第8話 存在


 ひまわりはさくら達から離れ、海水浴場の駐車場で良平と海人を待った。そして、久しぶりに食べたかき氷がとても美味しかったため、海人が来たらまた一緒に食べようと思っていた。

 海人に出逢う前のひまわりからは、想像もつかないほどに、毎日が色々な想いで溢れている。海人に何を食べさせようか、海人から今夜は何の話を聞こうか、散歩コースはどこにするとか、海人が喜ぶことを何でもしてあげたい。

 毎日が充実していて、夜に目を閉じて寝てしまうのがもったいないくらいに、海人の存在は、ひまわりを全く別の人間に変えてしまった。


 日が暮れ始めた頃、ようやく良平の車が見えてきた。

 待ちくたびれたさくら達も駐車場に来て、良平の車に向かってふざけて手を振った。

 ひまわりは嫌な予感がした。

 車が近づくにつれ、海人が乗ってないことに気付いたから。


「ごめん、連れて来れなかった」


 車から降りてきた良平は、ひまわりに向かってそう言った。


「海人さんは、家にいるの?」


「うん」


 良平はそれだけ言うと、浩太を捕まえて砂浜へ向かって歩き始めた。そして、思い出したように振り向いて、ひまわりにこう言った。


「バーベキューが終わったら連れて帰るって、あいつに言ってあるから」


 ひまわりは、少しホッとして頷いた。


「それにしても、お兄ちゃん、何でこんなに時間がかかったんだろう?」


 さくらはひとり言のように呟いて、向こうへ走って行った。

 四人はバーベキューを終え、テーブルに散らかった紙皿などの片づけをした。

 ひまわりは、良平があまり自分を見ない事に気づいていた。今も隣で一緒に片づけをしているのに、良平はひまわりの顔を見ようともしない。


「良ちゃん、ごめんね。昼間のこと怒ってるんでしょ?」


 良平は、それでもひまわりと目を合わせない。


「いいよ。もう、怒ってなんかない… それより、俺の方こそ、ごめん」


 ひまわりは、何に対してのごめんなのか意味が分からなかったが、とりあえず微笑んだ。

 帰りの車は、四人でAKB48の歌で盛り上がった。浩太はバンドを組んでボーカルをしているらしく、抜群の歌唱力で皆を驚かせた。


 ひまわりは家に着いた途端、再び嫌な予感がして、慌てて車から飛び出した。すると、良平も出てきて、ひまわりの腕を掴みこう言った。


「ひま、あいつは、もうここにはいないんだ」


「なんで?」


 ひまわりは叫んで聞いた。


「あいつは、働くためにここから出て行ったんだ」


「うそ、そんなの信じない。だって…

 だって、海人さんは、行くとこなんてないんだから…」


 そう言うとひまわりは、良平の手を振りほどき、家の中に入った。

 ガランとした居間には人のいる気配はない。ひまわりは、トイレにお風呂に全ての部屋を捜したが、やはり海人の姿はなかった。


「良ちゃん、海人さんに何を言ったの?」


 ひまわりは、呆然としながら良平に聞いた。


「俺は、あいつが何を考えて、何をやりたいのか、聞いただけさ。

 あいつが決めて出て行った。それだけ」


 良平は心を鬼にして、ひまわりを見つめた。

 これはひまわりのためでもあるが、あいつのためでもあるんだ。こんな生活がいつまでも続くはずはない。

 今は辛いけど、許してくれ…


「それだけって…

 海人さんは、本当に、どこにも行くところがないんだよ。家族も、兄弟も、親戚も誰もいないのにどこに行けばいいのよ。

 ここにいて私に迷惑をかけてることも、彼はずっと気にしてた。だから、働きたいとも言ってた。でも、私がここにいてって頼んだの…

 私達にどれだけの時間があるのかも全然分からないけど、でも、一分でも一秒でも一緒にいたいって思った…


 良ちゃんの馬鹿、海人さんをどこに連れて行ったのよ…」


 ひまわりは堪えきれず、子供のように膝を丸めて泣き崩れた。


「ひまだって夏休みが終わったら、東京に帰らなきゃならないんだぞ。

 いつまでもこの暮らしができるわけがないんだから。


 あいつも、それを考えたんだろ…」


 その時、ひまわりは、まだ海人が近いところにいるように感じた。

 捜しに行けばまだ近くにいるかもしれない、ううん、きっと、いる…

 海人さんは私を置いては行かないもの…


 ◇◇


 海人は、海沿いの小さな民宿の前で、良平の車を降りた。

 ひまわりに何も言わずにきたことだけが心残りで、胸が苦しくて、海人は中々前へ進めなかった。良平の車は、海人を残し、ひまわりの元へ向かっている。


 でも、僕は今のこの情けない僕を捨てるために、ここへ来た。

 早く一人前になってひまわりを迎えに行けるように、ここで頑張るしかないんだ…


 国道から右に入って、海に面したところに「民宿 あおさ」は建っていた。外観はかなり古めかしく、こじんまりとした、小さな民宿だった。


「すみません、こんにちは~」


 海人は大きな声で挨拶をしたが、奥はガランとしていた。玄関は開いているので留守のはずはないと思い、海人はもう一度大きな声で呼んだ。

 すると、奥の部屋から、腰の曲がった白髪まじりの年老いた女性が出てきた。


「すみません、外のアルバイトの募集の紙を見て来ました」


「さっき、電話をもらった人かい?」


「はい、木内海人といいます」


 その年配の女性は、海人の事をじろじろ見ている。


「どうぞ」


 その女性はそう言うと、海人を食堂の椅子に座るように促した。


「あの、すみません。

 慌てて来たせいで、履歴書も何も持ってきてないんです。

 それでも、大丈夫でしょうか?」


 海人は、何度も頭を下げながら、そう聞いた。


「なんか、不思議な子だね~。

 お前さんを見てると、なんだか懐かしい気持ちになるよ」


「あ、そうですか…」


 海人は返事に困った。


「朝は6時から12時まで働くこと。そして、3時まで昼休みで、そこから夜の9時まで働いて、1日4000円だよ。

 朝と夜の食事はここで出す。部屋は、一番奥の部屋を使ってかまわない。

 どうかい? 

 世間は賃金が安すぎるって言うんだけど、うちはこれが精一杯なんだ。

 日給4000円を書いたら、誰も来ないからね」


 その女性は笑いながら、海人に聞いてきた。


「あの、従業員は他にもいらっしゃるんですか?」


「いないよ。私とあなたの二人だけ」


 また、大笑いしている。


「三年前に旦那が死んでからは、夏休みの繁忙期は大学生の孫が来てくれてたんだけど、今年は就職活動とやらで来れないって。

 で? どうする?」


「僕は身寄りがなくて、住むところもなくて、でも、働きたい気持ちは人一倍あります。こんな僕でも雇ってもらえるのなら、一生懸命、頑張ります」


 海人は、嬉しくて、胸の奥がじんとしていた。


「そしたら決まりだね。今日は、夜から働いてもらうからね」


「はい。ありがとうございます。

 あ、それと、何とお呼びしたらよろしいですか?」


「若いのに、言葉が固いんだね。私の名前は青田サチ。

 じゃ、サチさんでお願いします」


 サチは、また笑った。

 海人は奥の部屋に案内されて、しばらくそこで時間を潰した。小さなサッシの向こうは海が間近に迫っている。

 今日、ひまわりは「すぐに帰るね」と言って、海へ出かけ、そして、海人は「いってらっしゃい」と言って、ひまわりを笑顔で送り出した。

 海人は、家に帰ってきたひまわりのことを思えば、心が引き裂かれそうだった。

 この選択が正しかったのか今の僕には分からない。

 でも、確実に、ひまわりを傷つけてしまったのは分かっている。

 海人はぼんやりと海を眺めながら、自分にとってひまわりがどんなに大切だったかを、痛いほど思い知らされていた。

 ひまわりは、僕を捜して泣いていないだろうか?

 海人は、心に穴が開いた気分だった。ひまわりに会いたい気持ちで押しつぶされそうだ。

 この時代にやってきた僕に、温かく手を差し伸べてくれた唯一の人。

 こんなに短い間に僕の心を捉えて離さない人。

 そして、こんな僕を愛してると言ってくれた人。


 海人の方が堪えきれずに泣いた。


 ◇◇


 ひまわりは一睡もできなかった。

 ひまわりのことを心配したさくらは、家には帰らずひまわりの隣で寝てくれた。ひまわりは、さくらがいてくれたおかげでどうにか正気を保っていられた。

 そして、朝日が昇ると同時に、ひまわりは身支度を整え、寝ているさくらを起こさないように玄関へ向かった。


「ひまちゃん」


 さくらは寝ぼけた声で、ひまわりを呼んだ。


「さくら、私、海人さんを捜しに行ってくるね。さくらは家で待っててくれる?

 もしかしたら、海人さんがここへ帰ってくるかもしれないから。


 さくら、心配させてごめんね」


「ううん、大丈夫。何かあったら、すぐに電話するね」


 さくらは、小さい時からいつもひまわりを困らせてばかりいたが、気がつけば、必ず、ひまわりの味方でいてくれた。

 さくらが側にいてくれて、本当に良かった…


 外に出ると、朝日がとても眩しかった。

 ひまわりは焦る気持ちを抑えながら、海人と出会ったあの公園へ向かって走り出した。きっと、海人はあのベンチで夜を過ごしたに違いないと思い、ひまわりは途中のコンビニで二人分のおにぎりと飲み物を買って、一目散に走った。


 森を超えた先に階段が見えてきた。ひまわりは、最後の力を振り絞り、そこを上りきった。


「海人さん、いる? 海人さん…」


 ひまわりは肩で息をしながら、大きな声で海人を呼んだが、そこは静まり返っている。ひまわりは恐ろしいほどの胸騒ぎを感じ、立ち尽くしてしまった。

 海人は、ここにはいない…

 しんと静まり返った誰もいない早朝の公園で、ひまわりは自分の存在がなくなっていくような喪失感を感じた。


 私は、ひまわりという名前が嫌いだった。小学生の頃、クラスでひまわりを育てたことがある。その時に、ひまわりの育て方と特性を学んだ。ひまわりは、いつも、太陽ばかりを見ている。太陽の行く方ばかりを首を振って追いかける。

 その切ない特徴のせいで、ひまわりは、日当たりが悪いと大きく元気になれなかった。

 その頃の私の太陽は、父だった。父の事が大好きで、父の後ばかりをついて回っていた。父が家を出てからは、私は以前のように笑えなくなった。

 そして、今の私は、それ以上の悲しみに打ちひしがれている。

 海人がいなくなった今の私は、首が折れて枯れてしまったひまわりと同じだ。

 ひまわりは時間が経つのも忘れ、ベンチに座っていた。

 ここにじっとしていると、もしかしたら、海人は過去へ帰ってしまったのかもしれないと思えてきた。働くために出て行ったのではなく、お母さん達の元へ戻ったのだと。

 私がどんなに海人と一緒にいたいと願っても、どの道、海人は私の元から離れていくのだろう。

 だけど、どうしても、海人に会いたい。

 どうすれば、もう一度、海人に会える?

 ひまわりは涙で濡れたままの顔で捜すあてもなく、ただ、そこにずっと座っていた。


 ◇◇


 海人の「民宿あおさ」での初めての朝は、慌ただしく始まった。

 この日は三組の宿泊客が来るということで、海人は玄関とその周りの掃き掃除をし、水を撒いた。打ち水をするということは、夏に涼しさを演出することと、場を清めるという昔からの言い伝えがある。

 海人はあらゆる面で少しでも自分らしさを失わずに、この時代に順応していきたいと思った。

 ここには、朝顔が蔓を巻いてたくさんの花を咲かせている。

 海人は、ひまわりの家の庭にたくさんの花の種を蒔いた。

 しかし、綺麗な花を咲かせるさまを僕は見ることはないだろう。その頃に、満開になった庭を見て、ひまわりは僕のことを思い出してくれるだろうか。


 海人は、昨夜、サチとたくさん話をした。サチは小さな頃から不思議な能力があり、会った人の人となりとかご先祖様がたまに見えたりするんだと、笑いながら話してくれた。

 そして、たまに、サチは海人を凝視して、首を横に傾ける仕草をする。海人は恐る恐る、その理由を聞いてみた。


「う~ん、何だろうね、聞かない方がいいかもしれないよ。

 でも、記憶喪失ってところで、私はそういう人に今まで会ったことがないから、そういうもんなのかもしれないね~」


 海人は一瞬ためらったが、思い切って聞いてみた。


「あなたはね、最初に見た時も、今も、何も見えないし何も感じないんだよ。

 普通は後ろの方でガヤガヤ音がしたり、話し声が聞こえたりがするんだけどね。

 なんだかね~、あなたは不思議なくらいに無なんだよ。


 初めてだね、こういう人は…」


「あ~、そうなんですか…」


 海人はそう答えるしかなかった。


「ま、私のこの力はあてにならないから、気にすることはないよ」


「はい」


 海人は気にしていない顔を装ってはいたが、心の中はかなり動揺していた。


 海人が午前の仕事をそろそろ終えようとしていた時に、三十代位の夫婦がよちよち歩きの赤ちゃんを連れて、車で到着した。

 サチにとってその人達は常連客らしく、にこにこして赤ちゃんを抱っこしたりしながら話に花が咲いていた。

 海人はその人達から荷物を受け取り、部屋へ運び、もう一度部屋の中を点検し、クーラーを入れて部屋の温度を下げておいた。

 話し終えたその夫婦は、いつも泊まる部屋なのか、案内しなくても大丈夫と笑顔で言って、部屋へと歩いて行った。


「わ、涼しい。クーラー入れててくれたんですね、ありがとう」


 部屋に入ったその家族が、海人に向かってそう言った。

 海人は働くためにひまわりと別れたけれど、働くことによって傷ついた心は少し癒された。

 海人の一日は、12時から15時までが、唯一の休憩時間だ。その時間は、いつも、目の前にある海へ降りて行く。

 日陰を見つけそこでぼんやりとしていると、ひまわりに会いたいという気持ちが、急激に襲ってくる。海人は、良平がひまわりの家とここは5キロほどしか離れていないと話していたことを思い出し、この海沿いの道を歩いて行けば、ひまわりの家まで辿り着けるのではないかと思った。

 だけど、海人は良平と約束をした。

 その約束は、踏み出した海人の足を元の位置に戻してしまうほどの、大きな力を持っていた。

 ひまわりのこれからを考えた時に、僕の存在はいつかは邪魔になるだろう。

 今の僕が彼女を迎えに行くことは、到底無理なことだ。

 僕が、僕自身を一人前と認めなければ…

 でも、いつになるかは分からないけれど、僕は、必ず、ひまわりを迎えに行く。

 僕がこの時代にいる限りは、絶対にあきらめない。


 ◇◇


 ひまわりは公園のベンチに座り、子供達の遊ぶ様子を見て、少しだけ元気になれたような気がしていた。これからどうしようかと思っていると、さくらから電話が入った。


「ひまちゃん、どこにいるの?」


 さくらは、ホッとしたような声で聞いてきた。


「高台の公園に来てる。でも、今から帰るところ」


「よかった…

 早く、帰ってきてね。待ってるから」


 そう言って、さくらは電話を切った。


 ひまわりは、疲れて、何も考えたくなかった。早く帰って寝てしまいたかった。

 ひまわりの心も体も、現実から目を背けたがっている。海人を捜すことさえ足取りが重くなっていた。

 やっと自分だけの太陽を見つけたひまわりは、今は、真っ暗闇で生きているのと同じだった。

 海人さん、早く帰ってきて…

 陽の光がないと、ひまわりは枯れて死んでしまう…


 ひまわりが家に帰り着くと、さくらは玄関のポーチに座って待っていた。


「ただいま」


 ひまわりが疲労困憊の顔で言うと、さくらは切ない顔で頷いた。


「おかえり。

 お昼過ぎに、お兄ちゃん達が来た。今日、帰るからって」


 さくらはそう言うと、涙を浮かべていた。


「私、お兄ちゃんに言ったの。海人さんの居場所を教えてって。

 ひまちゃんは、今日の日の出と同時に、海人さんを捜しに出て行ったんだよって。

 お兄ちゃんのやってることは、余計なお世話だよ。だって、ひまちゃんと海人さんのこれからは、二人で解決していくことでしょ?

 お兄ちゃんのしていることは、妹の私でも理解できないし、許せないって言ってやったの。

 お願いだから居場所を教えてって、何度も頼んだんだけど…」


 さくらは、泣きながらそう言った。


「ありがとう、さくら。良ちゃん達、帰ったんだ・・・

 今日は、収穫ゼロだった。海人さんがどこに行ったのか、見当もつかないのが現実。

 なんか、すごい疲れちゃった。シャワー浴びて、ちょっと寝るね。

 さくらは、あきちゃんが心配すると思うから、お家に帰ってもいいからね。

 私は大丈夫だから…」


 ひまわりは、無理に微笑んでそう言った。


「全然、大丈夫じゃないじゃない。海人さんが見つかるまで、私は帰らないからね」


 さくらは怒ってそう言った。


「ありがとう」


 さくらはいつも私の味方でいてくれる。ひまわりは、今は、素直に感謝した。


 ひまわりは飲まず食わずで公園にいたせいで、脱水症状を起こしていた。頭痛と吐き気がひどく、翌日もベットから起きられない。海人を捜しに行きたい気持ちが頭から離れないために、目を閉じても眠ることができず、体にとっては最悪だった。

 さくらはそんなひまわりを見ていられなかった。あの大人しくて冷静なひまわりからは、想像がつかない姿だったから。

 さくらはひまわりと海人がよく出掛けた場所をひまわりから聞き、代わりにそこへ捜しに行くことにした。

 自転車で一日かけて、ひまわりと海人のために走り回った。そして、一つの場所に着くと、必ずひまわりに連絡をした。


「海人さん、ここにもいないみたい」


 家でずっと待っているひまわりを思い、さくらは何でも正直に報告した。


「そう…」


 ひまわりは、その一言を返すのがやっとだった。

 夕方になり、さくらは果物をたくさん買って帰ってきた。

 ひまわりは、真夏の暑い中、自分のために海人を捜す役目を買って出てくれたさくらを笑顔で迎え、そして、ふらつく体で台所に立った。


「さくら、お腹すいたでしょ。何が食べたい?」


「無理しないでいいよ。

 今夜は果物でいい。ひまちゃんも一緒に食べよう」


 ひまわりは、それでもさくらに何かしてあげたくて、果物を使ってフルーツポンチを作った。


「ひまちゃん、海人さん、どこに行っちゃったんだろうね」


「うん」


 ひまわりは、また、泣きそうになった。


「今見つからなくても、きっと、いつか、ひまちゃんに会いに来てくれるはずだよ。私は、海人さんのことあまり知らないけど、でも、絶対、そうしてくれると思う。あんなに正直でまっすぐな人、最近、見ないもん。


 絶対会いにきてくれるよ。ひまちゃん、大丈夫だから」


「ありがとう…」


 誰も何も知らない…

 海人が、今、この時代という空間で孤独でいることを…


 海人がいなくなって三日目の朝、ひまわりは頭のふらつきもようやく治まり、さくらが作ってくれた雑炊を残さずに食べることができた。

 さくらは今日もひまわりの代わりに海人を捜しに行くと言って、地図を見て、下調べをしている。


「さくら、無理しないでいいよ。

 今日の夕方頃なら私もきっと動けるから、その時に私につき合って」


「でも…」


 さくらは口を尖らせた。


「大丈夫だよ。

 最近は、昼間の暑さは尋常じゃないし、さくらまで倒れちゃったら元も子もないじゃない?

 それに本当のことを言うと、一人で家にいるのが怖いんだ…

 海人さんと出会うまでは、ずっと一人だったのにね。一人のほうが気楽で良かったのに、今は、一人になったら寂しくてしょうがないの…」


 ひまわりは、正直にさくらに話した。変わってしまった自分をさらけ出すのは、少し恥ずかしかったけれど。


「分かった。じゃ、今日は、のんびりしようっと」


 さくらはそう言うと、ソファに横になり目を閉じた。


 正午になり、一層、蝉の声が甲高く聞こえる。

 海人が寝泊まりしていた客間の窓を開けたままにしていたため、蝉の声が響いていた。ひまわりはその部屋の窓を閉め、しばらくそこでくつろいだ。

 この部屋で、海人は何を考えていたのだろう。

 過去の自分と、未来の自分に、折り合いをつけることができずに、苦しんでいたのかもしれない。

 私は彼のことを何も分かっていなかったし、分かろうともしていなかった。この部屋で、彼はどれ程の孤独を感じていたのだろうか。

 海人がいなくなった今、ようやく気づくなんて…

 ひまわりは自分の愚かさに腹が立ち、ただただ、悲しかった。


「ひまちゃん、浩太君、覚えてる?

 お兄ちゃんと一緒に、大阪から遊びにきてたあの人。

 今、電話がきて、ひまちゃんに話があるって」


 そう言うと、さくらはひまわりに携帯を渡した。


「もしもし、代わりました。ひまわりです」


「あ、ひまわりさん、浩太です。突然、すみません・・・」


 ひまわりが黙っていると、浩太は話し出した。


「実は、あの、今から話すこと、先輩には黙っててもらえますか?

 あの、海人さんの事なんだけど、僕もこの情報が定かかは分からないんです。

 でも、ひまわりさんとさくらさんを見ていたら、あまりにも可哀そうで。

 僕は海人さんの事は悪い奴には見えなかったし、ひまわりさんと海人さんが愛し合ってるのも見ていて痛いほど分かったし。でも、きっと、先輩のしたことも本当は正しいことなのかもしれなくて…

 あ、僕の気持ちなんてどうでもいいですよね。

 それで、ひまわりさん、この情報が違ってたとしても絶対にがっかりしないでください。その時には、僕も一緒に捜しますから…」


 浩太は、ゆっくりと話し続けた。


「あの海水浴に行った日、ひまわりさんと先輩がちょっと喧嘩して、ひまわりさんが帰るって言ってた時、あの時、先輩、どこかの電話番号を調べてたんです。

 ちょっと離れたところに僕はいたんだけど、それでもなんとなく聞こえたんです。

 民宿あおさの電話番号を教えてくださいって言ってた。民宿?って僕は思ったから、頭に残ってたんです。

 でも、そこに海人さんが居るのかどうかは僕は全く分からないけど、一つの情報としてひまわりさん達に教えなきゃと思って」


 ひまわりは、携帯を握る手が震えているのが分かった。


「浩太さん、本当にありがとう。とにかく、すぐに、確かめに行かなきゃ」


 ひまわりが動揺して話していると、さくらがひまわりの手から携帯を取り上げた。

 そしてもう一度、浩太から詳しい事を聞いていた。


 海人に会えるかもしれない。海人に会いたい。


 ひまわりは帽子をかぶり、玄関へ向かって走り出した。

















































































































































































































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