Flamberge逆転凱歌
高菜 葉
序章
第1話「今が目覚めのフランベルジュ」
「はあっ、はぁ、はぁ……っ!!」
息を切らして走る少女が居た。
ところどころ破れた、灰色に汚れた服。ろくに整えてもいない、紅のショートヘア。顔にも膝にも、多くの傷を抱え、路地裏を走り……入り込んだ場所になって、膝に手をつく。
雨に濡れているのだか、泣いているのだか、彼女自身にもわからない。
そのまま座り込む……もう、自分が濡れるだの、汚れるだのを気にしても、大して変わらない。
ふと、空を見上げる。
昼の日差しは厚い雲に覆われ、土砂降りだった雨は少し和らいでいた。
一緒になって涙を落としたいところだったが、それすらもおぼつかない。
くう、と腹の辺りが鳴る。
疲れてぼうっとしていた意識が、ふと現実に引き戻される。
思い出す。どこかの店の商品を取って出ようとして捕まり、商品を捨ててまで振り払い、必死に逃げてきたところだった。
結局そこまでして、目的の品ひとつを口にすることもできなかった。
大都会の中でひとり、ぽつんとうずくまる。
少女には何もなかった。
親もいなければ仲間もいない、金もなければ物もない。
幼い少女に出来たのは、誰かに物を乞う程度。それすらも満足に果たせなければ、他人の物を奪おうとし。
結局、その手には何もなかった。
「……だいじょうぶ?」
ふいにかかる、柔らかな声。
気づけば、空に投げていた視線が藍色の何かに遮られている。
目の前には眼鏡をかけた少女がいた。
少女の開いているそれが、傘だということすら、彼女は知らない。
「ぁ……」
思い出す。店主の怒り狂った表情を。
何度か殴られ、隙を見て逃げ出せなければ、それ以上に何をされたか……。
それ以前に、自分はそもそもどうしてこんなところにいるのか。
この場から逃げようと、必死に身体を動かそうとして―――ぐう。
空腹なことを思い出し、もう自分が逃げられないことを悟った。
怯える彼女。眼鏡の少女は、持っている袋から何かを取り出し……。
「これしかないけど」
手渡された真っ赤な実。
それは偶然にも、自分が奪おうとしたものと同じ―――リンゴだった。
さすがに汚れや傷が目立つ手だったので、汚れがつかないようにと、申し訳程度にハンカチ越しにして渡されたそれ。
驚いて答えを求める瞳に、少女は不思議そうに答えた。
「たべていいよ?」
―――そのリンゴの味を、決して忘れない。
甘酸っぱくて、シャリシャリして……ちょっぴり、しょっぱかった。
Flamberge逆転凱歌 第1話 「今が目覚めのフランベルジュ」
「……ん、ぅ」
どうやら寝入っていたようだ。見上げた天井はいつもの部屋。
借りたマンションの一室は、そこで暮らすようになってから何日が経過しただろうか。
「いけない、今日は……っ」
電子媒体で時間を確認する。6時42分、危惧していた割に目が覚めたのはいつも通りの時間だった。
安堵のため息をつき、電子ケトルのスイッチを入れ、テレビのスイッチを入れ、そこまでしてから着替えに入る。
寝間着を脱ぐと、やや過剰なほどに起伏のついた身体のラインが露わになる。
朝のいつもの時間。だが今日の彼女には、ひとつ変わった予定があった。
その、変わった予定というものがどういうことか、今ついているテレビが全てを物語っている。
『本日の
決闘審判。その言葉を聞いた瞬間、涼の表情に曇りが見えた。
『株式会社サムライドーが、株式会社オオナミと契約していたデザイナーと契約し、オオナミがそれを二重契約による契約違反として行った訴訟の結果です』
テレビ画面には、日本の武士を模した人型ロボットの日本刀と、野球選手を模した人型ロボットのバットがぶつかりあい鍔迫り合いを繰り広げるシーンが流れていた。
涼の暮らす街では、まるでスポーツのような形で、人型ロボットのぶつかりあう裁判が繰り広げられる。
そして。
『結果、サムライドーが勝利。オオナミは逆に、決闘審判に事態を発展させた責任を負い、サムライドーに慰謝料を支払うことになりました。
それでは、デザイナーの武藤明さんにインタビューを伺いたいと思います』
この一件については涼も知っている。着替えの手が止まり、その画面を集中して見ていた。
決闘審判。
それは、世界中の工学技術が集うこの都市で施行されている、訴訟問題の解決手段。ざっくばらんに言ってしまえば、それは『あらゆる訴訟問題を、ロボットによる決闘で解決する』というもの。
争い合わせることによっての技術革新の促進を合法的に行うだの、派手に行われる戦いを興業化することによる経済効果だの、いくらでも取り繕える。
だが本質は、勝者は敗者に言うことを聞かせること。どんな理不尽な問題だろうと、力さえあればそれを押し通すことができるのだ。
力こそ正義。弱さは罪。この法律により、本来法律がもたらすはずの秩序は、原始的な弱肉強食理論により骨抜きにされてしまった。
その真実を思い知るたびに、涼は奥底に重苦しい感情が溜まっていくのを感じる。
法の看板を借り、力により成り立つ巨大な独立都市エルヴィン。
法を武器に人を守る弁護士が、その地で本来の役割を果たすならば、その『弁護士』も『決闘審判に臨み勝利する』ことが求められるからだ。
やはり歪んでいる。なんだかんだ言ったところで、力がなければ法も倫理も何の役にも立たないのだから。
今回の件で言えば。
オオナミは多くのデザイナーを専属で抱えていた。しかしサムライドーは、そのデザイナーの一人に目をつけ、オオナミ以上の待遇を用意することでデザイナーを引き抜いたのだ。
それを契約違反だとしたオオナミが提訴した結果がこうなる。
デザイナーを抱え込むオオナミも、契約違反を承知で強引に引き抜いたサムライドーも、どちらもこの『決闘審判』という制度あっての行動。
そして、それを興業として迎え入れる『観客』、つまりエルヴィンで暮らす人々の存在。
人間一人に関するやりとりが、こうも持ち上げられ、企業の『強さ』で結末が決まる。それに誰も気づいていないのか、それとも気づいて敢えて進めているのか。人間一人の権利が、こうも軽い。
それを見つめる涼の視線は、どこか悲しげだった。
―――――
―――
――
「よっす、りょーちゃん」
自動ドアが開くと、待ち構えていたように、おそらく同い年であろう女性が出迎えてきた。
「……それは社長の振る舞いか?」
「いいっていいって。私とりょーちゃんの仲だし」
にへら、と笑って手を振る女性。
ふわっとしたミドルヘアーに大きな丸眼鏡が特徴的な彼女は、
名を
自らも開発を行うことで有名であり、既に会社経営も軌道に乗っている。
「それより、話は聞いてるよ。りょーちゃんなら喜んで融通利かせてあげるから」
「普通でいいって」
嬉々として先に導く由希子。こういうところは変わらないな、と肩をすくめて後を追う。
彼女たちの横には、巨大な機械がいくつも立ち並んでいる。
それらは全てファルコーポレーションの商品だ。
人型巨大ロボット。一度は実現不可能と言われた、搭乗型のロボット。
涼達の暮らす時代では、多くの国の技術を集め、国を超えて未知の技術の研究を行う巨大都市『エルヴィン』の技術によって既に一般化している。
作業用であったり、競技用であったり……エルヴィンでは既に、人々の生活に溶け込んでいた。
ファルコーポレーションは、その中でも戦闘行為を行うロボットに関する商業を扱っている。
戦闘用、とはいえ直接戦争やらに持ち込むようなものではない。
人型巨大ロボットの戦闘行動は、エルヴィンに於いては興業の対象―――エンターテインメントである。
決闘審判という制度が施行されてしまった以上、人々を守る弁護士は、ロボットの操作に精通している必要がある。
故に涼は、ファルコーポ社長の由希子という人脈から、所有している機体の紹介を受けることになった、のだが。
「どうだった?」
「うーん、いまいちしっくり……」
テスト運転から降りた涼の感想。
白で塗られた一見シンプルな機体から降りて、漏らした一言。
弁護士としての信頼を勝ち取るには、勝ちを続けて信頼と実力を得なければならない。だからこそ自分に合った機体を探したいと、今日一日は試乗にあてることにしたのだ。
基本的な機体の操縦経験は存在するが、やはり機体そのものに慣れなければ話にならない。
カスタマイズはある程度機体を理解してからの方がいいだろう。
「とりあえず、お昼にしたら? あまり根詰めてもだろうし」
「……分かった。由希子がそういうなら」
涼にとって、由希子は古くからの友人。
だからこそ由希子は涼に融通をきかせるし、涼は由希子のいう事はしっかり聞く。
「そうと決まれば! 最近出来たあのパスタ屋、美味しいんだ~」
「相変わらずだな」
とても社長とは思えないラフさ。独特の雰囲気は、涼の張りつめた感情を和ませてくれる。
ひとまず彼女と気分転換して、それからまた機体を探そう。焦っても仕方ないと、由希子につられて外に繰り出した。
桜色の柔らかさが目立つ春の陽気。それに彩られた町並みは、由希子の国籍のある日本を彷彿とさせる。
立ち並ぶビル、街路樹の点在する歩道……横の車道を走る車は石油に代わるエネルギーが採用され、排気ガスに悩まされる心配はない。
モニターパネル設置の必要なく、空中に映像が直接投影され、新商品の宣伝にいそしむ。
街並み自体は旧時代の外見に見えるが、少しずつその技術は街並みに溶け込み、世界を潤す原動力になる。
ウィンドウには目を惹く様々な商品が置かれている販売店。人々を集めるために、照明とゲームのモニター画面を映し出すゲームセンター。
また、日本で発展した、手軽に商品を買えるコンビニエンスストアも存在する。
社会人になって、改めて見る景色。
「あ、あそこ、りょーちゃん!」
由希子が指で示す方角を見れば、オープンテラスの洒落たパスタ屋が繁盛していた。
「―――」
しかし、視線を戻そうとした瞬間、涼の視線はひとつの小さな影を捕えた。
一目散に裏路地に走っていくその小さな影―――その後方を見れば、幾人もの人間がそれを追っているのが確認できた。いかにも屈強そうな男たち……小さな影を追って、裏路地に入っていくのが見えた。
「ごめん由希子、先行ってて」
言い捨てるや否や、その路地に駆ける。由希子が反応するより早くの行動だった。
「え、りょーちゃん、ちょっと……」
声をかける前に、由希子の視界からその姿は見えなくなっていく。……まあ、今に始まったことではない。
とにかく困ったことがあれば即座に行動する。純粋に、人間の善性の塊をしているといって間違いはない。
それが広瀬涼のやり方だと知っている。
「まあ、らしいといえばらしいけど……」
仕方ないので、巻き込まれないように遠巻きに見てみることにした。心配していないといえば嘘になる。
「さて……鬼ごっこは終わりだ、大人しくついてきてくれねぇかな?」
路地裏の先は行き止まりだった。
鉄線で出来たフェンスに行く手を阻まれ、男たちに追い詰められる小さな影。
屈強な男達が詰め寄る。その男たちの中には、ナイフを見せびらかすように取り出し、切っ先をその影に向けている者もいた。
そんな男達に対して、今まで逃げおおせてきたのが不思議なくらいの、まだ小学校に入っているか否かほどの幼い少女が。
「やだ」
ドきっぱりと言い放つのであった。
淡い青色の髪、くりくりと大きな瞳をした、幼女と断言しても差し支えない少女。
明確な拒絶の意を示した幼い存在に、じりじりと近づく大人気ない男たち。
「話するのも無駄だ、とっとと捕まえようぜ」
誰が言ったか、その言葉をきっかけに男たちは飛びかかろうとする―――。
「待て」
その瞬間に響いた声は、その場に居た誰のものでもなかった。
男たちが振り返れば、路地裏の入り口にいるのは、スーツ姿をした赤髪の女性。
「何をしている?」
そのまま路地裏を進む女性。
特に筋肉が目立つわけでもない、スーツ&スラックススタイルに収まった女性的な体つき。
男達には、それに取り合う理由もない。それに、女性一人ならばどうとでもできる。
「やれ」
リーダー格が、構えていたナイフを青髪の少女に向けたのが合図となり。男たちは迷うことなく、青髪の少女を捕えようと飛びかかる。
その男たちの視界に、ふいに影が映った、と思った瞬間。
青髪の少女の背後、路地裏を封鎖していたフェンスの方に、背後に居たはずのリーダー格の男が吹き飛ばされ、がしゃん、とその身が叩き付けられたのが見えた。
「……何をしている?」
再び、その芯の強そうな女性の声が響いた。
スーツ姿のまま足を前に振り切った女性の姿。その近くに落ちたナイフ。
彼女のいた場所から、リーダーのぶつけられたフェンスまで何メートルあっただろうか。その距離を―――たった一撃で、吹き飛ばしたのか?
理解しがたい光景。男たちは一瞬、非現実的な光景を受け入れられずにいた。
だが、この女性を無視して、少女を連れていくことなど不可能だということは明白。
少々の逡巡を挟んだ結果、それでも男たちは飛びかかる。一人なら倒せても、三人以上で勝てるわけないだろう。四、五人なら同時に捌くなどまず不可能なはずだ。そう信じて飛び出した男たちは―――。
―――――
―――
――
「何の騒ぎですか?」
聴きつけて駆け付けた警察。路地裏に湧き上がる悲鳴。
通報した当人である由希子が苦笑いをしながら指をさした先は―――警察の目も疑うような信じられない光景だった。
「で、何をしていた?」
「あが、が……!?」
吹き飛んで崩れ落ちた屈強な男たち。何人もの男を薙ぎ倒し、まだ意識のある男ひとりの首根っこを引っ掴んで静かに声をかける女性。
普通逆だろう。彼女の着ているスーツが何の汚れも乱れもないことから、たいして反撃も受けていないだろうことが推測される。
「おねーちゃんすごいすごーい!」
フェンスの近くで少女がきゃっきゃとはしゃいでいるのが、目の前の光景の受け取り方を真実だと教えてくれる。あまりにも常識離れした光景に、やっと絞り出した言葉が……。
「どういう……ことだ……」
これぐらいしかない。
「りょーちゃん、昔からあんなもので……」
そう。由希子の記憶の広瀬涼は常にこういう存在だった。
困った人間が居たら割って入る。常人離れした力で状況をねじ伏せる。そうなるに至った原因が由希子自身にあるのは当人嬉しくあるのだが。
「……警察です。とりあえず、状況を……」
「知りたいのはこちらです。そこの女の子に襲い掛かってきて、理由も話さないで……」
とりあえず涼に話しかける警察。言っていることは普通だが、やっていることは異常としか言いようがない。
本人の弁明が真実かはともかく、目の前の惨状が事実である以上はいそうですかと納得するわけにはいかない。
「話は署で聞きます。そこの子にも来てもらいます。いいですね?」
「……。ごめん由希子」
「まあ、放っておくわけにもいかないし……」
警察の話に、昼食の話がパアになったと悟る。とはいえ、男達に襲われていた少女を放っておいたら何の事件に発展するか。
そう考えれば見逃すのは涼自身が納得しないだろう。それも仕方ない、と諦めて首を振る由希子。
―――その背後に、唐突に影がさす。
「へへ……」
リーダー格の男が、かろうじて笑みを浮かべる。その手に握られていたのは何かの機械。それで通信でもしたのだろうか。
背後に現れた巨大なロボットは、その銃口を路地裏に向けていた―――。
ごつごつとした目立つ巨腕に、銃器を構えたサブアーム。いかにも殴り合いが好きそうな機体が、逃げ道を塞ぐように立っていた。
『悪いなお嬢ちゃん、その子は俺らの大事な子なんでねェ』
外部スピーカーから放たれるその言葉、卑しい口調はその言い分を真実と認識させてくれない。
そもそも、街中に人型ロボットを持ち出して、銃口を向けて、どうのこうの言える立場のわけがない。
人型ロボットが街中を行き交う社会にはなっておらず、移動手段は車や徒歩。
そんな状況で人型ロボットを行き来させるわけにはいかず、また犯罪防止のため、こういった商業区画には巨大ロボットの乗り入れは禁止されている。
乗り入れができるのは犯罪を止める警察、あるいは法の下にその力を行使できる職業のみなのだが……明らかに、どう考えても、この状況はそれを逸脱している。
「話は署で聞くと、さっき警察から―――」
『っせェ!!』
キュイィ……ババババ―――ッ!!
サブアームから放たれたマシンガンは、目の前の道路にいくつもの穴を開ける。
威力の程は確認しようもないが、人間相手に命中させてしまえば、確実に死傷者が出る代物である。
脅し目的であるのは明白だが、力を以ていうことを聞かせようとする……。
『さっさとそいつを寄越せっつってんだよ!』
その時点で、男の正当性は失われたも同然であった。
凶行に恐慌、慌てふためきよろよろと数歩後ずさる由希子。
「う、撃ってきましたよおっ!?」
「ったく……これじゃ避難誘導は無理か」
警察の男がぼやくのも当然だ。突然市街地に乗り入れをし、ロボットで脅迫となれば、一般人は逃げ惑うのが自然な反応だ。今も悲鳴は聞こえるのに、一緒に路地裏に居るその警察官に出来ることはなかった。
無論これが法律に違反していることに間違いはない。だからといって、18m級が基本の人型ロボットにそもそも生身の人間が干渉できるわけがない。
困ったことになったと警察官が頭を掻いている最中、その奥で、追い詰められた少女は涼のことをじっと見つめていた。
「……大丈夫。無事に帰れるから」
安心するように少女を撫でて笑顔を見せる涼。明らかに危険な状況だというのに、その表情には迷いのひとつもない。
その様子を、動ずるでもなくじっと見つめる少女……。泣き出す様子も、怯える様子もない。
「……これ」
代わりに、涼に差し出したのは腕時計状の何か。
「これは?」
「これでおはなしして、よぶの」
呼ぶ? そう言われても、何を呼ぶのか分からない。
そもそも、得体の知れないものを渡されて、これで呼んでまた混乱が起こったらどうする気だろうか。
……いや、少女にそこまでの考えを求めるのが酷だというのは分かっている。
迷いなく託したということは、何かの確信があるのは理解できる。だが、それは本当に起こしていいアクションなのだろうか。
『聞こえねえのかオラ! 当てられてえかこの野郎!』
混乱を遮るように響く罵声。
見れば既に、ロボットサイズの銃口が向けられていた。こちらの生殺与奪を奪った気でいる。
通報を受け、応援の警察が駆けつけるのは何分後だろうか。―――いっそ、それなら。涼の視線が二人の大人に投げかけられる。
「りょーちゃんが言うなら止めません」
「止めてもどうにもなんねーだろ」
腹は決まった。その機械を腕に巻いた瞬間、機械のモニターと思わしき部分に文字が浮かび上がる。
確認し、状況を打破すべく高らかに読み上げる。
「―――
『おいテメェ女! いい加減―――』
男の目から見ても不審な動きだったのか、さらに言葉を荒げ恫喝にかかる。
しかし、そのレーダーが唐突に反応を捉える。後方から、しかしその反応は急速に近づいたかと思えば―――重なって止まった。
『何だ、反応、どこから……』
ズガァ……ッ!!
衝撃は、男の乗る機体の直上から訪れた。
空から剣が振ってきたかのように、貫く衝撃。
周囲にぴりぴりと伝わる衝撃が晴れて、初めて理解できる。
白と赤のシンプルな機体だった。どこからともなく現れたロボットが、先程まで恫喝にかかっていたロボットを踏みつけたのだ。
「これは……」
「今だ! 皆飛び出せ!」
困惑の最中、真っ先に声を出したのは警察官だった。誘導に従い、急ぎ袋小路から脱出する。相手は起き上がってダメージの度合いのチェックに必死……何かをするなら今しかなかった。
そこに、人の居ない場所に着地した先程の機体が現れる。手をそっと差し出し―――まるで自らを迎え入れるように。
「……皆!」
最早言うまでもない。この機体こそが、涼に呼ばれて出現した機体。少女が持ちえた最大の切り札なのだと理解した。その場に居た全員をコクピットに収容する。ぎゅうづめになるかと思えばそうでもなく、コクピット自体の容量は思ったより大きかった。
乗り込んだパイロットの動きを機体に投影し、周囲の状況をパイロットに投影するリンケージシステム。それが搭載されているからこそ、パイロットの動きを確保するためにある程度コクピットのスペースは広くとられていたのだ。
手を開く。小指から親指まで、それぞればらばらに動かし、最終的に握るようにぐっと力を込めて。
この機体は正確に、己の動きをトレースし、情報が『感覚』となって己に伝わっている。
―――いける! その追従に、内心涼はしっくり来る何かを感じた。
「あ、あの、りょーちゃん……?」
由希子の言葉で我に返る。由希子が少女を抱えているとはいえ、あまり揺れる戦闘はできない。
限界がある中でどれほどできるか……。そう考えを巡らせている最中、男の機体が体勢を立て直した。
その手にはマシンガン!
『っの……! 一丁前に呼び出しやがって!』
バラララ……! 音を立てて弾け、襲い来る銃弾。
「チィ……!」
思わず舌打ちが漏れながら、咄嗟にその身を腕で庇う。
一秒、二秒……その時は来ない。反射的に閉じていた目を見開けば、映るのは呆然と動かないでいた男の機体。
既にマシンガンは撃たれ、己を穿とうとしたのだと悟る。だが、一撃を受けたにはあまりに鈍い。
その答えを表すかのようにウィンドウが提示される。全て装甲で弾き、ノーダメージ。それが真実だった。
痛みは毛ほども感じない。マシンガンは撃たれた。ならば、この機体の装甲がどれほどのものなのか……信じられるものではなかった。
『っざけやがってええ!!』
掲げられた巨大な拳。ゴゥ、と空を切ってそれが迫る。
この機体はマシンガンを余裕で受け止めた。ならば―――臆せず構え、同時に繰り出される左右二つの拳に、片手ずつかざし……受け止めた!
ガギン……ッ!
衝撃は軽い。押し負けのけぞる心配はない。故に、次の行動は派手に出た。
指に力を入れる。巨大な拳を押し返しながら、それに少しずつ力を籠め―――握力を以て砕いた。
『ひ……っ!?』
化け物。
通常、人の手に近いマニピュレーターは、ある程度以上頑丈にするのは難しいものがある。それをこの機体はやってのけたのだ。
男の立場ならば、誰だってそう思うだろう。基準をはるかに超えた化け物がここにいる、と。
離れることも忘れ、半狂乱になってマシンガンを放つ機体。
それがどうした。
「これ、なら……ッ!」
サブアームに躊躇なく手を伸ばし、掴んだ先から放たれる手刀! 武器を保持していたそれが、あっさり破壊され、攻撃手段が奪われていく。
そうして丸腰になった機体が動く前に―――振り上げられた足、踵が、頭部を砕き、負荷に耐えられない脚部までも破砕した。
崩れ落ち、道路に沈む機体……残った胴体、その中のコクピットが尋常でない衝撃で揺さぶられ、フレームは崩壊した。最早戦うどころか、動ける状態ではないだろう。
「……終わった、けど……」
これは、何だ。
自分の身体のようにしっくりくる。これを知ってしまえば、他の機体を使う気が起きないくらいに。
次元の違うものを手にしてしまった。気がする、ではない。明確にそれを肌で感じたから。
「おねーちゃんすごいすごーい!」
後ろではやし立てる少女の姿。幼いながら、ただものではないことは今日が初対面の人間でも分かる。
とんでもないことに首を突っ込んでしまった。
「……これは……?」
振り向くと、少女はこの状況がさも当然のように笑って見せた。
「フランベルジュ。おねーちゃんのこと、きにいったって」
―――この時、関わらないでいれば。そう思うことも、この先あるだろう。
ただ理解できることはひとつ。この出会いが、その後の人生を大きく揺るがす転機になるだろうということだ……。
Flamberge逆転凱歌 第1話 「今が目覚めのフランベルジュ」
つづく。
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