の力に足りない意志を、己で宿す。この機体を造った母の意志に応える為にも、そして、少しでも残酷な流れに抗うためにも。

 

 

 ―――――

 ―――

 ――

 

 

「……あれ、雨」

 レイフォンが雨を感じなくなったのと、ひなたが気配を感じたのは、同時だった。

 直後、スラスターを噴かせて着地する深紅の存在がひとつ。

「……時間、ないか」

 見上げるひなた。ナルミの声を感じ、わざわざツヴァイから出迎えてきたということは、そういうことなのだろう。

 

「もう、行けるよ」

 背後からレイフォン。ボロボロながら、何とか気を持ち直し……ポインセチアまで、もう目と鼻の先。

「大丈夫。先に待ってるよ、ひなた」

「わかった」

 ひなたの背から降りて……。まだふらつきはするが、少しくらいなら歩ける、と。

 そして、一刻の猶予もないことを二人は感じていた。

「全部終わったら、また皆でパーティやろう」

「……初めてだな、レイフォンから言い出すの」

 気丈に振る舞うレイフォンの姿に、ふー、と大きく息をしてから、ひなた。

 

「そうだな。連れて帰るよ、皆を」

 ひなたは手を振って、差し伸べられたツヴァイの手を足場に、コクピットに跳ねるように乗り込む。かつて真っ先に対峙した深紅の正義は、今では彼女を受け入れるまでになっていた。

 

 

 ―――――

 ―――

 ――

 

 

「……ぅ、ぐ」

 声が、聞こえた気がした。散々叩き潰され、飛んでいた俊暁の意識が、ふいに戻る。

 由希子の姿もない……完全に置いて行かれた。

「あいつ、何処に……!?」

 起き上がろうとした瞬間、不意に眼前が淡く光っていることに気づく。

 そこから伸びているのは……階段。どこまでも続く上り階段。

 

 その先には、おそらく、居る。

「……全く、あいつは」

 

 ナルミが今どういう状態になっているか、それすら己にはわからない。

 だが、この先に望んだものがある、そう信じたい気持ちに、不思議となった。

 

「待ってろ」

 懸命に、残る力を振り絞り、立つ。

 悲鳴を上げる身体が、正確にどんな状態になっているかは、考えたくもなかった。

 今それを考えたら、脚が止まってしまう。

「皆で帰るんだ」

 誰も失わないために。兄を失ったあの日のようなことを、涼にも、由希子にもまた味わわせたくない。

 その想いが、俊暁の脚を前に進めさせた。

 

 

 ―――みっつ、ふたつ、ひとつ。

 ―――ありがとう、みんな。

 

 ―――おねーちゃん。

 ―――あいされてるね。


 祈りを携えたコトバは、それきり、消えた。



 Flamberge逆転凱歌 第33話 「希望の再証明」



『……へえ。驚きました』

 アルティマライザーが事態を把握した時には、フランベルジュを討滅するために生み出した配下の一群は、とうに全滅していた。

『動けるんですね、それ。とっくにガラクタのジャンクになってしまったのかと』

 アルティマライザーの『キルプロセス』をまともに受けたエールフランベルジュは、その機体の電装系全てを破壊しつくし、如何にSLGといえど単独ではろくに動かせないはずだった。

 だが現実には、ツヴァイもドライもしっかりと足を大地につけて立っていた。

『それが、神崎ナルミの願いだ』

『そして、俺達の意志でもある』

 ひなた、続いて総一。

 

 その言葉を聞いて、由希子はひとつの仮説を思い浮かべていた。

 フランベルジュの決闘審判デビュー戦、電磁機雷によって電装系を損壊したフランベルジュが、それまでと遜色なく戦えていたことを思い出す。

 

 それを動かしていたのは、SLGに宿る意志、人々の想い。

 生きている生体金属が、その意志を拾い、力に変える。

 即ち、『神崎ナルミ』という意志がザイテンゲヴェールの中にもなお残り、その意志がSLG各機を反応させ。

 残滓が機体を届けた、『神崎ナルミの選んだ意志』が今の力を成した。

 

『……つまり、アナタ方二人も、ザイテンゲヴェールに選ばれたと』

 抱いた純粋な願いが、SLGという人智を超えた力を委ねられると判断された。

 故に届けられ、真っ直ぐな意思を世界に具現化する資格を得た、と。

『こうしてまた、増えた特別な存在によって世界は守られたのでした―――じゃあないんですよ』

 由希子の言葉尻が、冷たく凍りつく。

 それは、にしかならない。由希子には少なくともそう映った。

『人は力で他者を抑えつける。それが強大であればあるほど、他者に無力感を与え、生きる力を奪ってただの肉の塊にする。

 例え世界が救われようとも、世界は変わりません!

 上を目指しても目指しても目指しても目指しても! 上には上がいる! 上が下を押さえつけ食い物にする!』

 由希子の言葉に乗っていたのは、歪んだ狂気ではない、純粋な怒り、悲しみ。

 

『アナタ達だって、そういった理不尽を受けた身でしょうに。

 人は産まれながらにして皆平等? そんなの嘘だって幼子でも判りますよ。人には抗えない運命というものが、誰かに決められるんです』

 そして、由希子が言うように、立ち上がった二人は孤児院ポインセチアに集まった―――大なり小なり、理不尽を受けた中の一人である。

 社会に一度殺された身といっても、過言ではない。

 

『……運命。そうだな。そいつは、何かを押し付けられて、それを受け入れて諦める詭弁だよ。それで諦められないから、アンタは今まで人を幸せにしてきたんだろう』

 口火を切ったのは、総一だった。

 誰かに押し付けられる運命。それを押し付ける人の業を思い知った。

 理不尽を押し付けられた子供たちが集まったのが、孤児院ポインセチアだった。

 

 だからこそ、言いたいことも解る。だが、運命という二文字が、どうしても我慢できなかった。

『そいつは諦めだ!

 どうして今まで頑張ってきた事を、自分で無に帰すような真似を!』

『だからこそに決まってるじゃないですか……!

 努力して努力して努力して努力してッ!

 気の遠くなるくらいに努力してのし上がろうとも、辿り着いた場所にはさらに上があるんですッ! そんなのってアリですか? ふざけていると思いませんか? 何をしたって、押し付けられるゲームの駒はルールに介入できないんですよ』

 血反吐を吐くように、振り絞る由希子の言葉は震えている。

 

『……確かに、世界を変えるなんて大きなことは出来ていないかもしれない』

 言葉を被せたのは、ひなただった。

『でも、その手は誰かを助けて来たんだ。

 言ってたよ、レイフォンはアンタに救われたって!

 世界が歪んでるのは百も承知。でも、その中でも確かにアンタは人を幸せにした! アタシも幸せをもらったんだろうって、今なら言える!』

 大切な人との出会い、過ごす時間。幸せも何も知らなかった彼女の心は、今ならそれが心にあるんだろうと理解できる。

『もう一度はっきり言うぜ!

 アタシとレイフォンを救ったのは、広瀬涼であって岩村由希子であるって!

 世界を滅ぼす力がなくたって、アンタは誰かを救えるんだよ!』

『同じような口をォオオッ!!』

 奇しくもそれは、先程吹き飛ばした角川俊暁と同じ結論を出されていて。

 

 

「由希子」

 フランベルジュは、立ち上がっていた。

 その姿は、上半身だけの姿でも高さ100mを超えるアルティマライザーから見下ろせば、全くのちっぽけで。それでも、その瞳はどこまでも真っ直ぐにアルティマライザーを、由希子を捉える。

「由希子の心は死んじゃいないって、今はっきりわかった」

 確かに、今現れて、吐き出すのは絶望の怨嗟だった。

 だが、その言葉は全て他者から与えられた絶望。そして、由希子が生み出した希望自体を、由希子が否定する術を持っていない。

 今、証明する。

 

「この世界に『救い』はない。それでも、私は『希望』を証明する。

 ……由希子。私は、私の希望を、私自身の手で何度でも再証明する」

 

 岩村由希子。望の理と書いて、由希子。

 絶望の淵に居た涼を、希望の道へと導いてくれた先導者。

「今、それが伝わらないとしても、そのしがらみを私は解放する。

 皆と繋ぐこの手で!!」

 一人の力じゃない。孤独になった自分に、手を届けてくれた仲間たちが居る。

 

 いつだってそうだった。

 一人で戦う彼女には、絶対に限界が襲ってきた。その都度限界を越え、逆転してきたのは、手を差し延ばしてくれた誰かがいたから。

 

『……伝わらない。ええ、伝わりませんとも。

 今、私の手の中には世界を作り変える手段があります。

 お腹が空いている時、その手の中にがあったらどうしますか?

 食べますよね? 今の私はそれと同じ状況なんですよ』

 

 かつてを渡した手。金属にまみれ、元の形を失った『手』には、高圧のエネルギーが集う。

 

 ―――壊したい殺したい壊したい殺したい壊したい殺したい壊したい殺したい。

 

『だから壊すんですよ。

 ―――全て壊す私が壊す世界を壊す何もかも何もかも何もかもッ!』

 狂気を振り乱すように、そのエネルギーを思いきり放つ。

 意志と意志のぶつかりあう、決戦の口火。

 放ったエネルギー波は、手元を離れすぐに消え失せた。

 

「飛べッ!」

 涼の号令とともに、三機一斉にその場を離れる。

 瞬間、その背後から突如として、何の前触れもなくエネルギー波が飛んできた。

『うひぃ……転移技術ヤバすぎでは』

 場数の次元が二人と全く違うためか、回避が最も遅れていた総一が、思わずぼやく。アルティマライザーの中には、コアユニットとしてライズバスターが組み込まれていた。その転移技術をザイテンゲヴェールの莫大な出力で使用することで、即座に任意のものを転移させることが可能になる。

 先の大量破壊も、その転移と、流体による武器の具現化を使用し、場所を問わず即席で膨大な出力のレールガンを作り上げたが故に起こったこと。出力とチャージ時間さえ確保できれば、そのような荒唐無稽な破壊行為も可能になる。

 ―――そこまでは知る余地もない。ただ、天城総一の知る中では、このような荒唐無稽が行えるのはライズバスターのシステムである他なかった。


『だからって追い付けると思うなよ!』

 先陣を切るひなたは、そのままツヴァイを戦闘機状に変形。深紅の光がブースターの青い軌跡を描きながら、雨を引き裂き、暗い空を舞う。

『はいそうですかってぇえええ!!』

 突出したツヴァイを追うように、雨雲の空を鈍色で覆い尽くす凶鳥の闇。

 各所に散っていたそれが、神代ひなたという一つの目標に向けて、進軍を始めた。

 

 ―――バシュウッ!

 その一つが、猟でもされるかのように、あっさりと撃ち落とされる。

 

『Yes, it is!』

『はいそうですか、ってね!』

 続けて、降り注ぐ雨を裂いて降り注ぐミサイル。

 ズガガガァ、と空に咲く即席の花火に照らされ、深紅の彗星は進む。

『トマパシ!』

『略されると困っちゃうねおいたん』

 ひなたは聞きなじみの声に真っ先に反応した。が、その二人だけに留まらない。

 銃撃とミサイルは……その一点にとどまらず。エルヴィンの各所を護るように、種々様々なロボットが顔を出しては、鈍色の悪魔を叩き潰す。

『ぬぅん!!』

 バ ゴ ォ ム !!

 ……そして、たった今トーマスのBMM-01に向かった猟犬が、振り抜かれた質量兵器、持ち手のついたに殴り抜かれ、四散した。

『どうだい、乗り心地は』

『間に合わせにはなる』

 パーシィの冗談めいた口調に合わせたのはゴードン。

 ボロボロになった自機の代替として流用した、先日のテロリストの機体『鋼人』の鹵獲品。元がシンプルだったが故か、ある程度の無茶もきく鋼人は、使い潰すには十二分の機体として、今度はエルヴィンを護る存在と成った。

『あのエドワードとやらが今回不在だからな。頭数確保できれば贅沢は言わん』

『残念だね。まあ彼の分の手柄も、俺達で持ってっちゃいましょうか!』

 パーシィの言葉に合わせ、ゴードンも装備したミサイルランチャーを展開……道を開かんとするそれが、空中で炸裂し、雨雲に覆われた空を照らす。

『……ったく、遅いんだよお前ら!』

 悪態をつきながらも、被弾した化け物をすり抜け、爆風を後にする彼女の表情には、笑みが浮かんでいた。

 

 

 ―――――

 ―――

 ――

 

 

 ツヴァイが空を舞い、凶鳥が群がる中。

 地を這う猟犬どもは陸路を駆け巡り、フランベルジュに食らいつかんとしていた。

 

「はッ!」

 地を蹴って跳ね、猟犬を足蹴にすれば、それだけで必殺にはなる。

 だが、殺到するその怪物をいちいち相手取っていては、いつまでも先に進めない。

 由希子のもとに辿りつくには、どれほどの相手をすればいいのか。

 

『……ッそ、きりがねェ……!』

 タキュン、と鋭い音がすれば、また一匹、猟犬の死骸が出来上がり、それはすぐ銀色の粘体と溶けていく。

 手が足りないフランベルジュの進路を開くために加勢したドライフォート。

 しかし、悪態をつく総一の言葉は乱れ、息も荒く。

 

 グオォ、と唐突に獣の叫び。

 一瞬遅れて振り向けば、同時に涼が放っていたブラスターファング弐式が、獣を刈り取っていたのを、総一は視認した。

「……大丈夫か?」

『すみません嘘つきました。ロボット操縦は義務教育じゃねっス、選択科目でした』

「どっちみち同じでしょ」

 

 冗談めかして答える総一だが、辛うじて笑みを浮かべるのが精いっぱいなくらいには消耗していた。

 元々経験のあった他の人間とは違い、ドライフォート自身の性能とサポートがあるとはいえ、全くの初心者である彼が飛び込んでここまで戦えるだけでも、だいぶ出来た方なのである。

 

『そっスね。どのみち……俺達が辿り着かなきゃ、どうにも解決しない』

 広瀬涼を届けなければ。その一心で、悲鳴を上げる心を奮い立たせ、操縦桿を握りしめる。

 そして、重要な機体を任された以上、一人で食い止める選択肢もない。

 

 何より、地上という限られた空間、それも市街という狭所で、数という有利がどれほど暴力的か。

『アレが使えればすぐにでも……』

「アレって?」

『今は使えねっス。隙がない』

 苦々しげに呟きながら、猟犬が視界に入った瞬間、総一は機体上部から伸びた拳銃型のコントローラーに手を伸ばす。

 それがスイッチとなり、肩から射出されたハンドガンをドライフォートの腕が掴み、構える。

 ―――タキュン、タキュン、再びの乱打、乱打、乱打……!

 

 コクピットは総一の腕の動きを正確に捉える。

 だからこそ、普段より遥かに腕を使うそれは、たとえ下積みがあってもなくても、彼を疲弊させるに十分だった。

 

 故に。

「天城君!?」

『……!?』

 猟犬が目標を切り替え、ドライフォートに殺到した瞬間、彼はすぐさま反応はできなかった。

 その獣たちの影が、彼の視界を覆い―――

 

 

『だなだなだなだなぁぁああッ!!』

 

 一瞬後、全て吹き飛ばされた。

 

「……え、え?」

 涼が目を疑うのも無理はない。

 居るはずがないのだ。帰ってきた時には既に出ていたはずの彼が。

 

 涼の目に焼き付いた紅の巨体。

 両手に構えるガトリングガン、ハードポイントの仕込まれた大きな肩アーマー。

 

 在りし日の『鬼神』、チョーの操るBMM-03が、其処にはあった。

 

『チョーさん!?』

「どうしてここに……?」

 口々に困惑の声。そんな予定は全く聞いていない。

『こうなるって話を聞いたからだな! それより時間がないんじゃあないのか?』

 

 チョーの言葉に、涼も総一も顔を見合わせ……頷く。

『ありがとうございます!』

「援護お願い!」

『行ってこい!』

 駆け出す二機の姿を見送りながら、チョーは再びその重量級ガトリングガンを再び回転させ。

 

『だなだなだなだなぁぁああッ!!』

 

 二人の行く先のモノを、悉く焦土と同じくした。

 一気に道が開け、阻害するものは見えない。ならば。

 

『広瀬さん!』

「任せる!」

 

 ドライフォートのバックパックが展開、装甲のガワだったそれはひとつの『砲身』へと形を変え。

 四足獣のように変わった体勢、引き出された脚部の装甲に、フランベルジュが足をかける。

 

 かつてツヴァイと二機で合体したかのように、四足獣めいた戦車を駆る姿は―――『フランベルジュ・マキシマムドーラ』!

 

 単独で飛行可能だったドライの推力が、そのままフランベルジュのスピードとなり。

 ホバーのように低空で駆ける、そのスピードはそれまでの比にならず―――。

 

 瞬く間に包囲を抜け、遂にザイテンゲヴェールへの最接近に成功する。

『……ッ、フランベルジュ……!!』

 一瞬でそれに気づいたのか、はっとした由希子の声が響き、手をかざす。

 またしても、あのワープ砲撃が来る。

『やらせねえよ!!』

 バシュウ!

 ……張りついたひなた、ツヴァイの背部砲塔による即座の砲撃。それはザイテンゲヴェールを覆う何かに掻き消され、『喰われた』。

『何だ今の!?』

『反物質はこう使う!』

 撃っても、何度撃っても、空間から湧き出る闇色の何かがそれを喰らいつくし、シャットアウトする。

 ザイテンゲヴェールから吸い上げた、無尽蔵の『流体』は、防御に於いてもアルティマライザーを護る力場として君臨した。

『しつこいですねぇ!!』

 絶対的な防御に守られながら、アルティマライザーは一方的に光を放ち、バリア越しにひなたを狙い撃つ。

『ッ、無茶苦茶……!!』

 ひなたは辛うじてそれを避け続ける。追う由希子。アルティマライザーの光線が迫る、迫る。

 

 ―――由希子の注意は、ツヴァイに割かれていた。

 バリア制御と攻撃に注視していた由希子は、用意されていた手に気づくのが数瞬遅れた。

 

 『砲身』は、真っ直ぐアルティマライザーを捕えていた。

 そのエネルギー総量は……メテオクラスターの最低出力に届き、周辺の空間すら歪ませ、稲光を走らせていた。

 

『……! わかっていますよ広瀬涼!』

 気づき、手をかざしたそこからエネルギーの奔流が放たれ、時空を超える。

「トリガー任せた!」

『任されて!』

 マキシマムドーラを操縦する格好になるフランベルジュ、涼が感覚でそれを乗りこなし、光の雨を潜り抜ける。

 握りしめる操縦桿、二機のコクピットに映った照準が今―――アルティマライザーの腹部を、捉えた。

 

「ストラグルバスター・マキシマム!」

『行けよぉぉおおッ!!』

 

 瞬間、総一は迷わずトリガーを引く。

 反動でひっくり返りそうになるのを抑えながら、限界まで圧力を高め、ミニマムサイズに実現した反物質砲弾が、放たれる。

 

 彼らが理屈を知っているわけではない。

 ただ、持てるすべての力で突破を試みただけである。

 だが、反物質は『プラスエネルギーの質量と対消滅する』ため、マイナスエネルギーとなる反物質自体は、反物質自体には干渉しない。

 

 反物質障壁は、反物質によって揺さぶられる。

 反物質を包む極大エネルギーが、反物質障壁のエネルギー膜に突き刺さり、その膜を超えれば、極大エネルギーがその部分の反物質を悉くゼロにし始める。

 

『……これは!?』

 中和。

 それは反物質による障壁に歪みを作るには十分となる二文字であった。

 そして、今SLG三機は、ザイテンゲヴェールの目と鼻の先に集結した。

 

『広瀬さん!』

『行けるぜ!』

 二人の声を聴いた涼は、マキシマムドーラから離れ、再び空中に舞いあがる。

 

「クロスリンケージ! フル・ドラァァイブッ!!」

 

 変形を解除したドライフォートの巨大なバックパックが大きく展開。その装甲は巨大な脚を形成し、胴体から切り離された脚部が、大腿部を収容していたスペースとドッキング。

 胴体からせり上がった装甲が頭部を覆い隠し、空いたスペースに肩部装甲が詰めるように嵌る。

 変形したツヴァイの機首一対が外れ、露わになる接続部。

 ドライフォートと同じ方向を向くように飛ぶフランベルジュ。頭部が180度回転し、胸部だった場所が大きく開く。背部に畳まれた両腕部の大腿として、腰部からせり上がってきた脚部がドッキングする。

 胴体、胸部、フランベルジュのそれだったものから露出したコネクタが、下半身を成すドライ、バックパックを成すツヴァイと結合し。

 フランベルジュの脚部だったものは、脚の付け根が肩アーマーのようにツヴァイから分離した装甲を着込み。つま先と踵が大きく開かれ、そこから姿を現す新たなる両の掌。

 前後逆を修正するように、180度回転するコクピット内、再びリンクがつながるように、身体中を温かい感覚が駆け巡って。

 

 手を握る。

 その色に変わりはない。ツヴァイの深紅と、ドライの蒼を残したまま。

 広瀬涼一人に背負わせない、戦う意志は広瀬涼一人のものではない。

 

 両の腕を空にかざせば、生体金属が形作る新たなる『兜』。己に被せば、フェイスを防護するように展開するマスク。

 意志を持つ三機の仲間は、今ここにひとつの、炎の巨人となりてその真意を世界に知らしめる。

 

「逆転合体! Re/リ・エール―――フランベルジュ!!」

 

 それは、広瀬涼の再起の証。

 倒れても、否定されても、何度でも希望を再証明する、希望の理由となりて。

 

 ドライの肩を成していた腰アーマーから、グリップを手に持ち、空を走るかのように駆ける。

 全速力。突き出したそれから形成される、円錐状の巨大な螺旋、ドリル。

 

『ドリルなんかで今更ぁああ!!』

 由希子の声。振りかざす片手から放たれるエネルギー砲は、ヒュバババババ……! 次々Re/エールに殺到し、突き刺さる。

「それで止まるRe/エールではない!」

 ―――Re/エール、健在!

『もう一度、バラッバラになりなさいッ!!』

 ならばと、片手に生成した槍とリング―――近距離で放たれる、爆発的なエネルギーを秘めたレールガン。

 バシュゥ、と空気に悲鳴を上げさせながら、それは真っ直ぐRe/エールを狙い……。

「二度と離れない!!」

 ガギィン……ドリル刃に弾かれ、なおも勢いは死なない! Re/エールは分断されない!

 

 キルプロセスで合体が弾かれたのは、ツヴァイとドライが、広瀬涼とフランベルジュのように意志で結びついていなかったが故。

 Re/エールは、結びつきのなかった二機に結びつきがあるからこそ実現する形態。三機が三機、電装系に関わらずその意志で動かせるのならば―――キルプロセスを受ける道理はない!!

 

『だからッ! 諦めろってのッ!!』

 Re/エールの目の前に広がる、漆黒の闇。

 二重の壁で覆われた、ザイテンゲヴェールを守護する障壁。

 反物質を叩き付けられて歪んだところで、莫大な流体に支えられた、数kmは遮断する絶対防衛装置に、死角はないと。

 

『嫌だね。絶対諦めない』

『知ってる筈だぜ、エールフランベルジュは無類無敵……!』

 それでも、Re/エールは止まらない。

 二人が保証する。未来都市エルヴィンに於いて未だ無敗のフランベルジュ、その真価はこんなものではない。

 

「……やるぞ、二人とも!」

『おうさ!』

『いつでも!』

 

 ギュワァ、唸りが上がる。

 ドリルはやがて漆黒の闇を纏い、金色の光を纏い。

 先端から吹き荒れるエネルギーと反物質の二重螺旋が、螺旋に乗って三重となり、反物質障壁に突き刺さる。

 

 歪みの戻りきる前に、三重螺旋は障壁へと到達した。

 エネルギー障壁を反物質が食い破り。

 反物質障壁をエネルギーが食い破り。

 残った螺旋が、少しずつ空間を突き抜け……ガガ、ズガガ、と悲鳴にも似た声を上げながら、それでも前へ、前へ乗り越えていく―――!

 

超克螺旋撃オーバー・ストライド・クラスター!』

 

 そして、想いの上乗せを受けた、貫く力は……拒絶する障壁を、破り、抜け……る!!

 

『ドリルが!?』

 同時に―――パキ、ガシャア……っ!

 傷一つつくことのなかったドリルが、無茶な運用の結果か、持ち手を残し罅割れて砕け散る。

 

 無理もない。

 超克螺旋撃オーバー・ストライド・クラスターは、ドリルを形成する流体に常時負荷をかける荒業。

 莫大なエネルギーと反物質を同時に纏い、掲げたドリルの螺旋で引っ張り上げながら突き進む、ゼロブレイクの亜種の中でも異端中の異端。

 無茶苦茶をして、ドリルの流体がもつはずがないのだ。

 

「だが……突破した!」

 それでも、突破した。

 バリアを突き破り、そのままに楕円状のザイテンゲヴェール、その先端に着地。

 今踏みしている飛来物の後方に、アルティマライザーが、由希子が存在する。

 もとより退路はない。進むことでしか手に入れられない。

 広瀬涼は迷わず走る。

 

『こ、の……』

 

 猟犬が生える。

 生えて広瀬涼に殺到する。

『広瀬さんッ』

 叫ぶ総一、その声に涼は背部から射出される『柄』を迷わず掴んだ。

 ブラスターファング弐式、その内部に仕込まれた大型のレーザーソード。

 刃が形成された瞬間、猟犬どもは鎧袖一触のように斬り伏せられていた。

 

 凶鳥が生まれる。

 生まれて広瀬涼に殺到する。

『お呼びじゃあないんだよ!』

 生まれた瞬間、撃ち貫かれ、切り刻まれる。

 ツヴァイの翼にマウントされたバインダー、その操作権はひなたにあり。

 彼女が願った瞬間、眼前の敵は悉く切り払われる。

 

『どこまでも、邪魔をォ!』

 そして、目の前に現れる巨大な人型の何か。

 その先にはアルティマライザーが、由希子がいる。

 止まってなどいられない。

 地を蹴り、飛ぶ、駆ける、真っ直ぐに。

『ブラスター! ファング、バイトッッ!』

 

 掌に圧縮したエネルギーの一撃で、巨人は噛み砕かれ霧散した。

 眼前には由希子、それを雁字搦めにした巨大な上半身―――アルティマライザー!

 

「とったッ!」

『くっそ……くっそォォォッ!!』

 

 その巨大な拳が、直接振り下ろされ、迫る。

 それだけで胴体ごと持って行かれる、そう直感できる程の巨大な拳。

 

 ―――パシン。

 Re/エールは、それを避けるでもなく、叩くでもなく、受け止めた。

 

『え』

「……痛いよ。由希子」

 

 ただ受け止めた。その細腕で、何倍もの質量を誇る巨腕が、受け止められた。

 

「由希子が、何を以てこんなことになったのか、私には分からない。

 だけど……苦しんでいるなら、少しでも助けになりたい。

 私は、本当の岩村由希子を知りたい」

 

 言葉と共に強まる力。

 か細い腕が、掌が、掴もうとする力。

 ギシ、ミシ、と音を立て―――やがては、その拳を砕くに至る。

 

『世迷言!』

「そのためにッ」

 逆側から突き出される拳を、カウンターで繰り出した回し蹴りで受け止める。

 その脚の装甲は既に開き、煌めく闇が首をもたげていた。

 

「……一緒に帰ろう、私達の場所に」

 闇が爆ぜる。反物質という闇色の光が、もう一つの拳を喰らい尽くした。

 

「嫌とは……言わせない!」

 そして取り出す、もう一つのドリルグリップ。

 グリップのまま突き出したそこから、形成される円形……そこから伸びる、無数にして無情なる刃。

 迷う事なく、コクピットの見えた胸部に、それを叩き付ける!

 

 ―――ギャリ、ギャリギャリギャリリリリリリィ!!

『あ……あ……私の、私のライズちゃんが……』

 コクピットとなったライズバスターを覆う、無数の流体を掻き出し、ガトリングドリルが由希子を、ライズバスターを露出させる。

 

 なにもできない。

 また、なにもなくなる。

 

 ―――無残な姿で発見された両親の姿。

 ―――大切な仲間を失って悲嘆にくれる涼の姿。

 ―――理不尽を押し付けられ、心折れる自分の姿。

 

 壊せ。壊せ。壊せ。

 なくなる前に壊せ。終わる前に壊せ。ただ無心に壊せ。

 

『このままじゃジャンクに……ジャンクなんかじゃ……ジャンクなんかじゃなァいッ!!』

 

 焦燥感。嫌悪感。絶望。

 凝り固まった感情の全てが、その身から莫大な流体を噴き出し、新たな形態を形作る。

 

 

 ―――――

 ―――

 ――

 

 

「……ッハッハッハ……!」

 片腕は満足に動かず、血を流しながらも、動く片腕で、長い銀髪の人間は哄笑を上げていた。

 

「想像、想像以上! ものは試しにと組み込んだD2が、ここまで強くなるとは!」

 D2。またの名を、デビルドロイド。

 人の憎悪、絶望、悪意、それら全てを生体金属に埋め込んだ完成させた、ヒトの負の遺産。

 

 彼の視界には映る、Re/エールの刃は砕かれ、爆発的に再成長したアルティマライザーは芋虫のような下半身を露出させて。

 それはザイテンゲヴェールへの侵食、侵食されたそれ自体が、無数の鈍色の触腕を蠢かせて。

 

「十分実用できる! これならいくらでも遊べそうだ!

 ……本当に君はよくやってくれたよ」

「……」

 フォースと呼ばれたモノは、ふいにその横で憮然とした姿の仮面の女・セファリアを見やる。

「君がいなけりゃあ、こんな愉しい遊びなんてできなかった」

 

 D2の元となる感情は、数日前のテロリストたちから入手したもの。

 広瀬涼達が懸命に抗い、世界に勝利をもたらしたことは、テロリストの憎悪や絶望を大きく引き出した。

 命を失う瞬間のそれを、数多記憶したD2は、凶悪なサンプルとして完成し、地球に降り立ったのだ。

 

「感謝してるんだよ。なあセファリア、いや―――」

 名前を呼ばれた瞬間、セファリアは震えた。その震えが何を表すのか、二人以外に知る者はいない。

 

 

 ―――――

 ―――

 ――

 

 

『ふふ、そうねぇ、そうよねぇ……アナタ達はザイテンゲヴェールを取り返す事なんて出来ないわァ!』

 禍々しく再生したアルティマライザーの拳が。

 ザイテンゲヴェールからの触腕が。

 がし、ぼか。間抜けな擬音に形容できるほど簡単に、簡単にRe/エールを吹き飛ばしていく。

 

『そうよ! そうだったわ! そうそう簡単にさせてたまるものですか!

 くひひ、くひひひひひっあっはっはっはっはっはっはッ!』

 止まらない、加速する、壊れていく由希子の姿。

 手の届かないところに、転げ落ちていくように見えて。

 

『これでもまだかよ……!』

『流石に対応しきれねえぞ!』

 毒づく総一、いっぱいいっぱいなひなた。

 波打つ攻撃の前には、守勢にも回れない。全てを消し飛ばすメテオクラスターでは、由希子を救えない。

 

『アッハッハッハ! 絶望にひしがれなさい! ただ指を咥えて見ていなさい!

 この世界は終わるの! 終わって何もなくなるの! 確定事項!』

 空高く掲げる腕、空中に現れる無数の槍。

 

 それがまるで神罰の如く、ドヒュウ、と全てRe/エールへと降り注ぎ―――。

 

 

 

 その全ては、Re/エールに直撃することはなかった。

 

『……何が、確定事項だって』

 

 侵食するウイルスに放たれた抗体のように。

 Re/エールとアルティマライザーの間に、それはあった。

 

 白と銀に包まれた全身を包む、露出した流体が伸び、無数の槍を悉く潰し、折り、止める。

 それは、万一を考慮してザイテンゲヴェールに安置されていた、最後のSLG。

 

 失われた起源を、手段を問わず『救う』、その最後にして最初の機体。

 アインスヴェール。

 

『終わっちゃいねえんだよ……! でなきゃ、アイツはこんなん押し付けたりしねぇ……!!』

 息も絶え絶えながら、今に潰れそうながら。

 そこに居たのは確かに角川俊暁。生きて、守られ、ザイテンゲヴェールに託されてここにいる。

 

「……あ、あんた生きて……」

『死にそうだよ! だからとっととアルティなんとかブチ破って、社長さんに憑いてる何かブッ壊すぞ……!』

 時間がない。託す。俊暁はそう言いたげに、フランベルジュにデータを送る。

 躊躇などない。全てに決着をつけてから、何をするにもそれを優先しなければ。

 

「……究極逆転武装!」

 その言葉をコードに、舞い上がるアインスヴェールは、空中に『柄』を残して組み変わる。

 純白の鎧、紅のフランベルジュはそれを纏い、『柄』を掴めば剣と成す。

 

 無は無限となり、無限の光の先に、見知らぬ地平がある。

 三位一体のその先、究極の名を冠した武装合体。

 

「ソード……フランベルジュ!!」

 

 真っ直ぐに掲げた剣は、伸びて伸びて伸び切り、未だ残っていた反物質障壁を押し叩く。押し叩いて尚、それは消えることなく、無尽蔵のそれが己の力を剣と成す。

『嘘!? これじゃあ一体何キロ分のエネルギーが……!?』

 それは、優勢を保っていた由希子すら驚愕させるに十分で。

 

『……涼。レイフォンが見た、由希子は得体の知れないバケモノに呑みこまれたって』

『広瀬。アイツの胸元、本体は其処にあって社長さんに刺さってる!』

 ひなたから、俊暁から、二人の言葉を聞いて……涼にも覚悟は決まる。

 

 ふう、と大きく息をついて、構える。

 片手で支えたその剣に、もう片方を添えて、力と成す。

 

「アブソリュート・グランバスター……!!」

 

 一思いに、袈裟斬り。

 莫大な質量とエネルギーを以て、流体で成された刃は、深く深く、アルティマライザーに突き刺さって。

 

「持ってて!」

『え、あ、はい!?』

 涼の言葉、操作権を委譲されたのは総一。言われたままに総一が、腕を保持したその瞬間―――。

 

「っだぁぁあああ!!」

『……はいぃ!?』

 涼はコクピットから飛び出し、その流体の剣を踏みしめ―――伝って行った。

 

『正気!?』

 その距離、1kmはゆうにある。そんな状態で生身のまま突き進むなど、自殺行為に他ならない。

 だが、広瀬涼は駆け出した。

 剣を構成する流体は、彼女を保護するように滑らせ、一直線にアルティマライザーへと進む。

 

『……行け、広瀬……!』

 ザイテンゲヴェールから伸びた触腕も、全て流体に阻まれ届かない。

『そいつを引っ張り出せ!』

 生み出される雑魚共も、ひなたの操るバインダーキャノンの援護により。

『あなた自身の為に!』

 そして、火器管制を受け取った総一の、脚部キャノンによる援護により消し飛ばされ。

『うわ……うわああ……!!』

 残る由希子との壁、コクピットへの入り口を蹴破り。

 

 勢いのまま、涼が見たのは、どす黒い流体に包まれた由希子。

 その胸元に、確かに見えた『悪意ある眼』。

「由希子ぉおおおッ!!」

 ―――渾身の拳が、その『眼』を殴り抜いた。

 

 

 その形が維持できず、小爆発を繰り返しながらゆっくりと、ゆっくりと溶けていくアルティマライザー。

 悪意を上回る希望が、確かに存在するとその身で証明するように。

 

 ザイテンゲヴェールの上には、広瀬涼と岩村由希子が残された。

「……今更、何だっていうんです」

「帰ろう、由希子」

「それが今更っていうんですよッ!!」

 涼の伸ばした手を、未だ由希子は狂乱するかのように跳ね除ける。

 

「一都市への戦略兵器の爆撃、大量虐殺!

 そんなことをしたのは岩村由希子! それを誰が違うと言えましょう!」

 悲鳴のように叫ぶ。

 たとえ彼女に何かがあったとしても、実際に大量虐殺の引き金を引いたのは由希子である。

「その身体の『ヤツ』におかしくされたんでしょ」

「そんなの関係ありませんよ何だっていうんですか!」

 最早、彼女の状態など関係ない。岩村由希子が引鉄を引いたという事実が、映像として、証拠としてはっきり残っている。

 なれば、最早彼女は敵となるしかない。

 

「……由希子はずっと抗ってた。本当に由希子がおかしかったら、今頃何もかもなくなってた」

 それでも涼は問いかける。

 何処にでも任意のモノを生成し召喚する。

 そこに手間やエネルギーがあったとしても、由希子が実際に破壊したのは一箇所のみ。キルプロセスも、当たっても死ぬことのない相手にしか撃っていない。

 

 抗っていた。

 殺したい、破壊したい、外部から注がれ続ける耐えがたい衝動を、辛うじて由希子は爆発させず、溜め込んでいた。

 飢えにも、愛欲にも似た、本能として植え付けられる衝動。

 

 その破壊がエルヴィンに対して最小限しか向かなかったのは、彼女だから。

 

「……そんな理屈、誰が聞いてくれるっていうんです!

 誰が関わったって、不幸にしかならないんですよ!」

 

 それを証明する人間など、当事者以外誰もいない。

 材料がそろった時点で、彼女の存在など最早……。

 

 ―――殺したい。

 

「あっ……」

 ふいに、由希子の脳裏に浮かんだ衝動。

 

 ―――壊したい。

 ―――殺したい。

 ―――今目の前に居る。

 ―――彼女の首を刈って、心臓を潰して、肉を削いで。

 

「……だ、から」

 ―――絶対に、いやだ。

「私は『この子』と添い遂げるわ!」

 そう思った瞬間、由希子の手には拳銃が握られていた。

 迷わずその銃口を、自らの頭に向けて。

 喜悦と衝動に歪み切った笑み、されどその瞳には涙を携え。

 

「やめて! そんなことしたら……」

「―――ばいばい、りょーちゃん」

 

 タキュン。

 乾いた音と共に、銃弾は由希子の頭を正確に貫き―――。

 

 爆発により生み出された炎の海に、その身は消えていった。

 

「……ぁ、あ……あ……」

 震える涼。その瞳が映していたのは、由希子の消え失せた跡―――そして、そこから生み出された、『D2』の姿があった。

 

「ああ……ぁ、あ……ああ、あああああ―――っ!!」

 

 悲鳴が響いたと共に、仲間たちも、その合体も振り切り、涼を拾って飛び立つフランベルジュ。

 

 

 

 ひなたは、総一は視た。

 戦いを切り抜けたトーマス、パーシィ、ゴードンも見た。

 送り届けたチョーも、それを見た。

 

 エルヴィンに生きる、ほぼ全ての人間が、その光景を目に焼き付けていた。

 

 狂乱の悲鳴と共に、宙に舞いあがるフランベルジュ。

 飛べるはずのないそれが、黄金の鎧を纏い空高く舞い上がる、それはまるで地球から撃ちあがる流星。

 

 闇色の巨大なナニカを形成しようとしている、バケモノの残滓に吸い込まれるように消えていき―――。

 

 

 空は爆ぜた。

 

 後には、全てが静寂と打ち消されるように、降り注ぐ雨の音だけが、生き残ったエルヴィンという街に、降り注いでいた。

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