第11話「ひなた」

 八方を金属の扉で囲まれた檻のような場所で、打ち合う二人の少女が居た。

 片方は紅、片方は金。互いに髪が舞い、腕と、脚が交差する。

 言葉を交わすわけでもない、ただただ機械的に戦う。どちらが上かを証明するように。

 

「そこまで。11イレヴン14フォーティン、今日の訓練は終わりだ。10分の休息後、次のプログラムに移る」

『了解しました』

 機械的な言葉。感情なく、二人は応え、その場で休息に入る。

 

 少女イレヴンの瞳に、感情は宿っていなかった。

 ただ、求められたから行う。必要と迫られたから行う。

 目の前に突き付けられる、昏い感情の眼差し。それにも全く感情が揺らぐことはない。

 

 少女は死んでいるように生きていた。それはたとえ、この箱庭から出ようとも、変わらない事実だった。

 ある時、『外』を真の意味で知るようになるまでは―――。



 Flamberge逆転凱歌 第11話 「ひなた」


 三日月の照らす、夜闇の荒れた大地が、一瞬爆炎と閃光で照らされる。

 一瞬のフラッシュ、されど今度は巻き上がる黒煙が月明かりを遮り、完全なる漆黒を作り出す。

 その漆黒をかき消すように、響くブースター音。

 事前に察知できたことでイクシオンは損傷を免れた。

 しかし、弾の盾になっていた研究施設の一部が音を立てて崩れ落ち……周囲は荒野ばかり。逃げ場を失う。


「チィ……」

 反応を知って即座に攻撃した。おそらく、存在を知る可能性のあるものを徹底的に排除する構えだろう。

 弾を避けきったフォーティンの動きは筒抜け、熱源反応を攻撃した時点で相手が生かしてくれるとは考えづらい。

 ならばどうする。

「ああ、俺の部屋!」

「うるさい! 生き残れなきゃ変わらない!」

 背後で悲鳴の上がるレイフォンに対して声を荒げる。

 避けようがない中で九死に一生を得たのだ、これで騒がれても困る。

 しかし、安全な場所が全くない。好ましくない状況。

 ひとまず、まだかろうじて形を保っている施設の裏に機体を隠れさせ、視認性を失わせる。位置はばれても、カメラによる詳細情報の把握を失わせれば、おそらくまだどうにかできる確率は上がるだろう。


 一方、対峙していた指揮官はその様子を見て、あくまで冷静に対処したその機体に驚きを見せた。

 最初は単なる障害になると思って攻撃のリソースを割いたのだが、あくまで冷静にいなした上でまだ障害物を利用しようとする。単なる素人や民間人ではない。

 そうなれば対処にやや時間はかかる。手練れであれば余計に放置はできないが、それでエルヴィンへの攻撃リソースを失いすぎるのも考え物である。

『三番隊は追撃。残りはそのまま進軍』

『了解』

 あくまで目的はエルヴィン。数秒に満たない逡巡の末、一部のリソースを割き、大部分の戦力をそのまま侵攻させることにした。

 ダークグレーで彩られた、人型の基本を逸脱しない兵器然とした機体が、バイザーを黄色に光らせ、侵攻する。


 フォーティンの行動は、彼女にとって幸運な方向に作用した。

 流石に何機にも囲まれて狙い撃たれれば、ただの一般機、しかも旧型でしかないイクシオンではどうしようもなかった。

 だが実際、彼女に向かった兵器は3機。これならば。

「……どうするんだよ」

 困惑したレイフォンが語りかけるが、やることは最早ひとつしかない。

「戦う」

「戦う!? 相手は武器持ってるのに……」

「ボサッとしてたらどのみち殺される! やるしかないだろ!?」


 レイフォンの言葉も最もで、イクシオンに武器らしい武器はひとつもない。

 あるとしたら、荷物固定用に装備されたワイヤー2本程度。

 それでもフォーティンには、この状況をどうにかできる算段がなくもなかった。

 元々彼女の能力のため、操作する機体を文字通り意のままに動かすことができ、操縦にはダイレクトに戦闘経験が反映される。

 だが、それでも生き延びる道が0から1になった程度。

 万全な状態の3機を相手に、その道までどう辿りつくか。逡巡する間にも、敵は一歩ずつ近づいてくる。せめて隙でも作れれば―――。

 

 戦々恐々とするフォーティン達の背後で、唐突に爆発音が発生した。


 旧式かつ非武装のイクシオンでは、襲撃者側のレーダーを全面的に下回る。

 しかしそれは、双方ともエルヴィン外での話。

 仮にエルヴィンの、さらに言えばその中でも信頼が持てるスタンダードモデルが比較対象だった場合どうなるか。

「Hit!」

 快音を響かせたことに満足げに言葉を漏らしたトーマスの台詞が全てを物語っている。

 世界から技術力を集められ、独自の発展を見せたエルヴィンの技術水準は、襲撃者側より上の域に達していた。

 左側にレーダードーム。右側に大型狙撃ライフル。エルヴィンにおけるハイ・スタンダードモデル、BMMベーシカル・モビル・マニピュレータシリーズ最初の機種『マズルカ』の放った一撃が綺麗に敵機の上半身にヒット、一撃で行動不能に陥れた。

 本来なら一般人と軍人、それも特殊部隊とあれば戦闘経験が圧倒的に違うため、どれだけ性能が高くても一般人相手に軍人が負けることはない。彼らが軍に属しないテロリストだった場合でも同様だ。

 しかし、この戦闘に於いてそれは通用しない。プロ対アマチュアでは相手になるはずがないが、プロ対プロではどうなるか。

 敵を倒すことに特化し、団体戦などの特殊ルールやこのような依頼を受け持つプロドライバー。

 彼らドライバーは言わば一種の傭兵に近い。つまるところ、彼らも『プロフェッショナル』なのだ。

 例えば、暗殺部隊の人間と一般人が一対一で対峙した場合、一般人の結末は見えるだろう。だがその一般人に、『歴戦の兵士』や『格闘技の達人』などの肩書が加われば話は別になる。

 さらに言えば、今回の敵部隊は『奇襲』というアドバンテージを失っている。

 今回雇われた二人には、『先の決闘審判の後、侵入を試みる勢力による強襲を、方向まで予測し警戒をしていた』という推測情報がある。

 奇襲を読みで看破し、鍛えられた戦闘技術に技術力アドバンテージ。さらには襲撃者側は目撃者消去に踏み切ったため、自ら位置を晒したようなもの。

 エルヴィン警備隊の範囲から遠く離れた場所での戦闘だったが、彼らが推測で広範囲に陣形を敷いたことで、完全に見破られ、狙撃による先制を許してしまったのだ。


「やっちまえ!」

「OK、任せな!」

 先制攻撃を受けたことで混乱する敵陣、さらに状況を撹乱するべく、もう1機のマズルカが飛び出す。

 バックパックに、肩に、脚部に、ありったけのミサイルを詰め込んだようなそれ、肩とバックパックから雨霰のように弾ける弾頭。

 フォーメーションを組んでいた12機が攻撃回避のために散り散りになり、大きな隙を晒す。

 その間にまた一人、競技用ではなく戦闘用に生成された弾頭の餌食になり、また一機弾痕を増やし、機能を損壊させられる。

 それを察知し、何とか回避行動をとろうとする機体があったが―――唐突に側面から衝撃が響き、機体を押し叩く。

 

 トーマスとパーシィの二人に部隊がより手玉にとられている最中、戦場を縫うようにブースターを吹かしてより速く駆ける一機のバイクがあった。

 撹乱された陣形を追い込むように、後輪付近のウェポンベイに装備された大型キャノンが火を噴く。

 単独で渡り合うのは難しいが、制圧射撃により混乱を招かれた今ならば話は別。

「コレですよコレ! ライズちゃんの本領!」

「割と無茶盛りスペックしてんな……!?」

 俊暁がぼやくのも無理はない。推力をブースターで無理に補っている上に、反動のため機体制御こそ難しくなっているが、ある程度ブースターで補佐が効いている。

 二人乗りの大型バイク、ライズバスターとはいえ、サイズの差による火力確保の難しさは以前の戦いでは大きな差として響いていた。

 しかし今回の相手は一般機サイズ。この程度の差なら元々想定したものであり、サイズ差を補うための各種装備は整えている。

 爆走する小型機は、そのサイズに見合わぬ火力と無限の積載量を持つ、小さな要塞であった。


『隊長! このままでは進軍できません!』

『ええい、各機散開! 左右に分かれて進軍を行う! 道中の防衛隊を排除せよ!』

 ダークグレーの機影、残り11。損害を避け攻撃を行うため、正面を避け攻撃対象を分散させる作戦に出た。

 攻撃の手が緩めば消耗を抑えて進軍しやすくなる。それに電撃戦で混乱を招かれただけで、一機一機は大したことはない。

 特に片方は単なる戦闘バイクではないか。

 ―――この隊長の判断は、ある意味では正しかった。

 

 しかし、それを覆すのが、ライズバスターの『無限の積載量』である。

「散りました!」

「よし、次!」

 由希子の言葉に、俊暁は次なる手を取る。

 数秒と立たず変形した『ライズブレイザー』。変形と同時に、肩と脚に重量のあるコンテナが装備される。

 迷わずそのコンテナから発射するのは無数の爆発物。

「こっから先は通行止めだ! 当たると痛ぇぞ!!」

 言葉通り、突っ込んできた敵機は小型の爆発物に次々と襲われることとなる。

 肩から吐き出されていたのは、空中に浮遊して接触物に爆破によるダメージを与える浮遊機雷。脚から撒かれていたのは、同じく地上に刺さって接触を待っていた、一説では非人道兵器とも言われるマキビシ式の機雷。

 機体に衝撃を与え、装甲を損壊させるとともにその場に押しとどめるには十二分なものだった。それが広範囲に撒かれているのだから、言葉通りの『通行止め』である。

「やっと警察らしいこと言いましたね?」

「俺のこと何だと思ってんだよ!?」

 容赦ない言葉に突っ込みながら、撃ち切った装備を解除したライズバスターが構えた、自身の全長に匹敵する大きな基部。

「こいつならぁッ!!」

 投げ放った基部の先から形成されるエネルギー刃。

 そのエネルギー刃は単に現れただけではない。噴き出すことで運動エネルギーを発生させ、微量ながら軌道を調整するという機能まで持ち得る。無論一人ではその制御までこなしきることはできない、二人乗りだからこそできる荒業であり、使い捨てというのもデメリットだが、それらすべてを許容することで―――

「命中です!」


 ズシャア……ッ!!

 20m級機体の半分もない機体サイズでありながら殺傷能力でそれらに並ぶ威力を実現する。腕部が吹き飛び、胴体にまで突き刺さるその光景は、明確な威力を周囲に見せつけるのに十分な役割を果たしていた。


 一気に倒されこそしないものの、わずかな兵力に手玉にとられていた。

 その状況は隊長を焦らせるのに十分なものであった。

『まだ突破できんのか!』

『二番隊進軍停止! 駄目です!』

『ええい、おのれ―――!?』

 舌打ちし、再びレーダーに目を通す。

 ちょうどその瞬間だった。レーダーは固まった大きな反応を感知、映し出す。

 それは巨大な暴風を懲り固めたかのように、眼前に猛スピードで突進。

 信じられないことに、それは己らの布陣目がけて『正面突破』してくる。

 最早止められている以上、武器を温存する理由はない。正面突破する何かを目がけて、キャノン砲、ミサイル、ありったけを撃ち込む。

 それの速度は全く止まらない。まるで戦闘機のようなスピードで機体に真っ向から接近し―――。


『な、何が起こっ……!?』

 数瞬飛んだ意識が戻った時は、スピードに巻き込まれてか大きく吹き飛ばされ……機体の右肩が抉れ、基部から消失していた、仰向けに倒れている自機の惨状を否応なしに確認させられることとなる。



 後方で聞こえた爆発音。

 そこから、様子がおかしいことはフォーティンも感じていた。だからこそ、その音が聴こえた瞬間、フォーティンは全力で敵に向けて疾駆していた。

 敵の意識した瞬間を狙う。ここしかない。

 一番狙いやすい挙動をした敵を瞬時に狙う……即座に反応して銃器を剥けた、中央前方に一、左右後方に一、その中で中央の相手に、イクシオンの腰から固定用ワイヤー2基を放つ。

 放った直後、脚部を大きく前に押し出し、ブーストをかける。敵が壁になった一瞬、ブーストを吹かしつつ……左右の敵の間を強引にこじ開けるように移動しながら、強引に左前足で脚部を挟み込む。

 前方に向けていたということは、それを固定したまま押し倒せば身体から90度に近い角度で、つまりイクシオンから手の届きうる状態で右腕が固定される。

 あとは、強引にこの銃器を奪い取る。後ろから銃器音が聞こえ、被弾するが、ブースターなどの危険な部位に当たらなければ気にするものではない。もとより装甲など頼りにしていない。

「これであとは―――!」

 やれる。そう確信した。敵の手が緩んだ瞬間を狙い、思いきり『力』を込め、武器を奪い取る。

 時間にして2、3秒。辛うじて武器を手にした。損傷もデッドラインまでまだまだ余裕がある。あとはワイヤーを切り離しながら振り向き……。

 

 その最中、不意にサブカメラに映った光景に、全てが打ち壊しになった。

 機体下部、操縦していたと思われる男がコクピットから抜けて脱出していた。

 真っ先に考えられる可能性は一つ。

 

 その可能性を証明するかのように、機体下部から響く轟音が、イクシオンを直撃した。

 

「……!」

 飛んだ意識が戻ったのは数瞬後。

 四足獣のような下半身が跡形もなく砕け、残されたのは胴体だけ。直立も叶わず、胴体だけ仰向けに吹き飛んだ形と簡単に理解できた。

 電子機械が焼けて爆ぜるダメージは、それとつながっているフォーティン自身にもフィードバックされていた。

「あ、ァ……!!」

 熱い。痛い。焼ける。爆ぜる。

 まるで生身の体を欠損したかのような。

 頭を抱え、苦しみに呻く姿は、かつて凶悪性を存分に発揮していた姿などどこに想起できようか。

 

 機械との連携を切れば、ここまでのフィードバックを負うことはなかった。

 たとえば先の決闘審判の際、脱出直後にアーセナル・コアとのリンクを断ったおかげで、ダメージのフィードバックは避けられていた。

 今回それをしなかったのは、少しでも爆風から機体を逃がそうと、ワイヤーを断ちブーストをかけていたから。

 涙が浮かび、ぐちゃぐちゃの表情は、今まで誰にも見せたことのなかった、弱い姿。

「アタシ……弱くて……」

 弱くては生きてはいけない。行動を実現に移せない、移し切れない力不足そのものが罪となる。ならばどうすればいいのか。万策尽きた彼女には、最早何も言葉が浮かばなかった。

 

 目の前のコンソール自体は、辛うじて生きていた。

 コクピットの損傷自体は免れていたから。

 だが、それが表すのは絶望的な状況。機能はあらかた破壊され、指一本動かすことすらできない。

 それがもう、彼女には何もできないことを表していた。

 滲んだ涙、もうそれすらまともに直視できない。嫌だ。こんなところで。

 

 ―――ふいに、その目に入る光が薄らいでいることを感じた。

 コクピットの後ろから、何かが遮って、何かを伸ばしている。

 伸ばしている何かは、腕。その手は、唯一生き残っている機能……マイクのアイコンがついていた、通信機能。

 押し続けたそれは、救難信号チャンネルに自動的に切り替わる。

 デフォルトではどうなっていたか、知る由もない。

 涙を拭って、横を見る。

 そこには。

「―――誰かぁぁ! この子を助けてくれぇぇぇっ!!」

 コクピット後方、単座だったためか吹き飛ばされ衝撃を受け。それでも、他人のために叫ぶ少年がいた。

「お、お前……!?」

 呆然とするフォーティン。聞く間もなく少年はまくしたてる。

「誰でもいい! 誰かいるんだろう!? 襲われてるんだ、助けてくれ! こっちには女の子がいるんだ! このままじゃ女の子まで殺される! だから頼む、誰か!」

 がむしゃらとしか言いようのない行動だった。

 おそらく、マイクのアイコンが見えたことで直感的に、話ができると感じ取って動いたに違いない。

 レイフォンには学がない。機械に触れた経験も少ない。

 それでも、他人のために動くことができる、その心だけは失わず、この瞬間光っていた。


 しかし無情にも、一番近くでそれを聞いていたのは暗色の機体だった。

 その通信を聞いたことで、まだ目撃者が生きていることを悟り、迷わず銃を向ける。遂に八方ふさがりになり、あとは銃殺されるのを待つばかりになる。

「頼む……頼むよ……!!」

 それでも、必死に声を上げ、助かる可能性に賭ける。

 暗色の機体は最早狙い撃つ必要もなく、淡々とコクピットに狙いを定め、そのトリガーを放った。

 この世界に、神など、奇跡など存在しない。


『―――任された』

 トリガーを放った瞬間、暗色の機体の腕は宙に舞い、弾はあらぬ方向に飛んで行った。


 暗色の機体の前に立ちはだかったのは、紅の胸部、銀色の四肢を持った巨人。

 世界に神も救いもない。ならば、己がそれになればいい。

 今目の前に降り立ったのは、神でも救いでもない。秩序を通し強きを挫く、鋭き鋼に焔を宿した、フランベルジュ、そして、広瀬涼だった。

 

「……イレ、ヴン……?」

 フォーティンからしれみれば、目の前の光景は信じられないものだった。

 銃を放たんとする敵に対し、直前で降り立ったフランベルジュが、腕を蹴り砕きながら降り立ったのだ。

 呆けているうちに、上空からさらに降り立つ赤と青の二機。

『広瀬涼だ、と言っただろう』

「そこまでは聞いてない」

 フルネームは初めて本人から聞いた。冷静に応対するが、内心はパニックを引き起こしている。

 何故アタシを助ける? いや、それをさせたのはおそらくレイフォンの叫びだろう。だが、アタシに助けられる資格があるのか?

『先に言っておく。お前がなら、私は全力でそれを砕く。私はそう言った』

 整理できていないのを察してか、涼の方から先に口火が切られた。

 しかし、その言葉に怒りはない。

『だから、

 言葉と共に駆ける巨神は、真っ先に目の前の暗色の二機を叩くべく。

 

 現在フランベルジュには、脛の部分にアーマーが増設されている。

 これはファルコーポレーションが試作中だった『ブレードアーマー』。

 ブースターつきの実体剣がアーマーの外側部分に装備されており、ブースターと格闘武器を兼ねることで機動力と防御力、戦闘力の一挙向上を狙った、20m級機体のオプションパーツ。

 ブースター周りが明らかに劣っていたフランベルジュの弱点を補うべく装備された外付けの装備であり、バランスが変わることを除けば戦闘力の向上に役立っていた。

 加速をつけて放たれた飛び蹴りが敵を大きくよろめかせ、そのまま通常の着地には映らず、両腕で逆立ちになり身体を支えながら、脚を大きく開く。

「せやッ!!」

 そのままブースターの勢いと共に回転。勢いを支えるブースターの刃が敵機に迫り、丸鋸が迫るかのように装甲を裂く。

 人の域を大きく超えた巨人、だがそれはフランベルジュだからこそできる芸当。

 トドメに敵機に向けて大きく跳ねとび、上部装甲目がけての飛び蹴り。それで限界に達し、敵機コクピットから上の装甲が剥がれ落ち、吹き飛ぶ。

 

 残る一機も、援護に入るどころか、そちらの方が耐えきれない状態だった。

 ツヴァイ、ドライの双方から放たれるエネルギー砲の集中砲火に、さほど間をおかず動かなくなり、内部から爆発を起こし沈黙する。

 脅威は排除され……後に残ったのはイクシオン。それを抱えたフランベルジュは、ツヴァイとドライの再びの変形……ソードライン・フォートレスにイクシオンを抱えたまま飛び乗る。

 

 

 その惨状は、侵攻側にも十分に伝わっていた。

「三番隊壊滅! 残る機体も時間の問題かと思われます」

「ええい、先遣隊の奴らは何をやっておる! 情けないわ!」

 エルヴィンからさらに大きく離れた荒野に、侵攻拠点はあった。

 上官と思わしき男が忌々しげに舌打ちをし、部下に怒鳴り散らす。

「報告によれば、問題のフランベルジュが我々の障害になっていると」

「遅かれ早かれか……全く! アレを出せ!!」

「はっ」

 怒鳴り散らす男の言葉がきっかけとなり……基地の滑走路が大きく開く。そこには―――。

 

 

『おお、戻ってきた戻ってきた』

『大丈夫だったか、広瀬?』

『どうだったりょーちゃん、ブレードアーマー?』

 パーシィが気づいたのに続き、俊暁と由希子から立て続けに言葉が飛ぶ。

 足止めされ、残り4,5機程度になっていた敵陣を割るようにソードライン・フォートレスが駆け、二機の元々持ち得た火砲をフル稼働して敵陣の殲滅にかかる。

「誰か手が空いてる人いる? コレ、連れ帰ってほしいんだけど」

 フォートレスから降り立つフランベルジュの腕には、ボロボロになった上半身だけの機体があった。

『んじゃあ俺が連れてきますか。ちょうど弾使いすぎちゃったのよ。

 ……ま、それでも撃墜スコアでちょいプラスなんだケド』

 快諾するパーシィがそれを受け取り。大量に装備した弾頭も底を突き、手持ちの射撃武器でどうにかしていたところだった。

 それでプラスになるほどの活躍を見せ、状況を把握しきっているのはさすがプロフェッショナルというべきか。

「それで、皆。少し下がってほしい」

『何するんだい?』

 後方で構えていたトーマスが通信に割り入る。確かに、気になるところだ。

 その言葉に答えるように、彼のレーダーに機影が映る。

 それを確認すれば―――夜闇に黒鉄の四足獣。

『アーセナル!? それも三機!?』

『なんだってぇ!?』

 素っ頓狂な声を上げたのは俊暁だった。

 アーセナルシリーズといえば、散々今まで苦しめられた大型機。それを三機?

 フォーティンほど上手く操縦できるかといえば、彼女が突出しているだけとも思えるが……三機となれば話は別。

 おそらく今までの敵は先遣隊で、これこそ駄目押しの切り札に違いない。規格外の大型機を持ち出すとなれば、敵も相当の覚悟。

 そして、これで今回の建設業者が外界とつながっているのが明確になった。

『りょーちゃん、まさか』

「倒せる」

 断言する広瀬涼。だからこそ。

「だから、少し離れてほしい」

『死ぬ気じゃない?』

「広瀬涼とフランベルジュが死ぬと思う?」

 心配そうな由希子の言葉に、迷わず笑顔で答える涼。

 その言葉に、全員が信じて、牽制射撃を加えながら戦列を下げる。


「……やるか、フランベルジュ」

 言葉に答えるように、コクピットがほのかな光に包まれて。

「クロスリンケージ! フル・ドラァァイブッツ!!」

 放った言葉は世界を変える。誰にも邪魔されぬ今、三機の巨人が空を駆け―――彼らの後には、パージしたブレードアーマーが残されていた。


 ドライフォートの巨大なバックパックが大きく展開。その装甲は巨大な脚を形成し、胴体から切り離された脚部が、大腿部を収容していたスペースとドッキング。

 胴体からせり上がった装甲が頭部を覆い隠し、空いたスペースに肩部装甲が詰めるように嵌る。

 変形したツヴァイの機首一対が外れ、露わになる接続部。

 ドライフォートと同じ方向を向くように飛ぶフランベルジュ。頭部が180度回転し、胸部だった場所が大きく開く。背部に畳まれた両腕部の大腿として、腰部からせり上がってきた脚部がドッキングする。

 胴体、胸部、フランベルジュのそれだったものから露出したコネクタが、下半身を成すドライ、バックパックを成すツヴァイと結合し。

 フランベルジュの脚部だったものは、脚の付け根が肩アーマーのようにツヴァイから分離した装甲を着込み。つま先と踵が大きく開かれ、そこから姿を現す新たなる両の掌。

 前後逆を修正するように、180度回転するコクピット内、再びリンクがつながるように、身体中を温かい感覚が駆け巡って。


 手を握る。

 爆ぜたエネルギーフィールド、それはリンクの証として、生体装甲を赤と黒に染めて。

 元々のカラーリングを書き換えるそれは、三機の力と意志が合一し、広瀬涼に力を託すことを意味していた。

 両の腕をかざせば、生体金属が形作る新たなる『兜』。

 己に被せば、フェイスを防護するように展開するマスク。

 意志を持つ三機の仲間は、今ここにひとつの、炎の巨人となりてその真意を世界に知らしめる。

「逆転合体! エール―――フランベルジュ!!」

 声援受けし、翼持つ炎の巨人。夜闇を切り裂く太陽と見まごう如き灼熱の鋼が、此処に降臨した。


「……先に警告しておく」

 巨人はゆっくりと、その両の腕を胸元の前に掲げる。それはまるで見せつけるように。

で撃つ。それでも命の保証はしない。脱出するなら今だ」

 無暗に命を取る気はないが、無理に侵略者の命を救う気もない。

 だが、アーセナル軍団は止まる気を一切見せない。それどころか、フランベルジュを最大の脅威として集まってくる。

「……この場で言っても無駄か」

 ダメもとで言ってみたが、やはり通用しない。

 このような戦闘における防衛の際、防衛で襲撃側が死傷しても正当防衛、相手の過失による結果として認められる。

 命を張る戦いの場である以上当然の措置である。そして、広瀬涼自体もこういう命を懸けた戦いを経験している。

 故に、警告をするだけで、それ以上気には留めなかった。

 掲げた腕と、肩の装甲が展開する。それは、侵略者に対する死刑宣告に他ならない。

 

 生体金属ODENが自力で生成する金属流体。

 それは人類に流れる血液のようなものであり、自己修復や体積の増加などはこの流体が『身体』となったものである。

 ツヴァイの展開するドリルは、人間で言うと血液を固形化したものであり、何もないところから金属が生成されるのはODENの意思によるものである。

 そして、この流体を消費することでエネルギーを引きずり出す。エネルギーが微量ながら溜まっていったのは、生成される流体の一部をエネルギーに廻していたからであり、ODENは光合成の要領でこの流体を作り出していたのである。

 

 この流体を用いて、限界以上にエネルギーを引きずり出せばどうなるか。

 持ちうるエネルギーがゼロを超えてマイナスになった流体は、ODEN内部で『反物質』という形で具象化される。

 反物質は、物質と触れることで欠乏したエネルギーを補い、ゼロとなることで対消滅を起こし消え去る。

 普通ならば生成されない反物質は、外敵と遭遇した際エネルギーを引き出しつつ、反物質で敵を消し去るという、一言で言えば外敵を倒すためのODENの生態である。

 それを今、形にしようというのだ。

 

 肩から、腕から、展開された装甲。剥き出しになったそこから湧き出る反物質は、莫大なエネルギーに包まれながらエネルギー球を形作る。

 上空に飛び立っているにも関わらず、そのエネルギー余波は地に波紋を起こし、そのまま地を砕き。

 余波にあてられた黒色の敵機は、エネルギーに押しつぶされ余波でダメージを受け始める。

 

 最低出力。通常の限界出力を100%とすれば、182%がとなる。この数値を下回れば、反物質を維持することができず、自然反応で消滅する。

 反物質を生成、それを保持したまま撃つにはそれだけのエネルギーが必要となり、三機にはそれを易々と維持するだけのポテンシャルがあった。

 やがて限界を超え、さらなる展開を見せようとする反物質に指向性を与えるエネルギーも充填が完了する。

 目標はあのアーセナル。この一撃を、外敵に対する示威行為として。

 

「メテオ―――クラスタァァァッッ!!」

 身体の奥底から叫ぶような叫びと共に、放たれる指向エネルギー。

 それに誘導されるように、煌めく反物質が敵に向かって直進。

 

 瞬間、アーセナル・タウルス三機は、この世から文字通り『消え去った』。

 

 最低出力。にも関わらず、余波だけで地を砕き、はるか後方の山の頂点をえぐり取った。

 それを見た侵攻側は、最早何も言葉を放つこともできず、その場から後方へと下がっていく。

 常識はずれの一撃が、戦況に決定的なものを与え、これ以上の戦闘を無意味なものとしたのだ。

「……」

 司令側も唖然としていた。

 今回のアーセナル・タウルスは、操作を行うのがフォーティンでない代わりに、基地から遠隔操作を行い、三人がかりで行っていた。

 それが突撃の真実なのだが、鳴り物入りで仕入れたそれがまさか、何も活躍することなく消え去るとは。

 これが今まで使われなかったのは、単に街に被害が及ぶ場所・場面だったからに過ぎない。

 力なく撤退指示を出す以外に、司令ができることはなかった。


「ありがとうございます」

 戦闘を終え撤退し、ポインセチアの近くに降り立った後、イクシオンから降りたレイフォンがまず行ったのは、精一杯の感謝だった。

「俺、彼女に助けられて。でも俺、何もできなくて……」

「……アタシ、お前が通信しなかったら助からなかったぞ」

 後から頭を抱えながら、必死に這い出たフォーティンがレイフォンをフォローする。

「え……そうかな?」

「そう。っても、これで助かったとは……」

 複雑そうに周囲を確認するフォーティン。面識のないトーマスとパーシィはともかく、他は己が危害を与えた人間だ。

 しかし、呆れたように涼は一息ついて。

「私達はSLGの所有権で揉めて、決闘審判で戦っただけ。罪なんて問えるわけないでしょ?」

「それに今回は侵攻者を足止めしてくれたんですから、警察から謝礼とか出るんじゃないですかー?」

「お前なあ」

 冗談めかして続く由希子だったが、飛び火する文面だったため即座に俊暁の突っ込みが入る。

「……」

 しかしフォーティンは、その光景に対して表現する何かを持ち合わせていなかった。

 それを見て少し悩んだレイフォンだが、唐突に思い出したように。

「そうだ。君、名前は?」

「名前?」

 言われて思い出した。レイフォンに対して、フォーティンは何も自分を名乗っていなかったのだ。

 だからレイフォンはフォーティンを見てどうしようか悩んでいた。

「……ねェよ、そんなん」

 突き放すようにフォーティン。実際、フォーティンは物心ついた時には既に己の名前を知ることを許されていなかった。

 右肩を抱くように左腕を置いて、ぽつりと。

「じゃあ、君が決めてあげてもいいんじゃない? 必要でしょ、名前」

 助け船を出したのは広瀬涼。彼女も、フォーティンに『イレヴン』と呼ばれていたのは、俊暁と由希子なら知っているだろう。

 悩んだレイフォンは……ひとつの結論を出した。

 

「『ひなた』」

「え?」

「ひなた。神様に代わって、俺を日のあたる場所に連れ出してくれたのは君だ。だから、ひなた」

 ひなた。

 彼女が初めて、『フォーティン』以外に呼ばれる名前。

 直球で、ひねりがなくて。でも、どこか言葉のように、あたたかい何かが、漏れ出した気がした。

「ぇ、そ、そんな、こと、言われたって……」

 困惑する。こんなこと、今まで経験したことがなくて。

「わかん、ないよぉ……っ」

 視界を遮り、溢れるものがどうしてこみ上げるかわからなくて、顔をくしゃくしゃにして。

「え、駄目だった?」

「駄目じゃない!」

「え、じゃあ何で泣いて……」

「わかんないっつってんの!!」

 人目を気にする余裕もなく、騒ぎ立てる二人。とりあえず落ち着くまで待つことにし、遠巻きに離れて様子を見ることにした五人。

 それを遠目に見る涼の様子を見て、俊暁はふいに声をかけた。


「なあ。どうして、あいつを助けるって決めたんだ? それに……」

 どうにも解せない。今までフォーティン、改めひなたとは散々敵対し、危機に陥れられたこともあった。だのに。

 それに、ひなたは涼のことを『イレヴン』と言った。それはいったい、どういうことなのだろうか。

 しかし、彼に対し複雑な表情を見せたことで、俊暁はそれ以上の追及をやめ。

 

 涼が零したのは、一言だけだった。

「命に託された願いは、重いものなのよ。本当はね」

 その言葉の真意を、彼が知るのは、そう遠くない未来なのかもしれない。



 Flamberge逆転凱歌 第11話 「ひなた」

                         つづく。

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