第2話「決闘審判(デュエルジャッジ)」

「ねえ、ここで一緒に暮らさない?」

 丸眼鏡の少女は持ちかける。話を聞けば、此処は孤児院だったらしい。

 マグカップに入ったホットチョコレートを両手に抱えて、紅のショートヘアの少女は不思議そうに丸眼鏡の少女を見つめる。

「……私が?」

 理解できなかった。

 そもそも、こうして住居まで案内されて、暖かいブランケット、シャワー、ショートヘアの少女の持っていないものがそこにはあって。どうして。何も持っていない、この孤児院に対価として渡せるものも何もないのに、私が?

 戸惑い。それは、優しさを分け与えられることを知らないが故の。

「どうして?」

「あなたが辛そうだったから」

 どうして? どうしてこの子は、私に手を差し伸べてくれるの?

「……私、何も持ってないのに」

「子どもは大きくなることに価値がある。先生はそう言ってくれるの」

 朗らかに笑いながら、少女はえへへと笑う。

「私だって、お父さんも、お母さんもいないけど、先生や皆と一緒だから。

 だから、ほら……あなたも一緒になろうよ!」

 ショートヘアの少女は知らなかった。目の前の丸眼鏡の少女が、その齢でどれだけの人生を背負ってきたか。だけど、一つ分かったことがある。

 辛い経験を知って、それでも優しくなれる。

 そうすれば、同じように過ごしてきた人間の心に―――こんなにも、心地よい感情が浮かぶのだと。

 今は理性で理解できないかもしれない。だけど、湧き上がる涙が、嗚咽が、その温かさに触れて、じんわりと心で満たしていくからこそのもので……。

「あ、そうだ。あなた、名前は?」

「……な、まえ?」

「私は由希子。岩村由希子。あなたは?」

 由希子、と名乗った少女。くしゃくしゃになった顔で、その眩しい笑顔を見上げる。その言葉に、逡巡した少女は―――。


 今から、軽く十年は前のこと。

 それでも、目を閉じれば思い出す。暖かな感情に触れた、あの時のことを。



 Flamberge逆転凱歌 第2話 「決闘審判デュエルジャッジ



 独立都市エルヴィン。

 突出した技術力の塊であるため、単一国家での管理ではなく、地球上の国家の共同で開発されることになった都市。

 この街ではその技術力を示すために、巨大ロボットの開発と運用が頻繁に行われている。理由としては、自国に技術を持ち帰れば新たなる商売に自国の経済は捗り、技術力の反映で保有戦力も高まる。技術力のある国家としては決して逃すことのできない話だ。

 アニメで見たような巨大ロボットが立ち並ぶ世界になったのも、全ては己の技術力・経済力を誇示するため。『これだけのロボットを我が社は動かせるのだ』―――そう喧伝することができれば、それは会社にとって何よりの力になる。

 だからこそ、エルヴィンの企業はこぞって巨大ロボットを開発する。宣伝により、民衆の心を揺り動かし、情勢という力を手に入れるために。各々が開発する機体に個性を見出し、付与するのも、少しでも目立とうという気の現れである。


 ―――だからこそ、会社の作風ではない巨大ロボットが直立していると、どうしても目立ってしまう。

 ファルコーポレーション地下1F倉庫。そこには、企業の社長達を守った立役者が直立していた。純白と紅のアクセントの効いたシンプルな機体。無下に扱うこともできず、仮にこの場に置かれることになった。

 機体の名をフランベルジュ。追われていた幼い少女が迷うことなく発した名であり、起動時に機体名として示されていた。分かっていることは、繊細なはずの『手』の部分すら桁外れの耐久性能を誇っていること。未だ謎も多く、事件の縁もあり、警察の検証を終えた後スタッフにより機体の調査を行うことになった。

「しっかし、何だこれは……?」

 当然、既にある未知の機体を調べるなど経験がある方が不思議な作業。ある程度技術者としての経験を積んだ人間ですら、そうボヤくので精一杯だった。装甲もフレームも、技術者たちの扱ったことのない物であることは分かる。

 だが、一つ疑念がある。

 戦闘をした、敵の攻撃を受けた、と話を聞いている。そうなれば、装甲を貫通できずとも少なくとも何らかの痕跡はあるはず。しかし実際調べてみた結果、そんなものは何一つなかった。装甲やフレームの材質が既存のものとは次元が違うのか、それとも―――。

「うお!? な、何だぁ!?」

 そう考えを巡らせていると、別の調査スタッフが素っ頓狂な声を上げた。今、コクピットには誰も乗っていない。コクピットの調査に廻っている人間もいないのだ。にも関わらず―――その頭部のツインアイには、淡い光が灯っていた。


「……っかし、分かんねえな」

 同時刻、エルヴィンにおける警察の一室にはフランベルジュの起動に居合わせた人間が集っていた。

 男たちをボコボコに殴り倒したとはいえ、少女を助けるためのやむなき行動であり、非戦闘区域でロボットを持ち出したとはいえ、先にロボットを持ち出した相手がいるため正当防衛は成立し、双方とも罪状が問われる行為ではないが、とりあえず身元確認はするべきとし、一室を借りて事情聴取に至った。

 先行して向かい状況に巻き込まれたが故、一人事件に関わった警察官―――名を角川俊暁かどかわ・としあきというが、状況を一番知っているのが彼であるため、調書を作ることになったのだ。


 広瀬涼―――21歳、女性。高校から勉強を始め、法務と機械操縦を修得。

都市の試験を突破し、晴れて弁護士としてのデビューを飾るタイミングであった。

 岩村由希子―――20歳、女性。現在もなお成長中の業種である機械系会社の設立を目指し早々に独立。その甲斐あって、立ち上げた会社『ファルコーポレーション』は現在も順調に成長を重ねており、外資ではなくエルヴィン内で独自に立ち上げた新興会社としては順調な立ち上がりを見せている。

 なお、両名ともに出身は同じ孤児院であり、二人は友人関係である。今回の事件については両名ともに少女を助けるために介入しただけであり、今回の犯人とは一切関係がない。

 ……ここまではいい。ここまではまだまともな話になる。問題は、助けられた少女のことだ。

 神崎ナルミ、5歳。髪色は水色、この年齢で染める必要も特にないためおそらく地毛。謎の巨大ロボット『フランベルジュ』に関する何らかの鍵である腕時計状の機材を所持していた。当人はフランベルジュに関して何らかの行動指針があることを知っているようだが―――。

「家族のことを聞いても分からない、どうして追われていたかもよく分からない、

 おまけにフランベルジュのことも意思があるような言葉以外全く知らないし……

 子供だから仕方ないにしても、どうやってコレ上に報告すりゃいいんだ……」

 本気で頭を抱える。幼い少女に事態を全部把握しておけというのも無茶極まりないのだが、何故そんな少女が狙われているのかも分からない。

 あまりに多い不確定要素に、まだまだ経験の浅い若手刑事である23歳は、頭を抱えていた。


 ―――その横で。

「これおいしいーっ!」

「たんと食べてね。あとで経費で落とすから」

「まあ、たまにはこういうのもいいか……」

 その謎の少女ナルミを含めた3名が、和気藹々と出前で頼んだ食事に舌鼓を打っているのはどういうことだろうか。

「あのですねえ……!?」

「大丈夫大丈夫。その分も私持ちますから」

 言葉を繋げようとしたが、由希子の言葉にぐうの音も出ない俊暁。事実彼自身の机にも、空になった食器が確かに存在しているのだから言い訳のしようもない。

 警察の経費で落ちてくれればいいのだが……どのみち彼自身の食事もしているわけなので、その分の勘定の経費落ちは期待できなかった。

 女三人寄れば姦しいというが、本当に女三人の話がオーバーレイしてやかましさが来るぞ俊暁。

「……駄目だこりゃ」

 調書いつ書けるかなーと思い悩みギブアップしそうな時……その雰囲気を打ち破ったのは何かの着信音だった。

「あ、ちょっと失礼します」

 席を立ち、部屋の隅で小型電話を取り出して話しこむ由希子。様子からして、仕事絡みの話らしいのは伺える。

「おねーちゃん、ゆっこさんだれとおはなししてるの?」

「あれを使って遠いところにいる人とお話してるの。だからちょっと静かにしましょうね」

「はーい!」

 その素直さを調書書いてる時に寄越せぇ……!

 内心納得がいかないが、子供が相手なので言葉に出せない俊暁はため息が漏れるばかりである。

「……そんなに溜息ばかりついているとツキが逃げるぞ」

「うっさいわ!?」

 しまいには涼にまで言葉でつつかれてどうしようもなくなった。おまけに、今声を荒げてしまったせいで、先程まで騒いでいたナルミの方からも、

「しーっ」

 と指を立てて注意される始末。どうしてこうなった。

 立場がないと俊暁が内心嘆いていると―――通話が終わったのか、振り向いた由希子。しかし、その表情は先程までの憂い一つないような笑顔ではなく、複雑そうに曇ったものであった。

「由希子……?」

 心配そうに声をかける涼。しかし、その口から出た言葉は……想像以上の問題だった。


「……未来社から。私達……ファルコーポを、『提訴』、だって……」


 エルヴィンとは、かつて宇宙から飛来した巨大な隕石の調査過程で出来た都市である。地球上のとある場所に落ちた、直径が1kmを超えるそれは未知の技術の塊であった。

 国の枠組みを超えた連合の調査が進むにつれ、いつしかそこには研究のための施設が生まれ、研究員の住居が生まれ。また、その技術が地球の技術力の遥か上に存在していることから、技術を単一の国家が独占することをよしとせず、

 連合は技術力のある国々からの人間をその箇所に集め、国家を超え、どの国家にも属しない『独立都市』―――各国に共通する開発地域、単一国家によるコントロールを許さない非干渉地域、一種の自治区として生まれた都市であった。


 しかし、実際統治制度が出来てみれば、国同士、企業同士の思惑はやはり強く、

どうしても進出した企業間のトラブルにより、訴訟の絶えない世界になってしまった。せめて状況を軽減するべく、持ちかけられた意見―――「企業同士の技術力を競わせ、それによる実質上の決闘で白黒をつける」。

 その意見は企業の中で波紋のように広がった。開発中の様々な機械を戦わせ、それを喧伝してもらうことで企業は自らの技術力を誇示でき、また、その決闘を興業として盛り上がらせることで、決闘自体を娯楽、即ち商売に変換することができる。

 企業がこの案に飛び付かないわけがなかった。

 結果として、企業の欲望に後押しをされ、この制度―――『決闘審判(デュエルジャッジ)』が完成。以後何十年とこの制度が続くことになった。


 しかし当然、この決闘審判には重大な欠陥がある。訴えた側にどんな非があろうと、決闘審判に勝利さえすれば、裁く権利は勝利者側に与えられる。

 勝ったものが正義、負ければ多くを失う。弱さは罪。公平性という三文字が失われた世界が、そこにはあった。


「……ごめん由希子。止められなかった」

「いいって。分かってたことだし」

 訴訟から数日後。裁判所の控室で力なく座り込む涼の姿があった。

 当然今回の件も、公平性が失われたケースに値する。状況が落ち着いたかと思えば、唐突に突きつけられた訴訟の二文字。提訴した未来社が取った手段とは、騒ぎが起きたその日のうちに、一方的に自らの機体を傷つけられたことへの速攻の提訴。

 未来社の商品『ヘカトンケイル』―――複数の腕を、数多の腕を持つ伝説上の巨人に関連して名づけられた機体。それが、由希子も共に乗り込んだフランベルジュに、傷一つつけることもできずに破壊された。

 由希子が同乗したという事実をどこからか嗅ぎつけ、この一件をファルコーポレーションが行った宣伝行為と断定。非戦闘区域における戦闘行為、ならびにその区域への被害を全てファルコーポレーションのものとした。

 早い話が―――全責任をファルコーポレーションに負わせる訴訟だった。そうなれば、考えられる可能性はひとつ。

「今回の実行犯は奴等かもしれないな」

 テーブルを挟んで俊暁。

 たとえば逮捕前に犯人が自社に戦闘データを送信し、そこから由希子の存在を知ったとすれば納得がいく。これはあくまで推論に過ぎない。他に情報屋が存在してそこから買ったというのも十分あり得る。

 だが、ここまでスピーディに訴訟の準備を展開したということは、何らかの思惑があったと推測するには十分なものであり。たとえば、ナルミの確保のために巨大ロボットまで持ち出し、それが失敗した場合でも鎮圧した側を提訴し、決闘審判に打ち勝てばナルミの身柄を正式に頂戴することも可能なのだ。

 それは最悪の事態。絶対に起こしてはならない、起こってほしくない事態。

 ある程度は裁判官の裁量に委ねられるが、どれだけの話が起こってしまうか。そうでなくとも、落ち度のないはずのファルコーポレーションが一方的に損害を被るのは確実。

 たとえ確保に失敗しても、勝てば特になる。そのために訴訟の準備をした上で行動をしたとすれば、今回のスピーディな訴訟も自然と納得できるのだ。

重ねて言うが、これはただの推論である。推論なのだが、可能性がある以上、この戦いは絶対に負けられないことになる。

 まだ事務所の開業こそしていないが、涼はこの事件に対する弁護を由希子のためと自ら買って出た。―――だが、決闘審判という概念があり、周囲がそれを望んでいる以上、どんなに正当性を主張しようと、周囲の論調が正当性を呑むことを許さず、主張をまとめた上で決闘審判に持越し、となってしまう。


「どんなに正しいことをしても、社会が、それを作る企業がそれを押しつぶす。

 それが嫌で、決闘審判なんて使わなかったのに、まさかこうなるなんて……」

 由希子の呟き。この社会への悲観を孕んだ言葉。どんなに清廉潔白であろうと、力あるものが黒と言えば黒。それが独立都市の真実。

「今更、変えられるなんて思ってないけど……」

 それを自身が真っ先に被ることになるとは。震える声。顔を伏せて呟く由希子が抑えている感情は、怒りだろうか、悲しみだろうか。


 幼いころから一緒に過ごしてきた友の悲痛な声。それに手を貸すこともできず、目を伏せるだけしかできない若き警察官の苦々しい表情。

 こんな光景を見るために、私は弁護士になったのだろうか―――違う。悔しさに浮かんだ言葉を、涼は否定する。

 目を閉じれば、今でも思い浮かぶ。

 傷だらけになって、人から何かを奪って生きることしかできなかった己に差し出された、真っ赤なリンゴ。汚れと傷が目立つ手がそれに触れないように、ハンカチまで貸してくれて。

 あの日感じた、リンゴの甘酸っぱさ、瑞々しさ、シャリシャリとした食感。そして、ちょっぴりの塩味。今でも忘れない。


―――それは、尊いものではないのか。

 困った人間に差し出す手は、誰かの心に暖かいものを湧き立たせるものではないのか。少なくとも、悪意のある誰かに汚され、怒りと悲しみに誰かを染めるようなものでは……ない。


「……君は、どう思う?」

 静かに話しかける。ここにはいない誰か。

 馬鹿馬鹿しいとは思う。だが、確かに声を聞き届け、来てくれた誰かに対して。

己のしてきたことを気に入ったと表現してくれた誰かに対して。

「私は、許せない。元はと言えば、私がやったことだけど……。

 それでも、誰かが踏みにじられ、誰かが泣くような行為を平然と働く輩を、私は許せない」

 静かに吐露する感情。ここにいる誰もが、それを認識しているからこそ。

 想いは届くだろう。己に力を貸してくれた誰かが、本当に意思を持っているなら。

「力を、貸してほしい」


 ―――その呟きに答えたかは定かではない。

 だが、彼女のつけていた腕時計状の機材には……確かに、ツインアイを光らせ、フランベルジュの頭部が映っていた。



『さあ、今日もやってまいりました決闘審判!

 鋼と鋼ぶつかりあう海上のコロッセオ、それは現代における剣闘士の集いか!

 本日は未来社と、初登場となるファルコーポレーションの決闘審判を行います。

 実況は私古ヶ谷と……』

 海上に設置された巨大なオープンスタジアム、そこに大勢の観客が集っていた。

巨大ロボット同士がしのぎを削り合う決闘審判、まるでアニメから飛び出してきたようなロボットバトル。視覚的に盛り上がるそれはエルヴィンの興業として成立しているのである。

 だからこそ、野球やサッカーといったスポーツとは会場の大きさの規模が違うとはいえ、これだけの人間がロボットバトルを見に集まってくるのだ。

 観客席とは別に、関係者には専用の席が用意されている。由希子の扱いが他と違うのは、決闘審判の当事者になり、その専用席に居ることから。

「りょーちゃん……」

 初めての決闘審判。今回の決闘審判が3on3、3機チーム同士の戦いとは聞いている。故に、人型ロボットの操縦を専門とするパイロット職―――ドライバーともいうが、それを追加で二人雇った。

 だとしても、その経験差は埋めがたいものがある。

 埋めがたいもの。経験、知略、チームワーク。

 調査によりフランベルジュが通常のパイロットを認識しなかったためか、受け入れられている涼が引き続き乗ることになったが、得体の知れないものに己の運命を託してしまうことになるとは。未知数とはこういう時に表現するようなものだろうか。

「……だいじょーぶだよ、ゆっこさん」

「ナルミちゃん?」

 その膝の上にちょこんと座りながら、同じく運命を託されたナルミの瞳は、微塵も揺るがなかった。

「フランベルジュは、まけない」


『それにしても、アンタもいきなり難儀なもんだね』

『経緯は聞いたけど、心中お察しするよ。腕っぷしの方で決着つけられればよかったんだけどね』

 涼の前で軽口を叩きあう二機。控室での自己紹介では、それぞれトーマス、パーシィと名乗っていた。それぞれ金髪と茶髪の白人、どうやら雇われのコンビであるらしい。既に機体に乗り込み、試合開始まであと数分といったところだった。

「よろしく頼みます。初めてですが、負けられない戦いで……」

『なに、いっちょ軽く揉んでやりますよ』

『俺達の戦い、よーく見てくれな』

 前に立つ二機。それぞれ電磁加速式の銃とエネルギー銃を構えて。

 フランベルジュの腰アーマーのハードポイントには、今回の戦いに伴い出力の高いレーザーブレードを二基装着しているが、ロボットによる実戦経験の僅かな涼にとっては、一番信頼できるのはフランベルジュの機体そのもの。

 頑強で、かつ規格外の膂力。それが頼みの綱ではあるが、遠距離武器が頼れない以上、複数人との戦いの場合は狙いをつけられず徹底的に弄ばれる可能性がある。

 今回のルールは15分制限、行動可能な機体の多い方が勝者となる。

 涼が慣れていない、つまり下手をすれば実質2対3の戦いの中で数の優位をさらにもう一段階失えば、あとは相手が足止めを続けるだけで、機体は破壊されなくとも敗北が決定してしまう。

 なれば、やるべき仕事は、一瞬の隙を練って一機を落とし、数の優位を取ること。

 生身での戦いと変わらなければ、敵の破壊はそう苦でもない。フランベルジュとの出会いで、それは自分も理解している。だからこそ、自分のできる仕事を精一杯に。


『さあ、間もなくカウントダウン開始です! 10、9―――』

 司会の言葉とともに、上空やモニタに投影された画面に数字がカウントダウンされていく。本番は近い。ふう、と大きく息をつけばスーツに包まれた柔らかな二つの膨らみが揺れて。

 真っ直ぐ前を見つめる。敵はあのヘカトンケイル型の改造機―――サブアームを廃し、そこに射撃武器を装備した型もある。なれば、未来社がナルミを狙っていたというのも真実なのだろうか。絶対に負けられない。気を新たに、眼前のカウントダウンに目をやれば、3、2、1―――。

『……スタートォォ!!』

 駆けだす前方の二機。自身が狙いやすくなるように、攪乱に徹するのがトーマスとパーシィの仕事。

 その2機はBMM―――癖がなく標準的で、豊富なハードポイントと重量バランスのよさによる拡張性を活かした機体群、それ故に『ベーシカル・モビル・マニピュレータ』と呼ばれる傑作機に乗っている。

 オーリンジ社の開発したその機体は、全ての機体の基礎、ベーシカルの言葉に相応しく、特に互換性と安定性を突き詰めた、形式番号BMM-01『マズルカ』は現在でも多くのシェアを誇っている。

 しかし、商品のブランドに厳しく、後ろめたい使い方をすれば容赦なく訴訟を起こすスタイルの会社であるため、この種を用いていることは己の身が潔白であるという証明でもある。

 トーマスとパーシィはそれぞれ左右対称になるように、肩部ハードポイントにシールドを装備しており、追加ブースターやマウントしている武器の位置も含め、挟撃からのコンビネーションを得意とするコンビである。

 六角形のバトルフィールドの半分を超え、今回もこうして敵の外側に回り込むように―――。


「―――駄目だ……っ!?」

 唐突に上がった声。

 後方で見に徹していたからこそ、見えてしまったもの。二機が二手に分かれて接近しようとする最中、その足元に存在した……本来リングに存在しえない、小さな機械。駄目だ、と声が出てしまったのは、床に仕掛けられていたそれを、地雷と判断したから。その危惧は……予感を感じて、下がれ、と言葉を紡ごうとしたとき、現実になってしまう。


 バヂィ……!


 ドーム状に拡がったそれは、トーマスとパーシィの機動を感知してのもの。

 電磁波のフィールド、そう形容できるような力場が一瞬にして、精密機械である巨大ロボットの繊細な部分を焼き切る。コントロールを失った機体は力なく地に倒れ伏し、動かなくなる。

 何故それがそこにあったのか……そんなことを考えている余裕は、涼にはなかった。言えることはただ一つ。


 ―――後に引けない公衆の面前で、3対1という圧倒的な数の不利を背負って、戦わなければならなくなったことだ。



 Flamberge逆転凱歌 第2話 「決闘審判(デュエルジャッジ)」

                         つづく。

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