第16話「そして、新たなる明日へ」


「私、弁護士になる」

「いったいどうしたの、りょーちゃん?」

 角川朝輝の死から意気消沈していた涼が、はっきりと己の言葉を述べたのは、葬式から数日が経過した時だった。

 

「結局、理不尽をいきなり倒すなんてできない。だけど、理不尽に何かを奪われる人はいっぱいいる。だから、あの人のような目に合わせないことが、私のできることだと思う」

 何の影響を受けたのか。

 涼の言葉を受けた由希子だが、何かに影響されて簡単に決めるようなことはしてほしくなくて。

「……ちゃんと自分で考えた?」

「考えた。調べた。だけど、酷かった。由希子に拾ってもらった身だけど、これじゃエルヴィンはやりたい放題が通るだけ……!」

 幸い、刑事罰については決闘審判で覆すことはできず、法律に違反すれば罰せられる。例の立てこもり犯も、結局重い罪を背負うようになった。それはほっとしているし、調べても間違っているところはなかった。

 

 だが、顛末を調べて分かったのは。

 『それ以外』なら簡単に覆しうるということ。決闘審判、その制度が民事的な訴訟を力により左右する制度だと気づいた。

「でも、そんなの。簡単に社会に取り込まれるに決まってるじゃない……!」

 それを打ち破れない世の中というのは、即ち何処にも止められる歯止めがなかったということ。力の強いものに、簡単に叩き潰されるのが世の道理。

 

 しかし。だからこそ。

「……でも、取り込まれない人がいないんでしょ。そうしないと、誰が社会に歯止めをかけるの?」

 譲れない。その瞳は真っ直ぐだった。意志を証明するように、もう一度宣言する。

「私は、弁護士になる」



 Flamberge逆転凱歌 第16話 「そして、新たなる明日へ」



 海上のオープンスタジアム。スマイルマーケットの労働環境をめぐる決闘審判の最中、会場内は熱気に満ちていた。

 対戦相手ゴードンの持ち出した暗緑色の機体『ガイメール』。

 クライアントの意向により装備された背部二連装レーザー砲は競技用基準を明らかにオーバーした超高出力だが、決闘審判が止まることはない。

 むしろ、その威力は結果的に、より観客のボルテージを高めるまでに至った。

 通常の火力ではフランベルジュは倒せない、そう誰もがわかりきっていたからこそ、そのフランベルジュと渡り合う基準の火力を持つ機体は、観客にとってはより『刺激のある戦い』になる、ということでもある。

 だからこそなのか、それとも最初から審判がつながっていたのか。とにかく、判断は決まりきっていた。『続行』である。

 

 

『言っとくが、俺はもう降りるぜ』

『そうか』

 パーシィの告げる言葉に、チームの仲間である筈のゴードンはそれ以上何も言わなかった。元々パーシィの参加理由は、スマイルマーケットの裏工作を暴くため。

 対戦相手という位置にはいるが、広瀬涼の側から情報が送られたパーシィには、最早このまま戦い続ける理由がなかった。

『それに、一対一がお望みでしょう?』

『フン』

 その言葉にゴードンは笑っていた。対戦前は仏頂面だった彼がだ。

 パーシィは下がり、それにドライフォートも同調。この場で雌雄を決するのは、広瀬涼とゴードンの二人だけになる。

 

 最早隠す必要もない。肩アーマーを巨大な腕に変形させるガイメール。

 未だダメージの残るフランベルジュ。注意すべきは腕ではなく、躊躇なく撃つであろう背部レーザー。拘束しながらの接射も、敵の行動として視野に入る。

 少しでも有効手段を先に奪うための、隙を探るための睨み合い―――。

 

 瞬間。

 駆けだしたのはフランベルジュ。

 距離を詰めなければ話にならない。ブレードアーマーは損傷で使えない。それでも一瞬で距離は詰まるのは、単純な脚力故に。

 しかしやはり読まれている。ガイメールの巨腕が迫る。

「チィ!」

 後方に跳ぶ。それも読まれている。視界に映るガイメールは既に背部レーザーを構えている。

 跳びながら身体を捻る。そちらが違法出力ならば、加減をする必要はない。

「バックブラスト……!」

 捻った状態で、フランベルジュの背部から放たれるエネルギー砲。

 ガイメールから放たれるレーザーとぶつかりあう大出力。だが、合体時を想定した技のためか、威力は違法出力に追い付かない。

 相殺しきれない部分はそのまま身を捩じらせ、発射の勢いと共に直撃コースを外れる。

 

 ならば。

 そのまま脚を振り、強引に体勢を戻す。

 間髪入れず、床に向けて放つブラスターファング。敵との距離を維持。

 脚を振った際に外れたブレードアーマーがガイメールに飛ぶ。

 軽く質量弾と化したそれが迫る。ガイメールは下がり、距離を維持するつもりだ。

「ぐ……ッ!」

 自身にかかる負荷も躊躇わず、引き戻す腕部付属のアタッチメント。勢いのまま床を蹴り、移動速度を維持して迫る。

 ガイメールを見る。発射体制のレーザーがもう一門。避けられない。

 左腕を思いきり前に振り抜く。タイル状の床に突き刺さったアタッチメントが、そのうち一枚をひっぺがし。

 直撃コースに投げつける―――床だったものに直撃。

 チャージされた二門の両方をこれで発射したはずだ。好機!

 

 レーザーの脇をすり抜けるように接近。

 迫るガイメールの拳。攻略しないことには、防御され続け、再びレーザーの被害を受ける。その前に突破する!

「ファングバイト!!」

 拳を打ち付ける。穿つのは床。周囲に瓦礫が舞う一瞬。

 目晦ましにしかならないのは分かっている。だからこそ、そのまま左手を軸に身体を盾に廻す。

 全身をバネのように使い、勢いづけた脚がガイメールの肩口に迫る。

 本命はこの一撃―――ブラスターファングバイト。

「ブラスターッッ!!」

 纏うエネルギーが炸裂。脚を掴ませない。

 反撃で放たれるショックカノン、衝撃が全身を襲い、傷ついた首元が焼けるような痛みを訴える。

 

 だが、ヒット確認。

 全重量とエネルギーを乗せた渾身の蹴りは、遂にガイメールの肩を捉え、その巨腕を弾き飛ばす。

 刈り取ったのは右側だけ。残りの力も刈り取る。体勢を整えつつ、腰にマウントしたレーザーソードを手に取る。

「まだ!」

 躊躇なく、背後を向いたまま後方の敵バックパックにレーザーの翡翠色の光を打ち付ける。

 終わりではない。レーザーを手放し振り返る。

 同時に振り返ったガイメール。既にもう片側のチャージが終わっている。

「撃たせるか!」

 回避の間に合わないパターンを狙われている。だが。

 打ち込むブラスターファング。左肩に噛みついた有線アタッチメントはそのまま離れない。

 腕を引き―――背後を完全にとった。

 

 もう片側のレーザー砲に手をかけ、力を籠め……渾身の力で剥ぎ取る。

 エネルギーの残っていたレーザー砲はそのまま爆散。だが、その隙に巨腕が迫る。

 最後の抵抗。なお攻撃を重ねようと放ったのは裏拳。頭部に迫る。

「―――ッ!!」

 迫る巨腕を迎撃―――その『石頭』は真っ向から腕に叩き付けられ、ブラスターファングでダメージを負っていたそれは沈黙。

 目立つ脅威は刈り取った。後はダメージ判定をたたき出す。

「でりゃああああ!!」

 迷っている時間はない。四肢の残る力を振り絞り、ゴードンの機体を背部からそのまま持ち上げ―――投げ落とす!

 

 渾身の力を込めたバックドロップ。

 強引な力技の衝撃は、SLGの想像を絶する膂力と重なり、ガイメールに甚大なダメージを与えることに成功した。

 判定が出たのを示す音が鳴る。パーシィが棄権した以上、スマイルマーケット側に残っているものは何もない。

 

『決まったぁぁ! 我々は何を見ていたのか! ロボットバトルの決闘審判でキメ技がプロレス技とは恐れ入った!

 広瀬涼、再びの勝利! 威力で並ばれ、装甲の利点を失っても、彼女はまだ倒せないというのか!

 労組側勝訴確定! なんという決着、冗談抜きでエンターティィナーの素質でもあるんじゃないかこの女!!』

 勝敗は決した。

 数多の逆境を乗り越え、再び広瀬涼は勝利を掴むことが出来た。

 観客の、仲間の見守る中、遂に逆転勝訴は此処に成った。

 割れるような歓声、それに答えるように、立ち上がったフランベルジュは空に片手を突き上げた。

 

 

「終わったぜ。無事涼の勝利だってよ」

「おっけ。後はトムナベの確保だな」

 スタジアムに急行していた俊暁とひなたの元にも、その速報は届いていた。

 デモ参加者の被害が取り除かれた時点で上層部に掛け合い、逮捕状の議論が成されている現状、あとは渡邉務を確保するだけで終了する。

 既に人員は割いている筈だ。大きな山場を越え、ひとまずほっと一息といったところか。

 

「……待て、何かおかしい」

 ―――そんな話を許さないかのようなタイミング。スタジアムまで目と鼻の先、ひなたが何かに気づく。

「どうした?」

「スタジアムの下、3、4……何かいる!」

 それを問いただす間もなく、仲間の警官からの連絡が入る。

「こちら角川―――」

『大変です! 渡邉容疑者の姿が見えません!』

 その一言で、事態の悪化を悟るには十分だった。

「……まだ何かやらかすのかよ!」

 悪態をつく。しかし、間に合うようなタイミングではない。

 それから2、3分程で、懸念は真実となる。

 ひとしきり連絡を終え、漸くスタジアムに辿りついたところで……海面を割り現れるそれを目撃する。

 

 

 曲面と細い線で構成されたかのような5つの浮遊体。

 球体そのものに見える浮遊体が割れるように展開し、腕から肩に。

 球を繋いでなめらかにしたような浮遊体が下半身に。

 最後に、展開して露出した胴体と頭部がそれらを繋ぎ。曲面を装甲に繋いだ人型がそこにあった。

 

『認めましょう。私の負けです。ですが、次はこうはなりません。また会いましょう』

 VIPルームを脱出した渡邉務は、脱出経路を用意していた。スタジアムの地下にポッドを仕込み、海中に潜ませていたパーツと合体させることで、この場を逃れる策を講じていた。

 そして、これまでの戦いで広瀬涼は消耗している。これで追うなど不可能。確実に逃げることができる。

 

「―――次は、ない」

 その言葉と共に、白銀のシルエットがエネルギーの奔流に包まれる。

 

 再び連絡を受けた広瀬涼。消耗した中で、それでも逃がしてはならないと、決闘審判に決着がついたこともありSLGの合体機能を解禁。

 渡邉務の把握していないタイミングで、エールフランベルジュへの合体を遂げていた。そして確認次第即座に放った砲撃。

 合体前は背部にあったバックブラストに加え、ツヴァイ・ドライ2機の力を結集して放った全砲門斉射『トリニティバースト』。

 あらかじめ事故防止のために張られていた、スタジアム内のバリアを容易に突き破り、渡邉務の機体を捉えた。

 

 だが、減衰したそれで沈むことはない。

 球面装甲から展開したエネルギーフィールドが、必死にそれを弾く。

 あれだけ消耗して、バリアで減衰して、それでやっと。

 

 だが、戦慄した務に考えている暇などない。

 穿たれたバリアへの孔を通り、紅の死神が迫る。

『死……にぞこないがァ……!』

 相手は消耗している。ならば多少のダメージといえど致命になりうる。

 一直線に迫りくるそれをロックオン、エネルギー制御器から放つありったけのエネルギー砲。

 連射。連射。連射。バシュ、バシュ、バシュ―――!

 

 それらすべてを突き破り、未だ勢いの止まぬ死神が迫る。

 死神の掲げるグリップが、流体金属を纏い、何人も止められぬドリルと化す。

 何故。どうして止まらない。どうして逃げられない。ブーストは全開で吹かしている。その状態で追いつかれる。

 有り得ない。私は捕まってはならない。私はチャンスを逃してはならない。

 

 遂に、その機体を捉える衝撃。

 だがそれは、撃ち貫くものではない。まるで掴まれているかのような感触。

 ただ響くのは、ギュイイイイイン、と機体を抉るドリルの音、揺れる衝撃。

 

「……チェックメイトだ」

 円の基部から展開し直したドリルは、基部の端に無数のドリルを備える形となり。

 それが回転しながら胴体を抉り、接続部を完全に削りきるとともに、胴体に存在するコクピットを抜き取るための布石となった。

 『ガトリングドリル』。それによりズタズタとなった機体は、コクピットだけを素手で抜かれ、残骸、削りきられた欠片は海に落ちていった。

『……はは。逃げることすらも許さない、ですか。いいでしょう』

 完全なる敗北を悟った務は、それでも笑顔を自らに貼り付け、負けは認めつつも自身を飾る。

『ですが、あなたのやり方は社会では通じない。私の手は破れても、いつか必ず、貴女は社会に殺される。どんな形だろうとね』

 呪縛を残すかのような務の言葉。涼は眉ひとつ動かさず、そのままスタジアム側に反転する。

「私は負けない。フランベルジュは倒れない。

 SLG……私はこの機体の識別名に、『Sword Line Gardnerソードライン・ガードナー』と意味を付けた。秩序を守るための完全な造語。存在しないものを私が証明し、形作る。絶対に負けない」

『……せいぜい足掻いてみなさい』

 元々、意見を交わす必要すらなかった二人が噛み合い、互いに最初で最後の意見をぶつける。

 それは広瀬涼にとって、自らの戦う意志を示すための、自分への宣言であった。でなければ、こうして意見をぶつける必要など、ありはしない。

 

 

 ―――――

 ―――

 ――

 

 

 広瀬涼が控室に戻った時には、既に仲間が勢揃いしていた。

「馬ッッ鹿野郎! 何でそんな無茶断りなくやった!?」

 真っ先に受けたのは俊暁からの叱責だった。肩を掴まれ揺さぶられながら、必死に。無理もない。広瀬涼という命を懸けたデスゲームになっていたのを仲間が知ったのは、全てが終わった後だったのだから。

 既に処置は終わり、大したダメージがなかったためか入院沙汰にはならなかったのが幸いか。首元には包帯が巻かれている。

「逆にどう断り入れろっていうのよ」

「だからって! 命かかってんだろ……!?」

「今更だし」

 それを言われると、言葉に詰まってしまう。

 実際、違法出力のレーザーを持ち出されたということは、決闘審判での戦い自体が直接生死にかかわるデスゲームになる可能性だってあった。

 それでも、どうしても感情的になってしまうのも無理もないことは、当の広瀬涼事態が理解している。

「……でも、ありがとう。皆が居たから、きっと私もここにいる」

 もし何かが欠けていたら。考えたくもない。

 どんなに一人が強くても、どんなに何でも出来ても、限界がある。

 肩を揺さぶる手を除けながら、皆に向かい合う。

 協力者の誰もが、各々の笑顔で迎えてくれている。

 絆と一言で言えば陳腐になるが、これまでの彼女の道程が仲間を呼び、ひとつの結果を産んだ。その事実に変わりはない。

「ありがとう」

 重ねて言う。親しきものを失ったあの日の二の舞を避けることができたのは、他ならない皆の力があったから。

 

 

 この日の裁判の結果。

 スマイルマーケットの業務改善命令は手厳しく行われ、従業員の雇用体制の大幅な見直し・改善を余儀なくされた。

 また、体制を維持していた渡邉務代表取締役はその職務を追われ、余罪はもちろん、抵抗し逃走を図ったこともあって即日現行犯逮捕。

 体制変更によるダメージ、代表取締役だった人間の重く嵩んだ罪状。

 『決闘審判に負ける』ということは、場合によってはそれまで抱えていた黒いものを吐き出さざるを得ないということであり、闇を抱えた企業ほど重くのしかかる。

 

 弱さは罪。その『罪』が己の中に存在するのであれば、弱き者は己の罪に食われていくのである。

 

 

 ―――――

 ―――

 ――

 

 

 ある朝。孤児院ポインセチアのキッチンでは、慌ただしく朝食の用意が始まっていた。

「もうちと軽くで」

「こうか?」

 かつん、と響く音。ひなたの持っていた卵は想像以上にひびが入る。殻がぽろぽろ落ち、このまま開けばおそらく卵の殻が入ってしまうだろう。

「……もっと軽くできねっスか?」

「やってるし!」

 抗議をよそに、花嫁?修行を担当しているような状態になった総一が、見本のように片手でひびを入れ、卵を割ってみせる。

 それで必要分揃ったのか、入った卵の殻を菜箸で取った後、慣れた手つきで卵をときはじめ……目の前に湯だっている鍋の中に、溶いた卵を箸伝いに入れていく。

 本日の味噌汁の具材は、ニラと卵である。

「まあ、自分のペースってモンはありますけど。俺が教えられるの、限度ありますからね」

「わかってるっての!」

 ブー垂れるひなたを他所に、総一は鍋の中身に集中する。

 彼も中学三年生。高校に入れば独立も視野に入り、負担も考えると奨学生を目指したい。勉強に身を入れたいシーズンである。

「で、どうなんです、身体? 昨日検査行ってきたって話でしたよね?」

「あ、ああ。あれね」

 人数分の食器を用意する最中……ひなたの言葉尻がやや濁る。

 検査というのも、ろくに自分の体の状態も知らなかったひなたは、戸籍登録をきっかけに病院で自らの身体の状況を知るべく検査を行ったのだ。

 本日出た結果というのは。

「……子供、ちゃんとできるって」

「よかったじゃないっスか」

 

 子を成せる。

 今更ながらも、人と触れあう事を知ったひなたには、将来普通の女性として暮らせる道があるだけでどれだけ救いがあることか。

 まだ『彼』と子を成すかどうかは分からないが、それでも前進、収穫である。

 しかし。

「いいのかな、アタシが……」

 幸せになってもいいのか。

 自分がそれまで、どれだけの人の幸せを奪ってきたか。

 数えきれない命を犠牲にし、その頭上に居る己にその資格はあるのだろうか。

 不安にぽつりと言葉を漏らす。ただ生きたかっただけなのに。

 

「その言葉、レイフォンさんに言えばいいんじゃないですかね」

「アイツに話してもわかりきってるし」

「じゃあ広瀬さんは」

「それもわかりきってる」

 それでも、不安を抱えている。拭えないもの。

 本当にこの道でいいのか。わかっていても、それを肯定しきる自信がない。

 ひなたのそんな状況に、総一が言えることは一つだった。

「だったら、それが答えでしょ。やらずに後悔するのは皆に失礼ってモンで」

 鍋に視線を落とす総一の表情は曇っていた。

 ひなたはそれを見て、彼にも彼の事情があることを改めて思い知らされて。

 

「ほら、よそるから持ってってくださいよ」

「お、おう」

 そうだな。今いる皆に失礼を働くことはできない。

 思い直し、用意した汁椀で味噌汁を受け取りつつ、お盆の上に乗せて。

「ありがとうな」

「ならもうちょっと料理頑張ってもらわねーと」

「アッハイ」

 苦笑しながら受け取り、それを子供たちのところに持って行けば、待ちわびる子供たちの顔が笑顔に染まる。

 

 そして今日も、一日が始まる。

 あの一戦から、三か月の経過していた、夏の晴れ空だった。

 

 

 ―――――

 ―――

 ――

 

 

「何故、俺を呼んだ?」

 ゴードンはその日、トーマスとパーシィに呼ばれ、二人の行きつけのバーのテーブル席に座っていた。

「チーム組んだ仲でしょ、そう硬くならないで」

「そうそう、くいっといっちゃいなよ」

 バシバシとゴードンの背中を叩くパーシィは既にある程度酔いが回っていた。

 仏頂面の変わらないゴードンは、怒っているのか呆れているのか、

「酒がまわる前に聞きたいだけだ」

「なにー、ノリ悪いなぁ。大事だよ付き合いというのも」

 一歩引いたような立場で話すトーマスも、心なしか饒舌だ。

 

「で。決闘審判、何思ってあの時スマケ側についたわけ?」

 パーシィが口火を開く。責める口調ではない、完全に疑問視しての話。

「簡単なことだ。強い奴ならば、倒してみたくなるだろう」

 その言葉に、全く疑問に思わず返答するゴードン。

 どう見ても人道に反するならば、依頼を蹴る理由は限られる。彼の理由は、ただ強い相手を求めてのものだった。

「とはいえ、恨みは買いたくないがな」

 彼の観点では、強い相手との戦いが第一。

 あの戦闘で負ったリスクは流石に大きかったのか、言葉を付け足した。

「……ってことはおたく、またあの子と戦うおつもりで?」

「無論だ」

 トーマスの問いに即答するゴードン。よくやるね、と内心呟いた。

「まあ、程々にね。そちらに罪はなくとも、あんま汚いトコに加担したらそれもそれで評判落とすよ?」

「それは、BMM乗りの忠告か?」

「それとエルヴィンの住人としてね」

 話にひと段落をつけたところで、アルコール飲料の入ったグラスをゴードンに向けるトーマス。

 グラス同士、かつんと音を立てて、それが三人で飲み交わす合図となった。

 

 

 ―――――

 ―――

 ――

 

 

「はい、オッケーです!」

「よかった……!」

 紅のボディ、開いたコクピットからロープを伝って降りるレイフォン。

 大破したイクシオンはファルコーポに回収され、現代の技術基準を以て改修された。ケンタウロスのような四脚は健在、馬の背にあたる部分は貨物の輸送に使用可能。これを活かせば、食い扶持はいくらでも見つけられる。

 現在、修復された本機を用いて、ファルコーポ社長である由希子の直々の指導の下で操縦訓練を行っているところだった。

「覚えてしまえば筋はいいですね。そろそろ実際の業務、やってみませんか?」

「ほんとですか!?」

 この三ヶ月で、レイフォンはイクシオンの動かし方の大半を把握していた。

 まだぎこちない部分はあるが、基本動作だけなら少なくとも問題はない。

 これが実際の業務になると勝手が違う部分もあるだろうが。

 

「……しかし、拘りますね、この機体。イクシオンでしたっけ」

「はい。誰が置いたか知りませんですけど、これを動かすのが俺の目標でしたから」

 由希子に聞かれ、見上げるレイフォン。

 かつては動かし方すら知らなかったこの機体。今ではその方法をある程度理解できているが、もし出会いがなかったら永遠にそれを知ることはなかっただろう。

「それに、ひなたと会うきっかけになったのもこれですし」

 イクシオンを動かそうと悪戦苦闘している時に、ひなたと出会った。ひなたに助けてもらった。気づけば、全てが与えられていた。

 だからこそ、思い入れはより強く。

「分かります。誰にだって、絶対譲れないものってありますからね」

「そういう由希子さんも。ライズちゃん、でしたっけ。だいぶ自慢してましたけど」

 レイフォンの頭に浮かんだのは、由希子が個人的に乗り回す戦闘バイク。

 ニックネームで呼ぶし、操縦に関して口うるさく俊暁に文句を言っている。

 何かしら特別な思い入れを感じてか、例に出して由希子を見る。……複雑そうな表情をしていた。

「そうですね。気が向いたら教えます」

「わかりました」

 愚直なレイフォンも、嫌がる話に突っ込むほど愚かではないし、気遣いもする。

 いたずらそうに微笑む彼女を見て、何かあるとは思いつつも、それ以上を踏み出すことはできなかった。

 

 

 ―――――

 ―――

 ――

 

 

 今日も日が沈み、一日が過ぎていく。

 夜の街の静寂は街の明かりに掻き消され、ロボットの普及する世界でも普通に行き来する車の音が響く。

 その一つに、人々の営みがあって、どんなに特異な街でもそれは変わらないのだろう。

 

 子供の眠るような時間。

 ナルミを寝かしつけた後のマンション自室、涼はベランダのふちに寄りかかりながら、ぼんやりとその光景を眺めていた。

「どうした?」

 所用で訪れていた俊暁が、通常サイズの麦茶のペットボトルを投げてよこす。

 それを開きながら、少し考えて。

「何でも。ただ見てたかっただけ」

「……疲れてるんじゃねえのか?」

 ぼうっとしていた涼に対して、切り込むような本題。

 ここ三ヶ月、彼女はずっと色々な依頼を受け、ロボットで戦い、テレビのインタビューに引っ張りだこだった。

 未来社との一戦、当時フォーティンを名乗っていたひなたとの戦い、そして渡邉務を追い落としたあの決闘審判。

 完全に評価が固まり、依頼も、それ以外の仕事もとにかく組み込まれ、休む暇もなかったはずだ。

 

「業務の拡大、そろそろ考えたほうがいいだろ」

 一人に負担を背負い込むことをよしとしない、俊暁の言葉。

 しかし、フランベルジュと広瀬涼、その組み合わせの圧倒的な強さで、最強のブランドが持っているようなもの。

「今は私じゃないといけない」

「ならペース落とせ。持たないぞ」

 肩をぽむ、と叩く。

「……ありがとう。心配してくれてるのね」

「放っとくと無茶するからな」

 現に俊暁のこなしている仕事は大きい。

 違法性のある依頼や過剰な報道をある程度シャットアウトし、問題が発生した時に正当性を与えてくれる。

 激務に付き合う彼の苦労もまた相当のものだろう。

 

「正直。ちょっと寂しい」

「ん?」

 ふいに、涼がぽつりと零した言葉。

「私がやらなきゃいけないことは分かってる。でも、あれだけ集まって何かをこなしたのに、また道が別れた気がして」

 三ヶ月前の決闘審判。人々を救うため、皆が力を貸してくれて、挑んだ戦い。

 しかしそれが終わった今、それぞれ皆はお互いの生活に戻り、一度に集まる機会がなくなってしまっていた。

 困難な事態の前に集結したのが大前提のため、本来抱いてはいけないとは分かっていても、まるで祭りの後のような感情。

 

「……困った時は、またみんなお前に力を貸すさ。別に敵になったとかそういうことじゃないだろ?

 トーマスやパーシィが別の雇い主に雇われて対戦相手になった、とかならまた別だけど」

「そうね」

 実際、ロボット操縦者のプロである『プロドライバー』ならば、傭兵のような存在のため、決闘審判で敵対してもおかしくはない立場。

 しかしあの時の面子が、また広瀬涼と敵対する、となればその程度。また困難があれば、喜んで広瀬涼に力を貸すだろう。

「俺だってそうだ。誰に何て言われようと、お前の味方でいてやる」

 それを示すかのごとく、涼の肩を寄せるように。

 いくら強さで際立っていても、筋肉が凄いとかいうわけではない。こうして触れてみれば、ただの細い女性の身体にも思える。

 触れている左肩。その近辺の腕には、見せることにあれだけ抵抗があった『烙印』がある。

 それでも、涼の嫌がるそぶりは一向になかった。

 

「味方って、いつまで?」

「お前が無茶する限り。っていうか、セクハラ言われるかと思ったが」

 思わずいつもの調子で、余計な言葉がついてしまう。

 一時期散々(主に由希子に)言われたせいか、変な扱いをされるものだと思い込んでしまっていたのだが。

 こういうボディタッチくらいで文句を言う気は、涼にはかけらもなかった。

「別に。じゃあ、もう少し頼らせてもらおうかしら」

「ほんと身体は壊すなよ?」

「考えてる」

 冗談交じり、本気交じりの緩やかな言葉。

 その中で、ふいに。

 

「……ありがとう」

 広瀬涼という人間の、確かな本音が、聞こえたような気がした。

 

 

 Flamberge逆転凱歌 第16話 「そして、新たなる明日へ」

                         つづく。

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